今年も一年、どうぞよろしくお願いします。
凸レーションの三人の楽屋に行くという美嘉ちゃんに自分も付いていくことになった。まぁ元々サプライズで見に行くという話なのだから、ここで顔を出しておかないとサプライズにならないから丁度よいと言えば丁度よかった。
三人の楽屋はトラックステージのすぐ裏に設置されたテントだった。テント周りに警備員や歩哨役のスタッフがおらず、一応部外者である俺や美嘉ちゃんが簡単に近づくことが出来てしまう辺りに、三人がまだまだ駆け出しのアイドルだということが表れている。
『一先ず、トークショー一回目、お疲れさまでした』
『おっつおっつ!』
『Pくん、どうだった!?』
『ちゃんと出来てたかなぁ?』
テントの中から武内さんと三人の会話が聞こえてきた。
『ファンの皆さんにも喜んでいただけたようですし……上々かと』
「初めてにしてはね~」
そんな武内さんのお褒めの言葉に合わせるように、美嘉ちゃんがテントの中に入っていったので俺もそれに合わせる。
「まぁ及第点……ですよね?」
「うん、あれなら俺も合格点をあげちゃおうかな」
美嘉ちゃんに話を振られ、俺もそれに同意する。美嘉ちゃん曰く、あのステージは三人が初めて人前に立つ場だったらしいので、それを考慮すれば御の字である。物怖じとか緊張とかそういうことが無縁な三人だったからこそだからかもしれないが。
「すみません、関係者以外は……」
突然テント内に入って来た俺と美嘉ちゃんに、武内さんがそう声をかけてきた。彼は変装状態の俺たちに気付いていない様子だったが――。
「りょうお兄ちゃん!」
「お姉ちゃん!」
――みりあちゃんと莉嘉ちゃんはすぐに気付いてくれた。まぁこの二人はそれぞれ俺と美嘉ちゃんの変装姿を見慣れてるからっていう理由もあるだろうけど。
「今日仕事って言ってたのにー!」
「時間空いたからちょっと寄っただけだって」
「りょうお兄ちゃんも、お仕事じゃなかったの!?」
「俺も美嘉ちゃんと同じだよ。予想以上に早く仕事が終わっちゃったから」
パイプ椅子から立ち上がって美嘉ちゃんに抱き着く莉嘉ちゃん。みりあちゃんも俺の傍まで駆け寄ってきたので、ポンポンと髪型が崩れない程度に頭を撫でる。事案じゃないよ、妹分との心温まる触れ合いだから。
「じょ、城ヶ崎さん……? それに、周藤さんまで……!?」
「もち、顔パスだよね?」
「俺は一応他事務所なので、必要とあらば事務所に連絡入れますが」
「……本来ならばそうしていただきたいところではあるのですが……周藤さんでしたら、問題はないかと」
「そうですか?」
これは一応信頼されている……と捉えていいのかな? 最近こっちの業界で流れている『周藤良太郎が訪れた事務所は大きく飛躍する』とかいう座敷童めいた噂を信じた結果ではないと信じたい。
さて、先ほどのステージの総評を美嘉ちゃんがするらしいので俺は少し離れてその様子を見守ることにする。俺も少し気になった点はあるが、まぁここは事務所の直接の先輩である美嘉ちゃんに任せることにしよう。
「莉嘉はプロデューサーの方をチラチラ見すぎ、ちゃんとお客さんに集中すること」
「はぁーい……」
美嘉ちゃんからの指摘に、莉嘉ちゃんは唇を尖らせて若干不満そうな表情を見せる。
「きらりちゃんは良いキャラしてるから、もっとバンバン出していこ!」
「美嘉ちゃん、私は?」
きらりちゃんが「バンバン……?」と悩む中、みりあちゃんが元気よく手を上げる。
「みりあちゃんは優等生すぎかな? まぁ、可愛かったからいいけど」
「えへへ~」
「えー!? お姉ちゃん、みりあちゃんに甘いー!」
ふむ、美嘉ちゃんは身内にちょっとだけ厳しいタイプかな? いや、身内が可愛いからこそ厳しくなっちゃうってところか。
「莉嘉ちゃんもファンからの声援にちゃんと返事をするところはよかったよ。これからファンが増えていって難しくなるかもしれないけど、その姿勢は忘れないようにね」
「っ! はーい!」
