A いいえ、リリカルなのはです。
A 違います、アイドルマスターです。
「もう、どうして始めから相談してくれなかったの? 後輩の激励のためだって言ってくれたら、ちゃんと特別なケーキを用意してあげたっていうのに」
「いえ、その、先輩風を吹かそうと見栄を張って有名店のケーキを、と思いまして……すみません、はい」
良太郎さんがカウンターの隅の席で店の人と仲良く話をしている間に、翠屋のマスターである高町さんに良太郎さんの話を聞いてみた。
――良太郎さんは昔からよくここに?
「そうですね、小学生の頃からになりますから……かれこれ七年近くになりますね。いつも今彼がいるカウンターに座って、コーヒーとシュークリームを注文してくれますね」
――昔からですか?
「えぇ。まだ小学生なのに美味しそうにコーヒーを飲んでいたのを覚えてますよ」
もっとも表情は昔から変わったことがありませんが、と高町さんは笑う。
――高町さんから見た良太郎さんは、どのような人物ですか?
「……そうですね。少し、変わった少年です。けれど、他人のための思い遣りを持っている素晴らしい少年だと思っています」
身内の恥を晒すようで恥ずかしいですが、と前置きをしてから高町さんは語り出した。
「四年前になりますかね。私は事故にあって、長い間意識不明の寝たきりになっていたことがありました。妻も息子達も店や私に付きっきりになってしまい、まだ幼稚園児だった末の娘をほったらかしにしてしまっていた時期があったんです」
そんな時に娘さんの面倒を見てくれていたのが、良太郎さんだったそうだ。
「良太郎君も当時はアイドルデビューしたばかりで大変だったはずなのに、一緒に遊んでくれたり食事の面倒を見てくれたりしてくれたおかげで、娘に寂しい思いをさせずに済みました」
良太郎君には感謝しきれませんよ。高町さんは、まるで自分の息子を自慢するかの様にそう語ってくれた。
一切表情を変えることがないことから、『鉄仮面の王子』と称される良太郎さん。しかし、その仮面の下には人を思いやる暖かな心があることを我々は知ることとなった。
「……りょーくん」
「……ふ、ふーん、いいとこあるじゃない」
「助けられたって言うなら、わたし達と同じだね」
桃子さんとの話し合いはおおよそ十五分ほどで意外に早く終わった。いや、体感時間的にはもうちょい長かったような気もするけど。
お話が終わった後は、いつもの席でいつものコーヒーとシュークリームを注文。なのはちゃんや士郎さん達と談笑しながらまったりと過ごす。
「え、最近はなのはちゃんも道場で稽古してるの?」
「はい。苦手な運動を克服しようと思いまして」
努力家だなぁ、なのはちゃんは。
「おかげでこんなことも出来るようになったんですよ!」
見ててください、となのはちゃんはカウンターの上に紙コップを置いた。何も入っていないただの紙コップである。
そしてティースプーンを手に取ると紙コップから少し距離を取った。左足を下げ、腰を少し落とし、右手は前に軽く持ち上げ、ティースプーンを持つ左手は後ろに引く。その立ち振舞いはまるで剣士のようで……。
「え、ちょ」
「……行きます」
なのはちゃんがそう呟いた次の瞬間、スパーンッという音が響き……。
……突き出されたティースプーンが紙コップを『貫通』していた。
(……いやいやいやいや!?)
待て待て。ティースプーンが紙コップを貫通すること自体はいいんだ。いや本当はよくないが。ティースプーンは金属で、紙コップは文字通り紙なのだから、貫通しない道理はない。物理的には。
問題は『中身が何も入っておらず固定もされていない状態の紙コップを貫通した』という点だ。普通、軽い紙コップを突くだけではただ吹き飛んでしまう。それを貫通したという事実が、今の突きの鋭さを物語っていた。
「出来た! 良太郎お兄さん、どうですか!?」
「あ、あぁ、うん。凄いね、なのはちゃん。頑張ったんだね」
「えへへ!」
褒めて褒めてと言わんばかりに寄ってくるなのはちゃんの頭を撫でる。いやー、子犬みたいでカワイイナー。
(おい、今のって……『
士郎さんにも褒められているなのはちゃんを横目にこっそりと恭也に尋ねる。
(あぁ、その通りだ)
(え、何、ただの体力作りだとばかり思ってたんだけど、あんな本格的な修業してるの?)
いくら何でもあの大往生レベルになのはちゃんが付いていけるはずがないと思うが。
いや、と恭也は首を横に振った。
(……どうやら、見て覚えたらしい)
(……お前マジで言ってんの?)
