「いやー、幸が事故に遭ったって聞いておねーさんびっくりしちゃったわよー」
「本当に。あまり無茶はしないでくださいね」
「貴方が怪我することで、悲しむ人は大勢いるんですから」
「あ、事故った原因は居眠り運転で、相手は全面的に非を認めてるらしいから、後処理はスムーズに進みそうよ」
「それはよかったです」
「最近先輩も忙しいみたいですし、これ以上面倒ごとが増えたら更に大変なことになっていましたからね」
「………………」
周藤良太郎ですが、義姉候補三人の会話が和やかすぎて逆に怖いです。
留美さんは兄貴の側の丸椅子に座り、小鳥さんは俺達全員にお茶を淹れ終えてからは留美さんの後ろに立っていて、早苗ねーちゃんは幼馴染みという気安さから留美さんとは兄貴を挟んで反対側のベッドの端に腰をかけていた。ちなみに俺と母さんは少し離れた位置の丸椅子に座っている。
こうして会話の内容と部屋の配置を羅列すると、兄貴のことが好きな女性三人が和やかに談笑するハーレムラブコメ的な一場面に見えないことはない。見えないことはないのだが……。
三人共、目が笑ってないんだって。
何というか、三人共「深淵を覗くとき、深淵もまたこちらを覗いているのだ」と言わんばかりに目のハイライトが無くなっていた。
その真っ只中にいる兄貴本人は土気色を更に通り越してなんかもうアニメみたいな紫色をしているような気がするし。三人の会話に対しても「ハイ」とか「ウン」とか「アァ」とか片言でしか返せてない。
「それにしても幸、最近ずっと忙しかったらしいじゃない?」
「そうですね。良太郎君がもうすぐ大学受験で仕事の調整に追われているのは分かりますが」
「顔色悪いですよ? ちゃんとご飯食べていますか?」
多分その顔色の悪さは以前からのものではなく、現在進行形で悪くなっているためだと思われます。
「しゃきっとしなさい! なんなら、可愛い幼馴染みがビシッと気合い入れてあげるわよ?」
「それより先輩には、仕事の面できちんとサポート出来る優秀な後輩が必要だと思いますよ?」
「幸太郎さん、料理もしっかりと出来る家庭的な女性ってどう思います?」
兄貴からゴリゴリと精神が削られる音とキリキリと胃に穴が開く音が聞こえてくる気がする。かく言う、見ているだけの俺も……いあいあ……くっとぅるぅ……。
「はは、幸は普段からきちんと出来てるんだから、仕事のサポートなんていらないっしょ? 家庭的なって言ったって、家庭に入っちゃえばみんな家事はするわけだし」
「何を言っているのですか? 日常のお世話なんて誰にだって出来ます。仕事の負担を共に背負ってこそ、真のパートナーというものです」
「片桐さんこそ、少し具体性に欠けているんじゃないですかね?」
ニコニコと素敵な笑顔で女性三人の会話は続く。
「いやー、ホント早苗ちゃん達は仲良いねー」
「ソーデスネ」
しょうがない。胃潰瘍にでもなって入院期間延ばされても困るし、そろそろ助け船を出すことにしますか。
「あー、そう言えば兄貴、母さんに話したいことがあるって言ってたよな?」
ゴホンと咳払いしてからそう言うと、全員の視線がこちらを向く。あのハイライトが無い目をこちらに向けられると凄く怖いのだが、少し我慢。
「少し家庭内の事情なので、お三方は俺と一緒に席を外してもらいますよ。何か飲み物でもご馳走しますから」
「「「………………」」」
三人は互いに視線を交わす。
「というわけで、ちょっと俺達は出てくから、後は二人で話し合ってくれ」
「……で、三人共、さっきのわざとやってたでしょ?」
病院内に設けられた喫茶店にて好きな飲み物を注文し、それぞれが自分の手元に来てから俺はそう切り出した。
「あ、バレた?」
「良太郎君の目は誤魔化せませんでしたか」
「流石ですね、良太郎君!」
すると三人は目に光を戻しながらケロッと笑った。……さらっとやってるけどどうやったら目のハイライトって消せるんだろうか。
