アイドルの世界に転生したようです。   作:朝霞リョウマ

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Don't stop dreamin'


Lesson159 Got it going on! 5

 

 

 

「『できたて Evo! Revo! Generation!』……か」

 

 それは彼女たちのデビューイベントのときに歌った彼女たちのデビュー曲。これから()()()()()を担っていくであろう彼女たちの歌。

 

 数ヶ月前にも聞いたその曲を披露しているステージは、以前のそれとは全く違っていた。勿論曲調が変わったとか、歌詞が変わったわけではない。勿論振付も変わっていない。……いや、正確には少し振付が変わっていた。どうやら水を掃いたからとはいえ未だ濡れているステージの上で足元を取られないように、微妙にステップをアレンジしたようだ。それが自分たちで考えたものか、トレーナーからの指示なのかは知らないが、それでもこの短時間でそれをちゃんと実践出来る程度の実力にはなったということか。

 

 ……話が逸れたが、違うというのは彼女たちの自信である。殆ど足を止めるお客さんがいない中の初ステージでは、そういうものだと理解していても彼女たちの表情は少し硬かった。

 

 しかしそれがどうだろうか、雨の影響でショッピングモールよりも人が目の前にいない状況にも関わらず、彼女たちはちゃんと笑っていた。

 

 凛ちゃんのCoolな(カッコイイ)笑顔。

 

 未央ちゃんのPassionな(元気一杯な)笑顔。

 

 卯月ちゃんのCuteな(可愛らしい)笑顔。

 

 三人が三人らしい笑顔を浮かべてステージに立っていた。

 

(……もうそろそろ、アイドルの卵も卒業かな)

 

(あはっ! 頑張ったね、未央!)

 

(ふんっ……まぁ、及第点ぐらいやるか)

 

 ふと横を見ると、何やら恵美ちゃんが満足げな笑みを浮かべており、冬馬も鼻を鳴らしながらも満更でもなさそうな表情を浮かべていた。どうやら三人はこの二人のお眼鏡にもかかったようである。

 

「よし、それじゃあ行くか!」

 

「え?」

 

「良太郎さぁん?」

 

 まだ雨は降っているものの、アイドルのコンサートにおいてこれぐらいの雨は降っていないものと同義である。現に他の観客も少しずつステージ前に戻り始めている。

 

「でもまぁ降ってることには変わりないから、恵美ちゃんたちはまだここにいてもいいよ。おら冬馬行くぞ」

 

「はいはい」

 

「あっ、アタシたちも行きます!」

 

「加蓮ちゃんと奈緒ちゃんは?」

 

「も、勿論行くよ!」

 

「ま、待てって加蓮!」

 

 雨の中を再びバシャバシャとステージの前まで走っていくのだった。

 

 

 

 

 

 

「はぁ、はぁ、はぁ……」

 

 ステージが終わり、私たち三人は舞台裏でパイプ椅子に座りこむ。

 

 練習のときとは違った緊張感、そして雨で足が取られないようにアレンジを加えた振付で神経を使ったので、三人とも精根尽き果てた様子だった。

 

 ただその甲斐あってかステージは無事に成功したと思う。

 

「……見えた?」

 

「……見えた」

 

「……見えました」

 

 しかし、今の私たちはそれとは別のことが気になっていた。

 

「……良太郎さん、観に来てくれてた……!」

 

「めぐちんとままゆもいた!」

 

「天ヶ瀬さんも来てくれてました!」

 

 先ほどステージの上から見えた光景。雨の中、徐々に戻ってきてくれたお客さんの中に、私たちは良太郎さんたちの姿を見つけたのだ。歌って踊りながらもステージから客席を見ることが出来る余裕が生まれたっていうのもあるが、良太郎さんたちがステージを見に来てくれたという事実が嬉しく……そしてそんなみんなの前でステージを成功させることが出来たことがさらに嬉しかった。

 

「「「……~っ! やったー!」」」

 

 感極まって三人で抱き合ってしまった。正直自分はそういうキャラじゃないと思いつつ、思わずそうしてしまうぐらいには私もテンションが上がっていた。

 

「めぐちんとままゆ、すっごい笑っててくれたよ!」

 

「良太郎さんは……まぁ、いつも通りだったけど」

 

「天ヶ瀬さんも……その、楽しそうな顔ではなかったですけど」

 

