同時更新の『かえでさんといっしょ』の方もよろしくお願いします。
それは、あり得るかもしれない可能性の話。
二月十四日。持つ者と持たざる者、リア充と非リア充、勝者と敗者の様々な思惑が渦巻くバレンタイン、別名『
そんな『女の子が好きな人にチョコレートを贈るイベント』として認知されているバレンタインなのだが、この時期は俺も割と大変だったりする。
「良太郎、今年も来たぞ」
「……来ちゃったかぁ……」
バレンタイン当日。事務所で俺を待っていたのは、一足先に出社していた兄貴と壁際に積まれた段ボールの山だった。
「おはようございます。……なんですか、この段ボール」
俺とほぼ同じタイミングで出社してきた志保ちゃんが、普段とは異なる事務所の光景に首を傾げる。
「あ、そっか。去年の今頃はまだ志保ちゃんいなかったっけ」
「よく分かりませんが、一年前だと私はまだ所属していませんね。……全部良太郎さんの名前が書かれてますけど……あ、違う、天ヶ瀬さんたちの名前もありますね」
志保ちゃんの言う通り、段ボールの大半には俺の名前が書かれているが、冬馬・北斗さん・翔太の三人の名前が書かれた段ボールも数個存在した。
「これ全部バレンタインの贈り物なんだよ」
「あぁ、バレンタインの……え、これ全部ですか」
「うん」
実はそうなのである。こう見えて女の子たちに大人気のトップアイドルな俺は、毎年こうしてファンの女の子たちから大量のチョコレートを貰っているのだ。ついでに同じ事務所なのでジュピターの三人宛のチョコも一緒に届くのだが、自分でもビックリするぐらい差が激しかった。
「はぁ……まるでアイドルみたいですね」
「君が所属しているのは一体何の事務所なのかもう一度思い出してみようか」
君たちがそういう反応をするから俺も自分がアイドルだということを忘れちゃうんだって。
「しかし、これだけ量があると食べるのも大変じゃないですか?」
「いや、食べないよ」
「は?」
首を横に振ると志保ちゃんから鋭い視線が飛んできた。蔑む目が『女の子からの贈り物を何だと思っているんだコイツは』と語っている。
「本音を言えば俺だって食べたいけど……まぁ、実際に見てもらった方が早いかな」
とりあえず手近な俺宛の段ボールを開封し、中からチョコを一つ取り出す。
ハートのシールで封がされたピンクの包装を解くと、中身はシンプルなハート型のチョコが一つ入っていた。
「ていっ」
パキッと真ん中から真っ二つに割る。
「ん、
「?」
訝し気に首を傾げながらも俺から二つに割られたチョコを受け取る志保ちゃん。
「一体何を………………あの、良太郎さん?」
どうやら気が付いたようだ。
「……これ、髪の毛みたいなものが入ってるんですけど……」
「入ってるねぇ」
というわけで、これがバレンタインに大量の贈り物を貰っても素直に喜べない理由である。こうして目に見えるものならばまだ分かるのだが、
全部が全部こんなのばかりではないだろうが、こういうことがあるからチョコに限らずファンから貰った飲食物は基本的に俺の口に入ることはない。こわいわーとづまりすとこ。
「志保ちゃんもこれからは気を付けてね」
「……お、女の人から貰ったものなら……」
「同性に興味がある女の子だっているけどね」
「………………」
これには流石の志保ちゃんも絶句。
「これがあるから仕事の現場でスタッフさんから貰うチョコもちょっと怖くてねぇ。既製品はともかく、手作りのやつは申し訳ないけど食べれない……というか、食べたくても上がNGなんだ」
兄貴に視線を向けると、当たり前だろうと腕をクロスしてバツ印を作っていた。
「何というか、初めて良太郎さんのトップアイドルらしいところを見た気がします」
「別に俺、無表情だからって悲しまないわけじゃないし泣くときは泣くよ?」
本当に酷い言い草である。
「このおかげで俺が食べられるものは知り合いと身内、それから愛しの恋人から貰ったチョコだけだよ」
幸いそれだけでも人一倍貰えるので寂しくも悲しくもないが。知り合いの女の子が多いことに対するメリットの一つである。
(……その恋人からのチョコが一番怪しいような気もするんですけど)
「ん? 志保ちゃん今何か言った?」
「はい、沢山チョコを貰う良太郎さんは学生時代さぞやお友達から人気だったのだろうなと」
「お陰様でね!」
本当にアイツら、自分がチョコを貰えない腹いせに襲い掛かってくるなっつーの。幸い武闘派の連中はこちら側の人間だったが、もし違っていたら五体満足でいられたかどうか怪しかった。
「あぁそうでした、色々とショックで忘れてました。……はい、お二人にはお世話になっているので」
そう言って志保ちゃんが鞄の中から取り出したのは、二つのピンク色の包装がされた箱だった。
「手作りですけど、弟に作ってあげた分の余りなのでご安心を」
「いや、だからこそ中に何か入っている可能性が」
「良太郎さんにはもう一つ特別なプレゼントがあります」
