アイドルの世界に転生したようです。   作:朝霞リョウマ

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もうすぐ六月かぁ……今年もあと半分ですね!(白目)


Lesson120 14's Cinderellas 4

 

 

 

「……はぁ……」

 

 それは杏らしくない溜息だった。常日頃から面倒くささから溜息を吐く機会は多いが、これほどまでに『無駄に緊張して』吐いた溜息は本当にらしくなかった。

 

「あれがトップアイドルの周藤良太郎、ねぇ」

 

 事務所に所属してアイドルを目指すということになっているので、一応はその辺りの下調べはしておいた。果てしなく面倒くさかったけど。

 

 『覇王』『キングオブアイドル』『アイドルの頂点』『つかあのアイドル圧力に屈しねーんだけどマジで』などと様々な呼び方が存在する生ける伝説。圧倒的な歌、ダンスなどのパフォーマンスのクオリティーの高さは勿論のこと、常に無表情だが裏表のない明朗快活な性格が人気の一因……というのがネットで調べたアイドル『周藤良太郎』の前情報。

 

 そんなトップアイドル、杏とは当分縁が無いだろうなーなどと考えていたが、まさかこんなにも早く対面することになるとは思わなかった。

 

 そしてそれと同時に……やはりネットだけでは正確な情報は得られないんだなぁと実感した。

 

(『裏表がない明朗快活な性格』……ねぇ)

 

 明朗快活という点は認めよう。だが裏表がないという点は鼻で笑わざるを得ない。

 

 そんなわけない。新田さんは周藤良太郎を不真面目な人間と評しているみたいだが、あれはある意味で杏と同種、そしてある意味で杏と正反対の存在。

 

 

 

 周藤良太郎は、この場にいる誰よりも『クソ生真面目』な人間だ。

 

 

 

 それは殆ど勘に近いが、少なくとも杏にはそう感じられた。

 

 確かに不真面目な発言は多いが、趣味嗜好と性格はまた別の話。言動の節々から読み取れる周囲への配慮や気遣いは本当に不真面目な人間には出来ないそれだ。下手すると新田さんよりも根は真面目なのかもしれない。

 

 でもそれ故に、本心では何を考えているのかが分からない。それは無表情だから、というわけではない。無表情具合だったら杏たちのプロデューサーも負けていないし、感情表現という点で言えば周藤良太郎に軍配が上がるだろう。

 

 しかしその感情の裏に隠された『思考』が全く読み取れない。読み切れない。

 

 だから得体が知れなくて、気味が悪い。

 

 ……年少組が懐いているし、悪い人ではないのだろうけど。

 

(……あぁ、めんどーくさい)

 

 こーいう真面目な考察は杏のキャラじゃないよ。その辺は新田さんに任せとくことにしよう。

 

 はぁ、久しぶりに真剣に頭使って疲れた。

 

 

 

「だからきらり、杏帰るから放して」

 

「ダメだにぃ~」

 

 はぁ、本当めんどーくさい。

 

 

 

 

 

 

「さてと」

 

 とりあえずプロジェクトメンバー全員と挨拶は終わったな。え? 絡んでない奴いるって? あぁ、その辺は行間で済ませちゃったから。すまんね。

 

 問題があるとするならば……やっぱり新田さんかなぁ。長いことこういう性格でやってきたから、これまでも忌避されるというか敬遠されるというか、そういうことは何度もあったから俺自身は気にしないんだけど。その感情が冬馬や志保ちゃんや伊織ちゃんみたいに、良い意味での周藤良太郎に対しての反抗心になってくれるならそれはそれでありかな。

 

 あとは問題というワケじゃないけど、みくちゃん。彼女は何処かで会ったことがあるような無いような……なんだろうこの既視感は。

 

「周藤さん、そろそろお願いしまーす!」

 

「はーい」

 

 っと、そろそろ俺も撮影か。そういえば今日はそういうお仕事だったな。

 

「良太郎さん!」

 

「ん?」

 

 それじゃあ頑張るかと意気込んでいると、未央ちゃんが元気よく話しかけてきた。

 

「あの、もしよかったらでいいんですけど、撮影の見学してもいいですか?」

 

「あぁ、別にいくらでもどうぞ」

 

 どうせ場所は違えど同じスタジオで撮影するんだから、それぐらいはいくらでも。とはいえ、こんな無表情野郎の撮影見てても面白くないと思うんだけどなぁ。

 

 そしてぞろぞろとやって来るプロジェクトメンバー全員と共に俺は自身の撮影へと赴くのだった……って、え、みんな来るの?

