魔法少女まどか☆マギカ~心を写す瞳~   作:エントランス

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お菓子の魔女・死の予感

~お菓子の魔女・結界最深部~

 

「出て来たばかりで悪いけど、かわいい後輩のお誘いがあるの。

一気に決めさせてッ『バキャァァ!!』貰うわっ!!」

 

お菓子の魔女が腰掛けている見上げるほど脚の長い椅子まで一瞬で距離を埋めると、マミは取り出していたマスケット銃を大きく振りかぶり、椅子の脚をへし折る。

 

折れてバランスを崩した脚長椅子は、達磨落としのように魔女を下にいるマミの元へ落とし、彼女は落ちてきた魔女をノックの要領でマスケット銃で叩き抜く。

 

ポスッと、綿を棒で叩いた様な音をしながら壁に叩き付けられた魔女は、そのままずり落ちて動かず、無抵抗なままマミに頭を撃ち抜かれリボンで空中に牽引されガッチリ拘束された。

 

その一連の戦いを観ていたクロト達は────

 

 

「マミさん…凄い」

 

「ぐすっ…っはぁ~…何時もより飛ばしてるって感じだね」

 

「あ、さやかちゃん…もう大丈夫なの?」

 

「……おかげさまで、鼻の通りが物凄く良くなったよ…」

 

「そ、そうなんだ」

 

「─────にしても今日の魔女、マミさんに手も足も出ないじゃん。

 転校生(ほむら)の出番は無さそうだし。…余裕かな、こりゃ?」

 

「……だといいんだけど…」

 

─────と、まどか と さやかは、マミの圧倒的有利な戦況に一先(ひとま)ず安堵し、マミの戦いの行方を見守っている。

しかし、その傍で二人の会話を黙ったまま聞いていたクロトはというと───

 

 

(……呆気なさ過ぎる…)

 

 

何かおかしい…そう思っていた。

 

その違和感を探る為、彼は思い出す。

今までの魔女退治見学の日々を振り返る。

 

 

とある魔女。

薔薇園に住み、自分の薔薇園を踏み荒らす者に罰を与えようとした。

能力は、複数の使い魔を合体・変化させて触手で叩き付ける。

 

 

────チガウ…────

 

 

とある魔女。

読書家。本に囲まれた世界で読書を愛し、邪魔者は本で埋め尽くそうとした。

能力は、本紙を折り紙の様に折り鶴を折り、嘴で突き刺してくる。

 

 

────これじゃない…────

 

 

とある魔女。

水底に漂い、静かな闇の中で静寂を好む。静寂を破る者は死の静寂を…。

能力は…、

 

 

───この時の魔女は、水の擬態で囮を─────ん? 擬態…囮?

 

 

クロトの脳裏に、マミが苦戦した魔女───水辺の魔女の事が頭を過る。

 

その魔女は、結界内に紫色の毒々しい湖に居を構え、マミ達の前にワニみたいな歯の鋭いイルカの姿…分かりやすく言えば、ワニイルカとでも言っておこう。

それは水中をかなりのスピードで泳ぎ、マミが湖に近寄って来た所を水中から飛び出して噛み付こうとする。だがマミは、魔女をリボンで絡めとると“ティロ・フィナーレ”で胴体を撃ち、返り討ちになった。

 

しかし撃ち抜かれた魔女は、その身体を紫色の水に変え直後、下の湖からも一匹のワニイルカがマミに迫って来た。油断していたマミは、完全に避ける事が出来ず、腹にキツい突進の一撃を貰う。

飛び出してきたソレ(・ ・)は囮だったのだ。

 

予想外の事態に困惑し、顔をしかめて(うずくま)るマミは、どう対処するか悩んでいたが、その時クロト達の護衛をしていたほむらが、マミに一言『私が倒す』とだけ伝え、

紅く輝く写輪眼を湖に向けると、湖のある場所に大量の時限爆弾を投下し、大爆発を起こした。

 

たったそれだけであったが、結界は解け、魔女は倒された。

 

後に、ほむらから聞いた話だと、あの魔女に見えたワニイルカは囮。

本命の魔女は、紫色湖のとあるポイントに擬態して潜んでいたらしい。

 

 

──……もしかしたら…

 

 

そして、ほむらの写輪眼を思い出したクロトは、ほむらに習って同じ様に写輪眼となり、

この違和感の正体が分かるかもしれないと、マミがトドメを刺そうとするお菓子の魔女を見る。

 

そこには…。

 

 

──?! なんだアレはッ!?

