アイドルの世界に転生したようです。   作:朝霞リョウマ

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何とか予定通りに第三章を終えれそうです。


Lesson110 輝きの向こう側へ 3

 

 

 

「……『私は天海春香だから』か」

 

「春香らしい言葉ね」

 

「あぁ、全くだ」

 

 りっちゃんや赤羽根さんと共にアリーナの入り口付近の壁にもたれかかりつつ、ここまで聞こえてきた春香ちゃんの言葉を反芻する。

 

 もう年初めの頃の自分自身の夢に押し潰されそうになって泣いていた春香ちゃんは何処にもいなかった。

 

 きっと彼女はこれから先、悩むことはあっても迷うことはないだろう。

 

 それはそうと。

 

「いいなぁ、超カッコいいなぁ。俺もアレどっかで言いたいなぁ」

 

 何というか、すごく主人公の台詞だった。春香ちゃんを主人公に二十五話ぐらいアニメが出来そう。んで短編集の二十六話が放送されて、さらに二時間ぐらいの映画になりそう。あぁでもその場合、春香ちゃんが主人公というよりは765プロのアイドル全員を主人公にすると逆に収まりがよさそう。

 

 そうすると俺は、度々彼女たちに助言をする先輩ポジションか、それともラスボスか。いや、精々二次創作に登場するバグキャラ辺りが妥当か。丁度転生してることだし。

 

 もしかしたら本当に春香ちゃんが主人公の物語があって、俺はそこに転生していたのかもしれない。

 

 タイトルは、そうだなぁ……アイドルを極めし者たちの物語ってことで『アイドルマスター』とか。

 

 ……まぁ、今となってはだからどうしたという程度の話ではあるのだが。

 

「さて、俺はそろそろ行きます」

 

「あれ、いいのかい?」

 

 赤羽根さんがステージ上の彼女たちを指さしながら暗に話をしていかないのかと尋ねてくる。

 

「今のみんなに対して俺がかける言葉は良い意味でありませんよ」

 

 既に彼女たちは走り出している。手を引く必要が無ければ道を教える必要も無い。これからより一層厳しくなるレッスンで助言をする程度だ。

 

 というかぶっちゃけると今俺があそこに行っても凄い場違いっぽいし。

 

 あそこは今、765プロとバックダンサーのみんなのためのステージなのだから。

 

「あとはよろしく。りっちゃん、赤羽根さん」

 

「……えぇ、勿論よ」

 

「任せてくれ」

 

 ヒラヒラと手を振りながら会場を出る。

 

 さてと。

 

「……急がねば」

 

 割と時間に余裕が無くなっていたことに気付き、車を停めた駐車場まで猛ダッシュを開始するのだった。緊急事態故、廊下を走っているが是非とも見逃してもらいたいものだ。

 

 

 

 

 

 

「あれ、リョータローさんいなくなってる」

 

 チーンとハンカチで鼻をかみつつ会場の奥を見ると、入り口付近で秋月さんや赤羽根さんと一緒にこちらを見ていたはずのリョータローさんがいなくなっていた。

 

「次の現場に向かったのよぉ。ここから車で十五分ぐらいの××スタジオで収録なんだけど、リハーサル開始まであと二十分ぐらいだから焦ってたんだと思うわぁ」

 

「………………」

 

「なぁに?」

 

「いや、リョータローさんの仕事の予定を随分詳しく把握してるなぁって思って」

 

「そんなことないわよぉ?」

 

 正直アイドルじゃなくても良太郎さんのマネージャーとしてやっていけそうである。

 

「あの、恵美さん、まゆさん」

 

 相変わらずリョータローさん関係だと色々とアレだなぁと思っていると、酷いことを言ってしまったと可奈に対して謝罪をしていた志保がこちらを向いた。

 

「恵美さんとまゆさんにも改めて謝りたくて……無神経なことを言って申し訳ありませんでした」

 

 真っ直ぐと頭を下げてくる志保。

 

 一体何事かと思い、彼女がアタシたちに謝ることと考えて思い当たるのは一つだけだった。

 

 

 

 ――既に123プロダクションでデビューが決まっているアナタたちに、私たちの何が分かるんですかっ!?

