およそ十五分のランニングを終えた良太郎さんは自宅へ戻るとシャワーを浴び、その後家族揃っての朝食となった。
父親、
「それじゃあ、いただきます」
「「いただきます」」
リビングのテーブルの上には良子さんが作った朝食がところ狭しと並べられている。ご飯に味噌汁、焼き魚に煮物、卵焼きにサラダと様々。
――いつもこのような朝食を?
「……えっと、まぁ、そうですね。朝早いのにちゃんと朝御飯を作ってくれる母さんに感謝してます」
「うふふ、いっぱい食べてねー」
こうした家族からの支えも、トップアイドル周藤良太郎の形作るものの一つなのだろう。
「今日の八時からの生放送、入りって七時でよかったっけ?」
「いや、段取りが少し変わって打ち合わせがしたいからちょっと早めに来てくれってさ」
「んじゃ、六時半ぐらいでいいか」
フリーアイドルである良太郎さんは事務所を持たない。代わりに、こうして自宅で打ち合わせをすることが多いそうだ。
「もー、二人ともご飯の時はお仕事のこと話しちゃメッ、だよー」
「とは言ってもなぁ」
「じゃあ兄貴の結婚相手についてそろそろ本腰を入れて討論するか」
「カメラ止めてください」
三人で仲良く朝食を取る。いつも無表情な良太郎さんも、この時ばかりは楽しそうに笑っているように我々の目には映った。
「相変わらず良太郎のお母さんは若いわね」
「身長もそうだけど、見た目もねー」
「この間、夜に一人で歩いてたら補導されそうになったらしいよ」
朝食後、一息ついてもまだまだ始業時間には早いが家を出ることにした。まだ終わっていない課題があったため、学校でこなす算段である。
鏡の前で赤いフレームの伊達眼鏡を着用。いつもならここに帽子を被るのだが、流石に学校に帽子は被っていけないので断念。まぁ近所だからバレたところでそう大騒ぎにはならないし。
「今日は帰りに翠屋に寄るつもりだから、そこから直接現場に向かうわ」
「了解。欠席が多い分しっかりと勉強してこい」
「はーい」
「いってらっしゃーいリョウくーん!」
「いってきまーす」
兄貴と母さんの見送りを受け、自宅を後にした。
片道十五分程度の道を歩いて登校する。しかし当然カメラも付いてくるので落ち着かない。カメラを向けられること自体は慣れているのだが、こうしたプライベートでカメラを向けられるのは違和感がある。
何か、今さらになってちょっと面倒になってきた……。
「ん? 良太郎か。久しぶりの登校だな」
「おぉ、恭也。グッモーニン」
曲がり角でバッタリ出くわしたのは、喫茶『翠屋』のマスターにして高町道場の主、
「おはよう。……それで、後ろのカメラは何だ?」
「あぁ、よくある密着取材とかだから気にしなくていいぞ」
「いや、気にするなという方が無理なんだが」
「気にしない気にしない。翠屋にだって何度かテレビの取材とか来てるんだろ?」
喫茶『翠屋』は知る人ぞ知る名店である。外国で武者修行をしてきた恭也の母親、
また士郎さんが淹れるコーヒーも美味く、さらに美人店員が複数人とまさに至高。あの世界的に有名な歌手であるフィアッセ・クリステラさんやSEENAこと椎名ゆうひさんもコッソリ訪れるまさに隠れた名店である。
「いや、それは全て店に対する取材で、俺自身は一回も取材を受けたことはないんだが」
「お前のことだし、将来のためのいい経験になるだろ? ご令嬢との結婚報告とか」
「生放送ではないんだろうがそういうことをカメラの前で言うのはヤメロ」
ハハッ、リア充吹き飛べよ。
翠屋といえば。
「そうだ、今日久しぶりに翠屋に寄らせてもらうな」
「……そのカメラを引き連れてか?」
「だから士郎さん達に連絡しといて。テレビの取材付きで行きますって」
この間の765プロへの差し入れの件をこれで有耶無耶にしてしまおうという作戦である。
「別に構わないが……覚悟はしておけよ」
「え、俺何されるの?」
「ところでいつもより登校するの早くない? 俺もだけど」
「いや、課題で少し分からないところがあってな。教えてもらう予定なんだ」
こうして友人と話しながら歩いている様子を見ると、やはり良太郎さんも高校生なのだと改めて実感する。プライベートではよくかけるという赤い伊達眼鏡を付け、ブレザーを羽織ってネクタイを緩く締めている姿は正しく今時の高校生そのものだ。
小学校からの友人だという彼に尋ねてみた。
――普段の良太郎さんの様子はどんな感じですか?
