改めて状況確認。目の前にいるのは暫定的に敵対勢力であるガタイのいい男三人組。背後には救助対象者である美希ちゃん。服の裾を摘まれているため若干動きに支障が来す可能性があるが、今はまだ問題ないだろう。
さてさて、どうしたらこの場を穏便に済ますことが出来るだろうか。ナイフぐらいなら持ちだされても対応できるけど、警察沙汰は避けたいしなぁ。
「テメーらのせいであの後大変だったんだぞ!」
「いや、割とこっちも大変だったんだけど」
「つべこべうるせぇ! 一発殴らせろ!」
言うが早いか、一人の男が殴りかかってきた。狙いは恐らく顔面。こちとらアイドル故、顔に傷を負う訳にはいかないので避けようかと考えた。しかし下手に避けると後ろの美希ちゃんに当たる可能性があり、何より素直に殴られておいた方が相手の気も済むだろう。
ここまでの思考一秒未満である。
ゴッ!
「「イッテー!?」」
殴った男は拳を、殴られた俺は額を押さえて同時に叫ぶ。ちょ、こいつ本気で振り抜きやがった。
「りょーたろーさん!」
「ちょ、たっくん大丈夫!?」
「おいテメェ! 今何しやがった!」
「見ての通り殴られただけですが……」
まぁ、ヒットする箇所はこちらで決めさせていただきましたが。相手の拳をおでこで受け止める、所謂『額受け』。頭部を殴られているため当然自分も痛いが、殴ったたっくん(仮)も随分と痛そうである。
「この野郎……調子乗りやがって……!」
素直に殴られたが、やはりというか何というか相手方の気は晴れなかったようだ。
「この野郎――!」
今度は三人がかりで詰め寄ってくる。これはちとヤバいか?
「おっと、そこまでだぜ」
しかし、男達三人の動きは背後から近寄って来ていた二人の男の手が肩に置かれたことにより止められた。
「そいつぁ俺らのダチでよぉ、ちょーっと事情があって喧嘩できねーんだわ」
「だからよぉ……そんなに喧嘩したいんなら、俺達が相手になってやるぜぇ?」
「仗助! 億泰!」
見覚えのある二人組。俺達に絡んできた三人組より若干人相が悪い二人組。というか、同級生の東方仗助と
「よぉ良太郎、随分とかわいこちゃん連れてんじゃねーか」
「なんだデートかぁ? いい御身分だなぁ、おい」
「お前ら――なんで休日なのに学ランなんだ!?」
「「真っ先に触れるところがそこかよ!?」
いやだって、こんな休日の真昼間に友人二人が学ラン着てたら普通に疑問に思うだろ。改造学ランが命だってのは前々から聞いているが、休日ぐらい普通に私服着ろよ。
「わぁ……変なあた――」
「美希ちゃん、それ以上はいけない」
仗助の頭を見て何事かを言おうとした美希ちゃんの口を塞ぐ。また面倒くさいことになるから黙ってて。
「まぁいいぜ。こいつらの相手は俺らがしといてやるよ」
「ぐおっ!?」
「は、外れねぇ……!?」
「な、何だこいつら……!?」
いつの間にか仗助が二人に、億泰が一人にヘッドロックを決めていた。バカ力二人の拘束は男達がいくらもがいてもビクともせず、全く外れる気配が無かった。
「え? いや……いいのか?」
「いーんだよ。オメーを面倒事から遠ざけるってのは学校全体の暗黙のルールだからな」
学校では割と見捨てられることが多い気がしないでもないが。
「まぁ、上条と綾崎にはちーとばっかし話を聞かなきゃならんみてーだがなぁ」
すまん、上条に綾崎、近い内に怖ーい先輩二人が事情聴取に向かうみたいだ。頑張って逃げ切ってくれ。でもまぁ、成功したかどうかはともかくあいつらはあいつらなりに俺を逃がそうとしてくれたし、後で多少フォローは入れておこう。
「んじゃ、俺らは行くぜ」
「貸し一だからなー」
「分かった。すまんな」
ズルズルと大の男三人を引きずっていく仗助と億泰を見送る。しかし人目につき過ぎたため俺達も早急にこの場を離れる必要があり、喫茶店内のりんを呼んで迅速に場所移動をするのだった。コーヒー飲んでなかったのに……。
「全く、今度から気を付けてよ、美希ちゃん」
「はーいなの!」
「ほんっと、何でこうなるのよ……」
「ごめんりん、今日のところは俺の顔に免じて許してくれ」
「……貸し一だよ」
今日は借りが増える日だこと……。
街中を離れた俺とりん、そして美希ちゃんの三人は歩いて数分のところにあった公園にやって来た。街中ほど人がいないここなら、さっきよりは身バレの危険性は少ないだろう。
「それにしてもりんさん、りょーたろーさんとデートなんてずるいの!」
「何がずるいのよ。アタシとりょーくんの関係ならこれぐらい自然なことよ」
不満そうな顔の美希ちゃんと余裕そうな顔のりん。なんかこの二人、似てるような気がするなぁ。