 

 

彼の紅瞳に飛び込んで来たのは、今まさに倒されようとするお菓子の魔女に、巨大な赤黒いオーラの淀みが集まり、ボール状に膨れ上がっていく光景だった。

おまけに他者には見えなくとも、現在も大きさを増していくソレは、下手に触れば暴発してしまいそうな……薄氷の上を歩く様な危険性を孕んでいるようだと、クロトは感じた。

 

─────今、迂闊に攻撃するのは危険だと…そう自分の直感が告げている。

 

だが、そんな事になっているなんて知る由もないマミは、魔女に向けてマスケット銃を巨大化させ己の必殺技を魔女に叩き込もうとマスケット銃を構えていた。

 

その行動はヤバいと、クロトは急ぎ大声を上げる……しかし、

 

「─────先輩待っ『ティロ・フィナーレッ!』───クッ!!」

 

制止の声は既に遅く、

マミの放った巨砲は お菓子の魔女を貫いた。

 

その瞬間、クロトは……。

 

 

 

 

──────────────

 

 

 

 

「ティロ・フィナーレッ!!」

 

銃口から火を吹き、私の十八番の一撃が可愛い小さな縫いぐるみみたいな魔女の胴体を貫く。

端から観れば可哀想に思える光景なんだけど、ここの結界がある場所は病院の近く。

だから早急に魔女を倒さなきゃいけないし、黒崎君達のバイキングのお誘いでテンションの上がっていた私は一気に魔女を追い詰め、必殺技で大ダメージを与えることが出来た。

 

……でも砲撃の直前、

黒崎君の制止の声が聞こえた気がしたけど、砲撃音でよく聞こえなかった……気のせいかしら?

…まぁ喩え、気のせいじゃなかったとしても、ここまで魔女を弱らせたんだもの。

このまま一気にケリを着けた方が良いに決まってる。

 

だから私はまだ生きている魔女を確実に仕留める為に、拘束している魔女を貫いた砲丸をリボンに変えて二度と動けない様にしてから、もう一度“ティロ・フィナーレ”で、今度は頭を吹き飛ばす!

 

 

……これで終わりよ…っ!!

 

 

そして私は魔女をキツく締め上げ───

 

 

 

 

 

 

 

────グッ……ゴプァ────

 

 

 

 

「…………あ」

 

───それは誰の声だったんだろう…。

私が締め上げた魔女はその身体から絞り出したみたいに頭を膨らませて、

口から…ファンキーのようなコミカル顔の、おっきな真っ黒な胴体をした大蛇の魔女が出て来た。

 

そして魔女は口から出て、大きな口を真っ直ぐ私に……あぁ…今、分かった。

 

この魔女、あの縫いぐるみみたいな外見は見せ掛けだけの擬態、つまりは囮。

たぶん、あの可愛い姿で油断させた魔法少女をこうやって、あの白く鋭い歯で噛み殺すためなんだ。

 

黒崎君は、その事に気付いたのね…。

だから、さっき私を止めようとしてくれた…なのに……私は…。

 

 

……そう考えている間に、口を大きく開けた魔女の頭が、目の前まで迫って────瞬間。

 

 

トクッ

 

 

魔女、風景、そして私自身も、

全てのモノがモノクロ色に変わって、

全てのモノがスローモーションに動く。

 

これが噂によく聞く、走馬灯…なのかな?

 

私の今までの人生の思い出が古い映写機の様に、頭の中でクルクルと勝手に再生されていく…。

 

 

トクン

 

 

両親との楽しかった記憶と、死別してしまった悲しみの記憶。

 

キュゥべえとの契約で繋ぎ止めた(希望)と、手に入れた(魔法)

 

魔法少女をしていて初めて出来た弟子(・・)と、その弟子との突然の衝突…乖離。

 

弟子が居なくなって独り、魔女と孤独に戦い続けて、心が磨り減るような苦痛を耐え忍ぶ日々…。

 

 

…あはは…こうやって、客観的に振り返ってみると、私の人生って楽しかった事……少ないなぁ。

……もういいや。このまま生きていても、私は…。

 

 

ドクン

 

 

そう思い、生きる事を諦めた私だったけど思い出の映写機は、まだ続きを私に見せる……これは…。

 

 

