「……はい、これでいいかな?」
「わぁ! ありがとーございます!」
怖い男の人が立ち去った後、道の真ん中で話しているのもアレだからと言う真さんに連れられて近所の公園にやって来た。
ベンチに並んで座り、そこでダメ元でサインを頼んでみると、真さんは快諾してくれた。色紙なんて持ち歩かないので、いつも持ち歩いているシール帳の後ろのページに書いてもらう。
「いいよ、これぐらい。アイドルに会えてサインを欲しがる気持ちはボクにも分かるからね」
「え? そーなんですか?」
「うん」
頷きながら、真さんはパラリとシール帳のページを捲った。そこ書かれていたのは、初めて良太郎さんと会ったときに書いてもらったサインがあった。
「さっきチラッと見えたけど、やっぱり。まさか良太郎さんと同じ手帳にサインを書いてもらうように頼まれるようになるなんて……今でもちょっと信じられないや」
そう言って髪を耳にかけながら笑う真さん。
少し前までは他の男性アイドルを差し置いてイケメンアイドルランキングで常勝していた彼女だが、最近では髪を伸ばして大人の女性というイメージが徐々に強くなってきた。元々の方向性の違いはあるが、最近のお姉ちゃんのようである。順番的にいうと、お姉ちゃんが真さんみたいな方向性になった、と言うべきかもしれないけど。
「実はボクも、一番最初に良太郎さんに会ったときにサインを書いてもらったんだよ」
「真さんもなんですか!?」
一瞬意外な事実に声を荒げてしまったが、よくよく考えてみれば意外でもなかった。現に今では一応アイドルのアタシが真さんにサインを貰っているのだし、相手はあのアイドルですら憧れるトップアイドルの周藤良太郎なのだ。
「あの頃のボクたち……765プロのみんな、まだ全然売れてなかった上にアイドルとして未熟でさ、周藤良太郎もまだまだ雲の上の人だった。今はそうだな……その足元ぐらいには来れたかな?」
あの菊地真が周藤良太郎の足元ならば、果たしてアタシたちはどうなってしまうのだろう。
「でも、ボクたちがこうしてここまでこれたのも、他ならぬ良太郎さんのおかげなんだよ」
「良太郎さんの……?」
「少なくとも、ボクはそう思ってる。勿論、みんなの頑張りや、プロデューサーさんのおかげっていうのもあるけど……あの人は、いつでもボクたちのことを見守っててくれたんだ」
「………………」
真さんの言うことは、なんとなく分かる気がする。アタシも、アタシたちシンデレラプロジェクトも何度も良太郎さんに助けられている。ファーストライブの現実を教えてくれたし、コラボイベントにはわざわざ応援に来てくれた。サマーフェスでは応援のメッセージもくれた。
そして何より……私たちのことをちゃんと『アイドル』だと認めてくれたことが嬉しくて……もっと頑張ろうっていう気にもなれた。
(それなのに、アタシ……我儘言って……)
「そんなボクたちだから、ちょっと良太郎さんの真似をしてみようって思ったんだ」
「え?」
俯いていた顔を上げると、真さんはニッコリと笑っていた。世間では王子様スマイルなどと称される真さんの笑みだが、こうして間近で見るそれは、どちらかというと少年の無邪気さのようなものを感じた。
「って言っても、ボクは直接良太郎さんからアドバイスをされたことなんて数えるぐらいしかなかったけど……それでも、今ではこうしてそれなりにアイドルをやってる身になったわけだからさ。たまには後輩のアイドルのお悩み相談でもしてみようかなって思ったんだ」
「お悩み相談……?」
「あ、もしかしてボクの勘違いだった? さっきまでの雰囲気が、前にウチの事務所で悩んでた子に似てたから、そう思ったんだけど」
「……はい」
傍目に見て分かるほど、アタシは悩んでいたらしい。
「もしよかったら、ボクに話してくれない? どんな些細なことでもいい。何か力になれるかもしれないからさ」
「………………」
これはただのアタシが我儘なだけかもしれないけど……それでも、もしかしたら。
「……お願いしても、いいですか?」
「勿論!
