~見滝原私立病院・夕刻~
見滝原にガラス張りで一際巨大に建つ病院
その夕陽に照らされる光の巨塔のような病院の一室から楽しそうな声が聞こえてきた。
「喰らえっ!『ゴールド・エクスペリエンス』無駄無駄無駄無駄無駄ァァァ!!」
「甘いよ『キング・クリムゾン』!!全ての時間は吹き飛び、攻撃は無効になる」
「なん……だと」
クロトとクロトの親友──上条恭介だった。
二人は先日発売された『ジョ○ョの奇妙な冒険 オールスターズバトル』で、激戦を繰り拡げていた。
ちなみに、クロトが『ゴールド・エクスペリエンス』操るジョルノ。
恭介はジョルノの宿敵『キング・クリムゾン』操るディアボロ。
「くっ…なかなかやり込んでるな恭介」
「あまり病室に引き籠っている暇人を舐めないでくれ
これでも、周りの看護婦さんからは『怠惰の帝王』と呼ばれるほどのディアボロ使いなんだよ」
「誇れねぇよっ!?明らかに馬鹿にされてんじゃねぇーかっ!!」
「余所見している場合かい?」
自信満々にそう言う恭介に、クロトは思わずツッコむ
しかし恭介は、クロトが自分の方を向いている隙を突いてコマンドを入力。
キング・クリムゾンが、ジョルノの首を掴んで強烈なパンチを浴びせる。
「うおおォォヤバい!────チッ…こうなったら“矢のパワー”を使わせて貰うぞ!!
『ゴールド・E・レクイエム』」
「えぇ!?それマジチートなんだけど 」
HPがレッドゾーンに突入したクロトは、奥の手として、レクイエムを発動させる。
レクイエム発動後の動きは圧倒的で、時間を吹っ飛ばす能力を無効化しつつ、
次第にキング・クリムゾンを押していく。
「───くっ…僕に……近寄るなァァァァ!!!」
「終わらないのが『終わり』……それが、レクイエム……だ
無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄アアアァァァァッッ!!!!」
端に追い詰められたディアボロに、ゴールド・E・レクイエムの
バンッ!!
「ちょっと貴方達、さっきからうるさいわよ!!!
静かにしなさい!!他の患者さんに迷惑でしょう」
「「あっすいませーん」」
刺さらなかった……。
「フワァッ───フゥ…楽しかった。クロト、ゲームに付き合ってくれてありがとう」
「気にすんな。俺も対戦ゲームを一人でやるなんざ、つまらんと思ってただけだ。だろ?」
「ハハハ……うん、実際いい息抜きになって、結構助かってるよ」
恭介はベッドに
その後、クロトは学校でのクラスメートの近状や笑い話、転校生のほむらが来た事、まどかが定春を飼った事、さやかが昨日、出血多量で倒れた事、仁美が更なるパワーアップ化を果たした事など。
恭介はクロトの話す事を、時には驚き、時には笑ったりと、とても楽しそうだ。
───しかし、クロトは恭介と話していて、ある違和感に気付いた。
「………なぁ恭介」
「?なんだいクロト?」
「お前、最近なんか嫌な事でもあっただろ」
「!……なんの事…」
「親友の俺が気付かないとでも思ったか?
