アイドルの世界に転生したようです。   作:朝霞リョウマ

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途中から四話で収めることを放棄した第四話。


Lesson215 Is the moon out yet? 4

 

 

 

(うーん……まさかこの俺がこんなに主人公チックな登場を出来るなんて……)

 

 思わずそんなことを考えてしまったが、今は文香ちゃんのことに集中しよう。目の前で女の子が苦しそうにしている状況でネタに走るほど、俺も空気を読めていないわけじゃない。

 

 胸を抑えて苦しそうに息をする文香ちゃん。発汗があって脈も早い。まるでいくら息を吸っても酸素不足のようで……過呼吸か?

 

 都合良くすぐそこに誰かの昼食らしきコンビニの袋があったので、拝借して彼女の頭に被せる。アイドルとしてはちょいと不格好だが、とりあえずの応急処置をする。しばらくすると呼吸が楽そうになったので一先ず安心。

 

「りょ、良太郎さん!? な、何を……!?」

 

「ごめん橘さん、説明は後で」

 

 とりあえず彼女を休憩できる場所に連れていかないといけないのだが、立てるかどうか聞く手間も惜しい。セクハラの汚名は甘んじて受け入れることにして、そのまま文香ちゃんの体を横抱きで抱え上げる。

 

 いやぁ軽いなぁ。この間動物系の番組で響ちゃんと一緒になったときに、飛びかかってきたいぬ美の方が重かったぞ……いや、セントバーナードと比べるのは流石に失礼か。大型犬は下手すると俺より重いし。

 

「救護室は?」

 

「こ、こっちです!」

 

「りょ、良太郎さん!? 鷺沢さんに、何が……!?」

 

 スタッフさんの後についていこうとすると、騒ぎを聞きつけたらしいステージ衣装姿の凛ちゃんが焦った様子でやって来た。改めて見回してみると、プロジェクトクローネのメンバーが勢揃いしていた。

 

「多分緊張によるストレスで過呼吸になっちゃっただけだよ。俺はこのまま彼女を救護室に連れてくから、みんなは予定通り……いや、()()()()()()()()()()待機してて。凛ちゃんは武内さんを呼んできて」

 

「……分かった、プロデューサーだね」

 

 戸惑いに揺れていた目をすぐにキッといつものそれに戻して、凛ちゃんは小走りに去っていった。その背中を見送ることなく、俺は文香ちゃんを抱えてスタッフさんの案内で救護室へと向かう。

 

「……もしかして、こうなるって分かってたのかしら」

 

 心配そうに付いてくる橘さんと奏。奏からのそんな質問に「確証は無かった」と答える。

 

「つまり、そういう可能性は考えてたってことね」

 

「……最悪のことを想定し続けるっていうのはガラじゃねぇけど、ちょっとだけ気になることがあってな」

 

「気になること?」

 

「あぁ。お前たちは()()()()()()んだよ」

 

「……口説いてる?」

 

「たわけ」

 

 彼女たち『Project:Krone』は美城さんが満を持して世に送り出した秘蔵のアイドルたちで、まるでお姫様のように蝶よ花よと育てられた。一流のレッスンを受けて一流の衣装を身に纏い、そして初ステージまで一流の舞台が用意された。

 

 しかし用意された舞台は、アイドルならば誰もが夢見る『観客で埋め尽くされたステージ』で……アイドルの卵の彼女たちが背負うには重すぎた。

 

「勿論、それをこなすことが出来る子もいる。でも文香ちゃんはそういうタイプに見えなかったからな」

 

 だから俺はもう少しだけ場数を踏ませてあげたかったのだが……美城さんは少しだけ、初ステージを華々しく劇的なものにしすぎてしまったのだ。

 

(……まるで()()()()()()()()()なって欲しかったみたいに)

 

 というのは、流石に考えすぎであって欲しかった。

 

「そ、それで良太郎さん、どうして鷺沢さんの頭にビニール袋なんか……く、苦しくないんですか?」

 

 早足で救護室へと向かう俺に小走りで付いてくる橘さんがそんなことを尋ねてくる。普通に考えたら頭にビニール袋を被っているこの状態は苦しいだろう。

 

「過呼吸って言って、簡単に言うと酸素を吸いすぎて血の中の二酸化炭素が少なくなったんだよ。だからこうして自分で吐いた二酸化炭素をもう一度吸わせてるんだ」

 

「そ、そうなんですか」

 

「……詳しいのね」

 

 感心した様子の橘さんに対し、意外なものを見たような様子の奏。

 