門前の小僧習わぬ経を読むってレベルじゃねーぞ。何というか、流石士郎さんの娘というか、恐るべし高町の血族というか。戦闘民族高町家ってのもいよいよ現実味を帯びてきたな。
「大体、なのはが体力を付けようと言い出したのは、お前が原因でもあるんだからな」
「俺?」
新たにやってきたお客さんの接客に向かったなのはちゃんの後ろ姿を見送る。俺、なのはちゃんに影響与えるほど何かしたっけ?
「小さい頃からトップアイドルのお前や、世界的な歌手のフィアッセやゆうひさんを側で見てきたんだ。……憧れもするだろう」
……えっと、つまり、なんだ。
「なのはちゃん、コッチの仕事に興味があるってこと?」
「アイドルか歌手かは分からんがな」
はぁー、なのはちゃんがねぇ。何というか、不思議な気分。
……もっとも、アイドルになるのに『射抜』は必要無いが。
(そういや、フィアッセさんは? 今日はシフト入ってないの?)
(テレビカメラが来ているのに表に出られるはずがないだろ。今は奥に入ってもらっている)
(それもそうか)
歌手フィアッセ・クリステラさんは現在諸事情によりその活動を休止し、高町家に居候をしつつ翠屋で働いている。別に隠している訳ではないが、テレビに映ると面倒くさいことになるだろうから、賢明な判断ってところかな。
さて、と。
「そろそろ時間かな」
「仕事か?」
「あぁ。八時から歌番組の生放送だ。見てくれてもいいんだぜ?」
「一週間前にお前が出ると知ってから、その時間のテレビの視聴権はなのはが予約済みだ」
「それはそれは」
それじゃあ、小さなファンのために頑張ってくるとしますか。
「周藤良太郎さん、入られましたー!」
「お、おはようございます良太郎さん!」
おはようございます、と挨拶をしながら良太郎さんが歌番組のリハーサルのためにスタジオに入ると、新人アイドルは良太郎さんに向かって頭を下げる。
「――それで、このタイミングでライトが点灯しますので……」
「この時のカメラはどっちに動いてますか?」
先程まで友人と楽しそうに談笑していた良太郎さんの雰囲気はなく、真剣に段取りを確認するその姿はまさしくアーティストのそれであった。
ちなみに、良太郎さんのマネージャーでもある幸太郎さんの姿はない。別の仕事があるらしく、こうして良太郎さんが一人で現場、ということも珍しくないとのことだ。
全ての段取りを何の滞りもなく済ませた良太郎さんは、足早に楽屋へと戻ってしまった。
――もう戻られるのですか?
「えぇ、まぁ。今日は新しい子が何人もいましたし、あんまり長々と俺があそこにいたら落ち着けないでしょうから」
個人的には新しい子とも仲良くやりたいんですけどね、と呟く良太郎さん。
トップアイドルであるということは、我々には分からない孤独というものが存在するのかもしれない。
楽屋に戻った良太郎さんに、普段の本番前の過ごし方を聞いてみた。
――本番前は楽屋で何をしていらっしゃるのですか?
「えっと……そうですね、そんな大したことしてないですよ。段取りをもう一回確認したり、軽く身体を動かしたり」
あとは仮眠とか、と言いながらアイマスクを付けて良太郎さんはソファーで横になる。
「………………」
――良太郎さん?
「……zzz」
どうやら横になってほんの数秒で本当に寝てしまったらしい。しかし、十分後に突然ムクリと起き上がった。
「とまぁ、こんな感じですね」
――随分と寝付くのが早いんですね。
「今は落ち着きましたけど、デビューしたての頃は本当に忙しかったですからね。僅かな合間を見付けては寝ている内に何処でもすぐに寝てすぐに起きれるようになりましたよ」
おかげで授業中の居眠りもバッチリです、と良太郎さんはそんな冗談を言いながら親指を立てていた。
「……絶っ対に冗談じゃないわね」
「リョウのことだから、ホントに寝てるんだろうね」
「もう、りょーくんってばお茶目さんなんだからー!」
「間もなく本番でーす!」
「はーい」
スタッフさんの質問に答えている内に時間になってしまった。
本当は段取りとか曲とかダンスとかの確認は早々に済ませてずっと寝てるつもりだったんだが、よもや全国放送で「待ち時間はずっと寝てます」と言うわけにもいかない。流石の俺も自重した。
「あ、良太郎さん、本番前のこのタイミングで最後の質問いいですか?」
今朝からずっと俺に質問を投げ掛けてきていたスタッフさんが、そんなことを言って俺を呼び止めた。
「これで最後なんですか?」
「はい。ここを番組の最後に持ってくる予定なので」
なるほど。
「それでは手短に。今の良太郎さんが思うがままにお答えください。……良太郎さんにとって、アイドルとはなんですか?」