さっきからお前、俺と話してる間、音楽の話を避けてただろ」
恭介は、親友に鋭く見抜かれた事に驚く。
そして、図星を突かれたのかキョトンとし、
「………ハハ、ホント…君には隠し事が出来ないね…」
「話してみろ。解決出来るかは知らねぇーが、愚痴を聞く位はしてやるよ」
「……ありがとう…」
親友の優しさに感謝しつつも、観念したのか、ポツリポツリと話し始める。
何時まで経っても、治る気配の診られない左腕。
毎日がつらいリハビリによる入院生活。
病院学習をしているとはいえ、退院後の学校生活への不安。
時折、さやかの持ってくるCDを聞くだけで、弾けない自分への情けなさが込み上げてくる。
等々、いままでその感情を押し殺していたかのように、堰を切って吐き出す恭介の言葉を、
クロトは、ただジッと聞いていた。
「───最低だよ……僕は……。
さやかが、自分のお小遣いを削ってまで買ってきてくれたCDを、苦痛と感じるなんて……」
「……フム」
ベッドのシーツを握り締め、絞り出したかのような声で、そう言う恭介に
クロトは暫しの間、腕を組んで考え込んでいると、こう切り出した。
「じゃあさ、なんでさやかにそう言わねぇんだよ」
「え?」
「だから、なんで直接さやかに『今は音楽も聞きたくない、CDを持ってこないでくれ』って言わないのかって聞いてんだ。そうすれば、さやかの小遣いも減らないって分かってんのに…」
「そっ…それは……」
目を泳がせて言い淀む恭介に、クロトはハァとため息を吐く。
「離れられないんだろ」
「……………」
「喩え、腕が治る気配が無かろうと、キツいリハビリに歯ァくいしばって耐えようとも、幼馴染みに、もうCDを持って来んなって言えねぇのも───小せぇ頃から続けてきた演奏が、身体から染み着いて離れないからだろ?」
「それは……」
「まぁそりゃいくら苦痛を感じようが、好きなモンを──持って来んな!…なんて言える筈がないよな」
「………ああ」
まるで見透かさせたようなクロトの観察眼に、恭介は否定する事無く、目を伏せながらも頷いた。
「なら、別の可能性を探せばいいんじゃないか?」
「別の可能性?」
「ああ。今のお前は、やりたい事が出来なくてもがき苦しんでいるように見える。
なら心機一転で、ヴァイオリンの他にも手を出してみるのも一手だと思う……俺達はまだ中二の学生なんだ。
青臭い言い方だが“無限の可能性”ってのに賭けてみてもいいんじゃねぇーか?」
「……無限の可能性…か…」
その言葉に、恭介は未だ癒えない左腕を見る。
「───にしても、腕が治らないとか、学校が不安だとか……入院生活が長いせいか?
お前、だいぶネガティブ思考になってんな阿呆臭ぇ」
「ねっネガティブ!?アホって…」
呆れた表情をして、そう言うクロトに、腕を眺めていた恭介は顔を上げてクロトの方を向き、むっとした顔で顔を歪めた。
しかし、呆れた顔から、クロトはどこ吹く風といった感じで笑い…
「クラスの奴等や俺は、心配しなくたってお前の腕がそのまま治らなくてもお前の友達でいてやるし、勉強も、分からなけりゃ俺らが教えてやる。リハビリだって途中止めで車椅子で登校すりゃいい。
───うちの学校バリアフリーだし…な」
「クロト……」
『簡単な事だろ?』とでもいうように笑うクロトに、恭介はキョトンとしていたが、フッと笑うと眼を閉じて首を横に振る。
「……いや、腕の治療は続けるよ───喩え、治らなくても……。
リハビリだって大変だけど、頑張ってみる。勉強も今の授業を追い越すくらいやってやるさ!
……諦めたく…ないんだ…」
「フッ…そっか」
「ああ。だから、僕の退院の日までクラスの皆と、一緒に待っててくれ───
「早く来いよ───
二人は笑い合うと、左腕の拳と拳をコッと合わせた。
───────
─────
───
「あっ!忘れてた。さやかの事なんだが」
「?さやかが、どうしたんだい?」
「ここに来る途中で用意する物があるって言って、どっか行っちまったんだよ……遅せぇなぁ」
クロトは、現れないさやかを疑問に思い、恭介は『さやかだからね』と言って、苦笑いしていた。
「……恭介、分かってるとは思うが──」
「分かってる。ちゃんと言うよ。
無理してCDを買わなくても、ただ…遊びに来てくれるだけで充分だって」
「ならいい…まぁ心配すんなよ。さやかも、ちゃんと理解してくれるって」
「それは僕がよく知ってるよ。幼馴染みだし…ね」
『君より付き合いは長いんだよ』と、自慢気にそう言う恭介に、クロトは、それで何故さやかの気持ちに気付かないんだと、親友の鈍感さに顔を引き吊らせていた。
すると不意にコンコンと、誰かがドアをノックする。
『恭介、私だよ。今入っていい?』
「……この声はさやかか」
「どうしたんだろ?何時もはノックなんてしないのに……」
何時もと違うさやかの行動を疑問に思いつつも、何時までも返事をしないのはマズイと思い、恭介はどうぞと、さやかを病室へ招き入れる。
そして、顔を
「?さやか……俺、席外そうか?」
その様子を見たクロトは、自分がいるから遠慮出来ないのだろうと思い、そう言ったが…
「いいよ。私、これ渡しに来ただけだから」
手を振るとクロトに紙袋を見せ、それをベッドにいる恭介の膝の上に置いた。
「さやか…これは?」
「お茶菓子だよ。…気に入るといいんだけど……」
そう言って、恭介が受け取るのを確認すると、さやかはクルリと反転し、ドアまで歩いていく。
……本当に渡しに来ただけのようだ。
「えっ?もう帰r『恭介』──さやか?」
さやかはドアを開け、さやかを誘おうとする恭介の言葉を遮る。
「私……恭介が、どんな奴、になっても…私の……幼馴染み、だから……」ピシャッ !!
