「ねぇしぶりん」
「なに未央。今恵美さんとまゆさんの応援で忙しいんだけど」
「しまむーがさっきから動いてない」
「知ってる」
案の定というかなんというか、天ヶ瀬さんたちジュピターの『BRAND NEW FIELD』に卯月がノックアウトされていた。普段は比較的仏頂面でいることの多い天ヶ瀬さんの爽やかな笑顔にやられたらしい。顔を手で覆いグスグスとすすり泣きながら「しんどい」とか「つらい」とか、普段の彼女の口からは決して出そうにないような言葉が漏れ出ていた。どんだけ効いてるのさ……。
しかし私もそれどころではない。ステージの上ではピーチフィズの二人による『TOP SPEED!』の応援で忙しいので、後で時間が出来たら心配してあげよう。
「つまりそれまでは心配することすらしないという……」
未央が何か言っているが、君もちゃんと応援しなよ。ファンとか以前に友達なんでしょ?
『誰にも止められないこのスピード!』
『一直線へアナタへと!』
『『届け! この滾るBurning heart!!』』
しかし、なんだろうか。
(この胸騒ぎは……)
ピンクと黒のペンライトを振りながら、私は何かを感じとっていた。それはアイドルとしての勘というか……なんとなく、妹としての勘? もしくは『周藤良太郎』ファンとしての勘? のような気がした。
つまりこの後、良太郎さんが何かしらをするかもしれないということだ。
あくまで私の勘なので信憑性は薄いだろうが、時間的にもそろそろトリが来てもおかしくないのだ。123プロ感謝祭ライブと銘打ってはいるものの、そのメインはどう取り繕ったとしても『周藤良太郎』には間違いなく、そうなるとトリを良太郎さんが飾るのが自然だろう。
……アンコール前とはいえ、まだまだ大きなネタを一つ二つ残しておいてもおかしくないのが良太郎さん、ひいては123プロだ。この短時間の間で何度も「これ以上はないだろう」という予想をことごとく裏切ってきた彼らならば、まだまだ十分に可能性があるだろう。
(……っ!)
そう考えるだけで、ワクワクが止まらなかった。目の前のまゆさんたちのステージも素晴らしいというのに、まだこれ以上の何かがあるという期待をさせてくれるのだ。
そんなことを考えながら……私は、刻一刻と近付いてきている『終わりの時』から目を逸らしていた。
「……ふむ」
次の出番の準備を終え、ステージの下で恵美ちゃんとまゆちゃんのデュエットに耳を傾ける。
活発的に見えて根っこの部分は落ち着いた性格の恵美ちゃんと、大人しそうに見えて事務所一と言っていい行動力を誇るまゆちゃん。この二人は最初期からデュエットを組んでいる親友同士で、しかしそれと同時にお互いのことをライバルだと認識しているという、まさしく理想的な関係と言っていいだろう。この二人は見ているだけでこちらも楽しい。
「………………」
――周藤さんが、自身のライバルだと思われるアイドルは誰ですか?
それは雑誌などのインタビューで度々聞かれることのある質問だ。基本的には誰に対しても角が立たないように「俺自身です」だとか「俺を倒せるのは俺だけだ」とか適当なことを言って流してきた。
勿論、麗華たち魔王エンジェルや、最近だと玲音とかいうバケモノもその候補に挙がる。……いや、玲音はいいや、マジでいいや、アイツとは二度と
いや愚痴になるけどマジでアイツなんなんだよ。確かに美城さんとのやり取りで「アイツの相手は俺がします」的なニュアンスのことは話したからさ、勿論それが無くても最終的に対峙することにはなる運命だったとは思う。だからって転生チートを持ってる俺と同等のレベルだとは思わないじゃん!? アイツだけじゃなくて、てんちーれん三姉妹とか、エヴァにゃんとか、天然チートたちが意外に多すぎるんだよ……。
(いやまぁ、勝ったけど)
それでも世界一をもぎ取ったのは、もはや意地である。あれだけ豪語しておいて勝てなかったらカッコ悪いにもほどがあるし。
……あれ、なんの話してたっけ?
「周藤さん、スタンバイお願いします!」
「はーい」
そろそろステージ上の二人の曲が終盤に差し掛かったため、スタッフに促されてスタンバイに入る。俺はメインステージのポップアップからの登場になるため、あらかじめ下がっているポップに乗ってしゃがむ。恐らくバックステージのポップアップでは同じように冬馬が準備をしていることだろう。
『全てを抜き去る光速の世界!』
『君と手を繋いで共に!』
『『これが! 私たちのTop speed!!』』
わあああぁぁぁあああぁぁぁ!!!
