「さてと……そろそろ俺はお暇させてもらうよ」
最後の一口を飲み干したコーヒーカップを置き、俺は机の上に置いてあった伝票を手に取った。最初から奢られる気満々だった速水とフレちゃんはともかく、最初は遠慮気味だった周子ちゃんもそれをごく自然に見送った辺り、段々化けの皮がはがれ始めたような気がした。正体現したね。
「今日はご馳走様、周藤先輩」
「ごちそうさまでした~」
「ご馳走様でーす」
「なんのなんの。可愛い女の子たちと一緒にお茶出来たんだから安いもんだよ」
世の中には私財を投げ売ったとしてもそれを叶えることが出来ない野郎どもがいるというのに、いやぁアイドルっていう職業は本当に得だなぁ!
「志希の出向云々に関しては流石に俺の管轄じゃないだろうから、お前たちのレッスンを見てやるのはしばらく後になるだろうな」
「アナタのことだから、レッスン関係なくこっちの事務所に来てたまたま顔を合わせることになるでしょうけどね」
「確かに」
その可能性は大いに否定できなかった。
「というわけで、今回の志希ちゃんの346出向に関してはお前に一任しようと思う」
「ちょっと待とうぜ」
などという話を速水とした矢先にこれである。
事務所に戻って兄貴に呼び出されたかと思ったら、いきなりそんなことを言い出された。
「人に対して散々『お前の職業を言ってみろ』なんて言ってる癖に、俺がトップアイドルだっていうことを知らないとは言わせないぞ」
確かにフットワーク軽く色んな所に顔出してるただの気さくなお兄さんみたいなムーブしてるけど、これでも多忙なトップアイドルだ。その部分を文章にしていないだけなので誤解されがちだが、一応これでも文と文の間では過密なスケジュールを送っていたりする。
「兄さんが知らないハズないだろ」
「じゃあ教えてよ兄さん! なんでわざわざプロデューサーでもない俺にそれが一任されるんだよ!」
「ん」
「ん?」
差し出されたのは、とある書類一式。読めということだろうからとりあえず手に取って読んでみる。
「……おぉ、美優さんのCDデビューが決まったのか」
それは我らが事務所の美人事務員にして幻の九人目のアイドルとしてデビューする美優さんのCDデビューに関する書類だった。まだ正式なタイトルなどは決まっていないが、とりあえず現在進行形で楽曲を作成してもらっているらしい。
「というわけでちょっと手が離せなくてな」
それに、と兄貴は無駄にデカくて本人も落ち着かないと語っている社長室の椅子に大きく身体を預けた。
「俺が何も言わなくても、結局お前は面倒見に行くんだろ?」
「……いや、行くけどさ」
「任せると言っても契約関係は全部終わらせてあるし、プロジェクトの進め方に関してはコチラから口出しすることはない。なら後はお前の領分だろ?」
「………………」
確かに今までがそうだったように、これからもそうするつもりだが……なんだろうか、こうして改めて他者から指摘されると釈然としないものを感じる。
「……はぁ、分かったよ。兄貴のゴーサインが出たなら、つまり何をしてもいいってことだろ?」
「おい」
「冗談だよ」
「目の色がマジなんだよ」
チッ、表情が変わらないからといって油断していた。
「しっかし、今更ながら他事務所のアイドルプロジェクトに協力的な事務所ってのもどうなんだよ」
俺は元より望むところだが、仮にも一アイドル事務所経営者である兄貴がそれを推奨するのもいかがなものか。
すると兄貴はそんなことかと鼻で笑った。
「この事務所を立ち上げたときから言ってるだろ」
――この事務所は『周藤良太郎』を超えることしか考えてないんだよ。
「………………」
そーいやそうだったな。
「……本気で超えれると思ってんの?」
「せいぜい手を抜け。その間にトップの座は貰っていく」
そう言って、兄貴はニヤリと口元を歪めた。
「……先ほどから貴方たちは何をやってるんですか」
「「なんかそれっぽい会話ごっこ」」
最初から同席していた留美さんから呆れた目で見られてしまった。
