アイドルの世界に転生したようです。   作:朝霞リョウマ

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遅くなってしまい申し訳ないです。


Lesson17 プライベート・タイム

 

 

 

 765プロが芸能人事務所対抗大運動会に優勝してから早数日が経った。

 

 運動会がもたらした反響は大きく、竜宮小町以外のアイドルの仕事も徐々に増えてきたようで、様々なメディアで見かけるようになった。中でも星井美希の活躍は目覚ましく、雑誌やテレビの出演は恐らく竜宮小町の次に多い。これは良太郎の影響も大きいのだろう。サプライズで登場した良太郎が各メディアで取り上げられ、それに便乗する形で765プロの名前もそこそこ知られるようになった。

 

 これをきっかけに、765プロは更なる躍進を遂げる。いずれ、私達1054プロの良きライバルとなるだろう。

 

 そんなとある日のことである。

 

「ただいまー!」

 

「あー、疲れた」

 

「今日も収録長かったね」

 

 歌番組の収録を終え、私達三人は東豪寺の本社に設けられた魔王エンジェル専用のレストルームに帰ってきた。この部屋は生活に必要なものは一通り揃えてあり、仮眠用のベッドも設けているためここで過ごす時間は意外と長い。今日も収録を最後に仕事は上がりなのだが、何も言わずとも三人でこの部屋に帰って来てしまった。みんな幼馴染三人で過ごすこの部屋がそれだけ気に入っているのだ。

 

「ねぇねぇ、今から二人とも何かテレビ見る?」

 

「ん? 私は別に何も無いわよ」

 

「わたしも。何か見たい番組でもあるの?」

 

 私とともみにそんなことを尋ねてきたりんは、いひひっと笑いながら鞄から一枚のDVDを取り出した。それは何のパッケージも印刷されていない全くの無地のDVDだった。

 

「何のDVDなの?」

 

「りょーくんの!」

 

 ライブのDVDということだろうか?

 

「昨日の深夜にやってた『熱情大陸』にりょーくんが出てたんだ! それの録画をDVDに焼いてきたからみんなで見ようと思って!」

 

「『熱情大陸』に?」

 

 『熱情大陸』は様々な職種の人の素顔に迫るドキュメンタリーで、多くの著名人の魅力や素顔に迫る長寿番組。つまり良太郎のプライベートということか。

 

 ……少し興味がある。プライベートでの付き合いが全くないという訳ではないが、良太郎の私生活までは流石に知らない。あの周藤良太郎がどのような環境で生活していたのかは気になる。

 

「私は別に構わないわよ。どうせ暇だし」

 

「わたしも」

 

「それじゃあ早速……」

 

「あ、じゃあお茶淹れるね」

 

 りんはいそいそと再生の用意を始め、ともみはお茶の準備をするために対面型キッチンの向こう側へ。ともみが用意するということは紅茶だろう。私はコーヒーの方がいいのだけど……まぁ、人に淹れてもらうものに文句は言うまい。

 

「準備できた!」

 

 準備を終えたりんは液晶テレビの目の前のソファーに座る。この三人掛けのソファーは左からりん、私、ともみの順番で定位置となっており、りんはいつも通り左端に座った。こういう時ぐらい真ん中に座ればいいのにと思うのだが、りんがそれでいいのならと私も自分の定位置であるソファーの真ん中に座る。

 

「ともみー! 再生するよー!」

 

「あ、うん。先に見てていいよ」

 

「それじゃあお言葉に甘えて……再生!」

 

 

 

 今夜の『熱情大陸』はトップアイドルの周藤良太郎。

 

 十四歳でアイドルデビュー。一切表情を変えないことから『鉄仮面の王子』とも呼ばれ、アイドル達の最高峰『アイドルアルティメイト』に初出場ながら最高得点で優勝を果たし、一躍世間にその名を知らしめた。

 

 十作品連続オリコン一位の記録は未だに更新され続け、その内五作品がミリオンを達成。代表曲である『Re:birthday』は昨年百五十万枚に到達した。

 

 また、表情を変えないことを逆手に取った独特のキャラクターでドラマにも出演。昨年は同名推理小説を原作としたドラマ『少年X』にて初主演を果たした。バラエティーにおいても、普段の無表情から想像し得ない陽気な性格で人気を博している。

 

 かの伝説のアイドル日高舞の再来とも称され、何人たりとも寄せ付けない圧倒的な実力は正しくキングオブアイドル。

 

 しかし、そんな彼も十八歳の少年。その日常は如何なるものか?

 

 本日は、そんなトップアイドルの素顔に迫る。

 

 

 

 ヘェーラロロォールノォーノナーァオオォー!