「俺が悪かったからその右手に持った缶コーヒー(未開封)を下ろそうか」
バレンタインデーキッス(殴打)は流石に遠慮願いたい。
ともあれ、今回のバレンタインにおいて身内(母さん&早苗ねーちゃん)以外から貰う初めてのチョコなので、ありがたく受け取って。
「……りょーたろーさーんっ」
ドンッ、という背中に鈍い痛みが広がった。
「おはようございますぅ、良太郎さん」
「……ま、まゆちゃん?」
「はい、アナタのまゆですよぉ」
背後にいるためその姿は確認できないが、間違いなくまゆちゃんだった。その間も背中に広がる痛みは強さを増していく。
「ねえ、良太郎さん。良太郎さんは、今何をしようとしていたんですかぁ?」
「え、えっと……」
「もしかして、志保ちゃんからチョコを受け取ってませんでしたかぁ? そんなわけないですよねぇ? まゆからのチョコを受け取る前に別の女の子からチョコを受け取るなんてこと、良太郎さんはしませんよねぇ? まゆは良太郎さんの恋人なんですよぉ? 一緒に暮らしているお義母様や不本意ながらお義姉様が一番最初に渡すことは百歩譲っても、それ以外の女の子はほんの少し妬いちゃいますぅ。バレンタインは女の子が勇気を出す日であると同時に、恋人同士の特別な日でもあるんですから、やっぱり良太郎さんは恋人であるアナタのまゆからチョコを受け取るべきだとまゆは思うんですよぉ。勿論良太郎さんの意見は尊重しますよぉまゆはイイコですから。それでもアナタへの愛を一番に伝えたいっていうまゆの乙女心を分かってもらいたいというか、いずれアナタの妻になるまゆの勤めというか……まゆ、今日のチョコはいつものお弁当以上に頑張って作ったんですよぉ? あっ、だからと言って普段のお弁当は頑張ってないっていうわけじゃないんですよぉ? 今日だって良太郎さんの好きなハンバーグにおろしポン酢も用意して、それでいて栄養のバランスを考えて作ったんですから。うふふ、まゆ最近お料理の勉強してるんですよぉ? 今はまだ別々のおウチですけど、いつか一つ屋根の下で暮らすようになったとき、良太郎さんに三食栄養満点で美味しいお料理を食べて貰えるように……あ、ごめんなさいお話が逸れちゃいましたね。今日のチョコは、あらかじめ桃子さんに作り方のコツを教わりに行ってお墨付きを貰ってきた自信作ですから、良太郎さんにも絶対に美味しいって言ってもらえる自信があります。……ねぇ、良太郎さん? 美味しいって、言ってくれますよね?」
「オッケーまゆちゃん、分かったから――」
両手を上げ、抵抗の意思が無いことを見せる。
「――ボールペンで背中をグリグリするの止めようか?」
それ背骨に当たって地味に痛いんだよ。
あと台詞が長くて
クルリと振り返るとそこには俺より頭一つくらい背が低い小柄な少女が、二人で遊びに行った時に買った某遊園地のボールペンを握り締めながら膨れっ面で涙目になっていた。
「まゆが一番に渡したかったんですぅ……」
「あぁもう可愛いなぁ」
そんな可愛い恋人の拗ねた姿に、思わずその華奢な身体を抱き締めてしまった。
「まゆさん、安心してください」
抱き締めながら頭を撫でて慰めていると、志保ちゃんからのフォローが入った。
「私が良太郎さんに渡したのは義理チョコです。義理で渡したチョコです。義理も義理の義理義理チョコです。あまりにも義理過ぎて義理の範疇になんとか収まって義理チョコとしての体裁を保っているという意味合いで
しかし志保ちゃんからの好感度ってこんなに低かったっけ。もしかして、この間の季節外れの水着グラビアの時に「志保ちゃんは年齢の割に女性らしい体つきしてるよね」って褒めたのが原因かな? その後まゆちゃんから「めっ!」って怒られたからそれで清算されてるものだと思ってた。
「そ、それじゃあ……はい、良太郎さん。まゆからの愛を受け取って下さい」
俺の腕の中に収まったままゴソゴソと鞄の中からピンク色の可愛らしい箱を取り出したまゆちゃん。
「あーん」
「あっ……ふふ、分かりましたぁ。……はい、あーん」
口を開けて催促すると、それだけで察してくれたまゆちゃんはその場で包装を解いて箱を開き、中から一口サイズの生チョコを摘まみ上げると俺の口に入れてくれた。
モグモグと咀嚼すると、生チョコの甘さと滑らかさが口中に広がる。
「ん、美味しい。ありがとう、まゆちゃん」
「喜んでいただけて、まゆも嬉しいです」
「それじゃあお礼。人前だからこれで勘弁ね」
頬に軽くキスをすると、まゆちゃんは擽ったそうに身を捩った。
(……人前だと
(……別に羨ましいわけじゃないですけど、なんか無性に腹が立ちますね)
「そういえばさっきの長台詞のアレ、なんだったの?」
「アレですかぁ? 今度ドラマの主演をやらせていただくことになったんですけど、や、やんでれ? という性格の女の子らしくて、まゆなりに勉強してみました。どうでしたかぁ?」
「迫真の演技だったよ。まゆちゃんは頑張り屋さんだなぁ」
「うふふ」
(……演技?)