なんだかんだ言って、兄貴と俺は兄弟なのである。
「かな子ちゃんたち、頑張ってるみたいですね」
最近、他のプロジェクトメンバーの活動を見るのがとても楽しいらしい卯月が、スマホで『とときら学園』の動画を見ながらニコニコと笑った。
番組公式サイトで新コーナー『あんきランキング』で行った街頭インタビューの様子を無料配信しており、私たちニュージェネと最近一緒によくレッスンしている加蓮と奈緒を合わせた五人で、休憩中にスマホを囲んでそれを見ていたのだ。
「本人たちはだいぶ苦労してるみたいだけどね」
そこに映っているのは、もはやNGシーン集なのではないかと思うぐらいのかな子と智絵里のあたふたする姿の数々。駆け寄れば転び、インタビューしている人の前に被り、そもそもインタビューのために声をかけることが出来ず……本当に大変そうだ。
「これも舞踏会に向けての試練ってやつなのかな?」
「舞踏会というか……アイドルとして活動していく以上、こういう仕事も増えていくんじゃないかな」
良太郎さん……は、街頭インタビューなんてしようものなら大パニック間違いなしなので除外するとして、例えば765プロダクションの天海春香さんだったら、持ち前の明るさで街頭インタビューも軽々こなして……と言おうと思ったが、普段の春香さんのイメージから先ほどのかな子と同じように転ぶ姿を思い浮かべてしまった。
「……あのさ、舞踏会で部署が存続出来るかどうか決まるんだよね……?」
流石に失礼なので首を振ってその姿を脳内から霧散させていると、加蓮がそんなことを尋ねてきた。
これまで事務所の後輩として私たちに対して敬語を使っていた加蓮と奈緒だが、一応私たちと同年代ということで敬語は無しということになった。
「うん。……そこで結果を見せられなきゃ、解散になる」
即時解散ということだけは良太郎さんのおかげでなくなったものの、それでもそれが美城常務との約束。私たちは私たちのプロジェクトを守るために戦っているのだ。
「でも! 逆にチャンスってことだよ!」
「未央……?」
「私たちの力を見せつけてやればいいってことでしょ? つまりそれは、みんなに私たちを見てもらうってこと! アイドルとして望むところじゃん!」
……確かに、言われてみればそうだ。私たちはアイドルで、プロジェクトの存続という目標を抜きにしたとしても、私たちの実力を魅せなければいけないことには変わらない。
「強気だね」
「勿論! わたくし、ニュージェネのリーダーですから!」
未央はブイサインを作りながらニカッと笑みを浮かべた。
「……いいなぁ、目標があって」
そう、ポツリと奈緒が呟いた。
今の奈緒と加蓮はCDデビューが延期してしまって以来、こうしてレッスンをする以外にほとんど仕事が無いと言って等しかった。
……自分たちのデビューが決まらない、先の見えない状況が怖いということは、何となく分かる。かつてみくが、その恐怖で立てこもり騒動を起こしてしまったぐらいなのだから。
「……ねぇ、二人も何かやらない?」
「「えっ?」」
「いいと思う。他の部署の人たちも誘ってるんだ」
二人に向かってそう提案した未央に、私も同意する。
菜々さんや夏樹さん、仁奈やその他大勢のバラエティ路線のアイドルたちも、私たちの部署と共に活動している。そこに奈緒と加蓮が加わっても、問題ないだろう。
「でも、私たちはまだCDデビューすらしてないのに……」
「関係ないって! 仲間は多ければ多いほどいいもんね!」
「まぁその分プロデューサーの仕事は増えるわけなんだけど」
「しぶりん今はそういうデメリット的な発言はしなくていいんじゃないかな!?」
「冗談だって」
「……えっと、凛ちゃん……?」
「なに? 卯月」
「えっと……ご、ごめんなさい……なんというか……そういうところ、なんだか良太郎さんに似てるなぁ……なんて」
「……なん……だと……!?」
