『モザイクカケラ ひとつひとつ繋げ合わせて描いていく』
『あなたがくれた 出会いと別れも』
ウチにおいて一番後輩でありながら一番年上という彼女の歌うその姿は、先ほど志保ちゃんと共に披露した『Last Kiss』とはまた違う、大人の女性としての余裕を感じるような気がした。
「……さてと」
次の次の次が俺の出番だ。しかも
観客たちに対するサプライズを成功させるため、しっかり一緒のステージへ立つ冬馬と共にモチベーションを上げて……と言いたいところではあるが、今回はむしろ逆。
今から共にステージへと立つが故に、
現に俺がコーヒーを飲んでいる間に冬馬は待機場所から既に移動しており、勿論声すらかけられていない。しかしそれでいい。
冬馬本人がどう考えているかは知らないが、俺はこのステージを『周藤良太郎と天ヶ瀬冬馬の一騎打ちの場』だと考えている。
『天ヶ瀬冬馬』というアイドルは、男性アイドルの中で初めて『周藤良太郎』という存在に噛みつき、そして唯一ここまで上り詰めたアイドルだ。
俺も人間故に
――なにせ、冬馬は……。
それは、感謝祭ライブが決まった直後のことだった。
「はぁ!? 俺と良太郎の新曲!?」
実は珍しい良太郎と二人という組み合わせで呼び出されたスタジオで、俺はボーカルトレーナーからそんなトンデモナイことを告げられた。
「はい。社長とJANGOさんのお二人が直々に手掛けられた曲です」
「ふーん、JANGO先生はともかく、兄貴も噛んでるのか」
なんでもないことのように呟きながら、トレーナーから楽曲の情報が書かれた書類を受け取る良太郎。
「そんな重要そうなことをこんなにアッサリと告げられる気にもなってくれよ……」
「す、すみません……」
トレーナーに対しての愚痴だったつもりではないのだが、恐縮してしまったトレーナーから俺も書類を受け取る。
「……って、なんだこの曲……!?」
書かれていた情報に、思わずギョッとしてしまった。確かにこれは
「なるほどねぇ……とりあえず、兄貴とJANGO先生が俺とお前に何をさせたいのかは大体分かった」
良太郎が「お前は?」と目で問いかけてくる。
「……分からないわけねーよ」
ここまで
「というわけでトレーナーさん、この曲のレッスンは冬馬と別々にします。合わせも一切しません」
「あっ、はい。……え?」
良太郎の言葉に思わず頷いてしまったトレーナーは、一瞬間を置いてからその意味を理解して慌て始めた。
「え、す、周藤さん!? この曲で合わせ無しは流石に無理がないですか!?」
「無理がないどころか、寧ろそうしないと
慌てるトレーナーを余所に、普段と変わらず良太郎は飄々としたものだ。
「冬馬もそれでいいだろ?」
「……あぁ、それでいいぜ」
「天ヶ瀬さんまで!?」
トレーナーには悪いが、これは俺も良太郎と同意見だ。これは、俺と良太郎がお互いに合わせることを意識しては意味がない曲だ。
「というわけで、今日の所は俺が自主練してくるんでトレーナーさんは冬馬のレッスンを見てやってください」
「勘弁してくださいよ周藤さん! 流石に無理ですって!」
「大丈夫大丈夫、心配性だなぁ」
「心配とかそういう話じゃなくて――!」
「……『一文字で鬼』」
「――っ!?」
なおも食い下がろうとしていたトレーナーは、良太郎のその一言によって身動きを止めた。
「『二文字で悪魔』」
さらに一言。トレーナーの口は開いたまま、しかし声にはならず、寧ろ呼吸をしているかどうかも怪しい。
「『三文字で……』は飛ばして、『四文字で悪鬼羅刹』」
冗談交じりだが、その口調に冗談は一切含まれていない。隣で聞いている俺も思わず生唾を飲んでしまった。
「トレーナーさん?」
――五文字で、なんだと思います?