苦痛の日々に出会った才能溢れる子達と、突然現れた新たな仲間。

 

魔法少女候補の子達を連れて、久し振りに仲間と一緒に戦えた。

 

戦いの合間、私の家で後輩の子達と会話に花咲かせたお茶会。

 

満たされていく充足感と、私の日常。

 

そして、無くしたと思っていた……私の笑顔。

 

 

ドックン

 

 

────嫌だッ!!────

 

──って、生きる事を諦め掛けていた私の心が、そう…叫んだ。

 

私は、まだ生きていたい…だって、

 

気分屋…だけど、一緒にいて楽しい男の子。

優しい性格、でも芯の通った強い心を持った女の子。

自分に正直で、とても元気な明るい女の子。

冷たそうに見えても、友達想いの優しい女の子。

 

……仲間と呼べる後輩達が出来た…。

せっかく、孤独な日常から抜け出せたのに…それが“終わり”だなんて……。

 

 

 

────怖い…────

 

 

魔法少女になって、魔女を倒したあの日から…覚悟していたハズの事なのに、

その“幸せ”をもう感じられないと思うと……とても怖い…。

 

この時、私は彼女が何故あんなに契約をさせたがらないのか、分かった気がした。

こんなの思いをするのも、させるのも、もうイヤッ!! ……怖いよ…。

 

 

死の淵に立って、やっと“喪う”恐怖を理解した私。

 

そして生きていたいと願う私の生存本能は、この鈍速な時間の流れの中を逆らって動いて、少しでも生存の可能性を見出だそうと、トドメにと思って手にしていたマスケット銃を盾の様に構えようとする。

 

……けど、ダメ。

今から防御しようとしても、間に合わない。

いえ、それ以前に、この巨体にこんなオモチャみたな銃じゃ、銃ごと喰い殺される…。

 

考える時間はあっても打つ手が無い状況。

そして神様は無情にも、その考える時間さえも奪っていく。

 

私の人生の映写機は終わり、世界は色を取り戻し、停滞していた時間は動き出した。

────魔女に喰い殺される直前の時間も……。

 

 

 

ドッ…クン

 

 

────嫌ッ!! 嫌ッ!! 嫌ッ!! 嫌ッッ!!

 

────怖い、怖い、怖い、怖い、怖いッ!!

 

「─────誰か…助け……」

 

 

心臓が止まるかと思うほどの恐怖の中、情けなくも私が───

 

 

 

「あぶねぇ!!」

 

シュッ──ドッ

 

「────────!!???」

 

「…………え?」

 

 

……最後に覚えているのは、この魔女の左眼に見覚えのあるクナイが刺さり、魔女が苦悶に満ちた顔をしてのたうちまわっている隙に、突っ込んできた魔女を回避するため温かくも力強い男の子に抱き抱えられていた事だった。

 

「…黒……崎…君…?」

 

そして死の恐怖で極度に緊張していた私は、この温かい感触に安心したのか……。

 

 

急に身体に力が入らなくなって……。

 

 

そのまま意識を……。

 

 

闇に委ねた……。

 

 

────────

 

─────

 

───

 

 

ふぅ~あっぶねぇ。

ったく、あの時飛び出してたお陰でなんとか間に合った───って、

 

「あ、おいっ!」

 

俺が安堵した途端、先輩は気絶して変身も解けちまった。

…まぁ無理もない。もう少しで死ぬところだったんだからな。

 

───っと、ボーッとしてる場合じゃねぇ。

さっさと先輩を抱えて、連れて逃げねぇと…。

 

 ゾワッ

 

「~~ッッ!!? 」

 

嫌な悪寒が首筋辺りに走った俺は、バッと振り返る。

そこには俺が回避して後ろにいた魔女が潰れた左眼を閉じ、残っている右眼で俺を見下ろして不気味に口角を吊り上げて、残忍に笑っていた。

 

…この笑いは何かを狙っている。

そう思った俺は、悪いと思ったが先輩を放り投げて俺から遠ざける。

直後、黒い影が地面に映ったのを確認した俺は、反射的にバックステップで下がると、俺達がいた場所は魔女の黒い尻尾で叩き付けられて、地面は大きく陥没した。

 

……今の喰らってたら、正しい意味でミンチになってたな…。

 

その後も魔女の猛攻は止まらない。

俺は使い捨てにしてしまった一本の内の、もう一本を手に持って構え、

魔女の一閃の横凪ぎ、打突、鞭の様に身体をしならせた音を弾く音速の一撃、大きく飛び上がった地面を揺すほどのボディープレス、鮫より強そうな顎と歯による噛み付き。

 

その攻撃はどれもが、ただの人間に繰り出すにしては完全なover killだった…が、幸いなことに俺はただの人間じゃない。

写輪眼による動体視力の恩恵は、それらの猛攻を掻い潜り、多少掠り傷は負ったものの、マトモには喰らわず、五体満足で避け続けていた。

 

…あの狙ってそうな顔は、思い過ごしだったか…?

