「あらすじに『転生した少年』って書いてあるが、前にモノローグで言ってたように『前世で免許を持っていた』ということは少年ではないんじゃないか?」
「『心はいつまでも少年』ってことに決まってるだろ言わせんな恥ずかしい」
「着いたー!」
長々とした階段を昇りきり、持っていた荷物を放り投げて奈緒は大きく背伸びをした。後ろから「か、階段長い……」「あ、杏奈ちゃん頑張って!」という声が聞こえてくることから一部メンバーは少々手こずっている様子だったが、まぁ荷物もあるし仕方がないといえば仕方がないが。
「いやぁ、長かったなぁ」
「そうだねー」
ここでの奈緒の言葉が
小松空港からバスと電車を乗り継ぐこと約一時間だったので、アタシたちはお喋りをしながら電車とバスから見ることが出来る海と山の風景を満喫した。……え? 飛行機? アッレー、オカシイナー、全然覚エテナイゾー?
何はともあれ、アタシたちは今回の合宿の場となる民宿『わかさ』に到着した。
『お世話になりまーす!』
民宿の玄関を潜り、ニコニコと出迎えてくれた女将さんと旦那さんに全員で頭を下げる。
「遠いところをようこそぉ」
「なーんも無いとこさけぇ、ビックリしたでしょう」
「いえ、大変素晴らしいところですぅ」
女将さんと旦那さんの言葉に「そんなことありませんよぉ」と頬に手を当てながら微笑んだまゆは、スッと表情を引き締めて頭を下げた。
「この度は、一日早くお世話になるというワガママを聞いていただきありがとうございます」
「いえいえ、そんな、気にしないでくださいな」
「若い人たちが利用してくれるっちゅうだけで、こっちはありがたいんですわ」
そう笑い飛ばしてくれる二人に再度全員で感謝の言葉を述べつつ頭を下げるのだった。
「わ! 広ーい!」
「素敵なお部屋です!」
女将さんに案内された部屋に入ると可奈と星梨花が感嘆の声を上げる。今回アタシたち九人に用意された部屋は一階の二部屋を繋げた大部屋だった。
「まぁ九人で寝るとなると、これぐらいの広さは必要ね」
「それで、この後どうするん?」
部屋を見回しながら美奈子は荷物を置き、奈緒が今後の予定を聞いてくる。
「あ! 海に遊びに行くってのはどうでしょうか!」
「……暑いから外、出たくないなぁ」
元気よく手を挙げて提案する可奈に対し、杏奈は露骨に嫌そうな表情を浮かべた。
「海に行くってのは魅力的で賛成したいところなんだけどー……晩御飯の前にやっておきたいことがあります!」
「? やっておきたいこと?」
「そ! というわけで、みんな! 動きやすい服装に着替えて表に集合ー!」
そんなアタシの提案に、あらかじめ話していたまゆ以外の全員が首を傾げるのだった。
「恵美さん、何をするつもりなんですかね?」
「一足早くトレーニングでも始めるのかな?」
「みんなー、お待たせー!」
私たちがジャージなどの運動用の服に着替えて外に集合しているところに、恵美さんとまゆさんは遅れてやって来た。
「って、恵美とまゆ、何持ってるん?」
「んー? 雑巾とモップだけど」
奈緒さんの質問に、恵美さんとまゆさんが両手に持っている雑巾の入ったバケツと数本のモップを掲げた。
「? お掃除するんですか?」
「そう、お掃除! 今からみんなで運動場のお掃除をしたいと思いまーす!」
今回合宿を行うこの民宿の向かいには体育館のような運動場が存在する。ダンスのレッスンを行う上で大切なこの場所に、明日から五日間765プロの皆さんだけでなく私たちバックダンサー組もお世話になる。故に、先に到着した私たち全員で掃除をして綺麗にしよう、というのが恵美さんの提案だった。