「これでもお前たちのレッスンを見させてもらってる身だからな。必要最低限の知識は身に付けてるさ」

 

 もしレッスン中に倒れてすぐ側に指導をしている人がいるというのに、何も出来ませんでしたなんて言葉が許されるはずがない。士郎さんから指導の方法を教わった際に、そういった指導中に起こりうる発作や症状への対処方法は一通り教わった。

 

「指導者っていうのは、指導される人が無茶をしないように外部からコントロールしてあげるのも仕事なんだよ」

 

 一時期士郎さんが怪我で動けなくなった際、恭也が無茶な修行をしすぎて膝を壊す一歩手前までいったことがあった。そういった事態を防ぐのも指導者の役目なのだ。

 

「指導ってのは『体を壊さないように』するのが大前提だ。それが十分に出来ない時点で、そいつに指導者の資格なんてないよ」

 

「先輩……」

 

「それに、ただでさえ俺のレッスンは少しキツいみたいだから」

 

「自覚はあったのね……」

 

 救護室へと到着すると文香ちゃんをベッドに寝かせ、被せてあったビニール袋を外す。顔色はまだ少し悪いが、それでも先ほどよりも穏やかに呼吸をしていた。

 

「さてと」

 

 改めて待機してくれていた医療スタッフに文香ちゃんを任せ、奏と橘さんを連れて救護室を出る。

 

「あ、あの良太郎さん、私、鷺沢さんの傍にいてあげたいんですけど……」

 

 出番まで時間はありますし、という橘さん。優しい子だなと思うのだが、申し訳ないが今は我慢してもらう。

 

「ゴメンね。順番が早まる可能性があるから、今は待機してもらいたい」

 

 先ほどの舞台裏まで戻りながら美城さんに電話を掛ける。勿論内容はこのことである。

 

 今歌っているアーニャちゃんが終われば、次に文香ちゃんがステージに立つ予定だった。しかし彼女がすぐに立てそうにない今、セットリストそのものを見直さなければならない事態になってしまった。そこで346の常務であり彼女たちクローネの責任者的立場にいる美城さんへと連絡を取りたかったのだが……。

 

「……出ない」

 

 そりゃそうだよなぁ……あの美城さんなんだから、公演中は電源切ってるよなぁ。

 

 すぐ側にいるであろう今西さんは携帯電話を持ってないし、あの部屋にスタッフ用の電話が設置されていたかなんて覚えていない。

 

 

 

 ――ならば、今は現場の判断で動くしかない。

 

 

 

「良太郎さん! 連れてきた!」

 

 舞台裏まで戻ってくると、ちょうど凛ちゃんが武内さんを連れて戻ってきてくれたところだった。

 

「周藤さん……!」

 

「武内さん、次の文香ちゃんがすぐに動けなくなりました。セットリストの変更を推奨します」

 

「はい、私も同じ考えです。ただ、すぐに動けるアイドルが……」

 

「……凛ちゃん」

 

「何? 良太郎さん」

 

 突然話を振ったにも関わらず、まるで最初から俺が声をかけることを分かっていたかのように凛ちゃんは反応した。

 

「奈緒ちゃんと加蓮ちゃんはいけそう?」

 

「……そこはまず私に行けるかどうか聞かない?」

 

「分かってることは聞かないよ」

 

「もう……一応聞いてくるけど、大丈夫だと思う」

 

「よし」

 

 それだけ聞ければ十分だ。

 

 武内さんに視線を向けると、今の俺と凛ちゃんのやり取りを聞いていた彼も分かってくれたらしく無言のまま頷いてくれた。

 

「じゃあ決まりだ。すぐに準備して」

 

 

 

 ――『Triad Primus』の出番だ。

 

 

 

 

 

 

「……い、今から……!?」

 

「ううう、嘘だろぉ!?」

 

 控室で待機していた加蓮と奈緒を見つけて私たちの出番が早まったことを伝えると、二人とも目に見えて動揺していた。

 

「ちょっと早くなっただけで、それ以外は何も変わりないよ」

 

「だ、だからって、そんな……」

 

「心の準備が……」

 

 やっぱり突然のハプニングというのは、自分が当事者になっていなかったとしても動揺するものだ。それが自分の知っている人物が倒れてしまったというものなのだから猶更で、さらにすぐに自分たちがステージに立つことになってしまったのだ。動揺しない方が無理というものだ。

 

「でも、やるしかないよ。今すぐ出れるのは私たちだけなんだ」

 

