それは、少し肌寒い秋晴れのとある日のことだった。
「何だろうね、大事な話って」
「さぁ?」
自分達765プロ所属のアイドル全員が事務所に集められた。普段は別の仕事が多い竜宮小町の三人も一緒である。
全員が何事だろうかと話し合っていると、社長室から社長達が出てきた。出てきたのは社長、プロデューサー、律子、ぴよ子の四人。四人は横に並び、自分達アイドル側と相対する形になる。
「おほん、今日諸君に集まってもらったのは他でもない」
咳払いをしつつ社長がそう切り出すと、何事かと話していた全員が口をつぐむ。
そして、社長の口から放たれた言葉に自分達は驚愕することになるのだった。
「この度、765プロ感謝祭のライブが決定した!」
『え、えぇー!!?』
ライブ。それはテレビでの放送とはまた別の、アイドルとしての通過点の一つ。その舞台に、自分達も立てる日が来たのだ。
「メインは竜宮小町なんだが、それでも全員で挑む初めての大仕事だ!」
「是非とも、諸君には全力を持って挑んでほしい」
社長とプロデューサーの言葉に全員のボルテージが上がる。
「それで、その時発表する全員の新曲も出来上がったんだが……」
「えー!? にーちゃんホント!?」
「聞かせて聞かせてー!」
「残念ながら、今はお預けよ」
「「えー!?」」
律子の言葉に亜美と真美が不満そうな声を出す。声に出していないものの、他のみんなも不満そうである。かく言う自分も不満である。自分達が歌う新しい曲を、早く聞いてみたいと思うのはアイドルとして当然だ。
「君達が新曲に気を取られてしまうということは無いと思うが、それでも、君達には真剣に明日の予定に取り組んでもらいたくてね」
「明日?」
「明日の予定って確か……」
「りょーたろーさんとのレッスンなの!」
何があったかと予定が書かれたホワイトボードに全員が振り向くよりも早く、美希が真っ先に反応した。美希の言葉の通り、明日は以前良太郎さんと約束した765プロ全員との合同レッスンの日だった。
「良太郎君とのレッスンで得られることはきっと多いだろう。諸君には存分に学んできてほしい」
「竜宮小町の三人は以前から言ってたように不参加だけどね」
竜宮小町は番組の収録などの仕事が入っているため不在。明日のレッスンに参加するのは自分を含めて九人だ。
「りょーにぃってどんなレッスンやるだろうねー?」
「どんなレッスンって言われても、普通以外のレッスンが何なのか分からないけど……ん?」
真美の言葉にそう返すが、ふと引っかかる部分があった。
「あれ!? 真美、何でりょーにーちゃんのこと『りょーにぃ』って呼んでるの!?」
そう、そこだ。確か前までは亜美と一緒で良太郎さんのことを『りょーにーちゃん』と呼んでいたはずだ。それがいつの間にか『りょーにぃ』になっていたため引っかかったんだ。
言われてみればと全員の視線が真美に集まるが、当の本人はそんな視線を気にする様子もなく自慢げに笑っていた。
「んっふっふ~! この間デートした時に「りょーにぃって呼んでいい?」って聞いてオッケーもらったんだー!」
『デート!?』
これには亜美だけでなく全員が驚きの反応を見せた。特に自他ともに認める良太郎さんファンの美希は背後に雷が落ちたかのような驚愕の仕方だった。
「どどど、どういうことなの真美! りょーたろーさんとデートってどういうことなの!?」
「いーなー真美! じゃあ亜美もりょーにーちゃんのこと『りょーにぃ』って呼ぶ!」
「ダーメー! これは『真美』だけの呼び方! 亜美は今まで通り『りょーにーちゃん』って呼んでればいーじゃーん?」
「ずるーい! そっちの呼び方の方がすっごい仲良さそうじゃん!」
「ずるくないじゃーん?」
「いいから早くりょーたろーさんとのデートのことを包み隠さず一片たりとも残さず話すのー!」
ヒートアップしているのは亜美と美希だけだが、何と言うか大騒ぎになってしまった。他のみんなも「良太郎さんとデートかー。いいなー」「りょーにぃって呼び方、なんかいいねー」などとキャイキャイと騒いでおり、先ほど社長から告げられた感謝祭ライブのことがすっかり頭の片隅に追いやられてしまっている様子だった。
「はっはっは! 随分と良太郎君は人気者だね」
「いえ社長、周藤良太郎が人気なのは割と昔からの話では」
「はぁ……社長、プロデューサー殿、今はそういう話をしている場合では」
「おっと、そうだったね」
「ほらほらアンタ達、まだ話は終わってないんだから少し静かにしなさい!」
律子がパンパンと手のひらを叩いて全員の視線を集める。
「おっほん。という訳で、感謝祭のライブが決定した。明日は良太郎君と共にレッスンを受けて、ライブに向けて各自レベルアップしてもらいたい。良太郎君のレッスンはかなり厳しいものだと聞く。みんな、頑張って来てくれたまえ」
『はい!』
その話題は兄貴への定期的な連絡中に触れられた。
「へー、765プロが感謝祭ライブねぇ」
『あぁ、小鳥さんが凄い嬉しそうに話してくれたぞ』
「……留美さんといい、少しは情報の漏洩について危機感を持ってもらいたいなぁ」
