~とある公園・夜~
「ティロ・フィナーレ!」
ズガァン!
異様な色合いの空間にいる、黄色の魔法衣を纏った少女───魔法少女の巴マミ。
マミは掌の中に、
貫かれた敵は歪な悲鳴をあげ、爆散すると同時に異様な空間ごと消えていった。
そして、元の空間に戻った夜の公園でマミは街灯の上に乗って額の汗を拭い、マミはフィ~と吐息を溢し、何処かスッキリした顔をしている。
「…この付近にいる反応は粗方片付いたわね」
そんなマミに話し掛けるのはベンチに腰掛け、左手のソウルジェムを見ながら、
後ろにいる魔女見学者───クロト達を護るほむらだ。
「そうね。これで、このエリアは暫く大丈夫だと思うと気を楽にして休めるわ」
マミはそう言って魔法衣を解くと、街灯から軽やかに飛び降り、四人の方に歩み寄る。
近付いて来るマミに、ほむらの後ろにいたさやかは、パイの出るバットを肩に掛けて話し掛けた。
「いや~やっぱり格好いいなぁマミさん」
「もう、見世物じゃないのよ?危ないことしてるって意識は、忘れないでおいてほしいわ」
「それなら先輩。いい加減さやかのバットを何とかしてやれよ!意識どころか命持ってかれるぞっ!!
つーか、さやかもパイの出る棒だけでよく生きてるな!?」
「え?あー…うん。最初は死ぬかと思ったけど、なんか意外と使えるよコレ」
パシュッパシュッ
さやかは、自慢気にバットのスイッチをカチカチと押してパイを連射する。
「お前はそれでいいのか!!?」
最近さやかは、周りの空気に毒されてギャグキャラ化しつつある……もう、さやかはダメかもしれない……。
だが、そんなやり取りをスルーしていた、キュゥべえを抱き抱えるまどかはというと、キョロキョロと地面を見回して何かを探している。
「アレ?グリーフシード落とさなかったね」
「さっきのは使い魔。あの大きさからして、もうじき魔女へ成長するところだったようね」
「魔女じゃないんだ」
『使い魔も危険だよ。暁美ほむらの言う通り、使い魔も成長すれば分裂元の魔女と同じ魔女になってしまうからね。出来うる限り倒しといた方がいい』
「でも、グリーフシードが無いってことは、魔力の回復手段が無いってことになるんだろ?
そんな状態で、先輩とほむらは大丈夫なのかよ」
「大丈夫よ。ほら見て」ジャラ
心配そうなクロトに、マミは
「暁美さんに教えて貰った魔女の結界のポイントを巡ってたら、十分余裕のある数のグリーフシードが手に入ったの♪凄いのよ彼女。見付けにくい筈の結界も、簡単に見付けちゃうし」
『これなら連戦になっても平気ね』と、付け加えるマミに、クロト達はへぇ~と返事を返す。
クロト達が安心出来たところで、ほむらはスマートフォンを取り出して、時間を確認すると、
「……もう夜も遅いわ。帰りましょう」
そろそろ帰らなければ親が心配する時間帯になっており、
ほむらは四人に帰るよう促すと、全員それに頷き、今日の魔女退治見学ツアーは終了した。
───────
─────
───
その帰り道……。
街灯に優しい風合いの光が灯り、煉瓦造りの歩道を歩いていると、
マミからこんな話題がのぼった。
「どう?ここ数日で、何か願い事は見付かった?」
「う~ん……クロト、まどか。あんた達は?」
「えーと、私達は…ねぇ?」
浮かない顔で決まって無さそうなさやかは、同じ契約者候補の二人に聞いてみた。
しかし、まどかは苦笑いすると、右隣にいたクロトの方を見る。
「俺達はな。願い事が決まったとしても、コイツに黙って契約しない事にしてんだよ」
話を振られたクロトは、頷くと、そう言って左隣を並んで歩いているほむらの頭に、
手をポンっと乗せて、絹のような綺麗な髪を撫でる。
撫でられている本人は抵抗せず、満更でもなさそうに目を細めているが……。
「私達の事を思って、戦わない様に、こんなに頑張ってくれてるんだもん。…その頑張りを、裏切れないよ。
だから、この前クロ君と一緒に決めたの。『契約するのは最後の最期の切り札』だって…」
「……クロト、まどか」
まどかの言葉で、ボーッと二人を見詰めるほむらに、クロトは頭から手を離すと『友達だろ?』と言って、ニッと、ほむらに笑い掛けた。
その時、心の中で、ほむらは…
