人の夢と書いて『儚い』。以前阿良々木の彼女さんであるところの戦場ヶ原がドヤ顔で語っていたことを思い出す。
『儚い』という言葉には、夢という文字が使われている。それは夢も同じように淡く消えやすいことにも由来しているのだろう。
眠っている間に夢を見て、朝になって起きたらその内容を忘れてしまっていた、なんてことはザラだろう。なんだったらその夢が楽しかったかそうでなかったかすら忘れてしまうこともある。それぐらい、夢と言うのは脆いものだ。
けれど、夢はいくらでも存在する。
消えてしまっても。忘れてしまっても。目が醒めてしまっても。
目を瞑って暗闇に想いを馳せれば、そこには再び夢が現れる。
容易に掴むことは出来ない。けれど、いくらでも手を伸ばせる。
それが『夢』だ。
「「「「「……よかった……」」」」」
五人揃って語彙力が死んでいるが、逆に言うとそんな感想を口に出来る程度には意識がはっきりとしているということでもあった。
余韻に浸りながら、周りの観客たちと共に万雷の拍手を送る。
「いやぁ、あんな感じのライブだったんだねぇ……」
「ようやく思い出せたって感じ……」
「ほんっとに記憶がなかったからな……」
「カッコよかったです……」
卯月の感想の頭には『天ヶ瀬冬馬さんが』が付いただろうが、みんな気付いているが故に黙っていた。
それにしても、本当に凄いライブだった。こうやって落ち着いて振り返ることでその凄さを改めて再認識することが出来た。
……訂正しよう、落ち着いてなんかなかった。一度見たことがあるライブで、しかも現地ではないにも関わらず、まるで初見のように昂ってしまった。特に良太郎さんと冬馬さんの『Per aspera』『Ad astra』からの『Days of Glory!!』、そしてアンコールの『Re:birthday』『LIVE E@rth days!!』の流れは、再び記憶が飛びそうなほど熱狂してしまった。
「私たち、あの現地にいてよく生き延びたよね……」
「いや、加蓮はあのとき本気でギリギリだったぞ……」
目を瞑りしみじみと呟く加蓮に、半目の奈緒がツッコミを入れる。
奈緒の言う通り、あのライブ終了後の加蓮はあれだけ大騒ぎしていたのに突然大人しくなったかと思うと、席に座って幸せそうな顔で目を瞑っていたのだから、本当に召されてしまったかと慌ててしまった。
「はぁ……これは何度見ても満足できませんな~……」
「ホント、円盤が待ち遠しいよね」
未央の言葉に同意しつつ、未来の感謝祭ライブのBDに想いを馳せる。発売日はまだ未定ではあるものの、良太郎さんの例のコラムのこともあるから発売すること自体は決定しているはずだ。
こんな素晴らしいライブを(推定価格)二万円払うだけで毎日観れる上に、舞台裏のトークや未公開映像を楽しめるのだから、これは実質無料と言っても過言ではないだろう。
……それに、良太郎さんの初恋も知ることが出来る。いや、これは別に重要視してるわけじゃないよ? あくまでおまけ。年齢的に考えて私じゃないことは絶対だけど、ほら、親しいお兄ちゃんの初恋話なんて面白い話、女の子としては興味がないはずがない。うん、そういう理由。
さて、そんな感謝祭ライブの感想をあれこれと話している間も、ステージの上ではこれから始まるトークショーの準備が進められていた。あらかじめ出演を告知していた四人分のアップライトチェアと二つのミニテーブルがスタッフによって用意される。そして……。
「っ! あれってもしかしてっ!?」
加蓮が素早く反応したそれは、四人の椅子の両脇に置かれた二体のマネキンが着ている衣装。感謝祭ライブで良太郎さんと志保さんが着た衣装だ。
「あれって本物かな!?」
「絶対本物だって!」
周りの観客たちもそれに気付いてざわつき始める。
残念ながら見切れ席での参加だった私たちは、良太郎さんたちの衣装を直接見る機会は殆どなかった。だからこれが本物かどうかは分からないが、123プロがこういう場面でレプリカを持ってくるとも思えなかった。その証拠に、今からトークショーだというのに衣装には二人ずつスーツ姿のスタッフが歩哨に立っていた。衣装一つに大げさかもしれないが、あの感謝祭ライブで『周藤良太郎』が実際に着た衣装ともなれば、無謀な行動に走る人がいないとは断言できなかった。
「しゃ、写真撮りたい……!」
「加蓮、まだスマホ出しちゃダメだぞ」
会場内でのスマホの使用は禁止されているため、当然撮影も禁止。今は目に焼き付けるだけに抑えておいて、あとは円盤特典のブックレットに写真が載っていることを期待しよう。
「っ!」
「きたっ!」
衣装に注目していると、小さく流れていた『Re:birthday』のインストの音量が上がった。
それが意味することを理解した観客たちのボルテージが徐々に上がり――。
わあああぁぁぁあああぁぁぁ!!!
