~見滝原中学校・廊下~
夢で見たあの子が、目の前に現れたので面喰らって少しボーッとしてしまったが、一先ず落ちてるガラスで女の子が怪我をしていないか確かめてから、俺は座り込んでいる黒髪の子に手を差し出す。
「あー…えっと、取り敢えず…立てるか?」
「……ええ、ありがとう」
女の子も俺の手を掴み、立ち上がる……柔らかった。
───しかし、次の瞬間不思議な事が起こった。
「「───ッ!!」」
俺と女の子が手を繋いでいると急に眼がズグッと疼き、俺と──俺とその女の子も眼を押さえてしまう。
そして眼を瞑ると、何かの声と…光景が見えてきた……。
───ザザザッ…ザ…───
……そこは、何時もと同じ俺達の教室だった。
そこには俺もいて、その隣に眼鏡を掛けた大人しそうな女の子が挨拶をしている。
『あ、あの暁…美…ほむら……です』
どうやら転校生のようだ。
不安そうな顔をしてクラスの奴らを見てあたふたしている所を
隣にいる俺に助け舟を出されて自己紹介している。
その光景はとても楽しそうで、クラスの誰もが笑ってその転校生を祝福していた。
『ハイハイ、早速仲良くなった所で自己紹k───』
───プツッ
……もっと観ていたかったが、映像は俺が何かを言い掛けて終わってしまった……。
…………
……
本当に短い映像だったが、疼きの治まった眼にはもうその映像は見えず、何故か先程見た眼鏡を掛けた女の子と今、目の前にいる女の子と姿がダブって見えた。
雰囲気はだいぶ違うが、俺には二人が同一人物であると……心の何処かで確信していた。
「……ほ……むら?」
だから、つい目の前の女の子にそう聞いてしまっても仕方がない事だと思う。
「───ッ!?」
でもそれを聞いた女の子は思った以上に反応して俺の手をバッと離してしまうと、先生が割ったガラスの壁から教室に入ってしまった。
そんな俺達の異変に、さやかと仁美もやって来て、まどかも俺の眼を心配して眼を触ってきた。
「クロ君、大丈夫?」
「ああ、何だったんだ今の…」
「クロト、あんたアイツと知り合いなの?」
「そうですわね。先程もあの方の名前?をおっしゃていましたが…」
「……いや…初めて…のハズだ…」
教室の中から俺達の方をジーっと見ているあの子を不思議に思いながら、俺は仁美達にそんな曖昧な返事を返すしかなかった。
「転校生の暁美ほむらです。よろしくお願いします」
先生の居なくなった教室でその子は俺達を座らせると、ホワイトボードに“暁美ほむら”と書き、簡単に自己紹介した。
まぁ、色々気にはなるが、今はこの転校生を歓迎するとしよう。
先生が居なくなったのは俺達が原因だし転校生のフォローくらいはするか…
「じゃあ暁美さん。先生居なくて自習だから暁美さんの交流会するぞ」
「……いえ、必要ないわ」
髪をかき上げて暁美さんは首を横に振り、空いている席に着こうとした。
───だが甘いな!
「残念だがこのクラスに転校生の拒否権は無い。テメェら!コイツを取り囲め!!」
「は?」
『『ヒャホーー♪任せろーーー!!』』
俺の号令で、男子は美少女の暁美さんに近付こうと一斉に飛び掛かり、
『『コラァ男子!!暁美さんにさわんじゃないわよ!!』』
女子はそれをガードしつつ、暁美さんに話し掛けている。
「あ、暁美さんハァハァハァ」
「ちょっと中沢!!気持ち悪いから鼻息荒くして来ないでよ!!」
「暁美さんは前の学校何処に行ってたの?」
「暁美さーんこっち向いてーー!」パシャパシャ
「黒くてすっごく綺麗な髪だねー♪何処のシャンプー使ってるの?」
「腐女子会に入らない?今なら安くしておくわよ」
「腐蝶テメェ!暁美さんを腐海の道に導くんじゃねぇーーよ!!」
等々、クラスの奴らは暁美さんに群がって質問責めをしている。
「あっ!ちょっ!?や、やめなさ───どこ触ってるのよ!?こら勝手に撮らないで!!やめてぇーー!!」
そんな様子を俺達は少し離れた席で見ていた。
「早速アイツらと仲良くなったみたいだな。いやー良かった良かった」
「クロト…あんた自分で焚き付けといて何逃げてんの?」
さやかはそう言うが…仕方ねぇーだろ
「お前なぁ、あの中心に男子なんて居たら女子に殺されるだろうが」
俺は女に踏まれて殺されるなんて御免だ。
「大丈夫だと思いますよ?クロト君、結構他の女の子に人気ですし」
「えっ?マジ!?」
「はい♪クロト君成績も良いですし、運動神経もこの学校でダントツのトップじゃないですか。おまけに女性に優しいし、顔も格好いいと評判でしたよ♪」