──頼ってくれる、信じてくれる仲間……前は、こんな事は無かったのに…やっぱり私は、この道を信じて…選んで良かった……
そう思い眼を瞑って溢れそうな涙を堪え、
何時になく涙脆いほむらに、全員が笑顔で温かな目を向けていた
───そんな中、空気を詠まない奴が一匹。
『僕としては、
ビシッ
「「「「………………」」」」
……空気が凍る音がした。
ズギャァン
「余分な口を持っている獣は駆除するべきね」
『………暁美ほむら…』
閑静な公園に、銃声が鳴り響く。
涙を堪えていた ほむらは一転、絶対零度の視線と怒りの形相で銃を引き抜くと、銃弾はキュゥべえの頬を掠めて、闇の彼方へ飛んでいった。
頬から血が滲み出す。
「やっぱりお前は害獣!ここで始末してあげるわっ!!」
ズガガガガガガガガ───
『ギャアアアアァァ!!!?───ッォオッォオオ!!?!?』
クロトの頭から飛び降りたキュゥべえは、
完全武装で乱射しながら追い掛けてくるほむらから、
銃弾に掠りながら、身体を捻りながら、障害物を盾にして器用に全力疾走で逃げている。
「あはは、相変わらずアンチ契約派だねぇ。ほむらは」
「笑い事じゃないよ。さやかちゃん」
「いや、さっきのはキュゥべえが悪い。感動噺が台無しだ」
「そうね、私もそう思うわ。……ハァ…それにしても、いくら私が魔法で銃声を消しているからって夜なんだからもう少し静かに撃って欲しいわ!」
「マミさん。怒るところ違うし、音を出さずに撃つなんて無理だよ」
誰もキュゥべえを心配しない辺り、だんだんスルースキルが身に付いてきたようだ。
「でも願いかぁ…そういえば、マミさんってどんな願い事をしたんですか?」
「………私は…」
ふと、マミの願いの内容が気になったまどかは、何気無しに聞いてみた。
しかし、マミにしては珍しく言葉を濁し、顔を苦々しく歪める。
「あっいや…その、どうしても聞きたい訳じゃなくて…」
その様子に、聞いてはいけない事だと思い、慌てて話さなくてもいいと言おうとするまどか。
それとは裏腹に、マミの脳裏に思い浮かぶのは…、
スリップで焼けたゴムによる臭いと白煙
辺りに散らばる割れたガラス
身体の節々の痛みと血だらけの服と車内
惨劇に似合わないほどの忌々しくも清々しい青空
───そして、そこから見える青空の光の中にいた赤目の動物……。
「…私の場合は……考えている余裕さえなかったってだけ。後悔しているわけじゃないのよ。
今の生き方も、あそこで死んじゃうよりはよほど良かったと思ってる。
でもね、ちゃんと選択の余地のある子には、キチンと考えた上で決めてほしいの。
私にできなかったことだからこそ、ね」
何処か陰りのある顔でそう言うマミは、続けてクロトとまどかに、
『さっきのあなた達の考え方くらいがちょうどいいわ』と、キュゥべえとの契約とは、そんな簡単なモノではないと、マミなりに三人に警告する。
「ねえ、マミさん。願い事ってやっぱり自分の為の事柄でなきゃダメなのかな?」
「……美樹さん。それはどういう意味…?」
さやかの質問に嫌な予感でも感じたのか。
マミは眉を潜め、少し声のトーンを下げる。
「例えばっ!……例えばの話なんだけどさ、私なんかより余程困っている人が居て、
その人の為に願い事をするのは…」
「…それ、恭介の事か?」
「ッ!たた、例え話だって言ってんじゃん !!」
「嘘つけ!目が泳ぎまくってんじゃねぇか。───はぁ…ったく、今それを言うって事は聴いてたのかよ。
盗み聞きなんて、あまり褒められた趣味とは言えねぇぜ?さやか」
「うぅ……ゴメン」
頭をかきながら腰に手を当てて、
困った声でそう言うクロトに、流石に悪いと思ったさやかは素直に謝った。
「それに、アイツの苦痛はアイツ自身の問題だ。本人もそれは理解している。
恭介の腕を契約で治して、アイツの苦痛をお前が癒そうとするなんざ筋違いもいいところだろ。
お前が責任を感じる必要は無いと思うが…」
「でも……」
「私も、黒崎君の意見には賛成よ。…あまり関心出来た事じゃない」
「マミさん!?」
「別にキュゥべえの契約に『他人の事柄はいけない』なんて
でも、それならなおのこと、貴女は貴女自身の願いをはっきりしなくちゃいけない。
──…美樹さん。貴女はその人にどうして欲しいの?」
───その人に夢を叶えて欲しい?