「………………」
「安心してください、上から何か言われたら俺の名前を出してもらえば大丈夫です」
完全に硬直しているトレーナーの肩にポンと手を置いてから、良太郎は「それじゃあ冬馬、頑張ってなー」とヒラヒラ手を振りながらレッスン室を後にした。
「……はっ!? ここはドコ!? 私はダレ!?」
動かないトレーナーが心配になったが、どうやら結構余裕あったようだ。
「……はあああぁぁぁ……怖かったあああぁぁぁ……!」
大きくため息を吐きながらその場にしゃがみ込んでしまったトレーナー。良太郎が初対面時に「そのガタイでダンストレーナーじゃない……だと……!?」と驚愕していた巨漢がビビッて蹲っている姿は、申し訳ないが少々面白かった。
「大丈夫っすか?」
「だ、大丈夫です……いやぁ、普段の様子で忘れがちになりますけど……そうですよね、あの人は『周藤良太郎』なんですね……」
なにを当たり前な……と思わないでもないが、きっとそれは俺がアイツに慣れてしまっているからだろう。
『周藤良太郎』はトップアイドルで、それを感じさせないほど気さくで、ファンや同業者だけじゃなくスタッフたち裏方の人間にも分け隔てなく接していて。
しかし、ふとした瞬間に覗かせる顔は紛れもなく『覇王』だった。
『周藤良太郎』という名前は
「……すんませんが、今回ばかりは俺も良太郎と同意見です」
しかし、今回ばかりは俺も良太郎と同意見なので強くは言えなかった。
「うぅ、分かりました……それじゃあ今日は天ヶ瀬さんだけでレッスンさせていただきます……」
「お願いします」
大男がメソメソと泣き言を言う様に呆れつつ、それでも123プロが信頼を寄せるボーカルトレーナーからのレッスンを受けるのだった。
「……これは、俺もいつも以上にガチでやらないとな」
「いや~、美優ちゃん凄いわねぇ」
「はい……あの三船さんがアイドルになったと聞いて驚きましたが、あの姿を見るとそれも当然だったんだなぁって思います」
「桑山さんもどう? ウチの旦那の事務所でアイドルやってみない?」
「わ、私はちょっと……」
幸太郎さんの奥さんである早苗さんが、隣の女性に対してスカウトのようなことをしていた。実際彼女にそんな権限はないだろうが、あの桑山千雪という女性ならば、本当に123のアイドルになってもおかしくないのでは……と思ってしまった。
さて、三船さんの曲が終わり、誰が来るのだろうかとペンライトの色を青からカチカチと変えつつ次の曲に備える。
そしてやがて聞こえてきたイントロに――。
「――あ」
わあああぁぁぁあああぁぁぁ!!!
――会場は一瞬で
スモークが炊かれ、徐々にせり上がってくるポップアップから現れる人影に、私の心臓はドキリと跳ね上がった。きっとこれは、感動に近い歓喜。
『Brand new field』
『キミを今』
in mind!!
『連れてゆくよ』
『『『ミライは待ってる。僕らが描く――』』』
――新たなキセキ!
『Jupiter』の登場に、会場は何度目か分からない爆発的な歓声に包まれた。
『Go! Future 振り向かないで All right!』
感じて! All the time!!
気が付けば、私も周りと一緒になって大声を張り上げていた。
……私たちとジュピターの出会いは、思い返せばあまりいいものではなかった。
ファーストコンタクトはテレビ局の廊下でぶつかり「ぼーっとしてんじゃねぇよ」と罵られ、その後765プロの仕事を奪われたりと、正直散々なものだったと思う。
そんな彼らとも今では『仲が良い』と称しても間違いない間柄となり、以前の一件で一番憤っていた伊織ですら「ふんっ、周藤良太郎よりマシよ」と言いながら三人と雑談をしていたりするのだ。……きっとこれもある意味、良太郎さんのおかげなのかもしれない。
彼らは良太郎さんや魔王エンジェルの皆さんと同じように、私たちにとって目指すべき憧れの先輩だった。
そんな彼らが961プロを辞めたと聞いたときはアイドルとして引退してしまったのかと悲しくなったし、その後123プロに入ったと聞いたときはまた彼らのパフォーマンスが見れると知ってホッとした。
だから今こうして、ステージの上でトップアイドルとして歌って踊る彼らの姿を見るのが本当に嬉しくて――。
『夢のカケラ もうすぐそこに……きっと!』
――でも、この
アイドルだからとか、千早ちゃんが良い顔しないからとか、ましてや彼が懇意に面倒を見ている女の子がいるからとか、そういう理由じゃなくて。
私はこの感情を
(……なーんてね)
まるで物語の主人公のようなことを考えてしまった自分がおかしくてクスリと笑いつつ、そんなことをしてる場合じゃないと私は全力で緑のペンライトを振るのだった。
『俺たちなら、楽勝! だぜっ!』
・『モザイクカケラ』
カバー曲ですが、美優さんの二曲目として採用させていただきました。
元はコードギアスの曲です。
・ありえない曲
勿論作者の脳ではそんな大それたことは考えられないので、実際に存在する楽曲モチーフ。
イイ子だから予想を感想に書き込んで作者を追い詰めないように()
・『一文字で鬼』
なんとLesson02以降一切使われていないフレーズである。
・『BRAND NEW FIELD』
ジュピターの楽曲ですが、詳しいことは語らず。
『Episode of Jupiter』を! 観ましょう!
・胸の高鳴り
・その程度のものにしたくない
なんのこったよ(すっとぼけ)
冬馬君が主人公としてアップを始めたと同時に、春香さんもヒロインとしてアップを始めました。いやまぁ、何度も言ってるけどここって外伝なのよね……。
次回ぐらいが、ある意味本番になります。
※誤字脱字とかじゃない重大なミスを発見しましたが、現在諸事情により修正不可となっております。後日修正します。