 アノノアイノノォオオオォーヤ!

 ラロラロラロリィラロロー!

 ラロラロラロリィラロ!

 ヒィーィジヤロラルリーロロロー!

 

 

 

「相変わらずこのオープニングテーマはウザいわね……特にこのギター引いてる女のキャラクター」

 

「え、そうかな? アタシは好きだよ?」

 

「良太郎がお気に入りのアンタの感性なんか当てにしてないわよ」

 

「えぇ!?」

 

 

 

 

 

 

 それは、三ヶ月程前に遡る。

 

「密着取材?」

 

 いつも通り次の仕事の打ち合わせをリビングでしていると、兄貴からそんな仕事が告げられた。

 

「あぁ。いくらお前でも『熱情大陸』ぐらい聞いたことあるだろ」

 

「そりゃあ」

 

 いくら多少世間に疎い俺でも『熱情大陸』の名前ぐらいは知っている。深夜にやっているドキュメンタリー番組だ。まさか俺がそれに出演する日がやって来るとは。

 

「何でもアイドルの出演は舞さんに続いて二人目らしいよ」

 

「それは名誉なことで」

 

 アイドルの日常なんて誰もが食い付きそうなネタを何故ほとんどやらなかったのだろうか。やはりアイドルのイメージ的にNGでもあったかな? ……逆に捉えると俺ならOKということだが、まぁ別にいいか。

 

「密着ってことは、朝からってことだよな? 何時?」

 

「えっと……」

 

 兄貴に言われた日付をスケジュール帳で確認する。

 

「あれ、この日普通に学校だけど」

 

「そりゃ、素顔に迫る密着取材だからな。お前の日常を撮らないと」

 

「えー……」

 

 よりにもよってこの日かぁ……。夜まで仕事が無い日だからノンビリしようと思ってたんだけどなぁ。

 

 ……いや、日常を撮るんだから別に普通にしてればいいか。

 

 

 

 そんなことを考えて迎えた撮影当日の朝。

 

「……は? 早朝ランニング?」

 

「あぁ」

 

 いつもの起床時間よりも早く兄貴に起こされた。

 

「いや、確かに前はやってたけど、最近はほとんどやってなかったじゃん」

 

 アイドルになる前は高町道場に通ったりして体力作りに力を入れていたけど、最近は忙しくて全然である。普通逆じゃないかとも思うが、忙しくてその暇もなかったのだ。そのわりにはオフが多くないかって? 気のせいだって。

 

 しかし、兄貴は再びそれをやれと言う。

 

「……えっと、これはマジでやるんだよね?」

 

「当然。脚色なし……ってことにしておこう」

 

「おい」

 

 どう考えてもこれは俗に言う『ヤラセ』って奴ではなかろうか。素顔に迫る密着ドキュメントどうなった。

 

「今もたまにはやってるんだから完全に嘘って訳じゃないだろ。それに、お前が毎日なんの努力もしてないって知ったら怒り狂う人がきっと何人もいるぞ」

 

「さらりと人をダメ人間扱いしないでもらいたいんだが」

 

 どどど、努力してるわ!

 

 しかし兄貴の言い分も理解出来る。普段から努力しているアイドルと努力していないアイドルとではその印象はだいぶ違うだろう。

 

「今さらそれぐらいでお前のイメージが大きく変わるとも思えんが、印象は良くしておいて損はない。嘘なら嘘で将来話のネタにもなる」

 

「……そこまで言うんなら」

 

「決まりだな。ほら、既に下でスタッフさん待ってるんだから着替えてこい」

 

「りょーかい」

 

 しょうがなく納得した俺は、運動用のジャージに着替えるべく自室に戻るのだった。

 

 

 

 

 

 

 早朝五時半。トップアイドル周藤良太郎の朝は早い。

 

 ――おはようございます。

 

「おはようございます」

 

 紺色のジャージ姿の良太郎さんが自宅マンションの玄関から現れた。

 

 ――お早いですね。

 

「えっと、今からちょっと走りに行くので」

 

 どうやら早朝からランニングを行っているらしい。

 

 ――毎日やってるんですか?

 

「えっと……毎日って訳じゃないですけどね。時間があれば、出来るだけ走るようにしてます」

 

 やはりトップアイドルは日々の努力から成り立っているらしい。

 

「ちょっとペース速いですから、付いてくるなら頑張ってくださいね」

 

 準備運動を終えた良太郎さんは、そう言ってかなりのハイペースで走り始めた。我々スタッフも二人乗りバイクで付いていく。

 

 バイクのスピードメータを見ると、時速は約二十キロメートル。マラソンの選手のスピードとそれほど変わりがない。

 

 ――いつもこんなペースでランニングを?