「まぁ、普段から掃除をして綺麗にしてるって女将さんも言ってたけど、こういうのは気持ちの問題よねぇ」
「確かにそうね。私たち全員がお世話になるところだから、私たち自身の手で綺麗にしたいわね」
雑巾を絞りながらそんな会話をするまゆさんと美奈子さんの言葉を耳にしながら、私は一人みんなと離れた場所で運動場の床にモップをかける。
「……はぁ」
元々私は、一足先に民宿に到着する今回の予定に乗り気ではなかったが、奈緒さんや美奈子さんに押し切られる形で参加することになってしまった。確かに、私たちは一緒に今回765プロの皆さんのバックダンサーとしてステージに立つ。しかし、同じステージに立つ以上、ライバル以外の何者でもないのだ。
それなのに、今こうして必要以上に仲良くする意味が果たして何処にあるというのだろうか。
「志ー保っ! 何一人で掃除してるのー?」
「……恵美さん」
投げかけられた底抜けに明るい声に対してややうんざりした感情を抱きながら振り返ると、予想通りそこにはニコニコと笑いながら雑巾を持つ恵美さんが立っていた。
「別に。掃除をする以上、それぞれ別の場所を分担した方が効率的だと判断しただけです」
「そんな硬いこと言わずにさぁ、一緒に掃除しようよ~? 一緒に掃除すれば、楽しく出来るじゃん?」
「……私は」
やっぱり、私はこの人が苦手だ。明るく、そして気安く他人に近づくその性格が苦手だ。
……あの『周藤良太郎』の123プロダクションに所属し、あの『高町恭也』を名乗った男性の知り合いであるこの人が――。
「私は、貴女と仲良くしたいと思っていません」
――私は
「福井県と言えばなんだ!?」
「は?」
所と佐久間の新人二人組が抜けて初めての全体ミーティングにて、突然良太郎がそんなことを言い出した。
「そう、福井県と言えば……北斗さん、何?」
「自分でも答え分かってないなら問題形式で聞くんじゃねぇよ」
「えっと、サトイモやコシヒカリ……今の時期で言うなら、福井スイカってのもありだね」
「で? それがどうしたんだよ。福井に行ってる二人にお土産として頼むのか?」
律儀にスマホを使って調べる北斗の言葉を聞きながら、話の続きを促す。
「いや冬馬、こういった名産というものは直接現地に赴いて楽しむというのが礼儀というものじゃないか? そうすれば恵美ちゃんたちの様子も見に行くことが出来て一石二鳥というものだ」
「いやいや、あいつらが合宿してる向こう五日間は俺もお前も仕事――」
「その仕事、消えるよ」
「「は?」」
突然の良太郎の言葉に、俺と側で聞いていた幸太郎さんが素っ頓狂な声を上げる。
「いやいやいや、何言ってんだ良太郎、お前と冬馬は今度撮影に入る予定の映画の番宣が……」
「その番宣の撮影が何処で行われると思う?」
「そりゃあ予定通り、テレビ局で……はっ!? ま、まさか!?」
「そう! その仕事内容は『福井県での撮影』に我が書き換えたのだ!」
「「な、なんだってー!?」」
やりやがった! いつかやるとは思ってたけどついにやりやがった!
良太郎曰く、映画の宣伝を兼ねた俺と良太郎の一泊二日の旅番組の撮影をするらしく、既にスタッフとも話をつけているとのことだった。しかも合宿へ顔を出しに行けるように撮影前後の移動日をオフにする徹底ぶり。まさか社長兼プロデューサーである幸太郎さんの目を掻い潜り、自分と俺の仕事を取ってきて日程調整までこなすとは。こいつプロデューサーとしてもやっていけるんじゃねーか?