 

そう考え、もうそろそろ魔女も、先輩から意識を外しているだろうと、近くで観ているまどか達に念話で回収を頼もうとする。

だが、魔女はそれを妨害するように、真っ直ぐ俺へと突っ込んで来るのが見えた。

 

…速い…しかしこの程度、軽く避けて魔女を壁に激突させることなんてわけはない。

おまけに、激突させたその隙に、先輩をまどか達に預ける時間が作れる。

 

好都合だ。

そう思った俺は、ギリギリまで魔女を引き付けて半歩、脚を横にずらして──

 

 ググッ

 

「!? な…に…」

 

…脚は…動かなかった。

その理由は足元を見て、簡単に分かった…ネズミ(・ ・ ・)だ。

何匹もの使い魔のネズミが、俺の足にしがみついて俺の行動に制限をかけていた。

 

最初からコレを狙っていたのか!?

 

魔女ばかりに気を取られていた俺は、使い魔の存在を忘れていた。

魔女が、使い魔を使った攻撃をするなんてよくある事なのに…。

 

 

「……ヤバッ」

 

この一撃は、もう避けられない……なら、

 

 

「ガハッ」

 

 

「クロ君ッ!!」

 

「クロトォ!!」

 

強烈な魔女の一撃を避けられなかった俺は、そのまま吹っ飛んで巨大なお菓子の山に突っ込んだ。

だが、それがクッションになってくれたお陰で、背中に大きな衝撃を受けずに済んだのは幸いなんだが、口から鉄の嫌な味がする上に、両方の肺らへんから痛みが走りやがる。

…チッ……内臓と肋骨二、三本…イッたかな、こりゃ。

 

「ペッ…まっ、動く分には問題ねーけどな」

 

まだかなり痛むが痛みを堪えて立ち上がると、気持ち悪い鉄の味を吐き出す。

 

<クロト、早く此方に来てくれ !! 魔女が君に傷付けられて怒ってる。魔法少女のマミより君を狙ってるんだ! 早く契約しないと……!!>

 

<契約? 何言ってんだ、眼は潰した(・ ・ ・ ・ ・)。今の内に、先輩連れてさっさと逃げるぞ>

 

『え?』

 

そう念話キュゥべえに言っておくと、俺は眼が見えず辺り構わず暴れまわっている魔女を放置。

まだ気絶している先輩の所まで歩いて、先輩を横抱きに抱えると まどか達の所まで戻って行く。

 

「あ、右眼にもクナイが刺さってる!?」

 

「…ホントだ。クロト、あんた何時の間に…」

 

「さっき、キッツい頭突きされた時だ。

相手が来るって分かった俺が、ただでやられるわけねぇーだろ」

 

ホント、ほむらにクナイを二本貰っといて助かったぜ。

…お陰で手持ちの武器が全部無くなったが……ッ?!

 

「いっつッ……話は後だ。 ここから逃げるから、手を…貸してくれ」

 

「クックロ君、大丈夫なの!?」

 

「…たぶん、内臓と、肋骨を何本かイッた」

 

「それ重傷じゃん!!? …ああもう、無茶すんなって。ほら、私が運ぶからマミさん渡して。まどか、あんたはクロトに肩を貸してあげて」

 

「う、うん。クロ君掴まって」

 

「……わりぃ」

 

さやかの気遣いと、まどかの松葉杖。実際これには助かった。

この身体で人を運ぶのはキツいし、おまけに さっきから呼吸をするのにも、結構な痛みがきてたからな。

 

 そうして俺はさやかに先輩を渡して、まどかの首に腕をまわさせて貰うと、俺達は覚束(おぼつか)ない足どりだが、元来た扉に向かって歩を進めた。

 

「でも悔しいなぁ。せっかくクロトが怪我してまで魔女の眼を見えなくしてくれたってのに、このまま逃げるなんて…」

 