ラストサビを終え、会場からの歓声がここにまで届いてくる。
さて、いよいよだ。
合わせ練習無し、打ち合わせ無し、リハおよびゲネ無し。正真正銘ぶっつけ本番の一発勝負。信じるのは己の実力以上に、相方が完璧なパフォーマンスをしてくれるという
なにせ、今回の相方は天ヶ瀬冬馬なのだ。
……あぁ、そうだ、確か『俺のライバル』っていう話をしてたっけ。
「………………」
「天ヶ瀬さん、大丈夫ですか?」
「……あぁ」
目を瞑って集中していたら、心配になったらしいスタッフから声をかけられた。
確かに今から俺たちがやることは、周りの連中からしてみたら無謀なことなのだろう。何せ個別の練習のみで合わせることは一切せず、普段自分たちが歌いなれている曲ですら絶対にするリハーサルとゲネですらしていないのだ。それがどれだけ異常なことかは素人にだって分かる。
しかし、多分作詞作曲を担当した先生も、これを依頼したという社長やJANGO先生もそれを期待しているのだろう。
すなわち、俺と良太郎が
(……奇跡、か)
自分で考えておいて随分とロマンチストな思考に苦笑する。
俺はこれまで『奇跡』なんてものに縋ったつもりはなかった。アイドルとして黒井のおっさんに拾ってもらったのも奇跡ではなく俺の実力あってのものだし、その黒井のおっさんがスカウトしてきたからこそ北斗や翔太と出会えたと思っている。こうして123プロに所属しているのだって、俺たちのアイドルとしての実力が認められたからだ。全部、俺たちの実力ありきのものだと信じている。
……だから、今から俺が立つステージも『奇跡』なんてつまらない言葉で済ませるつもりは一切ない。
俺は俺の実力で『周藤良太郎』にまで辿り着いたのだ。
そうでなければ、『周藤良太郎』に見せる顔がない。
「天ヶ瀬さん! 準備いいですか!?」
「……いつでも行けるぜ」
頭上からピーチフィズの二人に向けられた歓声が響いてくる。
いよいよ、その時が来たらしい。
もう一度、ゆっくり深呼吸をする。
俺が今からするのは、いつも通り『歌って』『踊る』だけ。
そう、ただそれだけ。
アイツに合わせようなんて考えない。アイツだって合わせようなんて考えていない。
……さぁ、始めよう。
「やっぱりころめぐとままゆ凄いよねー!」
「むぐぐ……悔しいけど、流石なの」
真美と美希がステージを終えたばかりの二人について話している。
あの二人が私たちのバックダンサーとしてアリーナライブを盛り上げてくれたのだと思うと、なんというか誇らしくなると同時に、これまで以上に頑張ろうという気になってくる。
さて、時間的にそろそろ最後の曲が来てもおかしくない。勿論アンコールもあるだろうが、一旦フィナーレとなる全体曲が来る頃合いである。
しかし、暗転した会場内に流れてきたのは全く聞いたことのない曲だった。
「……ん? あれ?」
周りが「え、何この曲!?」「このタイミングで新曲!?」とざわついている中、一人だけ可奈ちゃんがキョロキョロと周りを見回していた。
「可奈ちゃん?」
「春香さん、これ、
『……えっ』
突然そんなことを言い出した可奈ちゃんに、周りのみんなが驚きの声をあげる。
一体何を言ってるのかと思ったのも束の間。
「……あっ、ホントーだ!」
「よく聞くと
「ほ、本当だ……!?」
今流れている曲は、言われなければ気が付かないぐらいほどシンクロする二つの曲から構成されていた。
そして一体何が始まるのかと考える暇もなく――。
わあああぁぁぁあああぁぁぁ!!!
――それは始まった。
メインステージに姿を表した『周藤良太郎』。
バックステージに姿を表した『天ヶ瀬冬馬』。
まるで相対するように向かい合った二人は……いや、二人は間違いなく相対していた。
モニターに映る二人の目線は真っ直ぐ前を向いていて、きっと周りの観客など見えていないと確信できるほどに、ただひたすら
観客たちのボルテージも高まり……そしてついに二人はマイクを口元へと近づけ――。
――
『前に進むと誓ったから』
『お前の誓いを信じよう』
『どれだけの月日をかけてでも』
『例えどれだけ永くとも』
『お前を超える!』
『お前を迎え撃つ!』
『困難を越えて栄光を掴む!』
『栄光のための困難となろう!』
『『さぁ!!』』
『覚悟しな!』
『かかってきな!』
『Per aspera』 / 天ヶ瀬冬馬
『Ad astra』 / 周藤良太郎
・「しんどい」とか「つらい」とか
原作卯月だと絶対に言わなさそう。
・『TOP SPEED!』
ピーチフィズの二人の二曲目。なんかオリジナル楽曲が似たような傾向なのは、作者のセンスの限界デス。
・「俺を倒せるのは俺だけだ」
赤い弓兵といい、どうして諏訪部ボイスのキャラは自分と戦いたがるのだろうか……。
・耳がいい可奈ちゃん
アイ転世界においては『コナン』タイプの音痴キャラ。
・『Per aspera』
・『Ad astra』
詳細は次回。
ついに始まりました。これが今回の感謝祭ライブの『メインイベント』です。