 きっと目の前で文香さんが倒れたことによる動揺で橘さんは辛いだろう。つい先ほどまでステージに立っていた奏さんを含む『LiPPS』の五人も無理。

 

 セットリストの関係上、残っているのは私たちだけ。

 

「「………………」」

 

 加蓮と奈緒の表情は優れない。二人が抱えている不安は、よく分かる。

 

「……初めて立つ大舞台は、私も怖かった。自分たちのステージじゃないけど、美嘉のバックダンサーとしてステージに立つ直前は……本当に怖かった」

 

 こんな緊張と不安に呑み込まれている状態で、とても練習通りに踊れるとは思えなかった。どうしよう、まだ何かするべきことはあるかって必死になってた。

 

「でも、良太郎さんが手紙で言ってくれたんだ」

 

 

 

 ――今君たちが考えるべきなのは、頑張らなくちゃなんてことじゃなく、ましてや失敗したらどうしようなんてことでもない。自分たちを鼓舞する掛け声だ。

 

 ――君たちに必要なのはただ一つ、ステージに上がる瞬間の勇気だけ。だから自分自身を奮い立たせる勇気の一言があれば、絶対にステージは上手くいく。

 

 

 

 それは初めて良太郎さんが『アイドル』として『アイドル』の私にしてくれたアドバイス。私は一言一句覚えていた。

 

「『ステージに上がる瞬間の勇気』って……私たちが『アイドルになろうと決意して一歩を踏み出す勇気』と同じなんだよ」

 

 きっと、アイドルはこの勇気の一歩の繰り返し。ステージを繰り返すたびに勇気の一歩を何度も踏みしめ……やがて、良太郎さんたちが待っている世界へ。

 

「私たちはもうその一歩を踏み出してる。……もう一歩、先へ行こう」

 

「……うん」

 

「……分かった」

 

 まだ表情は緊張で硬い。けれど、二人はしっかりと頷いてくれた。

 

 

 

 

 

 

「待ってたよ、三人とも」

 

「……どうしたの、それ」

 

 加蓮ちゃんと奈緒ちゃんの説得を終えて舞台裏まで戻ってきた凛ちゃんは、開口一番俺が羽織っているスタッフ用の上着の事を尋ねてきた。

 

「いやホラ、いつまでも私服でウロウロしてたらみんな気になるかなって思って」

 

「周藤良太郎がこの場に入る時点で気になって仕方ないと思うんだけど」

 

「まぁそんなことはどうでもいいや。……いけるね?」

 

「「「はいっ!」」」

 

 三人から返ってきたいい返事に満足する。

 

「スタンバイお願いします!」

 

「……よし、それじゃあ」

 

「その前に」

 

 スタッフさんからの呼びかけに三人を送り出そうとすると、凛ちゃんが一歩前に出てきた。そしてそのまま右手を持ち上げると、軽くポスンと俺のお腹に拳をぶつけてきた。

 

「……今回は、これで勘弁しておいてあげる」

 

「ん?」

 

 一体何を……?

 

「……はっ! まさか後から衝撃が伝わり内臓を破壊するという伝説の暗殺拳……!」

 

「後でもう一発全力で殴るから安心して」

 

 フンだ! と何故かご機嫌が斜めの凛ちゃんはそっぽを向いてしまった。

 

 何はともあれ……。

 

 

 

「いってらっしゃい、三人とも」

 

「……うん」

 

「ちゃんと見ててくださいね?」

 

「頑張ってきます!」

 

 

 




・過呼吸
自分が過呼吸という症状と対処法を知ったのは『スーパードクターK』だった。
あぁいう漫画の知識は意外と馬鹿にならない。あれらの知識に大学で何度お世話になったか……。
※追記
現在は推奨されていない方法だそうです。申し訳ありませんでした。これだから勉強を怠る愚か者は……。

・セントバーナードと比べる
※参考値
鷺沢文香 45kg
セントバーナード 50~91kg

・「簡単に言うと酸素を吸いすぎて血の中の二酸化炭素が少なくなったんだよ」
あくまでも『簡単に』だからね! 厳密には違うってことは覚えておいてね!
ついでにいうと袋を頭に被せるやり方も、本当に酸欠を招く可能性があるから気を付けてね!

・美城常務の携帯@電源オフ
そもそも原作だとどうしてすぐに連絡が取れなかったのか……。

・後から衝撃が伝わり内臓を破壊するという伝説の暗殺拳
ケンイチの浸透水鏡掌的な。



 珍しく主人公ムーブ継続中な良太郎。多分ギリギリ次回まで続くのではないかと。

 ……ネタが足りない(気の病)

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