「ありがとうございま……お、お兄さん?」
「……素で間違えたあああぁぁぁついさっきそういうボイスドラマ収録してたからあああぁぁぁ!?」
頭を抱えながら叫ぶ真さんの姿に、なんというかトップアイドルになると何処か抜けてくるものなのかと、良太郎さんを思い出しながらそう感じてしまった。
「うーん、いないなぁ……」
莉嘉ちゃんのことが気になったので、わざわざ時間を見つけて346の事務所のやって来たというのに、こういうときに限って莉嘉ちゃんはおろか美嘉ちゃんすら見つからないのだから本当に役に立たない主人公補正である。
「っと、おっと」
「わぁっ!」
少々キョロキョロと周りをも見回しながら歩いてたら前方不注意になってしまい、曲がり角で女性にぶつかってしまった。勢いはなかったのもの、体格差から向こうが後ろに倒れそうになったので、咄嗟に腕を伸ばす。
「……ワォ! アイドル事務所ってスゴイね! こんなことが実際にあるなるんてビックリ!」
「俺もビックリしてる」
まさか腰に手を回して支えようと思ったら、こんな社交ダンスのフィニッシュみたいなポーズになるとは思わなかった。相手も相手で微妙に腕と足を伸ばしてノリノリである。
「っと、大丈夫?」
「大丈夫だよー! 社交ダンスのいい経験になったし! する予定は全くないけど……ん?」
んんー? と俺の顔を覗き込んでくる金髪碧眼の少女。そういえばさっき知り合いと話して眼鏡と帽子を外して、346の事務所だから別に大丈夫かとそのままにしてたんだっけ。
「……もしかしてアイドルの周藤良太郎!? すっごーい! フレちゃん感激ー! えっと、こういうときはサインを貰うものだって聞いたことがあるからー……でも書いてもらうものもないしー……そうだ!」
パァッと表情を明るくしたかと思うと、うーんと悩んだ表情になったりと、コロコロと表情が変わる面白い子だなぁと思っていると、彼女は「はいっ!」と手のひらを俺に差し出してきた。
「ここにサインお願いしまーす!」
「……ペンで書いていいの?」
「んー後で手を洗ったらどのみち落ちちゃうから、指で!」
「指で!?」
流石に今までアイドルやって来て、手のひらに指でサインを書いてくれと言われた経験は初めてだった。
「……何してるの、フレデリカ?」
とりあえず言われて通りに手のひらに指でサインを書き、彼女が「くすぐったーい!」と笑っていると、背後からそんな声が。金髪の彼女の明るい声に対して、その声は随分と落ち着いた声で……。
「……ん?」
それでいて、聞き覚えのある声だった。具体的には高校のときに聞いたことがある声だった。
「……って、アナタもしかして……周藤先輩?」
「……何でお前がここにいるんだ……速水」
「他事務所のアイドルのアナタに言われるのも釈然としないんだけど……」
振り向いた先にいたのは濃い青色のショートヘアーの少女……高校時代の後輩である、速水奏だった。
「ふむ、園児のスモックの衣装が子供っぽく見られるからイヤねぇ」
話すと言っても大した内容があるわけでもないので、話し終わるには十分もかからなかった。
「えっと、その……やっぱり、我儘……ですよね? アイドルとしてのお仕事を嫌がるなんて……」
「……まぁ、そうだね。一応ボクたちもお仕事をさせてもらっているわけだから」
真さんのその言葉に、ますますアタシの心の奥がズンと重くなる感じがした。
「それにしても、スモックかぁ……確かに、普通はあんまり着たくないよねぇ、うん」
「?」
まるで一度着たことがあるような口ぶりに聞こえる気が……?
「えっとね……あった、これこれ」
アタシの疑問に気付いたらしく、真さんはポケットからスマホを取り出して操作すると、アタシに向かって画面を向けた。
「……えっ!?」
そこに映っていたのは真さんと、同じく765プロの萩原雪歩さん。例に漏れずトップアイドルなのだが……。
「も、もしかしてこれって……!?」
驚いたアタシが指差すと、真さんは苦笑しながら頬を掻いた。
「そ。生っすかスペシャルの撮影のときに、やよいのスマイル体操のコーナーのお助けパートナーとして参加したときに……着せられたスモック」
たった今、アタシが着ることを躊躇していたものと殆ど同じスモック姿の真さんと雪歩さんが、そこに映っていた。笑顔で映ろうとしている努力は見受けられるものの、真さんは引き攣っており雪歩さんは真っ赤になっていた。
「一応記念写真ってことで撮っておいたけど……いやぁこの年でスモックを着るってのは結構キツいね。ノリノリで着てたあずささんを尊敬するよ、ホント」
まさか、真さんたちまで、こんなスモックを着ていたことがあったなんて……。
……でも、これ……。
「……どう? それを見て、莉嘉ちゃんはボクや雪歩が子供っぽいって見える?」
「……見えない」
そう見えなかった。衣装は見紛うこと無き子供のもの。けれど、何故か子供っぽいとは見えなかった。
「確かに衣装は子供のそれだよ? でもそれを見た人がどう捉えるのかは、あくまでも
中の人……。
「……って、偉そうなこと言ってるボク自身、本当にやりたい自分は貫けてないんだけどね」
「えぇ!?」
それを言っちゃったら今の話の説得力が……!?
「ボクは『キャッピピピーン!』で『フリッフリー!』なボクを諦めてないよ……!」
え、真さんのあれって冗談とかそういうのじゃなかったの……!?
