「ところで、良太郎さん遅いわねぇ」
そろそろ休憩を終わって自主練習を再開しようかと立ち上がったところで、まゆは「一体どうしたのかしらぁ」と頬に手を当てながら溜め息を吐いた。
相も変わらずリョータローさんのスケジュールを把握しているらしく、曰く今日は収録を終えたら明日の雑誌の取材の軽い打ち合わせのために事務所に戻ってくるそうだ。
リョータローさんも今日はアタシたちがこうして事務所で自主練習をしていることを知っているので、個人的にはこーいう時に決まって買ってきてくれるお土産に期待したいところではあるのだが。
「リョータローさん、ちょっと寄り道してくるってさっきメッセージ入ってたよ?」
「……え?」
アタシの言葉に、まゆの表情が固まった。
というのも、先ほど123プロのグループメッセージにリョータローさんから『346プロの知り合いと少し話をしてくる』という旨の書き込みがあったのだ。
「でも意外ですね。まゆさんが良太郎さんからのメッセージを見逃すなんて」
「まゆは基本的に授業中とかレッスン中は携帯の電源切る真面目ちゃんだからねー」
この間一緒に電車に乗る機会があったのだが、わざわざ乗る直前に電源を切っているのを見て『本当に自分と同じ今どきの女子高生か』と唖然としてしまった。
「………………」
「……ま、まゆ?」
「ま、まゆさん?」
それはそうと、無言のまゆが怖い。
咄嗟に志保を盾にするために押し出そうと腕を掴むが、志保も全く同じことを考えていたらしく反対の腕で掴まれた。
しかし、別にまゆの目のハイライトが消えているわけではなかった。よくよく見ればまるで涙のように光るものが目の端に……涙?
「……ふえぇ……」
「「ちょっ!?」」
泣いた!? え、マジで!?
「もう良太郎さんに顔向け出来ません……」
「いやいやいや、それだったら殆どの人がリョータローさんに顔向けれないから! 世界中の人がリョータローさんから顔を背けないといけなくなるから!」
「そ、それにそういうのは恵美さんの専売特許ですよ」
「今はそーゆーのいーから!」
その後、美優さんが差し入れに軽食を持ってきてくれるまで志保と二人でワタワタと慌てながらメソメソと涙を流すまゆを慰めるのだった。
「突然だが鷹富士、『服を着たまま水着に早着替え』が得意だと小耳に挟んだんだが」
「見せませんよー?」
「先回りされた……じゃあ姫川でいいや」
「コープの快進撃を止めれるなら着替えてあげてもいいよ」
「貯金二十ですからね」
「もうキャッツ優勝のためには悪魔に魂を売るしかないんだよ……!」
「その覚悟はいいが、その割に売る対価が微妙に安くないか?」
そもそもサラッと人を悪魔扱いしたなコイツ。
「周藤君だったらそれぐらいの対価でいいかなーって」
「随分と安く見られてるなオイ」
いやまぁ確かに濡れ透けを見てしまった対価として伊織ちゃんたちに駄菓子やらアイスやらを奢ったことはあったが、あれは後輩補正もかかった結果であって……。
「ねぇ周藤くぅん」
「私たちぃ、カフェテリアでケーキが食べたいなぁ」
「よーし俺に任せろー!」
((安い))
二人揃って前屈みになって腕で大乳を挟み込んで上目遣いをされてしまっては断れるわけがなかった。
さてさて、ひょんなことから収録のスタジオでたまたま姫川と鷹富士の二人に再会した俺は、彼女たちに付いて346プロダクションの事務所へとやって来ていた。
他事務所のアイドルがそんなにひょいひょいと中に入っていいのかと言われそうではあるが、逆に身元がしっかりとしているので東豪寺本社に出向いた時のようにちゃんと手続きをすれば問題はない。加えて今回は今西さんに事情を話して特別許可を出してもらった。後で直接お礼に行かないと。
「それにしても本当に久しぶりですね、周藤君」
「だな。卒業後の同窓会以来だから……一年ぶりぐらいか」
「私は前に始球式に連れていってもらったから半年ぶりかな」
ホント、あの後『アイドルになった』の連絡を受けた時はスゲー驚いた。そしてさらに鷹富士までシレッとアイドルデビューしてるし。
