「いいなぁ……」
お昼のステージ。竜宮小町と魔王エンジェルが並んで立っていた。先ほど、
「魔王エンジェルの隣に並んでるってだけでも凄いのに、さらにその隣にはアルトリ猫の三人もいるよー!」
「えー? 私、あずささんの腕しか見えませんー!」
765プロに宛がわれた位置は丁度ステージの裏側に近かったため、首を伸ばさなければステージの上の様子を覗うことが出来なかった。しかし声だけはスピーカーを通してしっかりと自分達に届いていた。
『あたしは運動苦手だからあんまり競技では活躍できないけどー、その分ステージも頑張ったし、後は足が速い麗華に全部お任せってことで!』
『アンタことあるごとにそれ言っているけど、私別にそう足が速い訳じゃないわよ?』
『え? でも空気抵抗は少ないでしょ? 重い荷物も持ってないし』
『私、さっきも言ったわよね? ケンカだったら買うって』
『大丈夫、麗華。胸が小さいことは悪いことじゃない』
『ともみアンタ言ったな!? 私のっ! 胸がっ! 小さいって言ったなぁぁぁ!?』
「何なんだこのコント」
思わずそう呟いてしまった。先ほどもやっていた魔王エンジェル三人のやり取り。姿が見えずとも、般若の形相の麗華さんが何を怒っているのか分かっていないともみさんに詰め寄り、その様子を見てりんさんが笑っている、そんな光景が容易に予想できる。
しかし会場の観客には大変受けていた。おかげで同じステージ上の竜宮小町やアルトリ猫達が若干霞んでしまっている。
「これが、トップアイドルの実力……!」
「いや、雪歩。こんなところにトップアイドルの実力を見出すのは何か間違ってると自分思うぞ」
少なくとも、麗華さんは不本意以外の何物でもないだろう。
「しかし、観客の方々が大いに沸いているという点で見れば、雪歩の言っていることも間違ってはいないのではないでしょうか」
むむ、貴音の言うことにもそれはそれで一理あるかもしれない。お高くとまっているアイドルよりも、こういうアイドルの方が確かに人気が出そうだ。というか、現に出ている訳で。
(……でも、こう、何か違うような気がするぞ……)
これを認めてしまったら、律子や麗華さんを裏切ってしまうような、将来的に自分が割を食うような、そんな気がしてならない。
その時、不意に会場の照明が暗くなった。
『ここで! 女性ファンに嬉しいゲスト! 『Jupiter』の三人の登場です!』
次の瞬間、会場全体から黄色い声が上がる。ステージの上に現れたのは、人気急上昇中の男性アイドルグループだった。
「あ、ジュピターだ!」
「最近凄い人気だよねー」
「私、一回だけ会ったことあるよ」
「え? 春香、何処で?」
「えっと……テレビ局で、ちょっと」
良太郎さん以外の男性アイドルにあまり縁がない765の仲間達は少し盛り上がる。
「……こんなアイドル出すぐらいならりょーたろーさんの方がいいの」
「美希、仮にもジュピター相手にこんなってのは流石に言い過ぎだと思うぞ」
そしてそんなことを不満げに呟く美希は相変わらずだった。
『ジュピターのお三方、ありがとうございました! それでは――』
バンッ
それはジュピターのライブ終了と同時だった。突然、会場の照明が落ちたのだ。先程のジュピターの時と同じだが、全く同じ演出をするとは思えない。
『えっと……またしても暗くなりましたが、少々お待ちください』
司会の人にも予想外の出来事だったらしく、明らかに狼狽えている。参加しているアイドルや観客もザワザワとしており、会場全体が突然の事態に混乱している様子だった。
……何だろう、自分、スッゴい嫌な予感がするぞ……。
この時、嫌な予感がしていたのは響一人だけではなかった。
(((……嫌な予感……)))
麗華、律子、冬馬の三人も、一抹の不安を感じていた。
そして、その不安は的中することとなる。
カッ
スポットライトに照らされ、会場のど真ん中に一人の少年の姿が浮かび上がる。
『……会場の皆さん、人気急上昇中のジュピターのライブの後で既にお腹一杯かもしれませんが……』
「……え」
それは、一体誰の呟きだったのか。