「仕方ないよ。ほむらちゃんがいれば良いんだけど居ないし、マミさんは今戦えなくて…かとか言って、私達じゃ何も出来ないし」

 

「分かってるっ! …分かってるんだけどさぁ」

横を見れば、さやかが苦虫を噛んだように眉間に皺を寄せている。

 

…まぁ確かに納得出来ないよな。

ここに誰か戦える人間がいれば眼の見えない魔女を簡単に倒せるだろうし、恭介の入院する病院に魔女の結界なんて最悪だ。さやかからすれば、さっさと倒しておきたいに決まってる。

 

「我慢しろ。今の俺達のコンディションは最悪だ。とにかく、今は引き返して───」

 

 

─────ズリュ─────

 

 

『?! 危ない避けるんだッ!!!』

 

「なに!!?」

 

「「え?」」

 

キュゥべえの声に、後ろを振り返った俺は見た…。

魔女の尻尾が迫り、両眼が俺達を捉えている(・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・)ところを。

 

──ヤバイ! 俺はともかく、まどか達が…っ!

 

そう思った俺の身体は勝手に動き、

気付いたら、二人の頭を地面に押し付けて、

 

 

ミシシッ───ベキッ!

 

「ごふっ」

 

 

脇腹から嫌な音を響かせ……俺の身体は大きく宙を舞っていた。

 

 

 ドォォォォオン

 

「~~~ッッゲホッゲホッ、ゼェーヒュー……ゼェーヒュー」

 

 

宙を舞い固いクッキーに背中から叩きつけられた俺は、

喉に詰まった血を吐き出しながらも、まどか達の方を見る。

……どうやら怪我は無いみたいだ。

頭を押さえてるが、それ以外は何事も無さそうに身体を起こしている。

 

…だが、今の脇腹への一撃はマズイ。

元々折れていた肋骨が更に折れて、一部肺に骨でも刺さってんのか呼吸すら(まま)ならない。

なによりも叩きつけられた際に、脚の骨もヤったみたいで立てない。

 

────クソッ、完全に油断した。まさか傷を治せるなんて…しかし、どうやったんだ?

だいぶ深く刺したから、クナイもそう簡単に抜けず治せないハズだが…。

 

ふと、さっきから疑問に思っていた俺はなんとか動く首で周囲を見回してみる。

 

「ゼェー、ゼェ…?!! あ、れは」

 

そして見付けた。

魔女の後方で蛇の抜け殻みたいに脱ぎ捨てられた魔女の皮を。

 

“脱皮”

 

“再生”能力持ちかよコイツ!? 厄介な…。

 

『二人とも! 早く僕と契約をっ!!』

 

? キュゥべえ?

!? ヤバッ魔女がアイツらの方に。

クッ…俺は何時でもトドメが刺せるからって、そういう事かよ…。

 

「あっ…あぁ…」

 

「う…あッ!」

 

ダメだ……回って無い…… アイツ…ら恐、怖で心が折れて…。

 

『早く!! 願い事を言うんだッ!!』

 

「グッ、ぅ…バ、カ……逃げ…」

 

もう、声も出せねぇ。せめて…魔女の気を、引かねぇ、と。

 

……クソ……激痛で…意識、がも…た…。

 

………眼も…霞ん…で……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

────ポチャン────

 

 

 

 

 

──……ん? …ここは…。

 

死を目前にした俺が次に眼を覚ましたのは、雨がシトシトと降り注ぎ、粉々になった瓦礫が水海に沈んで…まるで津波に呑み込まれたというアトランティスみたいな崩壊した都市。

近代文明の全てが崩壊した死の世界は、全てを燃やすような紅い夕陽に照らされて…幻想的だ。

 

そんな美しい光景を、俺は瓦礫に背を預けて、もたれ掛かってボーッと観ていた…。

…何故こんな所にいるのか、気になる事は沢山ある。だが、それより気になった事があった。

 

──こんな風景、俺は知らない……ハズなのに…

 

とても懐かしい…遠い昔に観たことがあるような気がする。

そして奇妙な事だと思うが、故郷に帰ってきて嬉しいように思う半面、哀しさも溢れてきて…。

 

俺の心は色々な感情で、ごちゃ混ぜになって心の整理がつかない。

 

 

だが、混乱している俺の目の前に……何時から居んだろう…二つの人影がいた。

 