「テレビで見る良太郎とほとんど変わらないですよ。いつも無表情で、口を開けば軽口ばかりです」
「お前だって仏頂面なんだから大して変わらんだろ」
「喧しい」
――普段もやはり表情は?
「無いですね。これは初めて会った時からずっとです。まぁ、喜怒哀楽の内、喜と楽しかないような奴ですけど」
「なぁ、俺何かお前に恨まれるようなことした?」
「気にするな。普段に対するただの『遺恨』返しだ」
「遺恨あるんじゃん」
普段の姿がテレビで見る周藤良太郎と同じ。つまり、トップアイドルであるということが彼の普段の姿であると言い変えることができる。
やはり周藤良太郎は、トップアイドルになるために生まれてきた存在と言っても過言ではないのかもしれない。
「どう考えても過言でしょ」
「りょーくんのブレザー姿、凄い新鮮ー!」
(……友達の人、ちょっと格好いいかも)
教室には既に一人の女子生徒の姿があった。
「あら、周藤君じゃない。久しぶりね」
「おぉ、月村、久しぶり。相変わらずいいおっぱいですね」
「これは恭也のだからダーメ」
「リア充爆発しろよ」
「トップアイドルにリア充と罵られる謂れはないぞ」
彼女は
「ところで、後ろのカメラは……?」
「ただの背景か俺の背後霊か何かだと思って気にしないことが吉」
「最近の背後霊は朝早い内から見える上に随分と質量があるのね」
とりあえず気にしないでおくわね、と理解が早い月村さん流石です。
「なるほど。恭也が勉強熱心になってるのは月村が勉強を教えてくれる予定だったからか」
「む、俺だって勉強ぐらい人並みにだな……」
「恭也には私と同じ大学に行ってもらわないといけないから」
ね? と月村が問いかけると、恭也は頬を掻きながら恥ずかしげに視線を反らした。これで何でガールフレンド(仮)なのかが分からん。さっさと公表して恋人同士になれよ。
というか、人が課題をこなすためにわざわざ朝早く学校に来たっていうのに、何で友人二人がイチャコラしてるところを見せつけられにゃいかんのだ。
「こうなったら腹いせに恭也の外堀を完全に埋めてやる。スタッフさん、ここら辺全部使ってください」
「おいバカヤメロ」
「ほらほら、話してないで始めるわよ。周藤君も、分からないところがあるなら一緒に見てあげるから」
「マジで? 忍びねぇなぁ」
「気にしないで。周藤君も普段頑張ってるみたいだし」
そこは「構わんよ」って返して欲しかったけど。
「あ、今のは『忍びねぇなぁ』と『月村忍』が掛かっててだな」
「早く座れ」
「……それで、π=3.14だから」
「パイがなんだって?」
「集中しろ」
始業時間より早く登校した良太郎さんは、クラスメイトと一緒に終わっていなかったらしい課題を始めた。こうして朝早く来て課題を進めることは少なくないらしい。
――やっぱり、アイドル活動と学業の両立は大変ですか?
「そりゃあもう。学生ながらもう就職してるみたいなもんですからね」
アイドルとしての活動をしながら学校を続けていけるのかと、当初は定時制の学校に通うことも視野に入れていたそうだ。
――では何故、こうして普通校に通うことを決めたのですか?
