今回は期間限定公開の復刻版です!
それは、あり得るかもしれない可能性の話。
「ふんふふんっ、ふんふんふふふふーふんっ」
「あら、ご機嫌ですね、奏ちゃん」
「あっ……千川さん。ふふっ、お疲れ様」
事務所の廊下を歩いていると、向かい側から『LiPPS』のリーダーである奏ちゃんがやって来た。何やら楽しげに自分たちの代表曲である『
「何かいいことでもありましたか?」
「ちょっと、ね。……それは?」
彼女は私が抱える段ボールに視線を向けながら首を傾げた。
「次のお仕事で各部署のプロデューサーさんたちにお配りする封筒です。今からこれの頭を青く縫って、それから刺繍を入れるんです」
「そういえば、そんな封筒を手にしたプロデューサーたちが一喜一憂してたわね」
少々大袈裟なリアクションを取る一部のプロデューサーさんたちのことを思い返したのか、奏ちゃんはクスリと笑う。いつもの歳不相応な大人びた笑みだった。
「それにしても、一つ一つ手作業なの? 大変じゃないかしら」
「はい。でも特別な封筒なので、プロデューサーさんたちに喜んでいただけるように、私も一つ一つに心を込めたいんです」
流石に量が量なので全部には出来ないが、少しでも多くこの『刺繍入り青封筒』を皆さんの手元に届けたいというのが、私なりのプロデューサーさんたちへの気持ちだ。
「優しいのね」
「いえいえ。奏ちゃんは、今日はこれからオフですか?」
「えぇ。少し人と待ち合わせをしているの」
「……男の人ですか?」
「さぁ、どうかしら?」
私の問いかけに対し、答えをはぐらかす奏ちゃんだったが、その反応から察するにそういうことらしい。
芸能事務所のスタッフとして、そういう行動は咎めるべきなのだろうが……。
「……アイドルとしての行動を忘れないでくださいね?」
私は、どちらかというとアイドルの味方だ。彼女たちにだってプライベートはあってしかるべきで、それが恋愛だろうが自由にするべきなのだというのが私の持論。スタッフとしては落第点だが、そういう生き方もあっていいのではないかと私は思っている。
奏ちゃんは「勿論よ」と返事をすると、颯爽とその場を後にするのだった。
……恐らく無意識だろうが、やや軽くなった足取りで。
「さてと、それじゃあ私も……あら?」
奏ちゃんが去っていった方とは逆に足を進めようとすると、廊下の角からこちらを覗く四つの影があった。
というか、奏ちゃんを除く『LiPPS』のメンバー四人だった。
「……えっと、何をしているんですか?」
揃いも揃って眼鏡と帽子で一応変装をしているつもりなのだろうが、身を隠す上で一番大事な『目立たない』という点が全く守られていなかった。
「「「しっ!」」」
周子ちゃんと志希ちゃんとフレデリカちゃんが揃って口元に人差し指を立てる。
「……美嘉ちゃん?」
質問の矛先を唯一話が通じそうな美嘉ちゃんに向ける。
「え、えっとですね……実は奏の後を追ってまして」
「それは何となく分かりますけど……」
三人がモソモソとあんパンを食べているところを見るとそれが悪ノリから来るものだというのと分かる。別にいいですけど、パンクズを廊下に溢さないで下さいね。
疑問点は何故奏ちゃんを追うことになったか、その理由である。
「その……それがですね……」
周りをキョロキョロと見回した後、何故か顔が赤い美嘉ちゃんが耳打ちの姿勢になったのでそちらに顔を寄せる。
「……実は……奏の奴、いきなり『今日はこの後デートなの』とか言い出したんです……!」
「……そうなんですか」
どうやら先ほどの考えは当たっていたようだ。
しかし何故、奏ちゃんはわざわざ美嘉ちゃんたちにそれを言い残したんでしょうか……まさか、わざと追わせるために?