(……最初から素質はある気がするんですけど)
私、佐久間まゆが周藤良太郎という一人の人間に抱いていた感情は『恋愛』ではなかった。
恵美ちゃんや志保ちゃんには度々「嘘だぁ」「流石にそれは無理がありますよ」と言われ続けてきたが、私は確信を持ってそれは違うと否定できる。
私が良太郎さんに抱いていた感情、それは『崇拝』だった。
良太郎さんの恋人になりたいだとか、良太郎さんのただ一人の大切な人になりたいだとか、そういう思いは一切無かった。
私の願いはただ一つ、良太郎さんが世界で、地球で唯一無二のトップアイドル、頂点の存在として認められること。少しでもその手助けになればと、私はアイドルを目指した。
『○○を苦にして○○をしようとしていた少女が、周藤良太郎に憧れて生きようと決心し、日本のトップアイドルの仲間入りを果たす』
私も良太郎さんに及ばないながらもトップアイドルとなり、そしてこの経緯を暴露することで良太郎さんの偉大さを証明する。『周藤良太郎は一人の少女の人生を救ったのだ』という箔を付けることが出来る。なんと素晴らしい
だから私は、周藤良太郎を崇拝する信者。周藤良太郎という『
……そのはずだった。
――俺は……周藤良太郎は、佐久間まゆのことが好きです。
止めて。
――だから、俺のために人生を捧げないでくれ。
そんなことを言われたら。
――俺と共に、これからの人生を歩んでくれ。
私は、まゆは、アナタを唯一無二の存在に……!
「舐めるなよ」
……えっ……?
「確かに、こんなに小柄で可愛くて可憐で華奢で、家事も得意で細かなところに気が回って、尚且つアイドルとしてもモデルとしても人気急上昇中で、だけど変なところで真面目すぎて微妙にポンコツなところもある美少女が、その身を捧げてくれたら簡単に世界一になれるさ」
でもな、と良太郎さんは首を振った。
告白をされたにも関わらず心中を全て吐露してそれを拒絶してしまった私を、良太郎さんは優しく抱きしめながら首を振った。
「そこまでしてくれなくても、俺は世界一になってみせる。君が俺の横で手を握っていてくれるだけで、俺は誰にも負けない最強のアイドルだ。
この瞬間だった。
「だからどうか」
この瞬間から。
「俺の恋人に……いずれは、お嫁さんになってくれませんか?」
私は『
「……こんな私で、本当にいいのなら……!」
……ただの一人の『
「良太郎さぁん。実はもう一つ、まゆからバレンタインの贈り物があるんですよぉ」
「ん? 何々?」
「うふふ、プレゼントは……ま・ゆ……! たぁっぷりチョコをかけて召し上がってくださいねぇ」
「……いやあの、青少年保護育成条例ってものがあってだね?」
「
これからもずっと、この人と一緒に……。
・周藤良太郎(20)
説m(以下略)
多分今までの恋仲○○シリーズの中では貴音編に負けず劣らずなイケメン具合になったと思う(志保ちゃんへのセクハラ発言には目を瞑る)
・佐久間まゆ(17)
抱えている闇が深すぎて本編ではヒロインになれない不憫な子。
基本的にアイ転のまゆちゃんは良い子ですが、今回は完全浄化されたまゆちゃんをお送りしました。
・『血の聖戦』
アイドルのバレンタイン事情は妄想です。でも大体あってるんじゃないかな。
・こわいわーとづまりすとこ
今さらだけど○夢ネタがはびこっててヤバイヤバイ。大体biim兄貴の
・バレンタインデーキッス
作者はCV諏訪部に毒されてしまっています。
・やんでれ長台詞
実は一番書いてて楽しかったところ。
・「志保ちゃんは年齢の割に女性らしい体つきしてるよね」
実は年齢の割に大きいと言われている同い年の蘭子より大きい83で、ベテトレさんと同じスリーサイズ……。
・『崇拝』
本編と共通してまゆちゃんの行動理念です。神様に恋愛感情抱く人はいないでしょう? ……いないよね?
・青少年保護育成条例
はて?(すっとぼけ)
そんなわけでバレンタインにお送りする恋仲○○シリーズはまゆでした。
某喜ぶバレンタインシリーズの画像を見てたら綺麗なまゆが書きたくなったので、良太郎の愛の力で浄化してもらいました(ギップリャー!)
今回はかえでさんの方と同時更新だったから二倍で作者にもダメージだったゾ……。
『どうでもいい小話』
五年近く放置してたツイッター復帰しました。アカウントは作者ページにて。
進行状況裏話小話余談各種サブカルその他諸々呟きたいと思います。どうぞよろしく。