───それとも夢を叶えた恩人になりたい?
「似てるようで全然違う事よ。コレ」
「そんな……そんな、まさか…」
真剣な表情でそう言うマミに、三人は目を丸くしている。
特にまどかなんかは、口に手を当てて…
「────マミさんが、さっきからマトモなこと言ってるッ!!?」
……アレ?
ショックを受ける所がちがくね?
「……鹿目さん?それはどういう意味かしら?…マトモ?」
マミは笑顔だ。……ただし額に青筋が浮かび、目が笑ってない。
「だって、私達が知ってるマミさんは正常な所なんて見せた事ないじゃないですか!!」
…そういえば最初の出会いは、ほの暗い水の底のような目をして笑ったり、
二回目はキュゥべえを鎖付きの首輪で拘束したり、
三回目なんかは、敵地にパイ投げバットをプレゼントしたりと……確かに正気の沙汰じゃない。
それを思い出したクロトとさやかは、まどかに賛同し首を縦に振った。
しかしマミは納得がいかないようだ。
「私だって時々シリアスになったりもするわよッ!!!!
何!?あなた達の中の私の評価ってどうなってるの!?」
「巨砲(胸)の魔法少女」
「中二病の先駆者」
「狂気のぼっち先輩」
「撃ち殺してあげましょうか?」
間髪入れないクロト達のあんまりな評価にマミは物騒な事を言って涙を流し、マスケット銃を構えた。
因みにさっきのは、まどか、クロト、さやかの順だ。
「そこまでにしておきなさい。巴マミ」
「あ、ほむらちゃん」
そこにキュゥべえを追い掛けていたほむらが、マミの腕を掴んで銃を降ろさせた。
「あっ…暁美さ゛~~ん゛皆がいじめるわァ~~!!」
「……くっつかないでくれる?
弄られ過ぎてほむらに泣きついてきたマミだが、ほむらは片手でマミの額を押さえて抱き付こうとするマミを面倒臭さそうな顔で見ていた。
「キュゥべえはどうしたんだ?」
「捕まえた後、公園の砂場に身体だけ埋めて特殊部隊員御用達の特製ゴム弾で顔をボコボコにしてきたわ」
「あっ!だから顔に返り血が付いてんのか」
「え?ほんと?」
額や頬を触りながら確認するほむらに『ここだ。じっとしてろよ』と言って、まどかから借りて公園の水道から濡らしてきたハンカチで、ほむらの血で汚れた箇所を拭っていく。
借りてきた猫の様に大人しくしているほむらをみると、微笑ましく見えるのだか………なんか違う。
普通ここは泥を拭うハズなのに血を拭うとかシチュエーション的におかしい。
「……あんた、怖すぎ…」
「あんなのどうでもいい。それよりクロト、まどか、迎えが来てるわ」
「?迎え?誰だろう」
「私の後『わん』ろ──あ…」ガプッ
「きゃあああああああああぁぁぁぁ!!?!?」
「「マミさん(先輩)!!?」」
「定春っ!」
突然ほむらの後ろから巨大な影が跳んで来たかと思うと、その影はほむらに泣きつこうとする、マミの頭だけを器用に噛み付いた。それは皆さんご存知の通り、まどか家の巨大ペット定春だ。
「パパに言われて私達を迎えに来てくれたの?」
「わふっ」
「ありがとー♪」
噛んだまま肯定の返事を返した定春に、まどかはモコモコな毛皮に抱き付いた。
「それどころじゃねぇだろォォーーっ!!
