「……そう、ですねぇ」
ジャラランと軽くギターの弦を鳴らしながら、留美さんからの質問に対する答えを探す。
俺が誰か、なのか。それは俺自身が
転生する前の名前は……生憎思い出せない。忘れたというわけではなく、転生時の補正の一環として思い出すことが出来なくなっていた。そして今の俺は勿論『周藤良太郎』なのだが……それは
……なんて厨二めいたことを考えたことは、一度や二度ではない。兄貴や恭也に対する劣等感に苛まれていた時期はずっとこんなことを考えていた。
そのときも結局答えはでなかったし、今となっては出すつもりもない。寧ろ黒歴史を引きずり出されたような気がして若干ポンポンが痛い。
「誰なのか? という質問はさておき……まぁ、自分は『天才』なんて呼ばれるような存在じゃないことは確かですね」
さて、どう
「……留美さんは、世界で最強の武器って何だと思います?」
「……え、武器ですか? ……核兵器、でしょうか……?」
脈絡もなく全く別の話題に代わり戸惑いつつも、律儀に答えてくれる留美さん。
「まぁそうですね、真っ先に思い浮かぶのは某国御用達の……」
「カメラ回ってないとはいえ、流石にその発言はNGですよ!?」
慌てた留美さんに止められる。うん、今のは彼女が止めてくれることを前提にしたジョークだった。
「仮にその核兵器を留美さんが所持していたとします」
「物騒な例えですね……」
「その場合、留美さんは世界で最強になったと思いますか?」
「それは……ありえませんね」
「でしょうね」
勿論所持しているだけでも意味がある武力というものも存在する。けれど、それを使いこなす前に制圧されてしまってはその武器に意味はない。
要するに、使い方なのだ。
「俺が神様から貰ったのは『才能』じゃなくて、そんな『世界で最強の武器』なんですよ」
「……それはまた、随分と曖昧なものですね」
「そうですね、大雑把過ぎて把握することすら困難な代物です」
それは転生特典というバカげた存在。『
――
使いこなせているかどうか未だに分からないそれは、今も
こんなものを手にしてしまった俺は……もしかしたら、
「そして世界で最強の武器と言えば、勿論……」
「勿論……?」
「『リボルケイン』ですよ」
「……は?」
「おっとそろそろ時間ですね。それじゃあ行ってきまーす」
「えっ、ちょっ……!?」
狙い通り、丁度俺の登場するタイミングが目前に迫っていたため、留美さんにヒラヒラと手を振ってその場を立ち去る。
さて、久しぶりのギター披露だ。気合いを入れていこう。
「……これは、はぐらかされた……のでしょうね」
『………………』
ピアノでの弾き語りを終えて立ち上がったまゆちゃん。彼女が観客席側に向かって頭を下げると、観客からは歓声ではなく万雷の拍手が送られた。
今までとはまた違う盛り上がり方を見せる会場からは、少々すすり泣くような声が聞こえたような気がした。
「うーん、あぁいうところを見ると普通のいいところのお嬢さんなのにねぇ」
「えっと、違うんですか?」
「……昔ね? たまたま街ですれ違ったときに『初めまして、佐久間まゆです。良太郎さんと幸太郎さんには、大変お世話になっています』って」
「……え、えっと……すみません、それのどこが……?」
「ええ、普通よね……それが
「?」
良太郎さんのお義姉さんである早苗さんと留美さんの友人という千雪さんが、向こうでそんな『意味が分かると怖い話』みたいな会話をしていた。うん、きっと良太郎さんか幸太郎さんが早苗さんの写真を見せてたんですよ……。
怖いので、意識を早苗さんたちからステージの上に戻す。既に暗転しているためイマイチ分かりづらいが、メインステージの上ではピアノの撤収が始まっている。このままこのメインステージで次のアイドルのパフォーマンスはしないだろうから、次はセンターかバックか……。
などと考えている内にバックステージがライトによって照らし出され……そこに立っていた人物に会場がざわつき交じりの歓声が上がった。
「あっ!?」「良太郎君!」「ギター持ってる!?」「え、えっ!?」
先ほどはジュピターの三人に合わせて装飾が少なくなった衣装を着ていた良太郎さんが、さらに装飾を少なくした衣装になり……そして真っ赤なギターを携えていた。
「え、良太郎君ってギター引けたの……?」
「「知らないの!?」」
ポツリと呟いたこのみさんの一言に、美希と真美が真っ先に反応した。
「りょーたろーさんのギターと言ったら、あの『シャイニーフェスタ』なの!」
「歌とダンスだけじゃなくて、ギターもチョーチョースッごいんだよ!」
「懐かしいわねぇ」
「そんなこともあったねぇ」
二人の言葉にあずささんと私も同意する。
私たちがアリーナライブを行う前、南の島で『アイドルたちによる
そしてそれには勿論『周藤良太郎』も招待されていて、それまでバンド演奏を主として活動していたアイドルたちに引けを劣らない演奏を披露して、会場を大いに盛り上げたのだ。
しかし、それ以来『周藤良太郎』がギターを披露する場面は一切なかった。
「つまり、ギターを装備したりょーたろーさんは激レア!」
「それはメインライダーがサブライダーの変身ベルトを装着するぐらい激レア! つまり劇場版レベル!」
「真美ちゃんの例えはよく分からないけど、とりあえず貴重だってことは理解したわ」
そんなやり取りをしている間に良太郎さんの演奏は始まっていた。
『何一つ変わらないものなんてないはずで』
『それはきっと人の想いだって同じ』
曲は『全く同じ
『それなのに俺は変われなかった。変えれなかった』
『君を笑顔で見送れなかった』
……良太郎さんが作詞に携わったというこの曲は、きっと彼の『心の叫び』なのだろう。
周藤良太郎は笑わない。鉄面皮という言葉ですら生易しく思えるほど、彼の表情は変わらない。目は動く、口も動く、頬も動く、なんだったら鼻も動かせると彼は言う。
しかし、何故かそれが
もしかしたら笑っているのかもしれないし、怒っているのかもしれない。しかめているのかもしれないし、辛そうにしているのかもしれない。
それでも私たちは、それを表情として捉えることが出来ないのだ。
だからこれは、本当の周藤良太郎を知ってもらいたいという
けれど、それももしかして「『周藤良太郎』とは斯くあるべきだ」と私たちが彼に抱いている
もし、彼がそれを口にするとしたら……果たして、どんなヒトなのだろうか。
『どうかこの想いが』
『泡沫の夢ではありませんように』
わあああぁぁぁあああぁぁぁ!
