「………………」
舞台裏、わたしたち『魔王エンジェル』に用意された控室。ステージ上で歌うリョウと天ヶ瀬冬馬が映し出されているモニターを、わたしは黙って見つめる。
『夢の始まりから』 『どれだけの時間が経っただろうか』
『ずっとこの椅子に座り続けてきた』
『一人でずっと走り続けて』 『どれだけの時間が経っただろうか』
『輝きの中で一人』 『待ち続けることも悪くはなかった』
「「………………」」
麗華やりんも、わたしと同じように食い入るようにモニターを見つめていた。先ほどまでリョウの出番が来るたびに「キャーキャー!」煩かったりんも、流石に黙って見入っている……いや、
りんにとって……いや、わたしや麗華にとっても『周藤良太郎』というのは特別な存在だ。りん以外は変な意味じゃないが、リョウは親友にして恩人。他のアイドルと比べてしまうとどうしても一線を画すのは当然である。
しかし、そんなリョウには到底及ばないものの、『天ヶ瀬冬馬』もまた少々特殊な存在になりつつあった。
なにせ、彼は『周藤良太郎』に
わたしたち『魔王エンジェル』は、結構最初から近いところにいた。海の向こうの女帝や三美姫などは最初から並び立っていた。しかし、天ヶ瀬冬馬は文字通り
『いつの間にか一人ではなくなった』
『いつの間にか』 『それが当たり前だった』
『いつの間にか』 『それでもいいと思っていた』
『いつの間にかそれを諦めることを考えた』
『『……冗談じゃねぇ!』』
リョウも嬉しかったのだろう。わたしたちがすぐ側にいたとはいえ、ずっと一人で頂点に立ち続け……ようやくこうして、
多くの人間はサプライズの新曲とユニットに歓喜して気付くことすらしないだろうが……リョウのことを、そして天ヶ瀬冬馬のことを知っている人間にとっては、このステージは全く別のものに見えていることだろう。
……すなわち、『周藤良太郎』という王へと立ち向かう、一人の青年の物語に。
『ここには俺がいる、それを刻み付ける!』
『そこにはお前がいる、それを歓迎しよう!』
冬馬さんが、歌っている。きっといつもの私だったら、それだけで酷く熱狂していたことだろう。それこそ先ほどジュピターとしてステージに立ったときも、彼の爽やかな笑顔に我を忘れてしまっていた。
「………………」
けれど、どうしてだろうか。
今こうして、良太郎さんと共に新曲を披露するという素晴らしいシチュエーションだというのに……私の心は、ざわついていた。
冬馬さんがカッコいいとか、良太郎さんにも頑張ってほしいとか、色々と思うことはあった。それなのに、『天ヶ瀬冬馬』が『周藤良太郎』と向かい合って歌っているこの状況に、いつもとは違う胸の高鳴りを感じたのだ。
『周藤良太郎』は日本を代表する……いや、世界に誇るトップアイドル。そんな彼と向かいあって、それもまるで競い合うように歌っている。まだまだ冬馬さんの足元にも及ばないようなアイドルである私にも、それがどれだけ
(……戦ってるんだ……)
モニターに映る冬馬さんは、モニターの中で良太郎さんに向かって真っすぐに歌をぶつけている冬馬さんは……私の目には、戦っているように見えたのだ。
ギュッと両手を握り締め、思わず閉じてしまいそうになる瞼を必死に開ける。『見ていられない』というのは冬馬さんに対する侮辱。だから私は、絶対にモニターから目を離さない。
こんなことを考えるのは、私ごときが
それでも、私は――。
『前へ!』 『進め!』 『壁を!』 『砕け!』
『ここへ!』 『挑め!』 『俺を!』 『倒せ!』
「………………」
新曲故にコールは分からず、私はただステージを見つめながら静かにペンライトを振っていた。……いや、そもそも会場には歓声すらほとんどなかった。
きっとみんな、私と同じように彼らのことを見守っているのだろう。
『周藤良太郎』に挑むという、『天ヶ瀬冬馬』のそんな偉業に。
良太郎さんは、王様だ。悪政を敷いているわけではないが、彼のことを『覇王』の他に『魔王』と称する人もいる。日本のアイドルで『魔王』といえば『魔王エンジェル』の三人を連想するだろうが、彼ほどその呼称が似合うアイドルもいないだろう。……えっと、日高舞さんに関しては、今回言及しない。
