~先生の居なくなったHR~
「じゃあ暁美さん、自己紹介どうぞ~。時間なら気にすんなよ。
彼氏にフラれた先生が逃げ……自習にしてくれたお陰で、時間ならたっぷりあるからな」
「黒崎……お前……」
モジモジとする暁美さんの仕草に、不覚にもドキリとさせられてしまった俺だが気を取り直し、彼女に自己紹介の催促をする俺。
だが、先頭席に座る山岸が何か言いたげにして俺に声を上げたのを皮切りに、クラスの奴らは俺を非難する様な目付きでジーッと見詰めてきた。
………なんだよ…。確かに先生が逃げたのは俺の発言のせいだけど、元々フラれたネタをHRで披露した先生が悪いじゃねぇーかッ!
───なんてやり取りを、俺とクラスの連中の視線間で繰り広げていた俺だが、その間に…… 。
「えっ…と、よろし、く? お願い…します」
いつの間にか、暁美さんの自己紹介は終わってしまっていた……。
アレ?
「……え? 終わり? 『は、はいッ!』バカッ! そんな適当な挨拶じゃ、このクラスの格下でもあるさやかにでさえ舐められるぞ!?」
「おいコラ!? なんで今、私の名前を出したっ!!?
つーか、格下ってどういう事じゃコラァァッ!!」
「仕方ねぇなァ…じゃあ『無視すんなぁっ!!』ここにプロフィールがあっから、俺から勝手に紹介したいと思う。テメェら異義はねぇか?」
教壇にいる俺に掴み掛かろうとするさやかを、さやかの隣にいる奴らが押さえ付けている間に、さやかを無視してプロフィールをクラスの連中に見せ付けて掲げると『異義なーし』や『スリーサイズ教えてェー』、『メガネっ子…いい…』という声が上がった。
…オイ、最後の山本。
いくらテメェがオタクだからって、鼻息を荒くして暁美さんを見んなッ! キモいわッ!!
だが、勝手に進む俺達の予想外の行動……だったのだろうか? 暁美さんはオロオロしている。
「ええぇ?! そ、そんな私…いいですよォ」
「こういうのは最初が肝心なんだよ。後からアピールしたって、お互い微妙な空気になるだけだろ?」
「ふえぇ~返して下さいぃ」
恥ずかしがった彼女は、無謀にも伸長差のあるあ俺から、プロフィールを取ろうと背伸びしてきた。……フゥ…俺は内心そんな彼女の姿を楽しく、微笑ましく見ていたが、彼女は涙眼になっていた。
流石の俺も可哀想に思って……
「まどかッ!仁美ッ!GO!!」
「ゴメンね。暁美さん」ガシッ!!
「すみません。暁美さん」ガシッ!!
「へ?」
追撃命令を親友二人に出す。
そして、瞬歩の如く。
一瞬で自分の席から、暁美さんの両隣に現れた二人は、右腕をまどかが、左腕を仁美が掴んで拘束していた。
……速えェ。170㎞の豪速球を捉える俺の眼が追えなかった。
実はコイツら、刀を持った死神なんじゃねぇだろうな?
「一度こうなると何時まで経っても終わらないから」ニコッ♪
「皆さん暁美さんの事を良く知りたそうだったので」ニコッ♪
「う、嘘ですよね!? 絶対『こっちの方が面白そう』って顔で笑ってますよ!!?」
「うん♪」「ハイ♪」
「………そんな…」
悪びれもしない笑顔で肯定するコイツらに、暁美さんは口を開けて落ち込んだ。
───あっ今、目尻の辺からホロリと光るモンが……ま、いっか……。
「ハイハイ。冗談言い合えるほど仲良くなった所で、ダルいから俺が勝手に自己紹介すんぞ?」
何時まで経っても話が進まない俺は、面倒臭くなって本人を置いて、ホワイトボードにプロフィールを書く。
「名前は暁美ほむら───やっぱ綺麗な…『え?』…何でも無い。ええと、心臓病で、つい最近まで入院して、だいたい完治した、と……つまり運動出来ない軟弱者だ」
「病弱って言って……」
「却下。勉強は……言わなくても察してやれよ? 『あの…せめて一言…』知らん。
趣味は……爆弾精製ッ!!?『いや、それは…』何かの間違いだな。次に、男子お待ちかねの3サイズ『ちょッ?!』……これは…」
俺は、プロフィールに書かれている三つの数値に目が止まった。
……俺の眼に間違い無ければ、こ、これは……まどか…。
「? どうしたの、クロ君?」
きっと俺は今、何処か憐れみと優しさを混ぜたような笑顔で、まどかを見ているんだろう。
だから俺は友人として、勇気を持って、まどかにこう告げてやらないといけないのだ。
「良かったな、まどか。お前の仲間が居たぞ」
俺は今も暁美さんの腕を掴んでいる、まどかの“ある部分”と暁美さんの“ある部分”を見比べていた。……うん間違いない。
────ン? なんだ。なんか、まどかの顔が真っ赤かに……。
「~~~ッ!? ク、クロ君のバカァァァアアアアッ!!」ドグッ!!