まぁ簡単な話、今までのやり取りは兄貴を担ぐための演技だったというわけだ。大体、つい最近参入したばかりの早苗ねーちゃんはともかく、留美さんと小鳥さんは普通に仲良かったはずだから、いくらなんでもあそこまで険悪になるはずがない。
「早苗ねーちゃん、いつの間に二人と仲良くなったんだよ」
「この間ちょっと三人で女子会をしてねー」
「お母様にお願いして、早苗さんに連絡を取ってもらったんです」
「それで、幸太郎さんのことをアレコレ話している内に意気投合しちゃいまして」
「はぁ……」
なんというか、なんじゃそりゃ、である。
いやまぁ、三人三つ巴のキャットファイトとか見たくな……いや、ちょっとだけ見たいかもしれない、主に早苗ねーちゃんの大乳的な意味で。留美さんと小鳥さんもそこそこ……って話が逸れた。
兄貴を巡って争われても困るが、だからと言って一人の男を好きになった者同士でこうも和気藹々と出来るものなのだろうか。
あれか、兄貴にはハーレムラブコメ系主人公補正がかかっているとでもいうのだろうか。みんな仲良く円満に収まるように神の見えざる手が働いているとでもいうのか。
「今回は全然ハッキリしてくれない幸に少しお灸を据えてやろうと思ってね」
「最近はずっとメールでのやり取りばかりでしたから」
「まぁ、病院の前で偶々鉢合わせて即興で決めたことなんですけどね」
「ソーデスカ」
兄貴にお灸って話なら納得出来ないこともないが、兄貴の忙しさの主因となっている身なので何とも言い難い。今回はこっちに被害がなかったことが唯一の救いだが。
「それにしても、困り顔の幸も結構可愛かったわねー」
「普段はしゃきっとしてますが、あの表情もなかなか……」
「ちょっと写真撮っておきたかったですね……」
ダメだこいつら、早く何とかしないと。
「何はともあれ、あんまり苛めてやらんで下さい」
「優しいわね」
「あんなんでも俺の兄貴なんで」
むしろ兄であること以外に庇う要素が一切無い。もし他人だったら嫉妬の炎で邪王炎殺黒龍波を放つところだ。
「さて、それじゃあ俺は行きますね」
「もう帰るんですか?」
「荷物を持ってくる役目は終わってますし、このまま現場に向かうことにしますよ。三人はゆっくりしていってやってください。何だかんだ言って、三人が来てくれて兄貴も喜んでるでしょうし」
むしろ喜んでなかったら殴る。お見舞いに
机の上に置かれていた伝票を手に取って立ち上がる。
「あら、ホントに奢ってくれるんですか?」
「そんな、悪いですよ!」
「気にしないで下さい。どうせ俺がこの中で一番の高給取りですし」(トップアイドル)
「言ってくれるじゃない……」(警官)
「私もそれなりに貰っていますが、良太郎君と比べられては流石に……」(社長秘書)
「ぴよぉ……」(事務員)
「まぁ、美人のおねーさんのためにお金を出すのが男の役目ってことで」
男は格好つける生き物なんですよー。
「あ、じゃあケーキ追加するからちょい待ち」
「では私も」
「モンブランが美味しそうですね」
「ちょ」
お茶だけのつもりがいつの間にかケーキを追加されたでござる。いやまぁ、別にいいんだけど、最近財布の中身の減りが激しい気がする。ちと調子に乗って使いすぎたな……自重せねば。
もうしばらく話をしていくと言う三人を残して、喫茶店を出た俺は病院の出口を目指す。
今日は日曜日なので外来患者はおらず、院内を歩いているのは入院患者と見舞いに来た人、それに病院関係者のみ。しかし先程身バレしそうになったことを踏まえて早めにサングラスを着用する。おかげで先程の看護師さんにも気付かれず、別の人に「せ~ん~ぱ~い~!」と怒られている横を華麗にスルーすることが出来た。
それじゃあ、またロータリーでタクシーを掴まえて……。
「ちょっとそこのおにーちゃん。もしかして、トップアイドルの周藤良太郎だったりしない?」
「っ!?」
嘘、バレた!? この四年間一度もバレたことなかったのに!? 某夢の国で一日中遊んでても一切バレなかった俺の変装が!?
