(※勿論それだけが理由じゃありません)
それは、あり得るかもしれない可能性の話。
「おはようございまーす」
今日も一日周藤良太郎の
「おっはようございまーす!」
「……誰だお前っ!?」
そんな俺を出迎えてくれたのはとてもいい笑顔で爽やかな挨拶を返してきた志希だった。正直アイドルとして活動しているときでさえ滅多に見せないその笑顔は、俺が警戒心を抱くには十分すぎた。
「もーやだなー、良太郎さんの可愛い後輩、まだまだ駆け出しアイドルの一ノ瀬志希ちゃんですよー!」
「……気持ち悪っ!」
アイドルの女の子に言うべきセリフではないとは分かっていつつも、普段のコイツの態度を知っている身としては鳥肌が立たざるを得なかった。
「……流石にその反応は、いくら志希ちゃんでも傷つくんだけど」
「普段の態度を省みてみろ」
あからさまに何かを企んでいるようにしか見えないんだよ。
酷いよーと泣き真似をしつつ徐々に距離を詰めようとしてきているので、あながちこの予想は間違っていないだろう。
「あたしはただ……良太郎さんにこれからももっと頑張ってもらいたい一心で……この志希ちゃん特製の栄養ドリンクを飲んでもらいたかっただけなのに……」
「それが目的かー!?」
これ絶対お約束のパターンだ。俺は詳しいんだ!
うかつに背後を見せると何が飛んでくるか分からないのでジリジリと後退りをしながらミーティングルームからの脱出を図ろうとする。志希も取り繕うのを止めたらしく、何やら液体の入った試験管を手にジリジリとタイミングを計っていた。
あと少しでドアノブに手が届く……という、そんなときだった。
「おはよーっす」
ガチャリという音と共にミーティングルームのドアが開いた。内開きのそのドアは当然こちら側に向かって開き……その目の前にいた俺の背中にぶつかった。
「げっ……!?」
「隙ありー!」
気を取られた上に体勢を崩してしまった俺。当然志希がそんなチャンスを見逃す無かった。最近の猛レッスンで会得した素早い身のこなしで俺に肉薄、そのまま試験管を俺の口に差し込み、鼻を摘まんで顎を上げてきた。
気付いた時には既に遅く、口腔内に侵入しさらに咽頭にまで達した液体を反射的に飲み込んでしまった。
「イエーイ! 成功ー!」
「てめぇ……!」
「……何やってんだ?」
無事に俺にその栄養ドリンク(仮)を飲ませるという任務を達成し諸手を挙げて喜ぶ志希。
そしてそんな状況に、扉を開けた張本人でありたった今しがたミーティングルームに入って来た冬馬が首を傾げるのは当然のことだった。
「……朝事務所に来て挨拶をしながらミーティングルームに入ってくるんじゃねぇよお前はあああぁぁぁ!」
「はっ!? 一体何を……ぐべぇ!?」
自分でも八つ当たりとしか言いようのない理不尽な理由で冬馬にウエスタン・ラリアットを叩きこむのだった。
「「はぁ!? 惚れ薬!?」」
「うん」
とりあえず志希にもお仕置きとして一発頭を引っ叩いてから一体何を飲ませたのか問い詰めてみると、余りにもお約束過ぎる回答が返って来たため一緒になって聞いていた冬馬と共に驚愕の声を上げてしまった。
「何だよそのお約束な展開……四年も連載続けておいて今さらそんなネタ使うのか……」
「……コイツならぜってー何かやらかすと思ってたけど、いくらなんでもそれは……」
冬馬と二人で戦慄する。
「元々あたしが研究テーマにしてた『恋』の実験過程で作った疑似的に恋を生み出すオクスリなんだー。飲んだ人から特殊なフェロモンを放出されて、周りの異性を惹きつけるの!」
「……異性オンリーか……良かった……本当に良かった……!」
でなければ直ちに隣の冬馬の意識を暴力的に奪わなければならなくなるところだった。
「……ん? 異性ってことは一ノ瀬、オメーも対象ってことじゃねーのか?」
志希に当然の疑問を投げかける冬馬。
「ふっふっふー、そんな自分が作ったオクスリの効果を受けるようなんてマヌケなことを、この志希ちゃんがするわけないのだー! あらかじめ中和剤を飲んでおいたから、あたしには効かないよー!」
残念? ねぇ残念? とニヤニヤしながら顔を覗き込んでくる志希をもう一発殴りたくなった。
「……って、なんだよ」
「いやー別に? オクスリを飲んだ良太郎さんにどんな変化があるのか確かめてるだけー」
ペタペタと二の腕やら首筋やらを触ってくる志希。ついでにスンスンと匂いを嗅がれるのはいつものことだが……コイツ、いつもここまで密着してきたっけ……?
「……あの、志希さん?」
「……んー、もうちょっとだけ。……もうちょっとだけ」
「バッチリ効いてんじゃねぇかお前っ!?」
どーりで微妙に顔が赤いと思ったよっ! 中和剤効いてねぇじゃねぇかっ!