 

「そうですねー。結構長いことやってますんで」

 

 良太郎さんは我々の問いかけに息一つ乱さず答えてくれた。その表情はまだ余裕そうである。

 

 周藤良太郎が歌う曲はしっとりとしたバラードもあれば、激しく体を動かすダンサブルな曲も存在する。それらの曲を立て続けに踊っても全く息を切らさないことで有名な周藤良太郎だが、こんな秘密が隠れていたようだ。

 

 

 

「はっや……」

 

「確かに、りょーくんが息切らしてるところって見たことないね」

 

「お待たせ。パウンドケーキがあったからお茶請けに切ったよ」

 

「お、ありがとーともみー!」

 

(あれ、これってマネージャーが買ってきてたやつ……まぁいいか)

 

 

 

 

 

 

「ただいまー」

 

「あ、おかえりーリョウ君。お風呂沸いてるからねー」

 

「うん、ありがとう母さん。それで風呂に行く前にこのテーブルの状況を聞きたいんだけど」

 

 十五分程の軽いランニングから帰ってきて俺をリビングでニコニコと出迎えてくれた母さんに、机を指差しそう尋ねる。

 

「今日はリョウ君の私生活を撮影するんでしょー? だからいつも通りの朝御飯だよー」

 

「いつもどころか一回もお目にしたことないような朝食なんだけど」

 

「お母さん頑張っちゃったー!」

 

「何で頑張っちゃうかな」

 

 テーブルの上にはいつも以上に手のかかった朝食が。この母親、いつも通りを全く理解していなかった。

 

「これ食ってるところを撮影すんのか……」

 

「えー!? リョウ君お母さんのご飯食べてくれないのー!?」

 

「いや食べるけどさ」

 

「お父さん、リョウ君がグレちゃったよー!」

 

 よよよ、と涙を流しながらリビングの一角に飾ってある父さんの写真の前に膝をつく母さん。写真の周りには花や父さんの好きなビールが備えてあり、我が家ではあの一角を『お父祭壇(とうさいだん)』と呼んでいる。

 

「けどお母さんめげないよー! もう大分立派に育ってるけど、まだまだコウ君とリョウ君はお母さんが立派に育てるから、お父さんは草葉の陰で見守っててー!」

 

「自分の旦那を勝手に殺すなよ」

 

 単身赴任中の父さんが不憫で仕方がない。

 

「というか、あれテレビの絵面的にどうよ?」

 

「変な誤解されるから当然アウトだ」

 

 という訳で撤収ー、と兄貴はお父祭壇を片付け始める。

 

「あー! コウ君、お父さんの写真片付けちゃダメー!」

 

「はいはい、後でちゃんと元に戻すから」

 

 兄貴(185cm)から父さんの写真を取り返そうと跳び跳ねる我が家のリトルマミー(150cm)、御年四十ピー歳。

 

「はぁ……」

 

 このため息はランニングの疲れかそれとも別の何かか。

 

 とりあえず風呂だとリビングを後にするのだった。

 

 

 




・『熱情大陸』
言わずもがな、情熱大陸のパロディ。

・『Re:birthday』
以前登場した良太郎の代表曲。アイドル五年目にして150万枚はちとやりすぎた感はある。

・『少年X』
様々な怪事件に「X」と呼ばれる天才的な頭脳を持つ鬼才が挑むサスペンス……という脳内妄想。
これといった元ネタがあるわけじゃないけど、イメージ的にはデスノートのLみたいな感じ。

・ヘェーラロロォールノォーノナーァオオォー!(ry
実は『熱情大陸』とは『情熱大陸』と『熱情の律動』の二重ネタだったりする。
気になる方は『熱情の律動 歌詞』で検索。

・『ヤラセ』って奴ではなかろうか。
ヤラセじゃないです。たまたまです。

・どどど、努力してるわ!
どどど、童t(ry

・周藤母
小柄で若く見える母親。昨今の主人公の母親のテンプレ。
名前は次話にて。

・『お父祭壇』
元ネタはWORKING!で山田が作った音尾祭壇。
ぽぷらは大乳だし出そうかなとも考えたが、よくよく考えたらワグナリアは北海道だったため断念。



というわけで密着取材編スタートです。この話は765アイドルは一切登場せず、良太郎のクラスメイトが主な登場人物になると思います。さて、どれだけカオスな顔ぶれにしてやろうか。
とりあえず新たなモバマスキャラも登場予定ですのでお楽しみに。

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