 

 

 

 

 

 

 トップアイドルの撮影を見ることで自分たちの撮影の参考にさせてもらう……という名目で良太郎さんの撮影を見学させてもらうことになった私たち。

 

 最初はただの好奇心に近く、アイドルの撮影ってどんな感じなのかなーとか、良太郎さんがアイドルとしての仕事をしてるの初めて見るなーとか、そんな軽い気持ちだった。

 

「いいよー良太郎君! 今日もナイス三枚目!」

 

「はっ倒しますよ」

 

 カメラマンとそんな軽口を言い合いながら撮影をする良太郎さん。しかしそんな軽口とは裏腹に……なんというか、普段とは雰囲気が違った。

 

 ポケットに手を入れたり、首の辺りを手で触れたり、様々なポーズをする良太郎さんなのだが、そんな何気ない動作の一つ一つが文字通り絵になっていた。ただ単純に写真を撮影するというだけなのに、きっとこれがアイドルとして『魅せる』ということなのだろうか。

 

「……いやぁ、何というか、何が凄いって言葉に出来ないぐらい凄いね。これがトップアイドルのオーラって奴なのかな」

 

 そんな未央の冗談めいた言葉が、案外的を射ているような気がした。

 

「……わ、私たちも周藤さんに負けないぐらい頑張りましょ!」

 

「新田さん?」

 

 良太郎さんの雰囲気に若干飲まれるというか圧倒される私たちに対し、新田さんは何やら意気込んでいる様子だった。無理している、という感じでもないが……焦ってる? いやこれも何か違う気がする。

 

 まぁ、確かに私たちもまだ撮影が残っているし、良太郎さんに負けないぐらいの意気込みで頑張らないといけないことは確かである。ちょっと緊張するけど、頑張ろう。

 

 ……と、意気込んだのはいいものの。

 

 

 

「硬いよ! 笑って!」

 

「は、はい!」

 

 

 

「目線こっちで!」

 

「え、え?」

 

 

 

「もっと普通に!」

 

「うぇ?」

 

 

 

 その『単純に写真を撮影する』ことがままならない三人がここにいた。

 

 卯月は緊張からか持ち前の笑顔になれず、私は気恥ずかしさからカメラから目線を逸らしてしまい、未央は調子に乗って変なポーズを取り、それぞれカメラマンからダメ出しされる始末である。

 

「笑顔……笑顔って、何でしょう……」

 

「うーん、普通かぁ……」

 

 一旦休憩を貰って楽屋に戻ってきた私たちは並んで座りながら先ほどの撮影を振り返る。って卯月、その堕ち方はまだちょっと早いからこっちに戻っておいで。しばらくはコメディーパートだから。

 

 さて、どうしたものか……。

 

 

 

 

 

 

「……ガチガチだなぁ」

 

 自分の撮影を恙なく終えてコッソリと凛ちゃんたちの撮影を除きに来たのだが、どうやら凛ちゃんと卯月ちゃんと未央ちゃんの三人の撮影が難航している様子だった。

 

 凛ちゃんが写真に撮られるの苦手ってことは知ってたけど、卯月ちゃんと未央ちゃんは緊張してしまって空回っているようである。何というか、765のみんなの初期宣材写真を彷彿とさせる有様だった。

 

 緊張しすぎないように、っていうのも月並みなアドバイスではあるが……ちょっとお話してくるかな。

 

 コッソリと三人が座っているところへ行こうとすると、武内さんとスタッフの会話が聞こえてきた。

 

「……彼女たち三人に自由に動いてもらって、自然体でいるところを撮影してはもらえないでしょうか」

 

「お、それいいね! オッケィ!」

 

 ……確かに、それはいい考えだ。結局あの三人は『写真撮影』というものに対して深く考えすぎていることが空回っている原因だから、一旦カメラを意識させないようにしてそれを解消しようということか。

 

(……俺の出る幕は無さそうだな)

 

 まぁ元々武内さんはそこそこ実績がある優秀なプロデューサーだし、彼に任せておけば大丈夫か。

 

 ほんの少し寂しい気もするが……あんまり些細なことで気をかけすぎてもアレかな。

 

 次の仕事もあることだし、ちょっと挨拶してから行くことにしよう。

 

 ……ついでだし『あれ』のことも一応聞いておくか。

 

「武内さん、そろそろ次の仕事に行くので、俺はこれで」

 

「……はい。周藤さん、ありがとうございました」

 

「いやいや、俺なんか大したことしてないですよ。ただ……」

 

「? ただ……?」

 

「一個だけ、聞いておきたいことがありまして」

 

 

 

 

 

 

 緊張気味だった凛ちゃんたち三人の撮影が終わり、私たちシンデレラプロジェクトの一番最初のお仕事は無事に終了した。

 

 莉嘉ちゃんやみりあちゃんの提案で、最後に全員で撮影をしようという話になったのだが……。

 

「新田さん、少しよろしいですか?」

 

「はい?」

 