「離れなさい!」
「えーいいじゃんケチンボー! 嗅がせろー! 触らせろー!」
肩と頭を押さえて距離を取ろうとするが、尚も志希はグイグイとこちらに迫ってくる。
「ほらほら、代わりにあたしの胸とか触っていいからさ! あたし結構大きいよ! 柔らかいよ!」
「やめろォ!(建前) ナイスぅ!(本音)」
「本音隠せよ」
身体だけではなく、プチプチとブラウスのボタンを外す志希の手まで止めなければならなくなってしまった。やべぇ、男ならば一度は夢見たシチュエーションだけど、いざその立場になってみると割とテンパる!? ええい、いつからこの小説はラブコメになったんだ!?
「番外編だからだろ」
「っていうか冬馬! 見てないで志希止めろよ!」
「………………」
「見てすらいねぇのかよ!?」
どうやら志希がボタンを外し始めた辺りから後ろを向いていたようだ。女の子の素肌を無暗に見ない紳士と言えば聞こえはいいが、今この場においてはヘタレとしか言いようがない。……あれっ!? 今なんかすっげーブーメランが飛んできた気がする!?
ええい、余り手荒な真似はしたくなかったが、こうなったら恭也の見様見真似で伝家の宝刀『首筋トンッ』を……!(※危険ですので絶対にやらないように)
そんなとき、再びミーティングルームのドアが開いた。
「おはようございますぅ……あら?」
一瞬兄貴か北斗さんか翔太を期待したが、部屋に入って来たのはまゆちゃんだった。
この状況は俺が志希にあらぬことをしていると誤解される的な意味と、まゆちゃんまでオクスリの効果を受けてしまう的な意味で、二重にマズイ状況なのでは……!?
「って、何してるんですか志希ちゃん!? 離れてください!」
「えー?」
ふににっ……! と顔を赤くしながら志希を引き離してくれたまゆちゃん。とりあえず志希が離れてくれたので一安心だが、まゆちゃんも女の子である以上、多分惚れ薬の影響が……!
「全く……これは一体どういうことなんですかぁ?」
プリプリと怒った表情を見せるまゆちゃん。……あれ?
「えっと、まゆちゃん」
「はぁい、なんですかぁ?」
「……今日の俺、どこか違ったりしない?」
直接「俺に惚れてる?」とは流石に聞けないので、とりあえず遠回しにそう尋ねてみる。
「? そうですねぇ……」
唐突な質問に首を傾げるものの、頬に手を当てながら視線を俺の頭の天辺からつま先まで一往復するまゆちゃん。
「……良太郎さんのアイドル生活の中でも過去最高のステキさを誇る昨日のステキさを、さらに上回るステキさですよぉ」
「あ、ありがとう」
何でそんなボジョレーヌーボーのキャッチコピーみたいなコメントなのかはさておき、どう見ても普段のまゆちゃんと変わらない様子である。どうやらまゆちゃんには惚れ薬が効いていないようだ。
(……これ、もしかして佐久間の好感度が元々カンストしてるから、上がりようがないっていうことじゃ……)
冬馬が何故か何かを悟ったような目をしていたが、何か気付いたのか?
しかしまゆちゃんには効かなかったことから、もしかしたら惚れ薬の効果時間は凄く短いのではないか、という淡い期待を抱いたところで、再びミーティングルームのドアが開いた。今日は珍しく朝から事務所に来る人が多いなぁ。
「おっはようございまーすっ!」
元気のよい挨拶と共に入って来たのは恵美ちゃんだった。
「おはよう、恵美ちゃん」
「おはようございます! リョータローさ……リョ、リョータローさんっ!?」
「えっ」
俺の姿を視認するなり、いきなり顔を赤くしてズザザッと後退りを始めた恵美ちゃん。そのまま自分が閉めたドアに背中をくっ付け、ズリズリとその場でへたり込んでしまった。
「え、え……え? リョ、リョータローさん……えっ?」
酷く混乱した様子で、先ほどから何度も俺の顔をチラチラと見たり視線を逸らしたりを繰り返している。
「えっと……恵美ちゃん、大丈――」
「こ、こっち来ないでください!」
「――夫……」
流石に心配になり声をかけようと思ったら、思いっきり拒絶された。……いや、惚れ薬の効果で迫られても困るんだけど、これはこれで結構ダメージがデカいんだけど……。
「め、恵美ちゃん? 一体どうしたのぉ……?」
親友の様子がおかしいことに疑問を抱いたまゆちゃんが近寄り、膝を付いて視線を合わせる。
「……え……あの、その……」
恵美ちゃんは相変わらずチラチラとこちらを見つつ、やや躊躇いがちにそっとまゆちゃんに耳打ちをする。初めはフンフンと話を聞いていたまゆちゃんだったが、次第に「……ん?」と眉をハの字に曲げた。
「……えっと……要約すると『リョータローさんがいつも以上にカッコよくて直視出来ない』そうです」
「ちょっとまゆうううぅぅぅ!?」
多分内緒にして欲しかったのであろう内容をあっさりと口にしてしまったまゆちゃんに、恵美ちゃんの顔は先ほどよりも真っ赤になった。
「こりゃバッチリ効いてるみたいだな……」
「だな……」
「ふっふーん! さっすが志希ちゃんのオクスリ! 効き目抜群ー! 褒めて褒めてー」
「よーし、撫でてやるからこっち来い」
「わーい!」
無警戒に近付いてきたところで、志希の頭に渾身のアイアンクローを決める。
「ぎにゃあああぁぁぁ!? 志希ちゃんに被虐趣味はないよおおおぉぉぉ!?」
「俺にだって加虐趣味なんざねぇよ!」
とりあえず、面倒くさいことをしてくれたバカ猫にお仕置きをしておくことにする。
「……ところで、結局何がどうなってるんですかぁ?」
「……いいなぁ、志希……」
「「「惚れ薬っ!?」」」
途中からやって来たために事情が全く把握できていなかったまゆちゃんたちにも改めて事情説明をしたところで、驚きの声が三つになっていることに気が付いた。
「あれ、志保ちゃん?」
「いつの間に来てたんですかぁ?」
「ついさっきです。……なんだか、随分と厄介なことになってるみたいですね……」
はぁ……と溜息を吐く志保ちゃん。志保ちゃんにも、まゆちゃんのときみたいに惚れ薬の効果が無いようにも見えるが……もしかして、個人差があるとか?