一体どうして、という疑問と共に振り返る。出来るだけ穏便に、周りに騒がれないように黙っていて貰えるようにお願いしようと……。
「……って、君か」
「むー、やっぱり無ひょーじょー。りょーにーちゃんの驚いた顔は見れなかったかー」
「いや、滅茶苦茶驚いてるから。更なる変装の小道具に付け髭を真剣に考えるぐらい驚いたから」
振り返ったそこにいたのは見知った顔。どうやら身バレしたのは知り合い補正を受けたからだったようだ。周りの人達にもバレてなかったようなので、一先ず安心する。
「『真美』ちゃんは、どうしてここに?」
「ここで働いてるパパに忘れ物を届けに来たんだー。なんと『亜美』達のパパはお医者さんなのだ!」
「……それは、本当のお父さんだよね?」
「? 本当じゃないパパっているの?」
「いや何でもない。戯れ言だと思って聞き流してくれ」
『真美』ちゃんにパパと呼ばれてみたいと思ってしまった俺の心は穢れているのだろう。
「疑問に思っても決して誰か別の人に聞かないように。お兄さんとの約束だ」
「よく分からないけど分かったー」
でないとお兄さん死んじゃうから。主に社会的に。早苗さん辺りにワッパかけられて。
「……って、あれ? りょーにーちゃん、今『亜美』のこと『真美』って言った?」
「言ったけど?」
何かおかしかっただろうか。
「もー! やだなー、よく見てよー! 髪の毛を右に縛ってるから『亜美』だよー!」
そう言いながら右側に縛った髪の毛をピコピコと動かす。
いや、だから。
「君は『亜美ちゃんの髪型をした真美ちゃん』だろ?」
「……ちぇー、こっちでも驚かせられなかったかー」
諦めたように縛っていた髪の毛をほどき、左側で結び直す真美ちゃん。その表情は困惑に満ちている。真美ちゃんのこの表情はだいぶレアだな。普段悪戯して困らせる側の人間が困っている表情はだいぶ新鮮だ。
「でもどうして分かったの?」
「声で」
「……声?」
「そ。普段話す時、真美ちゃんは亜美ちゃんより少しだけ声高いでしょ?」
「うん。だから意識的に変えてたんだけど……」
「その無理してる感じに違和感があってね」
「……すっごーい! そこで判断しちゃう人初めてだよー!」
「ハッハッハッ。もっと褒めてくれていいぞ」
本当は亜美ちゃんより真美ちゃんの方が若干胸が大きい辺りでも気付いたんだが、そこを正面から指摘したら冗談抜きにワッパをかけられるだろうから黙っていよう。
「それで、亜美ちゃんの方は? 何処かで隠れてるとか?」
この双子のことだし、突然現れて驚かしにくるつもりかと周りを見渡す。しかし亜美ちゃんが隠れている様子はない。
「……亜美は竜宮小町の仕事。今日オフなのは真美だけだよ」
そう教えてくれた真美ちゃんの表情は若干の曇り模様。
……ふむ。
「真美ちゃん。これから時間ある?」
「え? えっと、家に帰るだけだけど……」
「よし。それじゃあ、お兄さんとデートしようぜ」
・深淵を覗くとき、深淵もまたこちらを覗いているのだ
「怪物と闘う者は、その過程で自らが怪物と化さぬよう心せよ。おまえが長く深淵を覗くならば、深淵もまた等しくおまえを見返すのだ。」
フリードリヒ・ニーチェの『善悪の彼岸』の一節です。
漫画版『魔王』でこの言葉を知った人も多いのでは。作者もその一人。
・……いあいあ……くっとぅるぅ……。
久々のSAN値チェックです。
・ハーレムラブコメ系主人公補正
そんな「みんなで一緒に恋人になろう!」なんて都合のいい展開が本当にあると思ってんのか!(憤怒)
・ダメだこいつら、早く何とかしないと。
今さらながらデスノートはネタの宝庫。「L、知っているか」やら「ジョバンニが一晩でやってくれました」やら「計画通り……!」やら。
なお肝心の内容は何回読み直しても理解できない模様。作者はどうやってニアがキラを追い詰めたのか未だに分かっていない。
・邪王炎殺黒龍波
飛影はそんなこと言わない。
・ゴッドハンドクラッシャー
エクスカリバー「ハムドオベ怖いわー超怖いわー」
プライム「攻撃力4000を戦闘破壊しないといけないとかないわー」
ネオタキオン「出来たとしても手札消費パないわー」
・お見舞いに神の見えざる手をお見舞いしてくれる。
??「お見舞いにお見舞い……ふふっ」
・「せ~ん~ぱ~い~!」
どうやら第四期だった模様。
・「本当じゃないパパっているの?」
いるわけないじゃないですかねぇ?(目逸らし)
・亜美ちゃんの髪型をした真美ちゃん
漫画版だと亜美はウィッグをつけて真美のフリをしてたけど、逆はあれどうなってたんだろうか。
・「真美ちゃんは亜美ちゃんより少しだけ声高いでしょ?」
若干亜美の方がダミ声っぽくて低い感じ。その他に見分け方としては
「可愛い方が亜美」「可愛い方が真美」
ね? 簡単でしょ?
・「お兄さんとデートしようぜ」
リアル女子中学生をデートに誘う高校生。
早苗さん、こいつです。
凄い久しぶりの更新。ホントちょっとずつしか書けなかった。
今週末には再び時間ができると思うが……。