『デザートに、周藤良太郎はいかがですか?』
そこに立っていたのは、現在の日本でアイドルの頂点に君臨する少年……周藤良太郎だった。
「「「何やってんだお前ぇぇぇ!?」」」
三人の魂が籠った渾身の叫び声は、会場全体を包み込んだ爆発するかのような大歓声に掻き消された。
「マジ何やってんだよアイツ……!?」
いつからそこにいたのか全く分からないが、良太郎が会場のど真ん中でスポットライトを浴びながら立っていた。どうやらスタッフも一切このことを知らなかったらしく、全員良太郎の登場に混乱していた。……一部の女性スタッフは我を忘れて歓喜しているようだが。
『どうも皆さん、突然お邪魔します。いや、本当だったら事務所に所属していないから参加出来ないんですけど、思わず来ちゃいました』
マイクを通して聞こえる良太郎の声は、心なしか楽しそうに聞こえる。
――す、周藤良太郎!?
――おいマジかよ本物かよ!?
――ちょ、ちょっと私にもオペラグラス貸してよ!
――ちょ、馬鹿待て揺するなって!
新幹少女を応援していた男性ファンも、俺達に色めき立っていた女性ファンも。会場に来ていた観客全員が良太郎の登場に沸き上がる。そこに年齢や性別は関係ない。勿論それはアイドル達も例外ではなく、自分達の頂点に立つ存在、憧れのトップアイドルの姿に歓喜していた。
そんな周囲を他所に、混乱の張本人である良太郎はいつもと変わらぬ様子で周りに向かって手を振っている。途中、こっちに気付いてブイサインをかましてきやがった。あんにゃろう……!
『いやいや、飛び入り参加を許してくれたスタッフの皆さんには大変感謝してます』
むしろお前は感謝だけで済ますつもりなのかと言いたい。
『感謝すると同時に、話をしてから十五分でここまで対応してくれたスタッフの迅速さにビックリしてます。いやぁ、随分とお仕事早いですね、ここのスタッフさんは』
「十五分!?」
「ってことは、俺達の楽屋出てから交渉始めたのかよ!?」
やはりこいつ馬鹿なんじゃなかろうか。
『そんな優秀なスタッフさんに感謝しつつ……一曲、お付き合い願いましょうか』
その良太郎の言葉に合わせるように、会場のスピーカーから音が流れ始める。
その瞬間、会場は周藤良太郎に染め上げられた。
曲は、良太郎の代表曲。何の才能もない少年が、生まれ変わってアイドルになる物語。話では良太郎自身が作詞したそうだ。
『声上げろ! Hey!』
『Hey!』
良太郎の掛け声に合わせて会場全体が揺れる。その歌が、ダンスが、観客全員の心に叩き付けられる。
照明が落ちた暗い会場で、良太郎は一人スポットライトを浴びている。
それはまるで夜空に輝く
「………………」
――俺は、自分にアイドルの才能があると自覚している。
――でも、持っているだけでそれ以外はそこら辺にいる人間と変わらない。表情を持ち合わせていないだけの、ただの人間。
――それでも俺が今ここにいるのは、笑顔になってくれる人がいるからだ。
――俺の歌を喜んで聞いてくれる人がいる。俺の踊りを楽しんで見てくれる人がいる。
――俺は、自分が誰かを照らしているなんて考えたことは一度も無い。
――誰かを笑顔にするために、歌う訳じゃない。
――誰かが笑顔になってくれると信じているから、歌う。
――だから、俺は
――
良太郎は、会場のど真ん中で悠々と一曲を歌いきった。再び会場が大歓声に包まれる。
『今日は俺の我儘にお付き合いいただき、本当にありがとうございました! 急遽対応していただいたスタッフさんにも多大なる感謝を! ご来場の皆さん! そしてテレビの前の皆さん! 引き続き芸能人事務所対抗大運動会をお楽しみください! 以上、周藤良太郎でした!』
割れんばかりの大歓声をその身に受けながら、良太郎は走って会場から退散していった。
「ホント、嵐のように去って行ったね……」
ともみの言葉の通り、嵐のように現れて嵐のように去り、そしてこの会場にいる全員の心に爪痕を残していった。最近大人しかったと思ったら、こんなところでこんなでかいことを仕出かすとは……。
(……ん?)