 男性二人の方はある意味通常通りだったとはいえ、それでもきっと……絶対に楽しんでもらえたという自信があった。

 

「……でも、まだこれで終わりじゃない」

 

「うん、まだ最後の全員での曲が残ってるからね!」

 

「頑張りましょう!」

 

 

 

 

 

 

 途中、豪雨と落雷による一時中断というハプニングがあったものの、346プロダクションサマーフェスはいよいよフィナーレを迎えようとしていた。

 

 多分だが、凛ちゃんたちが合宿で練習したと話していたシンデレラプロジェクトの全体曲があるはずだ。何らかのトラブルによりラブライカとして出演出来なかった美波ちゃんが出てくるとしたら、ここが最後のチャンスになるだろう。

 

 果たして……。

 

 再び照明が暗くなり、聞こえてきたのは346プロ所属のどのアイドルのものでもない楽曲。今回のサマーフェスで初披露の新曲。

 

 そして現れたのは、シンデレラプロジェクトの十四人。

 

 渋谷凛、島村卯月、本田未央、神崎蘭子、緒方智絵里、三村かな子、双葉杏、諸星きらり、赤城みりあ、城ヶ崎莉嘉、前川みく、多田李衣菜、アナスタシア、そして――新田美波。

 

(……ふぅ)

 

 最後の一人の姿を見た瞬間、思わず安堵してしまった。どうやら問題は無事に解決したらしい。これでこちらも、彼女のステージをちゃんと観てあげることが出来る。あのチケットの意味が果たして本当にそうなのかどうかは分からないが、それでも受け取った以上、観てあげるのがけじめである。

 

 さぁ、観せてくれ、君たち十四人のステージを。

 

 

 

 ――『GOIN'!!!』

 

 

 

 

 

 

「あっという間だったなぁ」

 

「なんだかふわふわしてる……」

 

「うん……」

 

 雨雲はとうに消え去り、太陽も山の向こうに消えて夜空には満天の星が煌めいていた。

 

 346プロダクションサマーフェスは多少のハプニングがありつつも無事に閉幕。スタッフさんたちの撤収作業が続く中、私たちシンデレラプロジェクトのメンバーはステージ衣装を脱ぎ、Tシャツと短パン姿でステージに集合していた。

 

 特に何かをするわけでなく、ただステージの上から誰もいなくなった客席を眺める。

 

 今では撤収作業中のスタッフが数名いるだけで、それを除けば他に誰もいないも同然のステージ前。しかし数時間前にはここが大勢の観客で溢れ返っており、自分たちはここで歌を披露したのだ。

 

 まるでアイドルのように……いや、もう私たちは紛れもなくアイドルだ。

 

 そんなときだった。

 

「お疲れ様、シンデレラ」

 

「りょ、良太郎さん……!?」

 

『良太郎さん!?』

 

 ヒラヒラと手を振りながら、なんと良太郎さんが観客席側からやって来た。いつもの伊達眼鏡と帽子の変装をしていないので、正真正銘『アイドル』周藤良太郎の状態である。

 

 良太郎さんはステージの前まで来て足を止めた。ステージの上に座り込んでいた私たちは思わず立ち上がり、ステージの上の私たちが良太郎さんを見下ろす形になってしまった。

 

「ちゃんと観に来てくれて、ありがとう。ただ、とりあえず今はまだ関係者以外立ち入り禁止だと思うんだけど」

 

 いくらフェスが終わっているからとはいえ、普通に今の時間の一般人の立ち入りはアウトだと思うんだけど。

 

「何言ってるのさ、俺は『アイドル』だよ? じゃあ関係者だよ」

 

「酷い暴論だね」

 

 ただ他の人ならともかく、良太郎さんがそれを言うと謎の説得力がある気がしてきてならない。

 

「……あれ? 良太郎さん一人? 他にも一緒に観てた人がいたと思ったんだけど」

 

「あ、俺たちのこと見つけられたんだ? あいつらは用事があるからって先に帰ったよ」

 

 俺はスタッフさんたちに挨拶しながら時間潰ししてた、と良太郎さん。……暇なの?