「私にも効果がないみたいなんですけど……志保ちゃんも大丈夫なんですか?」
「はい、特には」
まゆちゃんからの質問に志保ちゃんは首肯した。
「もし疑われるようでしたら、確認していただいても結構ですよ」
「いや、別に疑ってるわけじゃないけど……確認?」
「はい」
そう頷くと、志保ちゃんが近付いてきて俺の右手を取った。
「もし仮に私が良太郎さんに惚れているとしたら、こうしてすぐ傍にいるだけで動悸が激しくなっているはずです。どうぞ直接触って確かめてください」
そのまま志保ちゃんは俺の右手を自分の胸元に……って!?
「志保ちゃんストップ!?」
「何してんの志保っ!?」
志保ちゃんの胸まであと数センチというところでまゆちゃんと恵美ちゃんが間に割って入って止めてくれた。
……どうやら志保ちゃんにも惚れ薬の効果が出ていたようだ。
「……なんでしょうか」
「なんでしょうかじゃないですよぉ!? そそそ、そんな自分の胸を触らせるなんて破廉恥なこと、ま、まゆの目の黒いうちはさせませんよぉ!?」
「そうだよ志保! そんな羨ましいことさせないよ!」
「そうです、羨ましい……恵美ちゃん!?」
三人娘が姦しくやっている間に、若干距離を取ることにする。近くにいると、不測の事態が起こった場合に対処が間に合わないかもしれないし。
「っていうか、お前はお前で微妙に反応が遅いんじゃねーか?」
「確かに
「悪意ねぇ」
「まだ不良が鉄パイプで殴りかかって来た方が反応出来る気がする」
「そんなわけ……まぁ、あるか」
俺と同じように高町道場にて散々叩きのめされてきた冬馬には分かってもらえたようだ。
「志希、この薬の効果っていつまで続くんだ?」
先ほどから『私はバカなものを作ってバカなことをしました』と書いた小さいホワイトボードを紐で首から下げて正座をさせている志希に尋ねる。
「え? 知らないよ?」
「……は? 知らない?」
「うん。初めて作って初めて試したオクスリなんだから、効果時間なんて分かんなーい。でもまぁ、長くて一日じゃないかな」
一日かぁ……志希に中和剤を作ってもらうっていう手もあるんだが、先ほどの一件から考えるとその中和剤も当てになるかどうかわかったもんじゃないし。
「仕方ない、今日は大人しくこの事務所に引き籠って……」
「は? いやいや、普通に仕事だろお前」
『音楽番組の収録で765プロの子たちと一緒』
『その後、用事があって346プロの事務所へ』
「……って、昨日言ってただろ」
「………………」
「どうすんだよ」
「……つ」
「つ?」
「続きを読みたい場合は『わっふるわっふる』と……!」
「現実を見ろ」
・アイカツ
興味はあるのだけど、アニメを追いかけようにもいかんせん量が多くて……。
・惚れ薬
ラブコメの定番。大まかに分けて、飲んだ人が惚れるタイプと飲んだ人に惚れるタイプの二種類があるが、今回は後者。
・「やめろォ!(建前) ナイスぅ!(本音)」
流行らせコラ!
・ボジョレーヌーボー
あれ日本でしか流行ってないんですってね。
志希登場により、番外編でこういう突拍子もないネタが書けるようになりました。これから先、何かおかしな展開が合ったら全部志希のオクスリのせいに出来るぞ……(ゲス)
というわけでラブコメどころか、物語の定番アイテムである惚れ薬。寧ろよく四年間一度も使わずにやってきたものです。ネギまとか藍蘭島とかモン娘とか、そういうのドタバタ系ラブコメは嫌いじゃないです(ただしToLoveるは読んだこと無い)
さて、次回はこの続きにするか、何事も無く本編に戻るか……。