それはともかく、本題に入ることにしよう。
「美希ちゃん、今日はレッスンだったんじゃないの?」
「………………」
美希ちゃんからの返答は無く、美希ちゃんはスッと視線を逸らした。
「りっちゃんも心配してた。戻らなくていいの?」
「……ミキのパパとママはね、ミキに『美希のしたいことをしなさい』って言ってくれるんだ」
大きな公園の池に作られた柵に肘を突き、こちらに背を向けたまま美希ちゃんはそう話しだした。
「だから、ミキはミキのしたいこと――ドキドキワクワクすることがしたかった。いつもミキをドキドキワクワクさせてくれてるりょーたろーさんと同じアイドルになれば、もっとドキドキワクワクできると思ったんだ」
「そいつは光栄だね」
美希ちゃんと並ぶように俺も柵にもたれかかり、りんもその横に並ぶ。
「それで、アイドルになってみてどうだった?」
「すっごいドキドキワクワクで、すっごいキラキラだった!」
ギュッと拳を握り楽しそうに笑う美希ちゃん。しかし、力無く拳を解くとまた視線を下げてしまう。
「……でも、もっともっとキラキラになりたかった。りょーたろーさんみたいに、眩しいぐらいのキラキラになりたかった。ミキも竜宮小町になれれば、もっとキラキラになれると思ったんだ」
……キラキラ、ね。それが美希ちゃんが竜宮小町に拘っていた理由ってことか。
「だけど、律子には竜宮小町には入れないって言われちゃった。……だから、ミキはもう……」
違う。美希ちゃんは勘違いしてる。
だから「それは違う」と口にしようとして――。
「アンタそれ本気で言ってんならマジでぶっ飛ばすわよ」
――しかし、それはりんから発せられた言葉によってかき消されてしまった。
「さっきから黙って聞いてたら、何を訳分かんないこと言ってんのよ」
「あ、あの、りんさん?」
「りょーくんはちょっと黙ってて」
「はい」
大人しく黙る。決してりんの剣幕に気圧されたからではない。
「竜宮小町になれないからキラキラになれない? 竜宮小町になれないからりょーくんみたいになれない? ハッ、たかが竜宮小町ぐらいでりょーくんと同等になれるとでも思ってんの?」
「ちょ!?」
りんさん!? あなたすげーこと言っちゃってるよ!? りっちゃんが頑張ってプロデュースしてる竜宮小町のことをたかが呼ばわりはちょっとアレじゃないですかね!?
「何? 竜宮小町がアンタの中での一番のアイドルなの? それとも竜宮小町ぐらいだったら自分でもなれるお手軽アイドルだとでも思ったの?」
バカなの? 死ぬの? と言わんばかりに捲し立てるりんが怖い。思わず視線を虚空に向けてしまうぐらい怖い。
「大体、竜宮小町になったところでアンタが輝く訳じゃないってこと自体に気付いてないの? 竜宮小町だから輝くんじゃなくて、水瀬伊織達三人は『輝いていたから』竜宮小町として認められたに決まってるでしょ」
卵か先か、鶏が先か。彼女達は竜宮小町というユニットを形成したからこそ注目され始めたというのは間違いないだろう。けれど、それは元々彼女達が『持っていた』からこそのことである。そこら辺はりんと同意見。
「輝く輝かないってのは本人自身の問題。アンタが輝けないっていうならそれはユニットに入れなかったからじゃなくてアンタ自身の問題よ。それでアイドル辞めるっていうんなら――」
「え?」
「「え?」」
りんの言葉に美希ちゃんが驚いた声を出し、その言葉に対して俺とりんが驚いた声を出してしまった。
「えっと……ミキ、アイドル辞めるつもりないよ?」
「「……えっ!?」」
その答えは予想外だった。予想外すぎた。この流れは「キラキラになれないならアイドル辞める」とかそういう感じになるものだとばかり思っていた。りんもそういう流れだとばかり思っていたからそういう話をしていたはずなのに。
「確かに、竜宮小町になりたかった。竜宮小町になれば少しでもりょーたろーさんに近付くことが出来ると思ってた。だから竜宮小町に入れないって律子から聞いた時は結構ショックだったけど、アイドルを辞めようとは思わなかったの」
「えっと、じゃあ何でレッスンに……?」
「竜宮小町になれなくてショックだったのは本当だから、ミキなりのストライキなの。自主練習はちゃんとしてたし、明日にはちゃんと連絡するつもりだったんだよ?」
「じゃ、じゃあ、さっきの『ミキは、もう……』の後は何て言おうとしてたの?」
「『ミキは、もう竜宮小町に入ることは諦める』って言おうとしただけだよ? 竜宮小町じゃなくて、ミキはミキとして頑張るの!」
りょーたろーさんに憧れてる気持ちは本気だから、と笑う美希ちゃん。そ、そう、だったらよかったんだけど……。