 

「ともあれ、観させてもらったよ。君たちの歌とダンス、最高のパフォーマンスを」

 

 良太郎さんはステージに右手を乗せると、そのままバッとステージに飛び上がった。

 

 良太郎さんは私たちと同じステージに登り……いや、違う。私たち()良太郎さんと同じステージに登ることが出来たのだ。

 

 

 

「ようこそ、アイドルの世界へ」

 

 

 

 良太郎さんのその言葉に、私は……私たちは、ようやく実感した。

 

(あぁ……今、私たちは『周藤良太郎』に認められたんだ)

 

 心の中に溢れる確かな喜び。

 

 ……初めは、プロデューサーに声をかけられたから、というきっかけだった。

 

 果たして良太郎さんのようなアイドルになれるのか、そもそもアイドルとはなんなのか。

 

 そんなことすら分からない状況で始めたアイドルとしての活動。

 

 でも、卯月や未央、プロジェクトメンバーのみんなと共にレッスンを続け、やがてデビュー。ただひたすら歌って踊って、そしたら――。

 

 

 

 ――アイドルが、楽しくなっていた。

 

 

 

 あぁ、これが良太郎さんの見てきた世界なんだ。まだまだその高さには到底辿り着けそうにないけど、それでもここがきっと始まり。

 

「私、アイドル始めてよかったって思ってる」

 

「……そっか」

 

 だから、もう一度……いや、何度だって伝えよう。私に新しい道を指し示してくれたことを、私の未来を教えてくれたことを、そしてみんなを導いてくれたことを、感謝の気持ちを『ありがとう』という言葉に乗せて――。

 

 

 

「凛ちゃんは、アイドルが楽しいフレンズなんだね!」

 

「なんでせめてあと三十秒ぐらい真面目な空気を保てなかったのさあああぁぁぁ!!??」

 

 

 

 もう全部台無しだよ!? ほら卯月とか智絵里とか見てよ、あとちょっとで泣きそうだったんだよ!? 私も結構ウルッと来てたんだよ!? それがいきなりこのシリアスブレイク!? ほら見てよあのきらりですら笑顔が引き攣ってるんだよ!?

 

「大体良太郎さんは――えっ」

 

 ポンポンッと。

 

 気が付けば、良太郎さんの右手が私の頭の上に乗っていた。それは昔から何度も撫でられた良太郎さんの手で……顔を上げると、良太郎さんはいつもの無表情で……それでも私には優しく微笑んでいるように見えた。

 

「……頑張ったね、凛ちゃん」

 

「~っ!?」

 

 ……本当に、この人はズルい。

 

「あ、そうだった。美波ちゃん、コレありがとう。入場には凛ちゃんからのチケットを使ったから、こっちは記念に残させてもらうね」

 

 そう言いながら良太郎さんがポケットから取り出したのは、フェスのチケット。どうやら美波から貰った方のチケットのようだ。

 

「美波ちゃん、りょうお兄ちゃんにチケット渡してたのー!?」

 

「えっ!? いや、その、えっと……」

 

 みりあやその他の子たちからの興味の視線に晒され、若干たじろぐ美波。

 

「個人的には美波ちゃんのラブライカ衣装ももう一度見たかったところではあるけど、まぁ最後の全体曲の衣装もなかなか胸元が開いててお兄さん的には満足満足」

 

 そんな美波を他所に、いつもの良太郎さん節。美波からそれほど嫌悪されていないと見て調子に乗っているのではないだろうか、と心の中で独り言ちる。口に出して言わないのは、別に現在進行形で頭を撫でられているからでは断じてない。

 

「ま、また貴方はそういう……!」

 

 そんな良太郎さんに、ついに美波が苦言を――。

 

 

 

「み、見るんだったら私だけ見てくださいっ!」

 

 

 

『……んん!!??』

 

 ――呈したかと思ったら、その口から飛び出してきたのはとんでもない爆弾だった。

 

「み、美波ちゃん……!?」

 

「みなみん、何を言ってるの……!?」

 

「え? ……あ、えぇ!? ち、違うのそういう意味じゃないの!?」

 

 卯月と未央に指摘され、ようやく自分が何を言ったのかを理解した美波の顔があっという間に真っ赤に染まった。

 

「ほ、他の子をそういう目で見るぐらいだったら私が見られていた方がいいって考えただけであって別に良太郎さんに見てもらいたいわけじゃなくていやでも見てもらいたくないってわけでもなくて私たちがちゃんとアイドルになったっていうのはしっかりと見てもらいたくて!?」

 