「ゴファァァッ!!?!」
な、なんつー拳撃してやがんだコイツっ!! みぞおちにめり込んだ!?!?
ゼッテェ女の子の細腕の威力じゃねぇだろッ 空手の板が割れるぞ!?
まるで見えないメリケンサックを着けてるみてぇだ。
「ゲホッ───いいパンチ持ってやがる……ゴリラめ…」
「うるさいよッ!! 」
ヤバイ、余計な事言った…。
仁美と暁美さんがまどかを押さえてる間に、早く次を進めねぇと……。
「…じゃあ次にニックネームだな」
「まだあるんですか!?」
何言ってやんがんだ。
馴染めない転校生を気遣う俺の気持ちを無下にする気か?
「転校生の宿命だ。諦めろ」
「……あぁ…」
ガクッ
落ち込むのはいいが、ちゃんとまどかを押さえてろよ?
「じゃあお前ら。立候補出してくれ」
「ハイ、メガネかけてるから『メガほむ』で」
「ハイ、将来の姿が見えたので『悪ほむ』で」
「ハイ、何か百合っぽいので『百合ほむ』で」
「ふむ、こんなところか。……じゃあ暁美さんこの中でどれがいい?」
「ロクなの無いじゃないですかぁ」
当たり前だ。
ニックネームで良い奴が付くとでも思ってんのか?
……文句の多い奴め。
「チッしょうがねぇな。じゃあ、間をとって『ほむほむ』で決定ッ!!」
「ええぇ!!?」
自分で決めといてなんでが、結構合ってると思うぞ?
ほら、クラスの奴らも……。
「ほむほむかぁ……うん。いいんじゃない?」
「メガネとよく似合ってるしね」
自然とパチパチッと賛成の拍手が鳴ってるし、決定だな。
……暁美さん…いや、ほむほむは茫然としてたけど……まっ、いっか。
「次の授業があるから、それまでに自己紹介は済ませとけよ。……ヨシッ!
テメェらッほむほむのサポート全員でやったるぞォォォーーッ!!!!」
「「「「「おうっ!!」」」」」
……実を言うと、このクラス。ノリがいいと、先生達の間で有名だ。
~休憩時間~
休憩時間、暁美ほむらの机には人だかりが出来ていた。
「ほむほむは、前何処の学校行ってたの?」
「ほむほむは、部活何してたの?体育系…は無理だよね。文化系?」
「ほむほむ髪長いねぇ」
「えっと……私、その」
転校初日でいきなりニックネームまでつけられ、
実際その名前で呼ばれ続けたほむらは戸惑っていた。
「ストップストップ!!お前ら少し待ってくれ」
「ほむほむさん保健室行かなきゃ」
そこに現れたのは自己紹介の時にいた二人だった。
二人は人だかりを掻き分けて、ほむらの所まで来ると話し掛けてくる。
「場所分かる?」
「え?」
「この学校ガラス張りで同じ様な景色だからすぐ迷うぞ」
「私達が案内してあげるね」
「俺達は保健係だ。先生から話は聞いてる。つーわけで、お前ら悪いな。
ほむほむは休み時間、保健室で薬飲まないといけねぇみたいだ」
「皆ゴメンね」
「そうだったんだ」「ゴメンね。ほむほむ」「またあとで」
こうしてほむらは言われるがまま、二人に連れられ保健室に向かった。
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─────
───
ぐねぐねと、迷路の様な校舎の中を進んで行くと、まどかは頬を掻きながら……
「ゴメンね。みんな悪気は……………無かったと、思うん、だけど」
「その間は何!??」
「おっ! いいツッコミだな。流石ほむほむだ」
ツッコミ疲れたほむらは、苦労を吐き出す様に深い溜息を漏らした。
「あの…せめてほむらでお願いします」
「ん? 名前でいいのか? じゃあ遠慮なく。『ほむら』俺は黒崎 玄人。好きに呼んでくれ」
「じゃあ私も『ほむらちゃん』。私はまどか。鹿目まどかだよ」
「はい……でも…私って凄く変な名前ですよね」
「そうか? ……俺はいい名前だと思うけどなァ───うん。やっぱりカッコいいし、綺麗だ。」