 不意に、プロデューサーさんに呼び止められた。何か先ほどの撮影で不具合でもあったのだろうか……。

 

 

 

「あの……足を痛めてらっしゃるのですか?」

 

「……え?」

 

 

 

「すみません、いきなり。ですが、一応確認をしておきたくて……」

 

「え、えっと、その、はい」

 

 確かにプロデューサーさんの言う通り、実は大学サークルでラクロスの練習中、ほんの少し左足首を捻って痛めていた。とはいえ日常生活には何の支障も来さないので、あえて言わなかったのだが……。

 

「ほんの些細なことでも、今後は出来るだけ報告するようにしてください。それが大きなミスに繋がることもありますので」

 

「はい、ごめんなさい……」

 

 確かにこういった些細な身体の不具合はしっかりと監督やコーチに報告するものだ。スポーツをやっているものとして分かっているはずだったが、怠ってしまっていた。少し反省。

 

「それにしてもプロデューサーさん、よく分かりましたね」

 

「その……」

 

 プロデューサーさんは少し困ったように眉を潜めて首の後ろに手を当てた。

 

「私も、周藤さんに指摘されて初めて気が付いたのです」

 

「……えっ!?」

 

 

 

 ――武内さん、新田さんが左足を痛めてるっていうのは把握済みですか?

 

 ――……えっ。

 

 ――あ、その様子だとしてないみたいですね。

 

 ――えっと、どうして……。

 

 ――んーと、撮影中、移動中、立って話してる最中。ずっと重心が右にズレてるんですよね。

 

 ――は、はぁ。

 

 ――でも歩き初めを見ると利き足は右で軸足は左。なのに体重は左じゃなくて右によってるから、もしかして左足を庇ってるんじゃないかなって。

 

 ――……お詳しいんですね。

 

 ――いやまぁ、色々あって人にボコボコにされたり人にボコボコにされてるのを見たりする機会が多くて……。

 

 ――え?

 

 ――まぁ俺のことはどうでも良くて、とりあえずそこら辺の報告は徹底した方がいいですよってことで。武内さんなら分かってると思いますけど、念のため。

 

 ――……お気遣い、ありがとうございます。

 

 

 

「……と、いうことです」

 

「………………」

 

 ……正直、驚いたと同時に少しだけ恥ずかしくなった。

 

 私は周藤さんが不真面目だと決めつけて一方的に敬遠していたというのに、周藤さんはそんな私にもこんな気遣いをしてくれていたのだ。

 

 今度また会う機会があったら、気遣ってくれたことに対する感謝と、失礼な態度をとってしまったことに対して謝――。

 

 

 

「師匠! 先ほどのお詫びとして、三浦あずささん登頂の感想文原稿用紙三枚ほどにまとめてきました!」

 

「なんか微妙にリアルな枚数だなおい! でも一応貰っとくぞ! 次からはちゃんと事前報告しろよ! もしくは記念撮影!」

 

「はっ! 了解であります!」

 

 

 

 ――らない! か、感謝はするけど謝りなんて絶対にしてあげないんだからねっ!?

 

 

 




・『つかあのアイドル圧力に屈しねーんだけどマジで』
最近の漫画でバグキャラって言ったらこの人のイメージ。本当にラカンは物理的に死ぬのだろうか……結局やられたって言ってもリライトだし。

・杏の考察
この考察の通り、良太郎は真面目な人間なのか、それともただの勘違いなのか……はてさて。
少なくともここにいる中では良太郎を一番正しく評価している人間ではあります。

・その堕ち方はまだちょっと早いから
具体的には第五章ラスト辺り(メメタァ)

・武内さんは優秀
二次だとバネPの後輩みたいな書かれ方が多いけど、実績的にはどう考えても先輩。
そもそも公式で歳は三十超えてるもんなぁ。

・利き足とか軸足とか重心とか
深く考えないように、オーケー? バトル物は実際にそれっぽいと思わせたもん勝ちです。
……え、バトル物じゃない? アイドルは何時だって戦いなんですよ(ドヤァ)

・絶対にしてあげないんだからねっ!?
まさかのみなみんツンデレ枠である。



 てわなけでアニメ二話編でした。何か全体的にふわっとしてたのは割と見切り発車だったから。いつものことだな(白目)

 今のところ一番話が固まってるのがアニメ五話編だっていう時点で大分お察しだよなぁ……。

 てなわけで(言い訳)次回は作者取材も兼ねた番外編です。特に深く考えなくていいドタバタものが書きたくなったので、今回は恋仲○○ではなく本当の意味で番外編です。



『どうでもよくない小話』

 六月二十九日発売『Cool jewelries! 003』収録。

『奏』歌:速水奏

 ガチではあるんだろうし楽しみでもあるんだけど……まさか奏がタイトルオチ枠とは……。

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