(……あぁ、そういう)
奏ちゃんの性格から考えると、その理由はすぐに分かった。
奏ちゃんの後を追ってそそくさと移動し始めた四人の後姿を見送りながら、一人「若いですねぇ……」と呟いてしまうのだった。
「ふんふふんっ、ふんふんふふふふーふんっ」
少々早く到着してしまった待ち合わせ場所である駅前のベンチに座り、俺は時間潰しにスマホを取り出して動画を観ていた。プロジェクトクローネの五人組ユニット『LiPPS』の『Tulip』の
「……うーん」
思わず唸ってしまったのは、別に彼女たちのパフォーマンスに不満があるからではない。俺が直接面倒を見てあげた甲斐もあり、寧ろ同世代のアイドルたちに比べると頭一つ抜きん出た実力となっている。
男性人気は勿論のこと、可愛くも格好いい彼女たちの姿に女性人気も高く、プロジェクトクローネの顔と呼んでも差し支えはないだろう。
少々アクの強いメンバーが揃ってしまったというか、よくもまぁこんなピーキーな五人を集めたものだと感心してしまうが、そんな五人の内の一人に俺の視線は釘付けとなっていた。
「……この子が俺の恋人かぁ」
別に惚気的な意味ではなく『アイドルが恋人』という事実に対し、純粋に実感が沸いていないのだ。
『お前もアイドルだろう』というツッコミもあるだろうが、それとこれとは話が別。アイドルだからといってアイドルと恋人になることに対して思うことが無いわけ無いのだ。
そんな高校とアイドルの後輩でもある恋人の歌って踊る姿に(……割りと乳揺れがすげぇな)と釘付けになっていると、スマホの画面に影が降りた。
近付いてきたことに全く気付いていなかったが、どうやら誰かが俺のスマホを覗き込んでいるらしい。
やれリップス好きの同好の士でもいたかと思い、誰推しなのかを尋ねようと顔を上げ――。
「んっ……」
――唐突に唇を奪われた。
「……はっ!?」
あまりにも突然すぎる出来事に一瞬意識が飛び、頭の中で恋人に向かって「これは違うんだ」とか「浮気じゃないんだ」とかそんな言い訳の言葉が飛び交う。
「ふふっ、隙だらけよ」
と思ったらその恋人だった。
「ビックリした……不意打ちは勘弁してくれ奏、心臓に悪い」
「あら、不意打ちじゃなければいいの?」
そう言いながら、どちらが年上か分からなくなりそうになる余裕の笑みを浮かべて奏は俺の隣に腰を掛けた。スルリと腕と腕が触れ合う距離に近付いてくるその自然な動作は随分とそういうことに対して慣れているようにも見えるが、実際には
「人前では控えろってこと」
「それじゃあ人気のないところにでもいけばいいのかしら?」
「そしたらこの間みたいに腰砕けにしてやんよ」
「……あれは忘れなさい」
ぷいっとそっぽを向いた奏だが耳が真っ赤になっているので意味は無かった。可愛いなぁ。
「……ところで奏、後ろのアレは一体なんだ……?」
後ろを振り返らないようにしつつ、スマホの画面を暗転させてそこに背後の光景を反射させる。
そこには物陰からこちらの様子を窺っている四人の少女の姿が映し出されていた。全員眼鏡と帽子を着用しているのでコッソリしているつもりなのだろうが、そんな四人組が目立たないはずがなかった。
「美嘉たちよ。打ち合わせの後に『今日はこの後、デートなの』って言ったら凄い食いついてきたから、後を追ってきたんじゃないかしら」
奏の性格的に、多分確信犯だろう。
「どうするんだ?」
一応二人の関係は周囲に隠すと決めたはずだったが。
「別に何もしないわ」
ほら行くわよ、と腕を引かれてベンチから立ち上がる。
そのまま腕を組んで歩き出すと、後ろの四人組も付いてくる気配……というか話し声が聞こえてきた。隠れる気ねぇなアイツら。
「それで、結局何が目的なんだよ」
「目的なんてないわ。……しいて言うなら『私の恋人』を自慢したかっただけよ」
そんなことを言いながら、奏は上機嫌だった。
俺と奏の関係はまだ公表されていない。というか、誰にも話していない。いずれ話すことになるのだろうが、今はまだ秘密の関係と言う奴だ。
「直接言えないなら、こうして見て察してもらおうと思ったのよ。美嘉たちなら知っても口外はしないでしょうし」
結局のところ、奏は美嘉ちゃんたちに俺のことを自慢したかったのだろう。意外と子供っぽい理由である。
……ただ。
「志希は結構前からもう気付いてたと思うぞ」
「………………えっ」
フフンという余裕そうな表情が固まる奏。
「……そ、そんなはずないわよ。これでも私、結構気を使ってたのよ?」
「いや、この間、事務所で――」
――ん? んんー?