 

 

 

「あ、あはは、別に気にしてないから大丈夫だって」

 

 若干苦いものになってしまったが笑顔で手を振ることができた。まゆも隣で気にしていないと首を振っている。

 

 本当のことを言うと、全く気にしていないわけではない。けれど、これはアタシたち自身が受け入れていかないといけないことだ。

 

 万人に憧れられる華やかなアイドルだって妬まれたりするのだから、彼女たちと年も経験も殆ど変わりないアタシが妬まれてもそれは当然のことで……。

 

「あ、あのっ!」

 

 突然、百合子が大声を張り上げた。

 

「す、少なくとも私たちの中には、恵美さんたちを妬んだりしてる子はいませんから!」

 

「せやね。恵美とまゆは間違いなく私たちと同じバックダンサー組の仲間や。先にデビューとかそんなの関係あらへん」

 

「むしろ先にデビューしてもらって、どんな感じだったか教えてもらいたい……」

 

「みんな……!」

 

 続く奈緒と杏奈の言葉に、ようやく納まった涙腺が緩んでいくのが分かった。

 

「あ、ヤバい、泣く」

 

「はいはい、涙が零れないように上を向きましょうねぇ」

 

 全くもうと困ったように笑いながらポンポンと背中を叩くまゆの手に、逆に鼻の奥がツンとなった。

 

「あは、恵美ってばけっこー泣き虫さんなの」

 

「にししー! めぐめぐの涙で会場内も大雨だねー!」

 

 みんなのアハハという笑い声が会場に静かに響いた。

 

 

 

 

 

 

 スクールによって行くというバックダンサー組のみんなとアリーナの前で別れ、律子さんやプロデューサーさんと合流した私たちは徒歩で事務所への帰路に着いた。

 

 雨はすっかりと止んでおり、綺麗な夕焼けの空が頭上に広がっていた。

 

「あ……」

 

 全員でキャイキャイと笑いながら堤防を歩いていると、不意に律子さんが足を止めた。

 

 何事かと律子さんの視線の先を辿ると、そこには山の向こうに消えていこうとする綺麗な夕日が浮かんでいた。

 

『わぁ……!』

 

 全員の感嘆の声が重なる。

 

「キラキラだねぇ……」

 

「そうね……」

 

「ずーっと見てると、光に包まれているみたいで素敵だね……」

 

 その雪歩の呟きに、私はあっと気が付いた。

 

「なんだかこれ、ライブの時のサイリウムみたいだね」

 

「あ、確かに!」

 

「あれもキラキラなの!」

 

 真と美希が同意してくれた。

 

「自分、時々アレ、海みたいだなって思うぞ!」

 

「ならば、スポットライトは星空、といったところでしょうか」

 

「じゃあ私たち、光の海を渡っていくのね」

 

「にひひっ、あずさに舵は任せられないわね」

 

 伊織の言葉にあずささんを含めた全員から笑みが零れる。

 

「……光の海、かぁ」

 

「……光の先には、何が見えるのかしら」

 

 千早ちゃんがポツリと呟いたその言葉に、私は以前の美希との会話を思い出した。

 

 去年の秋、初の感謝祭ライブの舞台袖での美希との会話。

 

 

 

 ――りょーたろーさんが言ってたんだ。

 

 ――トップアイドルになると……りょーたろーさんたちみたいなアイドルになると、そのキラキラの向こう側が見えるんだって。

 

 

 

 あの時の私にはまだ想像することが出来なかった光の向こう側。今ならば少しだけ、思い描くことが出来るかもしれない。それはまだ憶測で、願望に近いものかもしれないけど。

 

「……素敵なところだといいなぁ」

 

 そう呟き、いやと自分で首を振った。

 

 あの良太郎さんたちがいる世界なのだ。

 

 

 

 素敵じゃないなんて、あり得ない。

 

 

 

 

 

 

 さて、少しだけ早い上にオチではないが、一応今回の事の顛末を語ることにしよう。

 

 無事に可奈ちゃんの問題と志保ちゃんとのいざこざ全てに方が付いた765プロとバックダンサーのみんなは、以前のようにそれぞれに分かれての練習が再開した。

 

 いつも通りの基礎練習と振り付けの確認。しかし、それまであまり練習中も係わりが少なかった志保ちゃんが積極的に話し合いに参加するようになり、雰囲気的な意味でも良いものになった。

 

 さらに時間を見つけては俺やジュピターの三人が直接指導に赴き、全員のレベルはメキメキと上がっていった。中でも冬馬が彼女たちの指導に一番熱心だったのは、意外でもなんでもなく面倒見のいいアイツだからだろう。

 

