「え? 結局今年もスカウト枠の新人が入ったの?」
「まぁ、スカウトというか……向こうから勝手にモンスターボールに入って来たっていうカスミのコダック形式だな」
「そこで無印が喩えに上がる辺り年代がアレだよな」
最近ウチの事務所にやって来た新人アイドルの話題で盛り上がりながら俺と共に大学の構内を歩くのは、恭也と月村の二人である。何故だろう、月村と凄い久しぶりに会った気がする。
描写は殆ど無かったものの、一応これでも現役の大学二年生。出席率は芳しくないものの、それでも仕事が無い平日の昼間はこうして大学の講義に出席しているのだ。だから月村ともそれなりに頻繁に顔を合わせているはずなのだが……?
「ねーねーどんな子? 写真とかないの?」
「えっとちょっと待て……ほらコレ」
スマホを起動して写真を引っ張り出してくる。
「へー、可愛い子じゃない。……子?」
「俺たちよりも年上なのか」
「間違えた」
ついにアイドル化計画が本格始動したため、悪乗りした留美さん及び早苗ねーちゃんの協力の元、ピンクを基調としたフリフリ衣装に着替えさせられて赤面しつつもポーズを決めさせられた美優さんの写真だった。ちなみに売り出す方向性は『大人のしっとりとしたアイドル』なので、完全に悪ノリだけで撮られた写真である。なんだかんだ言って、兄貴はやっぱり俺の兄貴なんやな。
「こっちこっち」
「あら可愛い」
画面に写っているのは俺と志希と三人娘の五人で撮った集合写真。俺の右側を志希が占拠し左腕をまゆちゃんに掴まれ、その横に恵美ちゃんと志保ちゃんが並ぶ構図の写真だった。
「この子のデビューはいつ頃になるの?」
「まだ未定。とりあえず基礎レッスンを受けさせて、まずは体力不足を解消するところから」
言動がややマッドサイエンティストチックな志希は、色々と活発そうに見えるもののインドアらしく体力が無い。まだ俺を研究対象として見ていた時期に軽く走って逃げたらすぐに追っかけてこなくなり、何事かと振り返ったら走り始めて五十メートルぐらいのところでバテていた、なんてことがあったぐらいだ。
ウチの事務所の育成方針としては『何はともあれ体力だ!』というスタミナ至上論主義なので、まずはその辺の改善が課題である。彼女は美希ちゃんや恵美ちゃんみたいに『魅せる』ということが本能的に分かるタイプだと思うので、そこを何とかしさえすればデビューも遅くないだろう。
……と、言いたいところではあるのだが、ここで志希の一つの問題点が浮上するのだ。
「それにしても、相変わらず周藤君は女の子に懐かれるのが得意よね」
「香港でもそうだったな」
「いや、流石の俺も中華刀を突き付けられたことを『懐かれる』とは称したくないぞ」
たまたま招かれたパーティーで知り合った褐色中華少女と話していたら、その護衛の少女から首筋に刃物を添えられたのは決していい思い出ではない。あのとき偶然恭也が香港に来ていなかったら割と冗談抜きで命の危機だったし。おかげでしばらくの間、鈴の音が鳴る度にビクッとするようになってしまった。
「あぁでも、イギリスでもあったな」
「あったのか」
「あったのね」
「ロンドンの街中を歩いてたら、いきなり白髪の女の子に『おかーさん』って抱き着かれて……ん?」
一体誰と勘違いしたのだろうかと思い出していると、携帯電話が鳴った。取り出すと我が事務所の事務員兼アイドル候補生(仮)の美優さんからだった。
「はい良太郎です」
『りょ、良太郎君、大変です……!』
「ついに美優さんのデビューの日程が決まりましたか?」
『そ、そうではなく……実は――!』
「……そうですか、志希がいなくなりましたか」
美優さんからの告げられた『志希がレッスン中に姿を消した』という報告に、俺は驚くわけでもなく『あぁまたか』と溜息を吐いた。
これが志希が抱える問題点である。
一ノ瀬志希の失踪癖、というのは本人も自覚しているところである悪癖だ。一つの物事に興味を持ったときの行動力は凄いが、集中力は低くすぐに別のものに興味が移ってしまう。これは普段の行動にも表れ、自身が興味を持ったもののところへとあっちへフラフラこっちへフラフラと一ヶ所に留まろうとしないのだ。
アメリカでも気が付けば横を歩いていたはずの志希がいつの間にかおらず、そしてしばらくするとまたいつの間にかしれっと横に戻ってきていたことが何度もあった。
だからレッスンも基礎トレーニングを中心に置きつつ、彼女に飽きがこないようにボイスレッスンや恵美ちゃんたちの仕事現場に付いていかせたりと、広く浅くレッスンを受けさせていたのだ。
それだけで彼女の失踪癖を抑えることが出来るとは思っていなかったが……流石にここまで早いとは思っていなかった。
多分フラッと帰ってくるだろうから、とりあえず美優さんにはトレーナーさんへの謝罪を頼んでおく。いつもお世話になっていて最近123プロの専属トレーナーになりつつある増田さんなので分かってくれると思う。
「はぁ、全くアイツは……」
分かっていたことではあるが、アイツの失踪癖には頭を抱えたくなる。
「……何やら『いなくなった』などと不穏な言葉が聞こえてきたのだが」
「あぁ、実はな……」
「……ねぇ、周藤君」
一体何事かと尋ねてくる恭也に説明しようとすると、月村に遮られた。
「どした?」
「……あの子ってもしかして」
月村が指差す先、とある研究室の一室を覗き込む。
「こっちはこの式を使った方がいいかなー」
「う、うおおおぉぉぉ!? そ、それは盲点だった!?」
「なんだこの子は!? 今までの俺たちの研究課題をいともあっさりと!」