ちらりと隣を見る。
「………………」
「りんさんどうしたの?」
「今は触れないであげて」
そこにはその場にしゃがみ込んで顔を伏せるりんがいた。表情は見えないが耳が真っ赤になっている。相当恥ずかしいんだろうなぁ、あんなに色々と言ったにも関わらず全部勘違いだったんだから。しかしりんが言わなかったら俺が言っちゃってただろうし、身代わり感謝。
……しかし、そうか。俺達が心配しなくても美希ちゃんは大丈夫だったのか。ちょっと過小評価し過ぎてたみたいだな。
「……ミキちゃんは、キラキラになりたいんだよね?」
「うん! りょーたろーさんみたいなキラキラに!」
「ちっち、甘いよ美希ちゃん。俺やりん達がいるここからはね……
「
「そ。眩しい光のその向こう。ここに立ったアイドルにしか見えない絶景」
きっと、美希ちゃんならば辿りつける。美希ちゃん達ならば辿りつける。
「きっと感謝祭ライブが、美希ちゃんにとっての向こう側への第一歩になる。だから、頑張ってね」
「……はいなの!」
美希ちゃんは、そう、満面の笑みで頷いた。
「まずは、ちゃんとりっちゃんやプロデューサーに謝らないとね」
「……は、はいなの……」
「りん、大丈夫?」
「……恥ずかしくて死にそう……」
美希ちゃんが帰り、俺とりんは公園のベンチに並んで座っていた。先ほどよりはだいぶマシになったが、それでもりんの顔は未だに真っ赤だった。俺が買ってきた缶ジュースを頬に当てて熱を取ろうと頑張っている。
「それにしても意外だったな。りんがあんなに熱くなるなんて」
ああいう時、りんだったらずっと傍観してると思ってたんだけど。
「……別に理由なんてないよ。星井美希の態度がムカついただけ」
まぁ、そういうことにしておこう。
さて、もう夕方だ。
「色々とハプニングがあったけど、今日は何だかんだで楽しかったな」
「……ちゃんと最後まで二人きりがよかったけど」
はぁ、と溜息を吐くりん。確かに、途中から他の女の子と一緒だったからなぁ。デートとしてはアレだったかもしれない。
「……でも……うん、楽しかったよ」
「それは良かった」
こうして、アイドル二人のお忍びデートは幕を閉じるのだった。
おまけ「ともみさんが行く! くあどらぷる!」
「……ほっぺにチューぐらいすればよかった……アタシのバカ……」
「……りんはどうしたの?」
「さぁ? 帰って来てからずっとあんな感じ」
「ふーん。あ、翠屋のシュークリーム買ってきたよ」
「お、ありがとー。やっぱりここのシュークリームは最高ね」
「うん。コーヒーも美味しかったし、マスターもいい人だったよ」
「そういえば、アンタ何か用事があって翠屋に行ったんじゃなかったっけ?」
「え?」
「え?」
「………………」
「………………」
「……何でだっけ?」
「いや、私に聞かれても……」
どっとはらい!
・『額受け』
『脛受け』はコータローでももちゃんがやってたけど、額はどの漫画で読んだんだっけなぁ?
・虹村億泰
ジョジョ四部『ダイヤモンドは砕けない』の主要キャラ。
絡まれた不良を他人任せにするのは主人公としてどうかとも考えたが、良太郎に喧嘩させるのもまずいかと考えたためこうなりました。
・「アンタそれ本気で言ってんならマジでぶっ飛ばすわよ」
りんちゃん熱血モード。
今回最も書くのに時間がかかったシーン。やはり説教は難しい。
・「えっと……ミキ、アイドル辞めるつもりないよ?」
しかし真面目に語った結果がこの仕打ちである。
・相当恥ずかしいんだろうなぁ
ここまで全部がりんを赤面させるための布石だったと誰が予想しようか。
・輝きの向こう側
劇場版のタイトル。劇場版編はだいぶ先になりますので気長にお待ちください。
・おまけ「ともみさんが行く! くあどらぷる!」
フ ラ グ な ん て な か っ た !
ともみの態度を疑問に思われる方はLesson02を読み直してみることをお勧めします。
・どっとはらい
東北地方で「おしまい」「めでたしめでたし」という意味の慣用句。
以上、この小説における美希騒動の結末でした。
この世界の美希はアニメの美希とアイドルを始めた理由も続ける理由も全く異なると考えたためこのような結果になりました。「これはねぇわ」と思われる方もいるでしょうが、反対意見が出ることを承知の上で、このような結末にさせていただきました。
ヤメテ! 石を投げないで!
さて次回はいよいよ感謝祭ライブ編……ではなく、番外編『もし○○と恋仲だったら』の第二弾となります。果たして誰がヒロインになるのか? またしばらくお待ちください。