流石にダメ出しだけだとアレかなと思って一応俺の方からフォローを入れておくと、途端に莉嘉ちゃんの機嫌は直りニコニコ笑顔になった。
美嘉ちゃんに(もー、良太郎さん甘いよー)みたいな目で見られたが、君も大概だよ。
「私、次の回はいっぱい話せるように頑張るね!」
「アタシもー!」
「きらりも、もーっと頑張るにぃ!」
「ま、頑張りな」
「応援してるよ。武内さんからは何かありますか?」
それまで黙って美嘉ちゃんの総評を聞いていた武内さんに話を振ると彼は顎に手を当ててしばし悩んだ後、チラリと俺を見てから口を開いた。
「お客さんを……もっと、巻き込みたいと思いました。ファンの方だけではなく、偶然通りがかった方も足を止めていただけるような」
「……スルーされるの寂しかったけど」
「それって……」
その言葉を聞いて莉嘉ちゃんとみりあちゃんの視線がこっちを向いた。多分、前に志保ちゃんのデビューステージの時に俺が話したことを思い出したのだろう。
――無名であるが故にお客さんは少なく、引き止めるにはアイドルとして足りていない。
――そう簡単に引き止めれるんなら六年前のゲリラライブは騒がれなかったよ。
確かに偶然通りがかった人の足を止めることは簡単じゃない。
しかし。
「この間俺が言ったのは、あくまでも歌とダンスっていう純粋な『アイドルとしての実力』で引き止めることの難しさだよ。それがトークならまた話は変わってくる」
トークで人の興味を引き付けるのはどちらかというとエンターテイナー的要素が多く、俺も苦手っていう訳ではないが、しいて言うなら765プロの双海姉妹の得意分野だろう。持ち前のフットワークの軽さを使い、マイクを片手にステージを飛び降りて観客の中に入っていったことがあるという話を何度も聞いたことがある。
武内さんの『お客さんを巻き込みたい』という言葉はそういう意味で言ったのだろう。
「でも、どうすればいいのかな……?」
「みんなでカブトムシ捕まえるとか?」
「そういうイベントじゃないし……」
「そもそも東京のど真ん中だからカブトムシなんてそうそう見ないだろうしね」
「良太郎さん、そういう問題じゃないんですけど……まぁいいや。ホラ、次の現場に行く準備しな」
「「「はーい!」」」
「それで? 次の回どーするの?」
三人が着替えを含めた準備を始めたのでテントの外に出ると、美嘉ちゃんが武内さんにそんなことを尋ねた。
「……引き続き、三人の思うように進めていただこうかと」
「何それ。丸投げ?」
少し悩んだ末に出した武内さんの返答がお気に召さなかったらしく、美嘉ちゃんはジト目で武内さんを睨む。
「俺は武内さんに賛成かな」
「良太郎さんまで……」
「あの三人はあれこれ指示を出すより、さっきみたいに自由に掛け合わせた方が持ち味を出せるよ」
ちょっとおませな莉嘉ちゃん、純粋なみりあちゃん、そしてテンション高くもその二人をしっかりとまとめてくれるお姉さんであるきらりちゃん。この三人が自由に掛け合うのが、この凸レーションというユニットが持っている『色』なのだと思う。
「はい、周藤さんのおっしゃる通り、凸レーションは自由に行動させたら面白いユニットだと思います。……三人に賭けてみたいんです」
「……ま、いいけどー。責任取るのはプロデューサーの仕事だし」
理解はしても納得は出来なかった様子の美嘉ちゃんが少しだけ拗ねるようにそう言うと、武内さんは少しだけ目で笑いながら「はい」と頷いた。
さて。次の仕事の現場に向かうという美嘉ちゃんと別れ、俺もまたお一人様に戻った。特にやることや用事も無いし、俺もそろそろ現場に早入りでもするかなぁと車を停めていた駐車場に向かっていたのだが、その途中でプライベートのあずささんと出会った。
相も変わらず安心感すら覚える大乳で、やはり母性を求めるならば
そんなあずささんの横には、彼女の友人だという少女が立っていた。
――初めまして! 私、346プロダクションでアイドルをさせてもらっています。