「こ、これならば成功間違いなしではないか!?」
大学院生相手に、何やら崇め奉られている志希の姿があった。
「……何やってんだよ、お前は」
「あ、リョータローはっけーん!」
やっと見つけたー! とこちらに飛びかかってきた志希の頭を押さえて制する。
「けちー」
「ケチじゃなくて、お前レッスンはどうしたんだよ」
「飽きた」
予想通りというか想像通りというか、予定調和に近いものを感じた。
志希曰く「適当にフラフラしてたらリョータローの匂いがしたような気がして大学構内に侵入した」「適当に歩いていたら何やら気になる数式を書いている集団を見つけたから、適当に間違いを指摘していた」らしい。
「でもこっちも飽きちゃったし、この人たち変な匂いがするからいいや」
『ぐはぁっ!?』
何やら志希を引き留めようと声をかけていた大学院生たちが一斉に倒れこんだ。志希がいう『変な匂い』というのは文字通りの意味ではなく、志希が興味を持たない匂いという意味なのだが……まぁ下手にフォローするとそれはそれで面倒くさいことになりそうだし、放置でいいか。
というわけで志希を連れ、四人で足早にその場を立ち去るのだった。
とりあえず美優さんに連絡を入れておき、大学構内のカフェテリアの一角を陣取って志希への説教タイムである。
「お前アイドルになるんじゃないのかよ」
「でもレッスン疲れるし飽きちゃうんだもーん」
俺の苦言に対し、志希は不満げにメロンソーダの上に浮かんだアイスをストローでつついた。
「でもこれがお前の知りたがってた『アイドル』への第一歩なんだぞ? お前は興味を持ったことを証明するための実験が時間のかかる面倒くさいものだったら、その時点で飽きて止めるのか?」
「……うー……」
どうやら志希の図星を突けたようで、彼女は反論せずにブクブクとストローで泡立てた。
「まぁまぁ周藤君。志希ちゃんは今ちょっとだけ飽きちゃったんでしょ? なら、気分転換してからまたレッスンすればいいじゃない」
四人掛けのテーブルで、志希の隣に座った月村がよしよしと志希の頭を慰めるように撫でる。
「それに、練習に飽きが来るのは『目標がないから』かもしれんな」
「『目標がないから』……か」
恭也の言葉に、確かに一理あった。
かつて「デビューを約束して欲しい」とストもどきを行ったみくちゃんのように目標や目的が無いまま練習やレッスンというのは、終わりの見えないマラソンのように辛いし不安で、確かに飽きる。今の志希はデビューというゴールが未だに見えていない……というかゴールの設営自体が不十分の状態と言っても過言ではなかった。
「んー、シノブって撫でるの上手ー」
「あら、ありがとう。ふふふ、お姉さん、猫ちゃんの相手は得意なのよー?」
「でもなんだろう……鉄? 鉄分? 不思議な匂いがするねー」
「……そ、そう?」
……まぁ、不安っていう点に限って言えば志希にはなさそうだが。
「彼女の場合は人一倍飽きやすく冷めやすい性格のようだし、一先ず何かしらの目標を立てた方がいいのではないか?」
「兄貴に相談してみるわ」
ゴロゴロと猫のように喉を鳴らしながら月村に撫でられている志希の姿を眺めながら、とりあえず事務所のトップであり俺たちのプロデューサーである兄貴へ話してみることを決める。それこそ、CDの予定でもデビューの予定でもいい。もしくは三人娘のバックダンサーとか、美優さんとユニットデビューでも、そういうのでいい。
例えば……『シンデレラプロジェクト』のような何かしらの大きな企画があれば目標としては分かりやすくてやる気も持続できるんだけどなぁ。
「……あっ」
「ん?」
不意に、志希の頭を撫でていた月村がそんな声を上げた。何やら視線が俺と恭也の背後に向けられている。
一体何があったのだろうかと後ろを振り返ろうとし――。
「だーれだ?」
――そんな声と共に俺の視界が真っ暗になり、それと同時に俺の背中に柔らかな何かの感触が広がった。
これはもしや!? これだよこういうラッキースケベ的なイベントを俺は求めて……! と一人テンションが上がっているが、はたと気付く。
このシチュエーション、というかこの
『聞き覚えがある』なんて言葉では片づけられない、俺がアイドルを志したそのとき以来ずっと聞き続けてきた
「……りん?」
「せいかーい! ただいまっ! りょーくん!」
1054プロダクション所属『魔王エンジェル』の一人。
朝比奈りん。半年ぶりの再会だった。
・カスミのコダック形式
もしくはムサシのソーナンス形式。
・褐色中華少女
・護衛の少女から首筋に刃物
・鈴の音が鳴る度に
孫なんとかさんと甘なんとかさん。
『作者の頭の中の設定だけど実は春休みにこんなことがあったのだよ』シリーズ。春休み中の出来事はアイマスキャラが殆ど出ないから投稿しづらいのなんの……。
・白髪の女の子に『おかーさん』って抱き着かれて
まさかそんな現代イギリスに切り裂きジャックが生きてる訳ないじゃないですか(目逸らし)
・カムバックりんちゃん
実に約15ヶ月ぶりの再登場! ……さーて出したはいいもののどうするか(無計画)
りんが戻って来たところからスタートする今話は、地味にアニメ15話前半部(楓さん部分以外)のお話となります。つまりCP解体の話が持ち上がったところです。
そろそろあの方の登場なので身構える方もいらっしゃるでしょうが。
安心してください、第五章の中で一番愉快なことになってますから。
それではまた。
『どうでもいい小話』
デレステにてブライダルガチャ爆死。しかし今重要なのはそこではない。