しかし今は感心している場合ではない。
「おい! 急にそんな予定を変更したら周りの人に迷惑がかかんだろうが!」
「そうだぞ! こんな重要なこと一人で進めて! ホワイトボードにだってまだ以前の予定が書いて――!」
『え?』
「「……え?」」
良太郎以外の全員……北斗と翔太、和久井さんと三船さんの反応に、ヒートアップしていた俺と幸太郎さんは一気に沈静化した。
「とーま君もこーたろーさんも聞かされてなかったの?」
「二人も既に話を聞いてるものだとばかり思ってたんだけど……」
「私は事情があるからホワイトボードはそのままにしておけって先輩が指示したと良太郎君から」
「わ、私もそう聞いてました。だからそのままにしておいたんですけど……」
……つまり、なんだ。
「全てお前たち(ついでに恵美ちゃん達)が知らなかっただけで、今回の撮影の予定は以前から決まっていたものなのだよ!」
「「ふざけんなあぁぁぁ!!」」
その後、どうでもいいことに全力を尽くす馬鹿野郎を追いかけ、微妙に広い事務所内で行われることになった全力の鬼ごっこの詳細を語るつもりはないが。
ともかく、俺と良太郎は福井県へと赴くことになったということだ。
「……はぁ……」
入浴と晩御飯を終え、各々の自由時間となった。陽はすっかりと落ち、外は既に夕闇に包まれている。
「どうしたのぉ恵美ちゃん、こんなところで一人で」
「まゆ……」
縁側に一人で座っていると、麦茶の入ったグラスを二つ持ったまゆがやって来た。既にピンク色のふんわりとした寝間着に着替えたその姿は、同性のアタシから見ても大変可愛らしかった。
「恵美ちゃん、そんな恰好で冷えちゃわない?」
「暑いし、これぐらいでちょーどいーよ」
かく言うアタシもタンクトップにショートパンツの寝間着姿である。
アタシがグラスを受け取ると、まゆはそのままアタシの横に腰掛けた。
「それで? 恵美ちゃんは何をお悩みだったのかしらぁ?」
「……悩んでるように見えた?」
「普段の恵美ちゃんだったら、縁側に座ってアンニュイな表情を浮かべたりしないと思うわぁ」
「……アタシだってー、そういう気分になることぐらいー……」
「………………」
「……あったりー……するんじゃないかなー」
「自分で言ってて自信無くなる恵美ちゃんも可愛いわぁ」
「そりゃどーもー……」
はぁ、と再度ため息を吐いてしまった。
「……ねーまゆー。アタシって強引かなー」
「そうねぇ。私から良太郎さんとの大切な思い出を引き出すぐらいには強引ねぇ」
「うぐっ! もしかしてまゆ、あの時のことまだ根に持ってる?」
まゆの言葉に思わず麦茶を吹き出しそうになってしまう。しかしまゆはいつものように「ふふふっ、まさか」と笑った。
「……志保ちゃんのこと?」
「うん。……アタシとしてはいつもと同じように接してるだけなんだけど、あーして突っぱねられちゃあねぇ」
何となく志保がアタシのような人間を苦手としていることには気付いていたが、あの時の志保の言動は『それ以外の何か』を含んでいるように感じた。
「これからバックダンサー組として一緒に練習していくんだから、焦らずにゆっくりと仲良くなっていけばいいんじゃないかしらぁ。私の時みたいに」
「……うん、そうだね」
麦茶を飲み干して空になったグラスを縁側にコトリと置く。
「……暑いねぇ」
「暑いわねぇ」
熱い夏は、始まったばかりである。
・民宿『わかさ』
実際は『まるいち』という名の旅館らしい。
・「私は、貴女と仲良くしたいと思っていません」
本来の志保ちゃんは公私を分けるタイプっていうだけでここまで辛辣な言葉を発することはありませんが、今回は諸事情によりちょっとピリピリしているのでこのような言動になっております。
・「福井県と言えばなんだ!?」
安定のネットで聞きかじった知識。地元の方間違ってたらゴメンね。
・「その仕事、消えるよ」
作者の知識は「ビリヤードの王子様」止まり(ジャンプはワンピース以外読んでいない勢)
・「我が書き換えたのだ!」
絶対に許さねぇぞドン・サウザンドオォォォ!(マジェスペクターに対する激しい怒り)
伏線を張るのが好きな作者です。しかし餌を埋めた場所を忘れるリスの如く回収し忘れも多いので(作者が)注意。
てなわけで合宿編には良太郎と冬馬が二人で突撃することになります。出番が増えるよ! やったねアマトウ!
次回は百話記念の番外編です。お祭り的な雰囲気に出来たらと考えております。
※ヒント:ネタ探し中にカーニバル・ファンタズムを視聴してしまった作者。
『デレマス十六話を視聴して思った三つのこと』
・(*゚∀゚)o彡゚ミミミン!ミミミン!ウーサミン!!
・偉い人のお眼鏡に叶ったということですね(ドヤァ)
・みくにゃんから猫耳とっても美少女が残るだろいい加減にしろ!