ふわふわな髪の毛をポニーテールにした可愛い子だった。若干胸元が寂しい気もしたが、隣にあずささんが並んでいたために相対的にそう感じてしまったのだということにしておく。
彼女は趣味が散歩らしく、あずささんの冠番組である『あずさんぽ』にゲストとして出演、それ以来仲良くなったそうだ。今みたいに度々プライベートでも一緒に遊びに来ているとのこと。
折角なのでお茶でもと近くのカフェに三人に入り、色々とお話をしてまた一人346プロのアイドルと仲良くなったのだが――。
「――まさか一時間以上話してたとは思わなかった……」
感覚的には数分しか話していないつもりだったので、お店の時計を見て驚愕せざるを得なかった。いくらこの二人の空気がゆるふわとしているからって、いくら何でもここまで……などと考えている内にさらに十分経っているのだから笑えない。
別に俺の仕事の時間が差し迫っているわけでも彼女たち二人に何か用事があったわけでもないので問題ないと言えば問題ないのだが、催眠術だとか超スピードだとかそんなチャチなもんじゃあ断じてねえもっと恐ろしいものの片鱗を味わった気分だった。
「ん? 良太郎、お前仕事どーしたよ」
やれやれと思いつつ車を停めていた駐車場に戻ってくると、今度は冬馬と遭遇した。
「残念ながら今現在の俺は野郎に奢る金は持ち合わせておらん」
「誰も何も言ってねーよ何事だよいきなり」
立て続けにこのタイミングで知り合いと会うので思わず口をついて出てしまった。
「俺は仕事が予想以上に早く終わって時間が出来たからちょっとブラブラしてただけだよ。そう言うお前は移動か?」
「あぁ。この後別にスタジオで撮影だ。ちょうどいいから足に使ってやるぜ、乗っけろよ」
「仕方ねぇな。上か下、好きな方選べ」
「貼り付けってか? 天井か車体の下をマクレーンばりに貼り付けってか?」
などと二年経っても相変わらず高校生気分が抜けない男子のノリな俺と冬馬。
「……ん? 美嘉ちゃん?」
パーキングの機械にお金を入れようとすると、視界の端に先ほどまで一緒にいたカリスマギャルっ子の姿が入って来た。何やら焦っている様子で、俺の姿に気付くと一目散にこちらに駆け寄ってきた。
「良太郎さんっ!」
「どうしたの美嘉ちゃん?」
「プロデューサーが携帯に連れてかれて! 莉嘉たちが連絡で、迷子に警察出来なくて!?」
「……良太郎、コイツは一体何を言ってるんだ?」
「ゴメン美嘉ちゃん、もう一度落ち着いて最初から説明してもらっていいかな?」
・事案じゃないよ
ホントだよ。
・『周藤良太郎が訪れた事務所は大きく飛躍する』
(物語的にはそうならないと)おかしいよなぁ。
・
「そんな年下に母性なんて」などと言っていた数日後、そこには桃華ちゃまをママと呼ぶ作者の姿が!
・高森藍子
『アイドルマスターシンデレラガールズ』の登場キャラ。パッション。
カメラ片手に散歩が好きなゆるふわ系16歳。
『世界一かわいい』という枕詞を付ければ『ドラム缶』などというあだ名を付けていいわけではない(戒め)
ちなみにLesson130にてあずささんが言っていた「346の友達」は彼女のことです。
・「――まさか一時間以上話してたとは思わなかった……」
空間と時間を捻じ曲げる最狂のコンビが誕生してしまった(恐怖)
・マクレーンばり
cv那智がもう聞けないのが悲しくて悲しくて……。
「一体いつになったら冒頭の回想にたどり着くんだよ!?」という声が聞こえてきますが(幻聴)次回になります。
このまま行くとまた五回になってしまいそうだ……。
『どうでもいい小話』
年末の二日間だけの公開でしたが、作者の唯ちゃんお迎え祈願を込めた恋仲○○特別編は如何だったでしょうか。
というわけで作者のデレフェス結果報告です。
結論から言えば、無事お迎えしました。
ただ最終的に社会人@実家暮らしの財力で押し切った感じなので、書いたから出たのかは微妙なところです。
まぁ副産物的に全九人のトリコロールの内七人が揃ったので良しとします。
……それじゃ、作者イベント走ってきますので(当然の如く楓P)