――すんすん……はすはす……。
――……なるほどなるほど~そーだったのか~。
――空気が読めるシキちゃんは黙っておいてあげるね~。
「――って言われて、その見返りとして検体を何個か要求された」
アイツ、未だに俺を科学的に調査することを諦めてなかったらしい。まぁ唾液とか髪の毛とか、そういうのだったからまだマシだったが。
「志希が匂いを嗅ぐのなんて日常茶飯事じゃない。それがどうして、私たちのことに繋がるのよ」
「いや、志希にそれをされた日ってのが、お前が『たまにはいいでしょ?』とか言ってやたらと抱き付いてきた日で
耳を真っ赤にした奏に頬を思いっきりつねられた。照れ隠しならもう少し手加減してくれ。
「つ、つまり、志希は貴方の身体に付いていた私の匂いに気付いたわけね?」
「まぁあれだけベタベタ甘えてきたらそりゃあ匂いも残る
事実を述べただけで俺なにも悪くないぞ。
「志希が匂いに敏感って知ってるんだから、対策ぐらい立てておきなさいよ……!」
「そんなん考慮しとらんよ……」
まぁ気紛れ猫娘な志希ではあるが、約束した以上誰にも話してはいないだろう。その辺りは信用している。
「ま、まぁいいわ、他の三人は気付いてなかっただろうし。ふふっ、特に美嘉なんか、真っ赤になってアワアワ言ってるのが目に浮かぶ――」
「おっと」
前から自転車が結構なスピードで走ってきたので、ヒョイと奏の腰に腕を回してこちらに引き寄せた。少し勢いをつけすぎたので、結果として抱き寄せる形になってしまったが、自転車は避けることが出来た。
「全く、危ねぇなぁ。……奏?」
「………………」
腕の中の奏が真っ赤になって俯いていた。自分からくっついてきたり中々積極的な一面を見せる奏だが、こうして不意打ちには相変わらず弱いらしい。表情は変わらないものの、顔が真っ赤になっている点だけはどうしても隠せないようだ。
「……意外と、あのリップスの中で一番純情なのはお前なのかもしれないな」
「な、何を……ふむっ!?」
「んっ……」
奏のお株を奪うように、彼女の唇を不意打ちに奪う。ついでに彼女の弱点である耳に触れると、ピクンと身体を小さく震わせた。
街中で。道の真ん中で。当然周りの注目は集まるが、どうせ俺は気付かれない。
チラリと横目で、可愛い尾行者たち四人の姿を見る。先ほど奏が言ったように顔を真っ赤にした美嘉ちゃんと、同じく顔を真っ赤にした三人がこちらを食い入るように見ていた。
唇を離し、そのまま彼女の頭を抱き寄せる。
「ほら、お望み通り、美嘉ちゃんたちの顔を真っ赤にしてやったぞ」
「……ばか……」
額を俺の胸に押し付けるようにしながら、奏はポスッと脇腹を殴った。
――恭也にちょっかい出しちゃうとは……災難だったなぁ、新入生ちゃん。
初めは、ただの高校の先輩だった。
――ん? 奢れって? もうちょっと胸を寄せながら頼んでくれたら喜んで奢ってやろう。
その内、それなりに仲の良い先輩になった。
――ほら、立て奏。その程度じゃ、ファンの前には立てないぞ。
やがてアイドルとしても先輩になった。
――……好きだよ、奏。
……そして気が付けば、恋人となっていた。
笑ってしまう。本当にただの先輩だった。今までみたいに、少しだけ揶揄っているだけだった。
しかし、いつの間にか私は
この人の前だと、私は私を保てない。顔はにやけるし、鼻歌を歌いたくなるぐらい上機嫌になってしまう。それを美嘉に見られて、逆に揶揄われることもあるだろう。
でも、それも悪くないと思っている私がいた。
好きな人に、自分を染められることが、こんなにも気持ちの良いものだとは思わなかった。
「……さ、デートの続きだ。呆けてないで戻って来い、お姫様」
「……誰のせいよ、誰の」
それでも少しだけ意地になってしまうのは……きっと、
・周藤良太郎(20)
(前略)
微ネタバレではありますが、リップスのレッスンに深く関わっています。
奏の影響により、こいつまでキス魔化しております。
・速水奏(17)
揶揄っている内に本気になってしまうという、ラブコメの王道パターン。
良太郎と恋仲になったことで浮かれ、若干ポンコツ気味。
・刺繍入り青封筒
やっぱりちっひは天使やな(洗脳済)
・どちらかというとアイドルの味方
まだ本編登場してない彼女ですが、アイ転のちっひはこういうスタンス。良太郎目線からは、ただの優しいお姉さんです。
・(……割りと乳揺れがすげぇな)
リップス最大のバストサイズ。文香より大きいと知ったときの衝撃たるや……。
・「そんなん考慮しとらんよ……」
生き返れ……生き返れ……!(中の人並感)
久しぶりの恋仲○○シリーズは奏でした!
今回のお話は、一年前に登場したデレステのフェス限奏のお迎え祈願として執筆し、ガチャ期間限定で公開していた特別短編の加筆修正版となっております。覚えている人が果たして何人いることやら。
最近はツイッターに挙げているのでありませんが、実はもう一本だけ期間限定公開していた短編があるので、そちらもいずれ復刻させたいと思います。
次回からは本編に戻ります。クローネ編のオリジナルストーリーです。
『どうでもいい小話』
四月十五日は恵美の誕生日でした!
それを記念して、恵美をメインヒロインに据えた新作連載『ころめぐといっしょ』を公開しました! もしよろしければ、そちらもどうぞよろしくお願いします!