結果として俺たちの母校は計らずも三人のアイドルを排出したことになったわけだ。
「ここまで来ると、まだ増えてもおかしくなさそうですよね」
「隣のクラスだったダチャーンこと
「いーや、意外なところで一個下の学年だった
「私たちが三年の時の新入生の中でも話題になった
「「「って、そんなわけないかー!」」」
アッハッハと三人で笑う。そんなに出来すぎたことがあってたまるかってんだい。
「それにしても、カフェテリアまであるとはマジでデカイよなぁこの事務所」
「事務所の感想ならせめて見上げながらしましょうよ」
「茄子の胸は事務所じゃないって」
「本当に周藤君は初期設定からブレませんね」
「そーいう鷹富士は初登場時から若干性格が変わったな。真っ赤になって涙目になってた鷹富士は一体何処へ」
「変わったんじゃなくて、元に戻ったが正しいんですけどね。全く、これだから事前に取材を怠る
「二人の会話が異次元だ……」
そんな
流石日本の老舗芸能事務所なだけはある広大さだった。魔王の三人の1054もデカイことにはデカイが、あっちはあくまでも東豪寺の本社であるのに対し、こちらは芸能部門のみでこのデカさである。
話によると、カフェテリアの他にも専用の撮影スタジオやスパ、さらにマッサージやエステまで完備されているとか。テナントのワンフロアで大きすぎるとか言ってた俺たちが完全に井の中の蛙だった。
閑話休題。
本当にケーキを奢るためカフェテリアへとやって来た俺たちは、天気も良かったので屋内ではなくオープンテラスの一角を陣取った。
「この際だから一番高いやつにしよーっと」
「遠慮は期待してなかったさ」
「菜々ちゃーん!」
「はーい!」
「ん?」
何やら聞き覚えのある名前と声が聞こえたと思ったら、見覚えのあるエプロンドレスの少女がこちらにやって来た。
「あれ、菜々ちゃん?」
「えっ!? りょ、良太郎さん!?」
以前アニメの収録現場で一緒になった菜々ちゃんが何故かカフェテリアで店員をやっていた。
「ど、どうして346の事務所に良太郎さんが?」
「高校の同級生のこの二人に誘われて遊びに来た。そーいう菜々ちゃんは、どーしてこんなところで店員やってるの?」
「せ、生活費の足しにしようと少々アルバイトを……」
「はぁ、まだ高校生なのに偉いねぇ」
とはいえ、彼女もまた転生者ならば前世で働いた記憶ぐらいはあるんだろうな。だからこそ自立したいという気持ちも強いのだろう。分かるよ、その気持ち。
とりあえず、直接菜々ちゃんの助けになるかどうかは分からないが俺も少々高めの注文をすることにしよう。
「そういえば良太郎君、私たちは名字で呼びますけど、初対面の女の子も割と普通に下の名前で呼びますよね」
「そー言われてみればそーだね。何か線引きでもあるの?」
「まぁ単純にアイドルとして接しているかクラスメイトとして接しているかの違いだな」
アイドルとして接する場合は……なんかこう、王者の風格を損なわない的な? アイドルの王様なのに名字呼びは何か違うんじゃない的な?
「全体的に理由がフワッとしてますねぇ」
「逆に言うとお前らが特別なんだよ。お前らはアイドルとしてでなくクラスメイトとして俺を扱ってくれるからな」
「いや、どっちかというとアイドルとして扱えなかったが正しいんだけどね?」
「学校での様子を見る限り、アイドル要素は何処にもありませんでしたからねぇ」
まぁそこら辺は自分でも同意せざるを得ない。
「でも私たちも今はアイドルなわけだし、同じ立場になったんだから名字呼びも変じゃないかな」
「遠慮せずに、私たちも名前で呼んでくれていいんですよ?」
二人がそう言うのであれば。
「んじゃ、改めてよろしくな、友紀、茄子」
俺がそう下の名前で呼ぶと、姫川と鷹富士は赤くなった顔をサッと逸らし――。
「ん、よろしくー、良太郎!」
「よろしくお願いしますね、良太郎君」
――たりすることは無かった。
リョッピー知ってるよ、無表情の俺にニコポの才能が無くて、例え笑顔だったとしても名前を呼んで相手を照れさせるラブコメ補正が無いってこと。普通、名前を呼んだくらいで照れる女の子がいるわけないだろいい加減にしろ!