「簡単な話ですよ」
良太郎さんは伊達眼鏡のブリッジを人差し指で押し上げる。
「こっちの方が楽しいからです」
きっと人生は終わってから後悔することばかり。ならば、今をやり直すことが出来た人生だと思い、絶対に後悔しないように楽しむ。
良太郎さんは我々に向かってそう語ってくれた。
「りょーくんってば不思議な考え方するね」
「『Re:birthday』の歌詞といい、まるで本当に人生をやり直してるみたい」
「まさか、そんなファンタジーじゃあるまいし」
月村が手伝ってくれたおかげで課題は思いの外早く終わった。
教室に入ってくるクラスメイト達に久しぶりと挨拶をしながらHRへ。みんなカメラに対して初めは驚いていたが、俺への密着取材ということが分かると「なるほど」と納得してくれた。理解力が高いクラスメイトで助かるよ。そしてそのまま一時限目が始まったのだが……。
「……しょっぱなから小テストとか聞いてないよ」
一時限目が終了していきなり机に突っ伏す俺の姿がそこにはあった。
「天下のトップアイドル様もテストの前ではお手上げか」
「歌とダンスだったらいくらでも満点取ってやるんだが」
「小学校からやり直して来い」
とりあえず小テストの結果は芳しくなかったとだけ言っておこう。
「こんなんで大学受験本当に大丈夫なのか心配になってくるわ」
「あれ、結局受験することにしたんだ」
「イチオーね」
あげる、と紙パックのジュースをくれた
兄貴や母さん達と話し合った結果、多少アイドル活動を自粛してでも大学受験を進めるという形で決着が着いた。今はまだ普通に仕事しているが、年を越した辺りから少し仕事を減らすことになるだろう。
「大丈夫ですよ、周藤君。センター試験はマークシートなんですよ?」
「だからなんだってのさ」
ズゴゴーっと黒豆サイダーをストローで吸い上げながらムンッと握り拳を作る
「五択なんですから、書けば当たりますよ!」
「そりゃお前だけだよ幸運チート」
マジなんなのこの子。十分の一を一に変える能力でも持ってるのかよ。その乳か。俺が椅子に座ってて鷹富士が立っている関係上目の前に存在するこの大乳に強運が詰まっているのか。
「………………」
「えっと、何してるんですか?」
「いや、拝んでおけば何か御利益があるかと思って」
「あ、じゃああたしも来年のキャッツのために拝んどこ」
「じゃあ俺も俺も」
「私も私も」
「鷹富士の胸にご利益があると聞いて」
俺達の会話を聞いてぞろぞろと集まってくるクラスメイト達。
数分後、二時限目の担当教諭が教室に入ってきて目にしたのは、真っ赤な顔をして涙目になる鷹富士を取り囲みながら何処の宗教だと言わんばかりに拝みまくっている生徒達の姿だった。
ノリがいいこのクラスが大好きです。
・高町桃子
血は繋がっていないが、恭也の母親。戦闘民族高町家においてヒエラルキーのトップに立つお方。
常に笑顔だがそれが返って怖いこともある。
・「うーまーいーぞぉぉぉ!!」
ミスター味っ子の味皇様。本当は雄山にしようかとも思ったが、あの人が料理を褒めているイメージが湧かなかったので却下となった。
・(……友達の人、ちょっと格好いいかも)
深い意味はありません(意味深)
・月村忍
とらハ3におけるヒロインの一人にして公式メインヒロイン。
原作では夜の一族という吸血鬼混じりだが、この世界ではただのお嬢様です。
・ガールフレンド(仮)
検索検索アメーバで検索ぅ!
・忍びねぇなぁ 構わんよ
もしかして:スキマスイッチ(偽)
・「パイがなんだって?」
良太郎は運動会編で自重してたため、学校でのびのびとしてます。
・姫川友紀
『アイドルマスターシンデレラガールズ』の登場キャラ。サンキューユッキ。
大の野球好き少女。キャッツという球団がお気に入り。
なお作者はそこまで野球に詳しくないためそれほど野球ネタは使われない模様。
・黒豆サイダー
学園都市謹製の飲み物。ちょっと飲んでみたい気もする。
・鷹富士茄子
『アイドルマスターシンデレラガールズ』の登場キャラ。クール。
モバマス界のラッキースター。「なす」ではなく「かこ」なのでお間違えないよう。
SRのおっぱいを見て「これだ!」と思った。何がこれだったのかは作者にも分からない。
・十分の一を一に変える能力
漫画版『魔王』より安藤潤也の能力。今さらながらあの漫画はわりと良作だったと思う。
・ノリがいいクラスメイト
クラスメイト達は無名ばかりだけど大抵こんなノリ。
なお他クラスの友人の方がくせ物ぞろいの様子で……。
最近更新が遅くなってしまい申し訳ありません。学校に九時まで拘束されると流石に疲れて。
とりあえず出したかったモバマスキャラをクラスメイトに二人投入。採用理由はほぼ年齢。茄子は加えておっぱい。
次回、多重クロス注意報が発令されます。お気を付けください。