はぁ、と思わずため息をついてしまう。普通はそんな重要な話、他のアイドルの関係者に話したりしないものなんだが。それだけ俺達が信用されているということでいいのだろうか。
『だから明日はしごき過ぎず、適度にレベルアップする程度のレッスンをお願いしたいそうだ』
「どうやったらそんな器用なレッスンが出来るんだよ」
肩と頭で携帯電話を挟み、パチンパチンと足の爪を切りながらそう聞き返す。
「大体、俺がレッスンする訳じゃないぞ? 普段俺がしているレッスンやらトレーニングやらを一緒にやって、その中から得るものがあればいいな程度の考えなんだから」
『お前のレッスンは世間一般のアイドルのレッスンとは一線を画しているからな。みんなにはいい刺激になるんじゃないか? 特にトレーニングと称した地獄の所業は』
「俺のトレーニングが地獄なら高町ブートキャンプは大焦熱を遥かに通り越えて無間地獄を突破するんだが」
『お前よく生きてたな』
「なのはちゃんという大天使が間一髪のところで蜘蛛の糸を垂らしてくれたおかげだよ」
『天使なのか仏なのかどっちかにしろよ』
寧ろ蜘蛛は誰だよ、という兄貴の突っ込みはスルー。
あの頃は今以上になのはちゃんが俺に懐いてくれていたから、俺が恭也にしごかれているところを目撃する度に「りょうたろうさんをいじめちゃダメなのー!」とストップをかけてくれたのだ。あの子がいなかったら今頃八大地獄ライブツアーを敢行していたことだろう。
「とりあえず、明日はそこそこしごいて、ライブに向けての意識を高めるぐらいのことをすればいいってことだな?」
『そういうことだ。もちろん、将来のライバルが成長するのが嫌だって言うなら手を抜いていいんだぞ?』
珍しく兄貴がそんな挑発的な言葉を向けて来た。度重なる早苗ねーちゃん達のお見舞いという名の牽制合戦にストレスでも溜まってんのかな?
「そんなことする訳ないだろ? 俺だって765プロのみんなのファンの一人なんだ。彼女達がレベルアップしてくれたら俺だって嬉しいさ」
それに。
「『殻も割れていない卵』を危険視するほど怖がりじゃないよ、俺は」
『慢心し過ぎてると、あっという間に足元掬われるぞ』
慢心せずして何が王か、ってね。
「慢心じゃなくて自信だよ。相手が誰であろうと、例えそれが舞さんやフィアッセさんであろうとも、俺は負けるつもりはない。もちろん、男女の違いってのはあるけどな」
『……デビューしたての頃の良太郎とは大違いだな。こんなに成長してくれて、ホントお兄ちゃんは嬉しいよ』
「やっかましいわ!」
あの頃の事は今でも若干黒歴史なんだよ!
「とにかく、明日のことは了解した。こっちからの報告も済んだし、そろそろ母さんに代わるな?」
『あぁ』
「てな訳で、ほい」
「ありがとー、リョーくん!」
先ほどから俺の後ろで今か今かと待ち構えていた母さんに携帯を渡すと、満面の笑みで受け取って兄貴との会話を始めた。相変わらず子離れ出来ていない母親である。
「コウくんどう? 元気してるー? 病気してないー? ちゃんとご飯食べてるー?」
それは入院患者に対して聞くことではないという突っ込みは兄貴に任せて、俺は爪切りを片づけるためにその場を立つのだった。
おまけ『真美の秘密』
「なーんだ、デートって言っても二人でご飯食べただけなのね」
「む、それでも二人っきりでなんだから十分デートっしょー!?」
「ずるいの! 真美ずるいの!」
「それでも美希にとっては十分みたいだけど」
「そ、それに、か、かか、かん、間せ、かんせ……!!」
「わ!? 真美どうしたの!? 顔真っ赤だよ!?」
「……何でも無い! やっぱり言わない!」
「?」
「どうしたんだ?」
「むむむ……なんか真美から魔王エンジェルのりんさんみたいな雰囲気を感じるの……」
「何のことだ?」
「ふふふ、女の子には色々あるのよ、響ちゃん」
「いやあずさ、自分も女の子なんだけど……」
「亜美ー、双子のテレパシー的な何かで分からない?」
「流石にわかんないよー。真美ー、隠し事は無しっしょー?」
「これだけは絶対に誰にも言わない! 真美だけの秘密!」
・「俺のトレーニングが地獄なら」
八階層に分かれる地獄。ぬ~べ~読者ならば説明不要だと思われるが。
大焦熱地獄 → 絶鬼が来たところよりも深いところ
無間地獄 → 絶鬼が送り返されたところ
・蜘蛛の糸
地獄に落ちた人が依然助けた蜘蛛の糸をよじ登って地獄から出ようとするが、一緒に地獄から出ようとする人たちを蹴落としているところを見た仏様に見限られて結局地獄に落とされてしまう話。
ちょうど良くテレビで簡単に説明せよって問題が出ていたので。
・慢心せずして何が王か
良太郎もカリスマは慢心王と同じぐらいありそう。
・あの頃は今でも若干黒歴史
現在進行形で黒歴史を量産しているという説も。
・おまけ『真美の秘密』
いつもの調子で自慢しようとして自分の地雷を自分で踏みぬいちゃって真っ赤になる真美prpr
ネタ少なめですが、レッスンが始まればもう少しネタがつぎ込めると思うので今回はご勘弁を。