定春ッそれは勘弁しろ!!それロールパンじゃねーから!!先輩のグルグル、似てるけどロールパンじゃねーから!!」
「マミさんを離せェェーーこの
「あっバカッ」
「ワギャウ」バキッ!
「ぶべらっ!!?」
マミの身体を引っ張って、定春の口からマミを取り出そうとしていたクロトとさやかの内、『バカ犬』と言ったさやかを、定春は強烈な前足の右フックで沈めた。
さやかは、定春に悪口を言えばこうなるのを忘れていたようだ。
「チクチョウッ!!俺一人で引っ張らなきゃいけねぇのかよ。
……やってやらァァーーッ」
ググググッ
「う゛う゛う゛う゛ぅぅ」
「あ゛あ゛あ゛首ィィィーーっ!!首が取れるから引っ張らないでェェーーーっ!!!!」
「こらっ定春メッ!首は流石に不味いよ。早くマミさんを離して!マミさんをマミっちゃ駄目」
「……まどか。噛む事自体はいいの?後、マミるって何?」
定春の一撃で地面に倒れ伏すさやか。
さやか脱落で、マミの胴体をガッチリ掴んで全力で引っ張るクロト。
それに対抗して噛む力を強める定春。
思ったより定春の食い付きが良くて今にも首と胴体がお別れしそうなマミ。
どっかの電波でも受信したのか、変な事を言い出して定春を宥めるまどか。
そして、『マミる』という聞いたことのない単語に、首を傾げるほむら。
この後、なんとかマミの救助に成功した三人。
クロトとまどかの二人はマミの治療をほむらに任せて、気絶したさやかと砂場に埋められてグッタリとしたキュゥべえを定春の背中に乗せて回収した後。さやかを家に送るべく、ほむらと別れるのであった。
────…この日常が何時まで続くか分からない…
しかし今この時間だけは、彼彼女達はいつも通り───
~閑話~
「覚悟はいい?ナマモノ…あぁ、お前達にそんなモノは必要無かったわね」
『や、やめるんだ暁美ほむらっ!───くっ動けない』
其所は異様な光景だった。
耳から長い手のような物が生えている生き物が、子供達がよく遊ぶ砂場に首から上だけ残して
水の染み込んだ砂で、ガッチリ固められて埋められているの。
そして、そんな可哀想な生き物に、黒髪の美少女が黒光りする銃を、両手に持って向けている。
「クロト達の覚悟をよくも『どうでもいい』なんて言ってくれたわね。───酷刑よ」
『……殺すのかい?』
「お前を殺すのに躊躇いは無いけど、無駄だと分かってる。だからこれは私の憂さ晴らし」
ズドンッ
『ぐふっ』
白い生物。キュゥべえは突然、額にとてつもない衝撃が加わり、首だけ後ろに仰け反った。
キュゥべえの額を襲った正体は、クルクルと宙を舞い、砂場にポトリと転がる……ゴムだ。
銃弾型の硬式ゴムが砂場に転がっている。
「獣に躾をするなら、ヤッパリ警察署から盗ってきた暴徒鎮圧用のゴム弾ね。威力が違うわ」
『う、ぅ…なぶ、るつもり、かい?』
「違うわ、躾よ。もう余計なことを言わない様に、ね」
ダンッダンッ
『ぐふっがふっ!』ピチャチャ
※因みにゴム弾の威力はプロボクサーのパンチ並の威力だそうです。
皆様は絶対真似しないで下さい。
ズッダダダダダダダダ────
『アッアッブッひでぶアブシッグッホァ───』パタタッビチャブシィィィィィィ
……後日、この砂場に女の子だけしか見えない大量の血痕が見付かり、『少女の処刑砂場』として、大勢の女の子が泣く。見滝原だけの都市伝説となるのだがこの時、ほむらはそれを知らなかった。