――えっと……私、このオーディションに落ちているので……今回の選考理由を聞かせてもらえたらって、思いまして……。
――……笑顔です。
それは、私が初めてプロデューサーさんと出会ったときの会話。
養成所で天ヶ瀬さんと出会った翌日にやって来て、私をスカウトしたいと言ったプロデューサーさんから言われた言葉。
――説明不足でしたでしょうか……?
――い、いえ! 笑顔だけは自信があります!
笑顔
でも、だからといってそれ以外を疎かにするつもりは勿論なかった。笑顔は歌の代わりにも、ダンスの代わりにもならない。だから凛ちゃんが別ユニットで、未央ちゃんが舞台で活動していくと知ったとき……私に何が出来るかを考えた。
――天ヶ瀬さん……私のレッスンを、見てもらえないでしょうか!?
――……はぁ?
私が取ったその行動は、無謀で馬鹿なことだったのかもしれない。何より……
だから、こんな不純な動機で天ヶ瀬さんが了承してくれるはずがないと……頼んでから後悔した。
――……やるからには、徹底的にしごいてやるからな。
――っ、はいっ!
でも、天ヶ瀬さんはそれを了承してくれた。私はただ数度会って会話をした程度の知り合いでしかなく、そこになんのメリットもないはずなのに……天ヶ瀬さんはその話を受けてくれた。
それがとても嬉しかった。
――だからそこさっきも注意しただろうがっ!
――は、はいぃ!?
天ヶ瀬さんの宣言通り、レッスンは厳しかった。
それでも私は頑張った。他のみんなみたいに、頑張ればきっと何かが見つかると信じて。
それに……憧れの人がすぐそこにいるのだから。憧れの人がすぐ目の前にいるのだから。どんなに辛くても頑張れる……そう思っていた。
(分かってる)
それは私のワガママだ。
(分かってる)
天ヶ瀬さんは気まぐれでレッスンを見てくれているだけだ。
(分かってる)
『私らしさ』だけじゃ、みんなみたいに輝けないって。
(分かってる)
私には……何もないって。
(分かってるっ! 全部全部分ってる!)
凛ちゃんたちプロジェクトクローネのメンバーは『選ばれたアイドル』だ。
美城常務は確かに強引なやり方で、みんながそれに反発してて……それでも、それは
彼女たちは選ばれた。私は選ばれなかった。それは紛れもなく正しかった。
私に残されたのは、『周藤良太郎』によって無意味だと証明されてしまった『笑顔』だけ。それ以外になにもない。なんにもない。
……だからせめて。
――ったく、お前は……。
せめて。
――まぁ、これなら及第点だな。
せめて。
――……お疲れさん。
それに、本当に価値があるのだったら――。
『まぁ、笑顔ぐらいは認めてやるよ』
「……ぐすっ……ひっく……」
ボロボロと涙を流す島村を前にして、俺は動けなくなっていた。
(……なんだよ、それ)
訳が分からない。意味が分からない。
だって俺はコイツの……コイツの……。
「………………」
――お前は諦めないんだな。
――はいっ! 諦めません! アイドルになるため、頑張ります!
養成所のスタジオで初めて出会ったあの日。例え一人になろうとも諦めなかった島村の姿に、かつての自分を重ねた。周りが『無理だ』と言って消えていく中、一人でレッスンを続けるその姿を見て、俺は思ったはずだ。
『こいつの力になってやりたい』と。
それは同情で、哀れみだった。俺が力になってやったところでコイツが成功する確証なんて何処にもない。それでトップアイドルになれるぐらいだったら、今頃世の中にはトップアイドルで溢れかえっている。
だから『同じ養成所のよしみ』で面倒を見てやった。それだけだった。
(……それで充分だろ)
――俺は、こいつの先輩だ。
だから、今回のこれも口に出して言ってやれなかった俺の責任だ。
ゆえに、俺は島村に謝罪の言葉を――。
「……甘ったれたことを抜かすのはこの口かぁ!? あぁん!?」
「ふえええぇぇぇ!?」
――かけてやるわけねぇだろうが!