「ん? どったの?」
「いや、所詮物語のような出来事は現実に起きたりしないなぁと世の無常を嘆いていた」
「意味は良く分かんないけど、その物語みたいな出来事がバカみたいに頻発した高校の出身者がそれを言っちゃうんだね」
まぁテロリストに占拠されて尚且つ校内の人間だけで鎮圧した高校なんて日本国内のみならず世界の何処を探しても無いだろうな。……無いよな?
「あとチョコレート戦争とかあったよね」
「あぁ、バレンタインに一部の生徒が『下駄箱にチョコを入れるという行為を阻止するために全校舎の昇降口にバリケードを張って立てこもった』っていうバカみたいな動機でアホみたいな規模に発展したアレだな」
丁度あんな感じにバリケードを張って……って、あれ?
「えっと、今日は何か事務所内でイベントでもあんの?」
「え、無いけど」
じゃあ何故、いつの間にかあのカフェテリアの一角に立派なバリケードが張られているのだろうか。
「「「我々は、ストライキを決行するー!」」」
って、あれは……みくちゃんと莉嘉ちゃんと杏ちゃん?
「あれ? 確か……シンデレラプロジェクトとかいう新しい企画の子たちですよね?」
「何、ストライキ?」
鷹富士と姫川改め、茄子と友紀も首を傾げている。
アイドルが事務所内でストライキとは一体何事だろうか。
「って、良太郎、何で立ち上がるのさ」
「ちょっと面白そうだから行ってくる」
「「え?」」
一応何があったのだろうかと心配になったという名目もあったが、面白そうだからというのも本音である。
というわけで、他の人が三人に気を取られている内にコッソリと背後へと忍び寄るのだった。
おまけ『123プロメッセージ履歴』
りょうたる:高校の同級生と遭遇。久しぶりに少し話そうってことになったから346の事務所までホイホイ付いていく
社長:おい、他事務所のアイドル
りょうたる:えぇい! とめてくれるなおっかさん!
るーみん:背中の銀杏が泣いている
三船美優:男東大どこへ行く
チャオ☆:その返しが咄嗟に出るとは流石は東大卒業生
鬼ヶ島羅刹:一昔前ってレベルじゃねーけどな
†Kirito†:そのネタが分かる僕らも大概だけどね
めぐみぃ:まゆが寂しがるから早く帰ってきてくださいねー
しほ:他事務所に迷惑をかけないようにしてくださいよ
りょうたる:ストライキなう
社長:……は?
・真面目ちゃんなまゆ
原作でもPが絡まなければ良い子なので、これぐらいは普通にしてそう。優等生というか純粋ですね。……純粋ですよ?
・「……ふえぇ……」
自分の知らない良太郎の情報を誰かが知っていた場合は嫉妬オーラが発動しますが、今回まゆが知らなかったのはあくまでも『まゆの過失』であるため、嫉妬しませんでした。
・『服を着たまま水着に早着替え』
劇場738話より。
なお隠し芸披露の様子が見れないバグが発生しておりますが、復旧されるのはいつなんですかね。
・コープの快進撃
・貯金二十
※この作品はフィクションであり、実在する人物、団体等とは一切関係ありません
・原田美世
・藤居朋
・速水奏
三人ともデレマスキャラですが、いずれも登場予定キャラなので詳細はその時に。
そしていつものことながら、出身地とかはつっこんではいけない。
・リョッピー知ってるよ
安易なラブコメに走ると逆に読者が離れるってこと()
・チョコレート戦争
以前にも触れましたがこんな内容です。例の如く文章化の予定はないです。
・おまけ『123プロメッセージ履歴』
りょうたる → 良太郎。元ネタは氷菓のほうたる
社長 → 幸太郎。そのまんま
るーみん → 留美さん。そのまんま
三船美優 → 美優さん。性格的にニックネームとか登録しなさそう
チャオ☆ → 北斗。割と本人もネタとして言ってそう
鬼ヶ島羅刹 → 冬馬。実は気にいっているらしい
†Kirito† → 翔太。
めぐみぃ → 恵美。そのまんま
しほ → 志保。そのまんま
・とめてくれるなおっかさん!
逆に知っている方が圧倒的マイノリティ。
前回セクギルの出番があると言いましたが、思いの外同級生組の会話が長引いたため次回になりました。
そして次回は良太郎のくだらない要求を右から左に聞き流しつつ、みくにゃんの本題に入ります。
『サンシャイン第四話を視聴して思った三つのこと』
・開幕ロリまる
・会長でスクールアイドル……あとツンデレでポンコツなところも似てるな(白目)
・次回タイトルで既にオチてるじゃねーか!