「……でも、そういう可愛いのを求めてるボクも、周りのカッコイイ期待に応えてるボクも、『菊地真』であることには変わりない。それはどっちもボクなんだよ」
ベンチから立ち上がった真さんは数歩前に歩くと、突然その場で空中に向かって綺麗な回し蹴りをした。そのとき一瞬見えた真さんの表情は、とても凛々しくてカッコよくて……。
しかし次の瞬間、こちらに振り返った真さんはウインクをしながら唇に人差し指を当てていて……その仕草がとても可愛いかった。
「『アイドルとしてなりたい自分』と『アイドルとして求められる自分』っていうのは、多分いつまでも向き合っていかなきゃいけない問題なんだよ。現にボクもまだ完全に解決したわけじゃないし、きっと今でもその二つを悩んでいるアイドルなんていくらでもいる」
でも、と真さんは首を振った。
「莉嘉ちゃんのそれは、話を聞く限りでは『アイドルとして求められた』それじゃない。だったら、子供っぽいからとかそういうのは忘れて、衣装に逆らっていつも通りの自分で撮影に参加してみればいいんじゃないかな?」
「いつも通りの自分……?」
「きっとこれはボクよりも君の方が知ってるはずだけど……『アイドル』城ヶ崎莉嘉は、いつもどういう風にステージに立ってるのかな?」
「……アタシは……」
――ヤッホー! 莉嘉だよー!
「……そっか……そっか!」
何となく、ボンヤリとだけど、見えてきた気がした。
「……力になれた?」
「うん! ありがとうございます! あとは、自分でやってみます!」
「そっか、それならよかった」
真さんに助けてくれたことを含めて改めてお礼を言うと、足早に事務所に向かう。
考えは浮かんだ。あとは、一応これをやっても大丈夫かどうかP君に聞いてみて、それから……。
「………………」
足を止め、スマホを取り出す。メッセージアプリを起動し、メッセージを送る。
宛先は……お姉ちゃん。
――お姉ちゃん、ごめんなさい。
――アタシ頑張ってお仕事するから。
――本番、見に来てね。
「……良太郎さんみたいに、上手く出来たか分かんないけど……まぁ、たまにはこういうのもいいかな。へへっ」
さて、なんか知らない内にお話が進んでしまっていたらしいが、一応今回の事の顛末という名のオチを語ることにしよう。
俺の方の話はどうなったのかって? そっちはまだ終わってないからまた後日で。
ついに迎えた『とときら学園』本番当日。結局莉嘉ちゃんと話が出来なかったので心配になりコッソリと覗きに来たら、同じく本番を見に来た美嘉ちゃんと遭遇。二人で莉嘉ちゃんの様子を窺うことになったのだが……。
「セクシー派カリスマギャルの、城ヶ崎莉嘉でーす!」
お得意のギャルピースを元気よく決める莉嘉ちゃんの姿に、どうやら俺の心配は杞憂に終わったらしい。
「……なんか、765プロの菊地真さんが相談に乗ってくれたー! とか凄い自慢してたんですよ」
「……へぇ、真ちゃんが?」
美嘉ちゃんが教えてくれたその情報に、少し驚く。
……そっか、真ちゃんも、他の765プロのみんなも、今ではトップアイドルなんだもんなぁ。
「………………」
「……良太郎さん?」
「あ、いや、何でもないよ。大人路線を始めた美嘉ちゃんが、今後どんな大人な水着姿を見せてくれるのかとか、考えてないよ?」
「普通の水着しか着ません!」
……まぁ、いいか。
「それで、考えてくれたかな?」
「はい。……妹と菊地真さんから、大切なこと、教わったので」
「ほう、菊地真……? それはそれで大変興味深い話だが……いやホントに。……一先ず、答えを聞かせてもらうか」
「……私は――」
・ロングまこりん
真は絶対に髪を伸ばすと思う(異論は認める)
・良太郎と真
実は直接的な絡みは小説内では殆どなかったり……一応、春香の変装の話と響の演技の話のときに真は同席しております。
・前にウチの事務所で悩んでた子
なお候補は多数いる模様。
・フレデリカ&奏
フレちゃんの方は名前がしっかりと出ていないものの、ようやく本編登場です。
・着せられたスモック
やよいは「今日のお助けパートナー」と言ってたわけで……つまり他のメンバーもスモックを着た可能性があるということで……。
というわけで、やや駆け足気味なのはいつものこととして、城ヶ崎姉妹のアニメ十七話編はこれにて終了です。美嘉ねぇとみりあ? たぶんアニメ通りじゃないっすかね(適当)
良太郎が出会った二人といい、美嘉ねぇのことといい、そろそろデレマス内でも屈指の人気を誇るあのユニットの存在が見え隠れし始めましたが……果たして。
さて次回は年明け一発目となりまして、番外編の新年スペシャルをお送りします。すっかり忘れてしまっていたこの小説の四周年記念も合わせた特別版で、以前のようにラジオ形式でお送りしたいと思います。
つきましては、また例のお便りを募集したいと思います。詳しくは活動報告をどうぞ。
そんなわけで、アイ転の今年の更新はこれまで。
それではみなさん、良いお年を。