ならば、そんな『魔王』に立ち向かう冬馬さんは……『勇者』、なのだろうか。
この『魔王』は物語のように簡単に倒れてはくれない。ここにいるファンのみんなもその『魔王』の配下と言っても過言ではなく、彼の敗北を望むものはきっといない。
しかし、それでも、きっと心のどこかでは『勇者』が『魔王』を倒すという、奇跡の瞬間を期待している。
……少なくとも、私はそうだった。
心のどこかではなく、しっかりと心の中心で。先輩であり恩人でもある良太郎さんへの感謝と尊敬に少しだけ蓋をして、私はただただ願うのだ――。
――冬馬さんに、勝ってほしい。
歌う。歌っている。俺は、歌っている。
ただそれだけだった。勿論ダンスだって手を抜くつもりはない。ただひたすら、歌って踊る。それ以外のことを考える余裕なんて、俺にはない。
踊る。歌う。
違う、歌うとか踊るとか、そんなことすら考えている余裕なんてない。
動かす。声を出す。
気を抜けば、きっと俺の歌声とダンスは、良太郎に塗り潰される。
曲調やリズムが微妙に違うため、
『周藤良太郎』というアイドルの存在の強さを知っていたつもりだった。しかしそれは知ったような気になっていただけだと気付かされた。
相対した『周藤良太郎』は、こんなにも凄まじかった
イヤモニから聞こえてくる歌声は、一分の隙も無く一切の息切れが感じられない。正面で披露されるダンスは、遠く離れていてもその動作一つ一つの精密さと力強さに圧倒される。
これが
『届かない』なんて考えたくない、けれどどうしてもそれが頭に過る。
あぁ、知ってるさ。これがどれだけ無謀なことか。
『『さぁ、星を数えよう』』
それでも、俺はこいつに届きたい……!
『それは俺が手を伸ばした数』
『それは』 『俺が迎え撃った数』
そのために、俺はここにいるんだ……!
『何度迎え撃たれようとも』 『絶対に諦めない』
『何度迎え撃とうとも』 『諦めないお前がそこにいる』
そうだ、例えこの先、アイドルとしての道が断たれることになったとしても!
『星が輝く限り』 『星がそこにある限り』
『俺は輝き続けよう』 『俺は待ち続けよう』
この一瞬に、俺は全てを――!
『『届け!』』
刹那。
「「冬馬さんっ!」」
声が、聞こえたような気がした。
『天上に光る、お前の元へ!』
『天上に光る、星となって!』
……あぁ、何度浴びても、この大歓声というものは心地よい。アイドルを始めたそのときから、これはずっと変わらない快感。
けれど、今はそれ以上に俺は
きっとそれに気付いたのは、俺以外には片手で数えられるぐらいだろう。そうだな……麗華と高木さんと黒井さん、ぐらいだろう。
最後の一瞬。刹那とも呼べる僅かな時間。
『天ヶ瀬冬馬』が手にした
――『周藤良太郎』へと、確かに
『はぁ……はぁ……はぁ……』
イヤモニを通して、冬馬の荒い息が聞こえてくる。随分と全力を出したようで、メインステージからでもバックステージで大きく肩で息をしている冬馬の姿が見て取れた。
きっとアイツ自身はそれに気付いていないのだろう。気付く余裕もないほど、全力を出し切ったということか。
本来ならばこの後は全員ステージ上に出てきてMCの予定だが、まだ裏から誰も出てくる気配がない。トラブルなのか、それとも裏の人間全員が感極まってしまったか。理由は分からないが、丁度いい。
『……冬馬』
マイクを使ってバックステージへと語り掛けると、爆音のように鳴り響いていた歓声が収まっていく。
『………………』
冬馬は顔を上げない。もしかしたら俺の声が聞こえていないのかとも思ったが、イヤモニは『なんだよ……』というささやかな声を拾っていた。
聞こえているのであれば、伝えよう。今まで口にしなかった言葉を、今この場で『天ヶ瀬冬馬』という
『ありがとう――』
――最高の友よ。
・『Per aspera ad astra』
ラテン語の格言で、意訳すると『No pain,no gain』痛みなくして得るものなし。
異なる二曲が重なるイメージとしては『戦姫絶唱シンフォギア』のザババ、『ルパンレンジャーVSパトレンジャー』のOP。
決して『魔王』を倒すことが出来たわけではない。
けれど、彼の者の心の臓へと刃は届いたのだ。
魔王よ、歓喜せよ。
汝の望みは、今叶えられた。