「そうだよね。燃え上がれぇていう感じがして」
「でも名前負けしてます」
そう言うと、自分で自分を自己嫌悪したほむらは、暗い雰囲気になって落ち込む。
しかし、
「勝てばいいんだよ。勝てば」
その言葉に、ほむらは『えっ?』と顔を上げ、クロトの顔を見上げた。
「その名前が嫌いなら、勝って好きになればいい」
「そうだね。素敵になっちゃおうよ」
「……………」
~数学~
「では、この問題を……暁美さんお願いします」
ほむらは悩んでいた。
長い入院生活で習っていない所を出され、突っ立ていることしか出来なかった事が悔しくて涙が溢れてくる。
「────…ぅ~~~っ!!」
「はぁ……先生、少しいいですか?」
──先生なら事情、知っとけよ……。
「どうしたァ黒崎」
「あぁいえ、ちょっと……ほむら、ここの公式を使え」
「黒崎君?! …えっと、コレ…?」
「そう…んで、それをここの式に当て嵌めれば…」
「あっ……で、出来ました!」
「……ふむ。そういえば君は休学中だったな。…うん、良く出来た」
ほむらは出来た事にホッと安心すると、教えてくれたクロトの方を見る。
本人は軽く微笑んで此方を見ていた。
~体育~
パァン
「…ほむほむ予想以上に弱ってるよ」
「五十m手前で貧血だからね」
「俺、五十mで倒れた子…初めて見た」
ほむらは開始早々貧血でダウンしてしまい、クラスの皆で救助され木陰で休んでいる。
「はぁ、はぁ……なんで…」
~放課後~
「ハアァァ…」
深い…深い大きなため息を溢して、私は今日の事を思い出していた。
『名前が嫌いなら勝って好きになればいい』
……無理だよ。私、皆に迷惑かけて、これから先も…『ほむら?』え?
俯いていた私は、聞き覚えのある声で名前を呼ばれ、顔を上げて振り返る。
「どうした、この世の終わりみたいに黄昏たような顔して…」
「…黒崎君」
そこには不思議そうな視線を私に向けて、此方へ歩いてくる黒崎君がいた。
何も無い遊歩道…偶然出会った私達は、何となく並んで歩く。
「元気無さそうだが…大丈夫か?」
「えっと…少し考え事してただけ…」
「……今日の事か…」
「うん…私ね。なんの取り柄もなくて、ただ皆の脚を引っ張って…足手まといのまま、生きていくのかなって、そんな事ばかり…」
──こんな役立たずな私なんて…
この時、下を向いて俯いていた私は気付かなかったけど、徐々に周りの景色が変化してきていた。
そして、気分は最悪、心は真っ暗なドン底にいるような私を、妙に幼く、甘い誘惑で誘う声が聞こえた気がした…。
────しんじゃえ♪───
そんな言葉が、ずっと頭から離れなかった。
…死? …死ぬのは…「ほむらっ!!」────はっ!?
トランス……とでもいうのだろうか…ボヤけていた私の意識は、黒崎君の声で現実に戻されて意識を取り戻した…しかし、其所は何処なんだろう…?
さっきまで歩いていた道ではなく、気味の悪いアートがあちこちに立ち並んで、空は赤く染まり、
…この世とは思えない異界に迷い込んでいた…。
…ねぇ、過去の“私”
────この時、私が彼と出会い、
────あの時、私が“あの声”を聞いて、
────この後、私が死ぬような目に遭うとしたら…。
貴女は…それを後悔する?
その後、心が折れてしまいそうな…、
全てを諦めてしまいたいほどの苦痛を感じてしまうとしたら、どう思う?
私は……そうね。絶対後悔しない。
喩え、この時間を何度も繰り返していても、私は何度でも同じ選択をする。
何故かって?
…だって、
────この時、私が彼と出会えていたから、
────あの時、私が“あの声”を聞いていたから、
────この後、私が死ぬような目に遭っていたから…。
私は、今の“私”という自分自身を手に入れる事が出来た。
だから…
後悔なんて、するハズが無い。
次はいよいよあの眼の出番ですね。