卯月から放たれた一言が、まるでガラスの少年時代の破片のように深く私の胸に突き刺さった。一瞬目の前が真っ暗になり、足から力が抜けてその場に膝から崩れ落ちた。
「凛ちゃん!?」
「しぶりんのショックの受け方が半端ないね!? 気持ちは分かるけどさ!」
「分かるのか!?」
「え、良太郎さんに似てるってそんなにショックを受けることなの!?」
私を取り囲むようにして卯月・未央・奈緒・加蓮の声が聞こえてくるが、それら全てがまるで遠くから聞こえてくるかのようだった。
頑張らなくちゃって、思ってた。
プロジェクトの存続を駆けた『シンデレラの舞踏会』を成功させるため、今から私たち全員が一丸となってシンデレラプロジェクトそのものを盛り上げていかなくちゃいけない。
ニュージェネレーションズとラブライカ、そして蘭子ちゃんことローゼンブルクエンゲルはプロジェクト内では知名度が高い三組で、小さいながらも様々なステージに呼ばれることが多い。アスタリスクの二人はあの絶妙な掛け合いが受けてMCとして声がかかることが多く、凸レーションの三人は『とときら学園』のレギュラー出演者だ。
そして杏ちゃんがきらりちゃんと一緒に『とときら学園』のミニコーナーを任せられると聞いて、私も頑張らなくちゃと思った。多分、智絵里ちゃんも同じ考えだったと思う。
だからまず最初に私が始めたことはダイエット。他のみんなよりも少し体型が気になる私が思い付いたことが、それだった。食事制限をして、レッスン以外にもトレーニングをするようになった。他にも智絵里ちゃんと一緒にインタビューが上手くなれるような勉強もした。
最初は失敗が多かったインタビューの仕事を、今度はちゃんと成功させてみせる。
……でも。
今回の仕事は、江戸切子職人へのインタビュー。絶対に失敗しないと意気込んで挑んだそれは……到底、成功とは呼べない散々なものだった。
『最近の若い子は、切子なんてものに興味はないと思うだがね』
『そ、そんなことないですよ! とても素敵だと思います!』
『ほぉ。切子の何処が好きなんだい?』
『え、え?』
『……まぁいいさ。アンタらも仕事で来てるんだしな』
『わ、私たち、本当に素敵だなって……』
『そんな顔をして言われてもね。……適当に撮っていってくれていいから』
切子職人さんは、そう言って席を立ってしまった。その表情は怒っているというよりは、むしろ悲しんでいるようで。
「……あ、あれ……?」
慌てて追いかけようと立ち上がった私は、しかしそのまま足を踏み出すことが出来なかった。
「か、かな子ちゃん!?」
視界が暗くなってきた。身体から力が抜ける。
――そんな顔をして言われてもね。
切子職人さんはそう言っていた。
(……そんな顔って……私、どんな顔してたんだろう)
視線をお店の入り口のガラスに向けて、そこに映る私の顔を確認しようとして……しかし私の目に映ったものは私の顔ではなく、焦りの表情を浮かべるプロデューサーさん。
私は私がどんな顔をしていたのか分からないまま。
そのまま、意識を失った。
「……あ、あれ? 今の子たち……何処かで……。あっ、そうだ、良太郎さんや春香ちゃんたちが言ってた……」
・正体現したね。
2018/1/26 長きの沈黙を破り、ついに『王』が帰還した……!
・「兄さんが知らないハズないだろ」
・「じゃあ教えてよ兄さん!」
違う……兄さんは確かに『知って』いたんだ……! 今回のこの事件のことを……!
・美優さんのCDデビュー
ようやく現実でも美優さんのソロデビューが決まったので。
・「せいぜい手を抜け」
別に、
・「なんだか良太郎さんに似てるなぁ……なんて」
かいしん の いちげき!
りん に 9999 の ダメージ!
りん は めのまえが まっくらになった!
・ガラスの少年時代の破片のように深く私の胸に突き刺さった。
二十年前……だと……!?
この辺りは見返すたびに胃が痛くなる……!
さて、こんなかな子たちの下に現れたのは一体……?
次回で終わるといいんぁ(無計画)