……あー、このタイミングで来るのね。いやまぁ、確かにこの手の質問は一番最後に持ってくるのが定石か。
どうせ聞かれるだろうと思っていたので、特に困ることもない。
その答えは、俺がアイドルになってから一度たりとも変わったことがないのだから。
「俺にとってのアイドルとは、ファンの笑顔で光り輝く存在。……誰かが笑顔になってくれている証明、ですかね」
『そう言い残し、良太郎さんはステージへと上がっていった。きらびやかな、アイドルという世界のステージへ』
『周藤良太郎。若くしてトップアイドルに登り詰めた彼は、今日もまたファンのために歌い、ファンのために踊るのであった』
テーレーレレー、とエンディングテーマと共にスタッフロールが画面下部を流れる。
「オープニングは微妙だったけど、エンディングは相変わらず良いわね」
「何て曲だっけ? 何とかになりたかったペンギン、とかそんな感じの名前だったような……?」
「……ハシビロコウになりたかったペンギン?」
「少しでも空を飛びたかった気持ちは分からないでもないけど、何でよりによってそこチョイスしちゃうのよ……」
ほとんど動かないじゃないのよ、あの鳥。
三十分の番組を見終わり、私達三人は一斉にぐぐっと伸びをする。……上体を反らしたことにより、両脇の二人の胸が揺れて少しイラッとしたが、グッと堪える。
「何というか……まぁ、別段と何かがある訳でもない普通の日常って感じだったわね」
クラスメイトはあんまり普通な面子ではなかったが。
「アタシはりょーくんの制服姿が見れただけでも満足かな」
「新鮮ではあったね」
そう言いながらりんはニコニコと笑い、ともみは私達が使ったコップやお皿をお盆に乗せてキッチンへと持っていく。
「あ、片付けは私がやるわよ」
「大丈夫。それより、もうそろそろ遅いから帰り支度しないと」
ともみに言われて時計を確認してみると、現在時刻は既に午後九時を回っていた。確かに、今日はこの辺りでお開きだ。
おのおの帰り支度を終え、荷物を持つ。
「りょーくんのことが更に知れた有意義な時間だったなー」
「はいはい」
「電気消すよ?」
パチリと部屋の灯りが消えて室内は暗闇に包まれる。
まだまだ良太郎のいるところまでの道程は長い。
明日もまた、頑張ろう。
パタンという音と共に、ドアを閉めた。
おまけ『高町家長女』
「ただいまー! 恭ちゃん、良太郎さん来てる!?」
「おかえり美由希。良太郎なら、たった今帰ったぞ」
「えー!? 久しぶりに学校に来てたって話聞いたから、ウチにも来てるだろうと思って急いで帰ってきたのに!」
「残念だったな」
「もー! 私だって久しぶりに良太郎さんと話したかったのにー!」
・四年前の事故
以前士郎さんは最初から堅気だったという話をあとがきでしたが、諸事情により変更。
そっちの仕事の最中に怪我をして入院、退院後は引退して喫茶店に専念という、リリなの√を採用。
・なのはの面倒を見る良太郎
ロリコンじゃないです。おっぱいの方が大好きなんです。
・なのはの『射抜』
漫画版『魔法少女リリカルなのはINNOCENT』のワンシーン。
漫画版の経緯は分からないが、この小説のなのはちゃんは良太郎に憧れてアイドルを目指し、真面目に運動をするようになった結果こうなった。恐るべし高町の血族。
※追記
あれは射抜ではないとご指摘をいただきました。マジ未プレイにわか作者乙。
・大往生レベル
具体的には七年と五カ月かかるレベル。御神の剣はそれ以上な気もするが。
・「……zzz」
瞬間睡眠。現実世界のトップアイドルにも実際に必須のスキルだったそうなので。
・ハシビロコウになりたかったペンギン。
実際の情熱大陸のEDは『エトピリカ』。
『咲-Saki-』の作中の作品「エトピリカになりたかったペンギン」より。
ハシビロコウは各自ググってください。
・両脇の二人の胸が揺れて少しイラッとしたが、グッと堪える。
三人はこんな配置 ↓
山 谷 山
・おまけ『高町家長女』
高町美由希。恭也の妹でなのはの姉。みつあみ眼鏡の文学系剣士。
様々なリリなの小説において不憫キャラとして扱われており、例に漏れずこの小説でも不憫だった。
というわけで密着取材編終了です。最後駆け足になった感は否めない。
次回からは本編……と思いきや、番外編です。
こんな番外編みたいなやつをやっておいてさらに番外編かよ、とお思いのそこのあなた、ご安心を。
皆さんお待ちかねのイチャラブですよイチャラブ!
ヒロインは秘密ですが、外伝として良太郎と恋人になったアイドルとの話にするつもりです。
ただ、ここで選ばれたアイドル=本編ではヒロインにならないということですのでご了承ください。
次回予告はお休みですが、適度にお待ちください。