 完全に混乱した様子の美波。今までに見たこと無い美波の様子に全員が呆気に取られ――。

 

 

 

「……ははっ、はははははっ!」

 

 

 

 ――そんな中、一人だけ良太郎さんは笑っていた。

 

 良太郎さん曰く「無表情な奴が笑ってるのって不気味でしょ?」と俯き手で顔を隠す独特な笑い方。文字通り、腹を抱えながら良太郎さんは笑っていた。

 

「……はぁ、そんなこと言われなくても、俺はちゃんと美波ちゃんのこと見てるよ」

 

「だ、だからそういう意味じゃ……!」

 

「勿論、アーニャちゃんも見てる」

 

「……え?」

 

「李衣菜ちゃんもみくちゃんも、莉嘉ちゃんもみりあちゃんもきらりちゃんも、杏ちゃんもかな子ちゃんも智絵理ちゃんも、蘭子ちゃんも未央ちゃんも卯月ちゃんも。そして、凛ちゃんも」

 

 言ったでしょ? と良太郎さんは自分の目を指差した。

 

「『シンデレラプロジェクトの行く末をしっかりと見届けよう』って」

 

 

 

 ――だからこれからも見せてくれ。君たちがどんなアイドルになっていくのかを。

 

 

 

 

 

 

 これは、シンデレラたちがガラスの靴を履いて舞踏会への階段を駆け上がった物語。

 

 そしてこれからは、十二時を過ぎたシンデレラたちがそれぞれの道を進む物語。

 

 

 

 そんな時を同じくして、次の物語の登場人物が海の向こうから帰ってきていたのだが――。

 

 

 

「……あぁ、私だ。自宅には寄らず、346の本社へ向かう。資料を用意しておいてくれ」

 

 

 

「……いひひっ! メインヒロインなアタシ、ついに帰国っ! 待っててねー! りょーくぅぅぅん!!」

 

 

 

「うげ~、やっぱりコッチは変な臭いでいっぱ~い……テンション下がる~。……でも~……はすはす……にゃはは~楽しそうな匂いも漂ってくる~! 魅惑のフレグランス~!」

 

 

 

 ――それはまた、別のお話。

 

 

 

 

 

 

 アイドルの世界に転生したようです。

 

 第四章『Star!!』 了

 

 

 

 

 

 




・微妙にステップをアレンジしたようだ。
オリジナル設定。
実際はどうなのだろうかと考えて、例の踊りながらステージを拭くジャニーズジュニアのアレを思い出してしまって考えるのを止めた。

・『GOIN'!!!』
アニデレ第一期ラストを飾る全体曲。
展開補正も加わり多くのPの涙腺ブレイカー。10thライブにて、楽屋で弁当を食べていた武内Pもこれを聞いて泣いたらしい。

・「アイドルが楽しいフレンズなんだね!」
凛ちゃんは犠牲になったのだ……ただ作者がこのフレーズを使いたい欲求を満たす、その犠牲に……。

・「み、見るんだったら私だけ見てくださいっ!」
やっぱり美波にはこういう方向のセリフを言わせとかないとね!

・俯き手で顔を隠す独特な笑い方
ただ無表情なだけなので、笑う時には笑う。

・次の物語の登場人物。
上から順番に「次章最大のキャラ崩壊」「自称メインヒロイン」「天才失踪娘」となっております。



 第四章、これにて終了です! ……いやぁ、結局一年以上かかったゾ……。

 次章からはアニメ二期編に入ります。次回も基本的にはアニメのルートを辿りつつ、途中からクローネルートへと入っていく予定です。

 そしてついに登場、123プロ最後の新人! 彼女は一体誰なんだあああぁぁぁ!(なお隠す気は無い模様)

 なお次回は本編をお休みし、久しぶりに普通の番外編です。






 舞踏会を終えたシンデレラたちは、それぞれの道を歩き出す。

 しかし、十二時を過ぎてしまった彼女たちにかけられた魔法は解けてしまい……。



「……ねえ良太郎さん、私、間違ってたのかな……!?」



「私馬鹿だ……しぶりんとしまむーのこと、何も見てなかった……!」



「それじゃあ……最初から、私には何の価値も無かったんじゃないですかっ!」



 ……シンデレラは再び、灰を被る。



 アイドルの世界に転生したようです。

 第五章『Shine!!』

 coming soon…


 

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