――舞台袖から演者四人が姿を現したことで、爆発した。
『はーい、みんなー! こーんばーんわー!』
こーんばーんわー!
俺の呼びかけに観客たちが声を合わせて応える。グルッと観客席を見回してみると、俺たちがチケットを上げたニュージェネの三人や自力でチケットを手に入れた加蓮ちゃんと奈緒ちゃんの姿を見付けることが出来た。他にもチラホラと知った顔があったので、ヒラヒラと手を振っておく。
『今日は123プロ感謝祭ライブの振り返り公演に来てくれてありがとー! 123プロ所属、みんなのアイドル周藤良太郎君でっす!』
『同じく123プロ所属、御手洗翔太でーす!』
『同じく123プロダクション所属、北沢志保です』
『お、同じく123プロダクション所属、三船美優です……今日はMCも担当させていただきます』
四人で声を揃えて『よろしくお願いします!』と頭を下げると、歓声と拍手がより一層大きくなった。
『ところでみんな、俺が「みんなのアイドル」とかやったんだからノってよ』
『えー? そういう色物は全部リョータロー君の役目でしょ?』
『私は事務所NGが出てるのでちょっと』
歯に衣着せぬ言い方をする翔太と、無難な理由で回避しようとする志保ちゃん。俺も君と同じ事務所なんだけど?
『……み、みんなのアイドル、三船美優ちゃん、です……!』
そんなノリが悪い二人とは違い、美優さんは顔を真っ赤にしつつもノってくれた。あの感謝祭ライブ以来一皮剥けた感がある美優さんであるが、その方向性が若干間違っているというか、どうしてそんな変なところで思い切りがいいのかというか……。
とりあえず盛り上がる観客たちの歓声を聞きつつ、マイクを脇に挟んでしっかりと美優さんに向かって手を合わせる。大変ご馳走様です。
『え、えっと、本日はこの四人で、先日の感謝祭ライブの振り返りトークをしていきたいと思います……』
真っ赤になりつつも進行を始める美優さん。
『それでは皆さん……』
『『『『よろしくお願いしまーす!』』』
『……さて、楽しい時間を過ごさせていただきましたが、そろそろお別れの時間が差し迫ってきました……』
えええぇぇぇ!!!???
美優さんの言葉に観客たちが一斉に残念そうな声を上げる。
『えーもー終わりー?』
翔太も残念そうな声を出しており、かくいう俺もかなり残念だ。
『まるで一瞬の出来事のようだった……』
時間的には一時間ほどトークショーをしていたはずなのに、何故か数行スクロールしたら終わってしまったかのようにあっという間だった。
みんなからの感想のメールを読んだり、感謝祭ライブでの思い出を四人で語ったり、舞台裏の写真を紹介したり、トークバトルの際にやった兄弟姉妹を当てはめるやつをこの四人でやってみたり。……美優さんからお兄ちゃん指名をされたときは興奮を通り越して若干困惑してしまった。え、美優さん、何か辛いことあった……?
そんな中で一番盛り上がったのは、やはり満を持して表舞台に出ることになった志保ちゃんと美優さんのラップバトルだろう。打ち上げのときとは違い俺と翔太も参戦したのだが、やはりこの二人には勝てなかった。
これは是非とも何かしらのメディア化を検討すべき事項だとは思ったのだが、二人揃って『もうにどとあんなことやりません』『きえたい』と難色を示してしまった。まぁ兄貴ならばGOサインを出してくれるだろうから、いっそのこと事務所のみんなでラップアレンジCDを発売してもいいかもしれない。オラ、ちょっとワクワクしてきたゾ。
『それでは最後に、皆さんから一言ずつメッセージを……』
『はい、俺から言いたいと思います!』
『『ちょっ!?』』
先陣を切ろうとすると、慌てた様子で翔太と志保ちゃんが止めに入った。
『こういう場合普通リョータロー君が最後でしょ!?』
『本当に自分の立場理解してます!?』
『はっはっはっ、君たちもそろそろ「周藤良太郎」の後に挨拶をするというプレッシャーに慣れないといけない頃だよ』
『自分で言っちゃうんだね!?』
『何も間違ってないところが余計に腹立ちますね!?』
ぶつくさ文句を言いつつも、必死に大トリになるまいと挨拶の順番を決めるジャンケンを始める翔太と志保ちゃん。美優さんが大トリにならないように配慮している点は素晴らしいが、そんな必死に押し付けあおうとするんじゃないよ。
『さて、今日は感謝祭ライブの振り返り公演と、俺たちのトークショーに来てくれてありがとう。長い時間お疲れ様。肩凝ってない? 大丈夫?』
グリグリと自分の肩を回してみせると、観客のみんなも笑いながら自分たちの肩を小さく回した。
『俺は今日の振り返り公演を自分たちで観るのが楽しみだったし、こうやってみんなの前でトークショーするのも楽しみだった。みんなはどう? 楽しみに待っててくれたか?』
待ってたあああぁぁぁ!!!