 ちなみに可奈ちゃんに関しては特別なことは何もしていない。普段の朝練をしっかりとこなして間食を抑えれば十分間に合うだろうというのが、スクールの先生と話し合った結果らしい。まぁ万が一間に合いそうになかった場合は士郎さんに頼んで『高町ブートキャンプ秋の陣・脂肪燃焼特別版』にご招待するつもりだったが、その心配もなさそうだ。

 

 もっとも、特別なことは何もしていないが、週に一回ランダムで行われる俺とのレッスンで可奈ちゃん以外の全員も一緒にひーこら言わせているが。

 

 

 

「そんなわけで、バックダンサー組は順調だよ」

 

「ふふ、可奈ちゃんからもメールで聞いてますよ。『朝練出るのが厳しいー』とか『甘いもの食べたいですー』とか『リョウタロウサンノレッスンヤバイ』とか」

 

 なんか最後の一文だけ片言で異様にガチっぽかった。あれーおかしいなー、翌日に響かないどころか三十分少々休憩すれば普通に動けるようになるぐらいの優しいレッスンだったんダケドナー。ちなみにその三十分の間、指先一つ動けるとは言っていない。

 

 そんなことを助手席の春香ちゃんと話しながら、後部座席には千早ちゃんを乗せて秋空の下、車を走らせる。仕事に向かう途中で二人が歩いているのを発見したので、ついでに乗せていってあげることにしたのだ。

 

 相変わらずアイドルとのエンカウント率が高い気もするが、今更今更。

 

「可奈ちゃん、みんなと一緒に練習してちょっとずつ出来るようになってきたって、凄く嬉しそうなメールくれるんです」

 

「良かったわね、春香」

 

「はぁ、早くみんなと会いたいなぁ」

 

 楽しそうにニコニコと笑う春香ちゃん。

 

「可奈ちゃんたちも、春香ちゃんたちと会えるのを楽しみにしてるよ」

 

「あ、もちろん可奈ちゃんたちもそうなんですけど……会場で、ファンのみんなに会うのが楽しみなんです。早く私たちを見てもらいたいなって」

 

「……そっか。そうだよね」

 

 それはアイドル共通の感情故、今の春香ちゃんの気持ちは手に取るように理解出来た。

 

 あぁ、俺も歌いたくなってきた。今から年末ライブが楽しみだ。

 

「……あ、良太郎さん、すみません。少し停めてもらえますか?」

 

「ん? いいけど」

 

 突然の千早ちゃんからのお願いに車を路肩に停めると、すみませんと一言言ってから彼女は車を降りた。

 

「……手紙?」

 

 車を降りた千早ちゃんの手には青色の可愛らしい封筒があった。どうやらすぐそこのポストに入れたかったらしい。

 

 誰宛だろうなぁと心の中で思っていると、俺の視線に気付いたのか春香ちゃんが代わりに答えてくれた。

 

「千早ちゃん、今回のライブにお母さんを招待するんです」

 

「……え? お母さんを?」

 

 思わず聞き返してしまった。

 

 確か弟の優君の一件で両親が離婚して以来、お母さんとは不仲になっていたはずだ。

 

「『これで何かが変わるわけじゃないけど、このままじゃいけないって思えるようになった』って、千早ちゃん言ってました」

 

「……そっか」

 

 あの封筒はお母さんに宛てたライブのチケットっていうことか。

 

「……私も、少しずつ変わっていきたいです」

 

「……あぁ」

 

 変われるさ、千早ちゃんも、君も。もちろん俺だって。

 

 まだまだ人生の途中なんだから。

 

 

 

 

 

 

 季節は移ろい、秋から冬に変わっていき。

 

 

 

 ついに、765プロ初のアリーナライブ当日がやって来る。

 

 

 




・二十五話ぐらいアニメが出来そう。
今更ながら良太郎にアイマス知識が無いことアピール。
え? 逆効果?

・「涙が零れないように上を向きましょうねぇ」
坂本ですが?(違)

・光の先
『光の先』『輝きの向こう側』等をマジ恋の『壁を超えた者』的な意味合いで使おうと思案中。

・『高町ブートキャンプ秋の陣・脂肪燃焼特別版』
最近高町家を便利キャラ扱いしすぎってそれ一番(作者の中で)言われてるから。



 劇場版ラストの真面目なシーンが終わって、後は大団円を迎えるだけの三話目でした。(全部の伏線を回収しきったとは言っていない)

 次回、残りの伏線を回収しつつ第三章最終話です。

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