最後に涙声で、逃げるように出ていったさやかを、
残されたクロトと恭介は、黙って見ている事しか出来なかった
「……どうしたんだろ…さやか」
「さぁな。それよりお茶菓子っつてたが、何が入ってんだ?早速食おうぜ」
「ハァ仕方ないな」
自分のお見舞いの品なのに遠慮しないクロトに、
やれやれといった感じで恭介はドサッと紙袋をひっくり返した。
「どれd……え゛?」
「どうした恭介…おぉ、これは…」
紙袋の中身───それは…
さやかのお土産(はぁと♪)
こんにゃく〔変な切れ目の入った奴〕
ローション〔開封済み〕
エロDVD〔ナースモノ〕
「良かったなぁ恭介。
さやかの奴、言われなくても理解してくれてたじゃねぇーか」
「どんな理解の仕方され方してるんだァァァァァ!!!!」
恭介の絶叫が、病室に響く。
「なんで!!?なんで お茶菓子として、切れ目の入ったこんにゃくとローションが出されるんだよ!!?
おまけに、どうして僕の
「あっ!よく見たら、このDVD。俺がさやかに恭介の趣味だって勧めた奴じゃん……買ったのかアイツ」
──ローションも、キュゥべえを助けに行った時に拾った物だし
「君かッ!?人の幼馴染みになんて事を教えてくれたんだァァ!!」
「安心しろ。俺も看護婦さん大好きだから」
「安心出来るかァァッ!!!!」
ちょっとイラッとしたのか、恭介はこんにゃくを掴むと、リハビリ中にも関わらずクロトに向かて結構な豪速球で投げつける……が、クロトは見向きもせずにDVDのパッケージを見ながらこんにゃくをキャッチした。
「まぁまぁ落ち着けよ。CDの代わりに
「何のリハビリ!?僕はコレで何処のリハビリを頑張ればいいんだよ!!?
ていうか今思ったけど、さやか。さっき僕と一回も目ぇ合わせてくれなかったよ!?
どーしてくれるんだァァ!幼馴染みとの関係が、最悪に気マズくなったじゃないかァ!!!
ア゛アァもう!今度からどんな顔してさやかに会えばいいんだよっ!!!!」
「笑えばいいと思うよ(笑)」
「笑えるかアアアアアアアアァァ(怒)」
もう泣きそうな恭介は.今度からお見舞いに来る幼馴染みにどう接すればいいのか、悩み、頭を抱えてクロトに文句を言うが、当の本人は投げ付けられたこんにゃくを病室備え付けの冷蔵庫に仕舞うと、中に入っていたチューベットを飲んでいた。
「でもまぁ…これで、さやかにCDの事を言いやすくなったな。“大惨事の前の惨事”だ」
「“惨事の前の大惨事”だよ!!
これなら最初から素直に伝えといた方が はるかにマシだったわァッッ!!!」
───っとまぁ二人はこんな感じで一方は頭を抱えてパニックに陥り、一方はそれを笑って見ていた。
だから、気付かなかったのだろう。
ドアの向こうで、青髪の少女がゲームを終了した辺りから、ずっと二人の会話を聞いていたことに……。
「…………苦痛……か…」
少女は壁に背を預け、ポツリと、誰もいない夕焼けに染まった廊下で、そう呟いた。