あぁそうさ、今回の一件は俺にも責任があるんだろうよ。叱るばっかりだったオレは指導者としては三流だったのだろう。
でも今ここでコイツにかけるべき言葉は謝罪じゃない。これでもアイドルの端くれだ。
無遠慮に。馴れ馴れしく。そして容赦なく島村の頬を両方から引っ張ってやった。突然の俺の行動に目を白黒させる島村。かなり強めに頬を抓っているので、先ほどとは違う意味で涙目になっていた。
「褒めなきゃヤル気でねぇとか小学生みたいなこと言うつもりか!? 褒められて伸びるタイプとか自分で言うつもりか!?」
「
「何言ってんのかわかんねぇなぁ!」
半ば八つ当たり気味に頬を引っ張り倒し、満足はしていないが適当なところで解放してやる。
痛そうに頬を抑える島村だったが、先ほどまでの暗い雰囲気はなくなっていた。
「……いいか、一度しか言ってやらねーからな」
「……え」
本当は、もっと早く言ってやるべきだった。そして今さらそれを言ってこいつに届くかどうか分からない。
「……笑顔は誰にでも出来る。俺にだって出来るし、お前のユニットメンバーだって出来る」
けれど。
「でもな、
今だけは、俺の本心を素直に口にしてやろう。
「顔を上げて胸を張れ。……俺がお前のレッスンを見てやってるのは――」
――島村卯月の笑顔に、魅かれたからなんだよ。
さて、今回の事の顛末という名のオチを語ることにしよう。
今回の凛ちゃんたち三人の一件……仮に『笑顔騒動』とでも名付けよう。『笑顔騒動』は、事の発端である卯月ちゃんが涙ながらに凛ちゃんと未央ちゃんに謝罪をしたことで収束に向かっていった。
――私、凛ちゃんの気持ちも考えずに、酷いこと言っちゃった……!
――私こそ、卯月の気持ち、なんにも考えてなかった……!
ボロボロと涙を流しながらお互いに謝罪する卯月ちゃんと凛ちゃん。そんな二人を、目に涙を浮かべながら抱きしめる未央ちゃん。三人の姿を確認した
今からだと、年明けに行われるシンデレラの舞踏会どころかクリスマスイブのライブすら時間が足りなさそうだが……今の彼女たちならば大丈夫だろう。
……とまぁ、凛ちゃんと卯月ちゃんと未央ちゃんは一先ずオッケー。
「……はい」
というわけで。
「反省会を始めまーす」
123の事務所のミーティングルームに集まった俺と冬馬と恵美ちゃんとまゆちゃんと志保ちゃんの五人。
今回の『笑顔騒動』を経て、俺たちが全員以前からニュージェネのメンバーと関わりがあったことを知ることになった。そしてお互いの話を聞いているうちに「あれ……? 今回のこれってもしかして俺たちにも原因あるんじゃね……?」ということになり、こうして反省会を開くことになった。
「………………」
「まぁ、と言っても今回は主に俺と冬馬に責任があるっぽいから、恵美ちゃんたちは是非とも文字通り馬鹿野郎二人に率直なご意見をお願いします」
事務所の床の上で冬馬と共に正座しながら恵美ちゃんたちを見上げる。……こうして見上げると、やっぱり恵美ちゃんと志保ちゃんは凄いなぁ。
「まゆだって結構あるんですよぉ!?」
「まゆステイ」
「反省会と言いつつ、全然反省する気ないじゃないですか」
「二ヶ月近くシリアス続けてたから、そろそろ一回作風の換気をしておかないとダメかなぁって思って」
わりと俺(と作者とついでに一部の読者)の精神はボロボロなのよ。
「………………」
先ほどから冬馬は俺の隣で黙って正座している。文句を一切言わないあたり、今回のことでどうやら結構落ち込んでいるらしい。
「そうですねー……でも、リョータローさんは今回そんなに悪くないんじゃないかな?」
「じゃあまゆの胸が小さいせいだって言いたいんですかぁ!?」
「まゆちゃんステイ」
「早速ぐだぐだですね……」
ある意味いつも通りではあるが、最後だからもうちょっと真面目にいこう。俺が言うのもなんだけどね。
「リョータローさんが
「そりゃあね」
誰も好き好んで鉄面皮貫いてないよ。
「卯月さんが抱いてしまった
「……そうだね」