「…そう言われると…照れるな」
いや…まぁ勉強は家に帰ってもする事が無いから復習してただけだし、運動神経もなんか知らねぇけど良く見る夢の中の動きが出来るから楽勝だし、女に優しいのは男として当たり前だろ。
「ちょっと仁美ちゃん。甘やかしたらダメだよ!そんな事言ったらクロ君調子に乗っちゃうでしょ!!」
まどか…てめぇ誰がお前の勉強をみてやってると思ってんだ
「へぇーじゃあ今度から宿題は一人で出来るんだな?俺ァ調子に乗りたくないから、まどかに勉強教えるの辞めようかなぁー」
「えっ!?あっ!ウソウソ、クロ君格好いいよ♪」
「……お前こんな時だけ調子がいいなオイ」
まぁ鈍臭いコイツは、俺が勉強教えなかったら丸一日かかっても宿題終わらないだろうな。
「───にしてもアレ…何時までやるつもりなの?いい加減にしないと転校生死ぬよ?」
さやかに言われて転校生の暁美さんの方を見てみると、人混みに揉みくちゃにされて密集した人の熱気にやられ、顔を真っ赤にして頭をグワングワンさせている暁美さんがいた。
「……大丈夫じゃね?」
「アレの何処が大丈夫にみえるの!?助けようよ!!」
「ですよねぇー…ハァ、じゃあ行くか」
まどかに促され、保健委員として俺とまどかは暁美さんを回収する為に、群がっているクラスの奴らを退ける。
「オラァ!テメェら早く退かねぇーと転校生死ぬぞ~」
「みんな~どいてどいてー!暁美さんが瀕死だよー!!」
『え?…ああ !!?』
「いや気付けよ!!ったく…!おっと」
全員が離れると、暁美さんはドサッと崩れ落ちるように、
俺の方に倒れて来た…どうやら暑さで頭に血が上り、気を喪ってしまったようだ。
「転校早々世話が焼けるな…よっ!」
「元々はクロ君が原因じゃない」
「るっせぇ。ほら行くぞ!」
「あ、待ってよ~!」
俺は暁美さんを横抱き…まぁお姫様だっこで抱えると、まどかと一緒に保健室を目指した。
………
……
~ほむらside~
私は……もう随分と久しぶりになる温かい揺り籠のよう感触の中で
私は何時もの様にこの時間に跳んで来て、転校の為に何度も繰り返し歩いた学校の廊下を歩いて、私のクラスを目指していた。
いつもなら私がドアの前で立っていると早乙女先生が、クロトに弄られて泣いて飛び出すハズだったのに……まさかクラスに向かっている途中で、私の目の前のガラス壁から先生が飛び出して来るとは思わなかったわ。
お陰でビックリした私は、不覚にも腰を抜かしてしまい座り込んでしまった。
おまけにそんなカッコ悪い姿をよりにもよってクロトとまどかに見られるとは……。
でも彼はそんな事気にしないで私に手を差しのべてくれた……やっぱり彼は優しい。
しかし、あれはなんだったんだろう……。あの時私は彼の手を掴んで立ち上がると、
急に眼が疼き出して勝手に写輪眼になってしまった。
急いで他の人に観られない様に手で隠したけど、手の隙間から覗けばクロトも眼を押さえていた。
────まるで共鳴しているような……。
…少しして疼きは消えて、写輪眼も元に戻ったけど、
クロトが知らないハズの私の名前を呼んだ瞬間、私の胸はドキッとした。
あの時は慌てて彼の手を離して、動揺を隠す為に逃げるように教室に入ってしまったけど、
……何故クロトは、私の名前を……。
そう考えていると心地良かった温かい何かから離れたせいなのか私の意識が現実に浮上してくるのが分かる。もう少し、そこに居たかったけど仕方ない…。
────私はもう道を外さない迷わない…彼にそれを教えて貰ったのだから……。
「─────…ここは…」
まだ頭がボンヤリするが、白い天井、壁、カーテン、そしてベッドがあるという事は…どうやらここは昔の私が何度もお世話になっていた保健室のようだ。
そして何故ここに居るのか戸惑っていると、ベッドの横から聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「おっ、起きたか。気分はどうだ?」
「暁美さん大丈夫 ?」
「……クロト?まどか…?」
椅子に座って本を読んでいるクロトと、水の入った洗面器にタオルを浸けて絞っているまどかを見て、私はついそう呟いてしまった。
~ほむらside out~
俺達が転校生の暁美ほむらを保健室に連れて来て、十分程で暁美さんは眼を覚ました。
まだ意識がはっきりしないのだろう、ボンヤリしている。
そして、いきなり俺達の下の名前を呼んだ時には少し驚いた───何で知っているんだ…?