一人は分かる───ほむらだ。

ほむらは大きな瓦礫の上に横たわって、

ボロボロになった魔法衣、血の気の引いたような白い肌、…そして血を流し続ける閉じられた両瞳。

明らかに重傷で痛々しくて、その表情は苦しそうだ。

 

しかし、もう一人は分からない。

横たわる、ほむらの横で胡座をかき、

漆黒の、紅い雲の入った刺繍をしたレインコートを着ている。体格からして男だろう。

顔はフードを被って、背を向けているから分からないが、

……苦しそうにしている ほむらの頬を優しく撫でて…、

 

 

──こうなる前に、言っとけば良かったと…今となっては思うよ……ほむら…。

 

 

…不意に、そんな声がレインコートの男から聞こえる。

その声からは、強い…とても強い後悔の念が伝わって、聞いているだけで此方が哀しくなってきた。

 

おそらく、それは男の遺言だったんだろう。

男は『今から二つのモノをお前に託す』そう言って、涙ながらに語る。

 

 

──悪い……俺は、お前にこんな事しか、してやれない……(のこ)して、やれない。

 

 

一つ…男は懐から一枚の紙を取り出し親指を噛み切ると、その上に血を垂らす。

紙は血に染まる事は無く、一封の手紙へと変わって、手紙はほむらの胸の上に…。

 

二つ…男は右手を ほむらの頬に添えると、左手を自分の顔に伸ばす。

左手から顔を離せば、その掌の上には綺麗な紅い宝玉が二つ。

紅い宝玉は、ほむらの血を流す眼に押し当てられ、血は止まり、男は袖口で顔の血を拭う。

 

ほむらの苦しそうな顔は安らぎ…遺産の譲渡は終わった。

 

 

──じゃあな。俺は、もう行く。……眼が見えなくても感じるんだ。

アイツの猛烈な絶望と後悔の感情が、アイツ自身を苦しめているのがな…。

他の誰でもない、俺が受け止めてやらねぇと…。

 

 

男は立ち上がって、遠くに(そび)え立つ黒い巨大樹の方を向く。

……そして、

 

 

──さよなら……ほむら。

 ブワァ

 

一陣の風がフードを外し、燃えるような赤髪を靡かせていた。

 

 

 

 

───────

 

─────

 

───

 

 

 

「うっ…ぐ…」

 

ここは……そうか。

あの妙な夢を観た俺の意識は、なんとか此方に戻ってきた…が、少し気絶してたか。

…だが、夢のことも気になるが、今はそんな事よりアイツらを……ッ!

 

「まど…か、がっ…さ…やか…」

 

ヤバい! アイツら喰われる寸前じゃねぇか!!

~~っのヤロォッ! そいつらに手を出すんじゃねよ!!

 

 

「あ、あぁ…いや、嫌ァァァァァアアアアッッ!!!!」

 

 

……っ!! まどかを魔女が…待てよ、おいっ!!

やめろ…っ! 嫌だ…っ!! やめてくれ…クッ…

 

 

─────シュイィィ─────

 

 

「やめろつってんだろうがあああああっっ!!」

 

 

 ゴウッ

 

「─────†#◇ヴヱπ◎ギィ¢ζィ?!!!?!」

 

「ゼェー…ゼェー……え」

 

身体の動かない俺が、今出せる全力の声で叫んだ。…そして、

 次の瞬間、俺が眼にしたのは“漆黒の炎”に身を焼かれて、まどかを襲うどころじゃなくなった魔女が、地面をのたうちまわって炎を消そうとしたが、逆に全身に炎がまわって黒い炎に身を包まれた光景だった…。

 

(アマ)……(テラス)…?」

 

この効果を、俺は知っている…。だが一体誰が? そう思った。

“天照”それを発動するには特別な眼───“万華鏡写輪眼”が必要だ。

一瞬、その条件に見合う ほむらかと思ったが、ほむらの姿は何処にも居ない…。

 

────となると、残りは、

 

「俺…?」

 

ふと、俺は自分の右頬から何かが流れているのに気付いて、ソッと触れてみる───血だ。

血が俺の右眼から流れている。

 

どういう事だ? 俺はこの眼の開眼条件を満たして……いや、この際、そんな事はどうでもいい。

今、重要なのは魔女がまだ生きている事(・ ・ ・ ・ ・ ・)と、魔女がこれで俺に意識を向けた(・ ・ ・ ・ ・ ・)という事だ。

なら、俺のするべき事は…。

 