「……ふぅ」
最後のフレーズを問題なく歌いきり、大歓声を一身に浴びながらこっそりと息を吐く。我ながら無縁の代物と思っていたが、久々のギターに加えて弾き語りというものはそれなりに緊張した。
まぁ、ステージ下のやり取りで少々
しかし、まさか留美さんからあぁいうことをブッ込まれるとは思っていなかった。正直そーいう役回りがあるとするならば、もーちょっとこう……俺に近しい人じゃないかと思っていた。
なんというか……ぶっちゃけ微妙じゃん? 俺と留美さんの距離感って。アイドルと副社長。先輩の弟と兄の後輩。イベント足りてないと思うんだよなぁ……。
だがその距離感だからこそ気付ける何かがあったのかもしれない。きっといつかは彼女と同じように、気付く人物が表れるのかもしれない。
(けど、少しだけ遅かったかなぁ)
俺はもう、それを
これは俺の胸に秘め。決して明かさず。
――この世の淵へと沈んでいこう。
さぁ、俺も早く裏へと戻ろう。
何せ、個人的にはこの後が
「……ぐすっ」
「ほら唯、これ使いなさい」
「ありがと、奏ちゃん……」
良太郎さんの歌を聞いて、感極まってしまったらしい唯ちゃんに奏ちゃんがハンカチを貸していた。通常バージョンでも『周藤良太郎』を代表するバラードの一曲でもある『千恋万華』のギターソロアレンジなのだから、周りでも唯と同じようにすすり泣いている人が多いようだ。
一曲前のまゆちゃんのときと同様に、万雷の拍手と共にステージの下へと捌けていった良太郎さん。
先ほどの曲の余韻に浸りつつ、さて次の曲はなんだろうかと再びステージへと視線を向けて――。
「……え」
――聞こえてきたイントロに真っ先に反応したのは、他ならぬ奏ちゃんだった。
ピンクと紫のライトに照らされたメインステージに現れた五人の影。恵美ちゃん、まゆちゃん、志保ちゃん、志希ちゃん、美優さんの123プロダクションに所属する女性アイドル全員が並び立つそのシルエットには、何やら既視感があった。
「これって……!」
「もしかして……!」
「……もしかしなくても、そうよ」
驚く唯ちゃんとかな子ちゃん。そして奏ちゃんの声も驚愕に震えていた。
会場も「まさかこの曲は……!?」とどよめく中、恵美ちゃんの口から最初の一フレーズが紡がれた。
『忘れてきてあげたのよ、自分の傘は』
・本当に周藤良太郎なのか?
・ようやく気付けたコレの正体
以前から数回出ている『この外伝の正体』に関するキーワードです。
・某国御用達の……
こんなところにまで目は届かないだろう(震え声)
・リボルケイン
オーバークオーツァーで「お前が使うんかい!」ってなった。
・『意味が分かると怖い話』
ほら、まゆちゃんだから(真理)
・メインライダーがサブライダーの変身ベルトを装着
エージ君とかシンにーさんとか。
・『千恋万華』
良太郎のオリ楽曲。自分で考えておいてボカロ曲みたいなタイトルって思った。
・表情にならない。
六年ずっと色々と考えておいて、こーいう感じにようやく落ち着いた。
・最初の一フレーズ
今や『シンデレラガールズ』を代表する一曲。
外伝のくせしてやや重めにシリアスしましたが、この辺りは全て外伝最終話で回収していきます。本編のネタバレにはならないのでご安心を。
そして最後のこれは、感謝祭ライブ編で一番やりたかたことです!
次話を待てぇい!