笑わないトップアイドル。ならば『笑顔はいらないのでは?』という疑問。それは卯月ちゃんだけじゃなく、きっと日本にいるどこかの誰かが今も胸に抱いていることだろう。そう思わせてしまったのであれば……それはきっと、俺の責任ということになるのかもしれない。
それと、と志保ちゃんは付け加える。
「プロジェクトクローネの面倒を
「……あ」
そういえばみくちゃんのストライキ騒動も『天海春香たちトップアイドルがニュージェネの三人のことを気にかけていたから』っていう理由だった。俺や美城常務が面倒をみたプロジェクトクローネの活躍も、卯月ちゃんが焦った理由の一つだっけ。
「……マジかー」
二度目のやらかしには、流石の俺も手で顔を覆う。
「これは良太郎さん一人の責任とは言い切れませんけどね。問題は……」
志保ちゃんはチラリと冬馬を一瞥する。
「……『自分の自信があるものを褒めてもらいたかった』という卯月さんの気持ちは分からないでもありませんが、それを完璧に汲み取れとは言いません」
「でも、乙女心が分からない男の人には生きてる価値ありませんねぇ……?」
俺に向けられたものではないのに、まゆちゃんの冷たい視線が物理的な痛みを伴っているような気がした。というか、それ微妙に俺にも流れ弾が当たってる……。
とはいえ、今回のこれは結局『自分のとりえに対するコンプレックス』と『好きな人に褒めてもらいたい乙女心』が入り混じった複雑な感情が、主な原因ということだろう。
……しかし『好きな人に』ってところを、果たして冬馬の奴は気づいてんだか気付いてないんだか……。
「ぐっ……は、反論はしねぇ……分かってるよ、俺の責任だって……」
「まぁまぁ、まゆ。結果として、今回の騒動を収めたのは冬馬さんなんだしさ?」
うなだれる冬馬と見下ろすまゆちゃんの間に、恵美ちゃんが割って入った。
「それは原因なんだから当たり前です。恵美ちゃんは甘すぎですぅ」
「反省会で追い込むのも落ち込むのもナンセンスだって。『あのとき、ああすればよかったなぁ』で、それでいいじゃん!」
「はい反省会終わり!」と恵美ちゃんはパチンと手を叩いた。
「それに、アタシたちには最後の仕事が残ってるわけだしさ?」
そう言って恵美ちゃんが取り出したチケット。それはまゆちゃんと志保ちゃん、そして冬馬と俺も貰っている『シンデレラの舞踏会』のチケット。
「……そうだね。
「それにしても、結局美城常務は何がしたかったんでしょうね……?」
「……あぁ、それだったらもう見当はついてるよ」
「えっ!?」
「……知ってる?」
――海の向こうには、
・島村卯月が願ったこと
それはずっと素直に真面目に頑張って来た島村卯月という少女が抱いた、ほんのささやかな『ワガママ』
・褒めて伸びるタイプ
「さ゛く゛や゛あ゛あ゛あ゛ぁぁぁ!!」
・「二ヶ月近くシリアス続けてたから」
本気で作者のメンタルズタボロよ……。
・『自分のとりえに対するコンプレックス』
・『好きな人に褒めてもらいたい乙女心』
結局今回の騒動の原因はこの二つ。
前者だけなら原作通りだが、後者が混ざったことでややこしくなった。
・『あのとき、ああすればよかったなぁ』
・「はい反省会終わり!」
らりるれロケットだーん!
・本物のバケモノ
第五章全ての元凶。
『冬馬なら救える』?
残念! それも正解ではあるんだけど、そもそもこいつが原因でしたぁ!
簡単にまとめると
・冬馬に褒められたいと思ってしまった乙女心が自己嫌悪に変わり
・それが笑顔のコンプレックスに対する良太郎へベクトルが向き
・それを冬馬に論破されたことで
・卯月の手元に戻ってきて耐え切れず爆発した。
という感じです。ややこしいですが、本質的には志保のときと同じです。
……これ本当にちゃんとまとまったのだろうか……? 自分でも扱いきれずに言葉が足りてないような気も……その場合、加筆修正するかもしれません。
さて、これでデレマス編も山場を越え、ついに残すは最終話のみです。
……その前に、シリアス続きで疲弊しているので番外編で筆休みさせて……。