『うんうん、重畳重畳。……俺たちアイドルの仕事ってのは、そういう「楽しみ」をみんなに提供し続けることだって思ってる』
俺が真面目なことを話し始めたと察した翔太と志保ちゃんが静かになる。会場の雰囲気も、そんな二人に触発されたわけではないだろうが自然と静まり返っていった。スタッフも空気を読んだらしく、BGMがやや控えめになっていた。
『感謝祭ライブが終わってしまって残念だけど、次は振り返り公演が待ってる。その振り返り公演が終わっても、今度は円盤の発売日が待ってる』
人生っていうのは、そんな楽しみの繰り返し。
『今回よりも次を。今日よりも明日を。そうやって、
『夢』は、儚い。
しかし、ライブという夢が醒めてしまっても、目を瞑ればそこには俺たちがいる。
同じように
俺たちを想ってくれれば。
そこにはきっと、君たちの『夢』がある。
『というわけでここでサプラアアアァァァイズ!』
えええぇぇぇ!!!???
『えっ、ちょ、なにそれ!?』
『何も聞いてませんよ!?』
『りょ、良太郎君……!?』
観客たちどころか、同じステージ上に立っているアイドルですら驚いている。当然だ、何せ今回のこれは俺と兄貴と一部のスタッフしか知らない正真正銘のサプライズなのだから。
『ハードル上げまくった上にサプライズまでされるとか、本当にこれ僕たちの挨拶どうすればいいのさ!?』
『頭が痛い……』
『私は気分が……』
口々に文句を言いつつ、三人とも口元は笑っていた。観客たちも同じように驚きに声を上げながら期待に満ちた視線を俺に向けてくる。
『さぁさぁ皆の衆、ステージ上のモニターにご注目!』
期待に応えるっていうのは、簡単じゃない。
応えた期待をさらに超えるものを届けるのも、簡単じゃない。
けれど、俺はその期待を背負い続けよう。
何故なら俺は――。
『サプライズは……これだあああぁぁぁ!』
――『周藤良太郎』なのだから。
えええぇぇぇえええぇぇぇえええぇぇぇ!!!???
アイドルの世界に転生したようです。
外伝『Days of Glory!!』 了
・人の夢と書いて『儚い』。
ある意味伝説的な阿良々木君とヶ原さんの初デートfeat戦場ヶ原父の一コマ。
・セトリ
そういえば公開してなかったから、後でツイッター辺りで公開しておきます。
・初恋コラム
こっちもツイッター公開にしようかな(露骨な宣伝)
・そろそろお別れの時間が
大胆な全カットはアイ転の特権(そろそろ怒られそう)
・『夢』
次を楽しむという夢。トップアイドルになりたいという夢。
その形は違えど、『周藤良太郎』という偶像へ手を伸ばせば、きっと届く。
まず初めに、一年以上もこのようなオリジナルストーリーにお付き合いいただいたことに感謝させていただきます。本当にありがとうございます。
本当は次の章までの尺稼ぎ的な意味で書き始めたこの感謝祭ライブ編。「書いてるうちにミリオンアニメ化するだろ」などと考えていたら全くそんなことはありませんでしたね。悲しみ。
そんなこの外伝。本編ではない理由ですが、時系列的に本編に組み込むことが難しいことに加えてもう一つ理由があります。感想でも少々感づいていた方もいらっしゃいましたが、この外伝の正体は『あり得たかもしれない最終回』です。仮面ライダーの劇場版的なアレです。
良太郎の言動の端々に滲ませていましたが、この世界は良太郎が「IEでのとある出来事をきっかけに、生涯アイドルを貫き続けよう」という考えに至った世界線です。なんとヒロイン不在の孤高エンドです。
外伝がそれならば、つまり本編は……? という疑問は、是非本編中でお確かめください。そろそろ良太郎も身を落ち着けさせんとな(意味深)
一度番外編を挟んだのち、いよいよ本編へと戻っていきます。新章の予告を最後に、今回の締めとさせていただきます。
これからもアイ転をよろしくお願いします!
世界中のアイドルたちが鎬を削りあった『IE』から、早くも二ヶ月が経とうとしていた。
日本では第三次アイドルブームが巻き起こり、『スクールアイドル』と呼ばれる学生アイドルも現れ始めた。
アイドルとは身近な存在であり、故に憧れる夢の職業となった。
そんなアイドルの世界の門戸を叩く少女たち。
――見つけた!
――私が一番やりたいこと!
――私には時間がないの。
――立ち止まってる場合じゃない。
――大丈夫、わたしなら出来るから。
――……ダメぇ?
これは、そんな彼女たちの成長の物語。
今、『
アイドルの世界に転生したようです。
第六章『Dreaming!』
coming soon…