ふと疑問に思った。何故良太郎はこんなことを仕出かしたんだ? 「面白そうだったから」というふざけた理由も考えられるが、今回に限ってそれは無いような気がする。
何故なら、この会場には駆け出しの若手アイドルが大勢いるからだ。
最近の良太郎のお気に入りである765プロ。妹のように可愛がっている日高愛が所属する876プロまで参加しているこの運動会。あの周藤良太郎が飛び入りでゲリラライブなんて真似をしたら、注目を全てかっさらってしまうことはほぼ確実。そんなことをしてしまったら、他のアイドルが目立つ機会が少なくなってしまう。普段はアレだが、それが分からないほど良太郎はバカじゃないはずだ。
世間では『覇王』やら『四文字で悪鬼羅刹、五文字で周藤良太郎』などといったイメージを持たれる良太郎だが、後輩アイドル達の出番をわざと奪うような真似だけは絶対にしない。
なのに何故、今回このような行動に出たのだろうか。
「……ねぇ、どうして良太郎、こんなことしたと思う?」
「え? ……おもしろそうだったから?」
「やっぱり普通はそう考えるわよぇ……。りんはどう思う?」
「はぁ、りょーくん……!」
あ、ダメだ、こいつまだトリップしてる。
「ほら、とりあえずまだ運動会は続くんだから、さっさと帰るわよ」
「この後は、チアリーディングだね。わたし達は参加しないけど」
未だに目がハートのりんを引きずり、私達は1054プロのスペースへと帰るのだった。
あ、マネージャー、携帯持ってきて、私の。
えっと、『話があるから来い。逃げたらコ○ス』っと……送信。
・『アルトリ猫』
織香、ミシャ、シュレリアの三人で構成された108プロダクションのアイドルグループ。
ヒュムノスという特殊な言語を用いた謳を歌う。
元ネタはガストとバンダイナムコゲームスの共同開発したRPG『アルトネリコ』
数多くのアイドルキャラがいる中で、ここをチョイスしたのは完全に作者の趣味である。
・「何なんだこのコント」
良太郎がいなくても常に三人は結局この調子。麗華さんは不憫キャラで通っています。
・将来的に自分が割を食うような
※やはりフラグです。
・ジュピターのお三方、ありがとうございました!
オ ー ル カ ッ ト !
・『デザートに、周藤良太郎はいかがですか?』
晩御飯を食べたらデザートにホールケーキが一人一個出てきました的な。
・いやぁ、随分とお仕事早いですね
ジェバンニが十五分でやってくれました。
・良太郎の代表曲
ちょいとネタが仕込んであるのでここでは深く言及しません。
・俺は、偶像だ。
ようするに鶏が先か、卵が先かって話。
良太郎が輝くからファンが笑顔になるのか、ファンが笑顔になるから良太郎が輝くのか。
捉え方の違いですが、良太郎はこう考えています。
・何故、今回このような行動に出たのだろうか。
今回はちょっとシリアス続きになりそうです。
・『話があるから来い。逃げたらコ○ス』
可愛いアイドルからの呼び出しメール!
これには純情な男の子のハートも(恐怖で)ドッキドキだ!
若干遅くてクオリティが低いのはシリアス気味なせい。
ポケバンクが繋がらないことは一切関係ありません。