 

<…お前ら…聞こえるか?>

 

<! クロ君!!? >

 

<クロト、あんた大丈夫なの!? 私達を庇って……スッゴい吹き飛ばされちゃって…まぁ無事ならいいや。待ってて。なんか知らないけど、急に魔女に黒い火が付いて死んじゃったんだ。今、そっちに…>

 

<死んでねぇ。…たぶん“脱皮”して復活してくる>

 

<<……え>>

 

<そうだろ? キュゥべえ>

<…おそらくね。結界が消える気配が無い。という事は少なくとも、魔女は生きているんだろう>

 

<そんな!>

 

<そういうわけだ。お前ら、今の内にここから逃げろ!

今のアイツの意識は“天照”を放った俺に向いているハズだ>

 

<この炎はあんたが…って、ちょっと待ってッ!!

それって、あんたを置いて逃げろっての!? ふざけんなっ!!>

 

<!! やっやめて… やめてよクロ君!! またあの時みたい(・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・)に、自分を犠牲にしないでよ!! …そんなのってないよ>

 

<そうだ! 君が犠牲になることはない。この二人の内、どっちかが僕と契約すれば…>

 

<やめろ! そうしたら、せっかく俺に意識を向けている魔女が、俺より二人の方に向かって行くに決まってんだろ!!>

 

魔法少女になれば、おそらく襲う優先順位は、魔女の魔法少女を排除しようとする本能であっちにいく。

ベテラン魔法少女の先輩ですら死にかけた魔女だ。

それを、その場で魔法少女になったアイツらが倒せるとは思えない…だが、

 

<…なら、契約しなければいいんでしょ? 今から助けに行く。待ってなさいよ!!>

 

<さやかちゃん、私も行く!>

 

<おい! バカやめろ!! 今逃げねぇと、お前らの逃げる暇が無くなるんだぞ!! 聞いてんのか!?>

 

あろうことか、二人は俺の忠告も聞こえないように、無視して此方に走って来る。

 

 

 

 

─────ズリュ─────

 

 

 

 

「っ! く、そ…」

 

───最悪だ───

まどか達が逃げないまま、魔女が口から“脱皮”して復活しやがった…。

 

…チッ、目敏(めざと)い野郎だ。

直ぐに自分を燃やした犯人の…弱ってる俺を見付けて、簡単にトドメを刺せると思って笑ってやがる。

そして……魔女は凄いスピードで俺の目の前まで迫り、鋭い歯を持った大口を…。

 

…あぁ、チクショウ……ここまでかよ。

まどか達が何か叫んでいるのが聴こえるが、目の前の圧倒的な死を前に何も出来る事は無く、

……俺は覚悟を決め、静かに眼を閉じて、その時を待った。

 

────ただ、心残りが一つ…。

 

 

「…ほむ、ら」

 

 

…最後に……会いたかったな…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

   フワァ

 

 バギィィィィッ!!

 

 

 

……なんだ?

死ぬかと思ったのに…この痛み、まだ生きている。

それに、なんだか落ち着くいい匂いがするし、

身体に柔らかい何かが…誰かが俺に抱き着いて、心臓の音がバクバク伝わってくる……誰だ?

 

 

「はっ、はっ、はっ…間に、っ……合った…」

 

 

そう疑問に思った俺の耳に その声が聞こえた瞬間、俺の心臓はドクンと高鳴る…。

 

さきほど望んだ────会いたかった…聴きたかった声の主。

 

 

「遅くなって、ごめん…ごめんね」

 

 

俺は謝る彼女(・ ・)の声を聞きながら残った最後の力で、重たくなった目蓋(まぶた)を上げる。

────そこには…、

 

魔女の大口。

それが俺の目の前で止まって…いや、違う。

俺と彼女を包みこむように、俺達を覆う“肋骨の様なモノ(・ ・ ・ ・ ・ ・ ・)”が阻んで護っていた。

 

 

「もう、大丈夫だから…」

 

 

俺と彼女────暁美ほむらを…。

 

 

そして

 

 

その光景を最後に、血を流し過ぎた俺の意識は糸が切れるように、ブツリと途絶えた。




次回、いよいよ、お菓子の魔女との決戦! !彼女は何をしていた?そして、 明かされる ほむらの能力とは!?

まどかの「あの時みたい」は、この小説を読んでたら分かりますよね?

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