「え?何で私達の名前…」
「俺達、名前教えたっけ?」
すると彼女はハッとなって、やってしまったという様な顔になってこう言った。
「…早乙女先生から、あなた達が保健係だと聞いていたの」
「ふ~ん、保健委員を紹介するって事は何処か病気だったのか?」
「ええ、今は完治したけど心臓病を少し…ね」
「うわぁ~良かったね治って…あっそうだ!先生から聞いているだろうけど、ちゃんと自己紹介しなきゃね♪私鹿目まどか。まどかって呼んでね♪それでこっちの男の子が──」
「黒崎玄人だ。みんなはクロトって呼んでるからそっちで呼んでくれ」
「私も名前で呼ばせて貰うから、ほむらでいいわ」
「えっと…じゃあ、ほむらちゃん!」
「よろしくな。ほむら」
そう言って俺達がほむらの名前を呼ぶと、無表情だったほむらの顔は懐かしいモノでも思い出すかのように、顔は綻んで……微かにだが────確かに笑顔になっていた。
「……よろしく」
その後も次の授業が始まるまで俺達の話は弾み、俺達は自分達でも不思議に思うほど仲良くなっていった。
────まるで昔からこうしていたような……。
こうして俺達は自然と転校生───暁美ほむらと友達になった。
そして時間はあっという間に過ぎ、放課後まで跳ぶ。
~放課後・ミタドナルド~
「という訳で今日から友達になったほむらだ」
「ほむらでいいわ」
「さやかちゃん、仁美ちゃん仲良くしてね♪」
「ハイ♪よろしくお願いします。ほむらさん♪」
「……いや…え?どういう訳 ?」
放課後になって近くのデパートにあるチェーン店『ミタドナルド』に、俺とまどか、さやかに仁美の何時もの四人組に加え、今日転校してきたほむらを連れて俺達はやって来た。
一応ほむらの歓迎会の代わりだが、まどかと話し合い自分達の友達とも仲良くなって欲しいというまどかの要望で、顔合わせの為にここにやって来た。
その肝心の三人の様子はというと───
意外と素直に来てくれたほむらは、優雅に髪をかき上げながら挨拶をした。
仲良くしてくれる意思はありそうだ。
仁美は元々友好的な性格だから、直ぐに立ち上がってほむらの手を取り握手した
天然はこういう時、単純でありがたい。
しかし頭の回転が鈍いさやかは、未だにこの状況を理解出来ないのか頭に?が付いている。
───ハァ~全く…
「分からないのか?お前はホントさやかだな」
「勘弁してよ~さやかちゃん」
「空気くらい読んで下さい」
「そんなのだから貴女は何時まで経っても美樹さやかなのよ」
俺達四人は、そんなさやかを残念な子を見るよな眼で見ている。
「なによォォ!!さやかという存在を全否定か!!てか、ほむら!転校初日のアンタに私の何が分かるってんのよ!!そして何でそんなに息ピッタリなの!?打ち合わせでもしてたのかアンタ達ィィ!!」
「貴女という存在を考えれば、そう思うのは当然の事じゃない」
ねェ?とほむらが俺達に同意を求めてきたので、俺達はうんうんと頷いた。
「どういう意味よォォォォーーーー!!?」
自分のあんまりな扱いに、さやかは頭を掻きむしって雄叫びを上げた。
……正直ここは公共施設なんだからもう少しは静かにして欲しい。
まぁそんな感じで俺達は楽しくファーストフードを食べながら話をしていると、突然ほむらはハッとして辺りをキョロキョロ見回したかと思うと、グッと眉を潜めて何か呟いた。
小さい声だったから良く聴こえなかったが確か「──オダ?」と言って突然席を立ち上がって
「……ごめんなさい。私、行くところが出来たわ。それじゃ」
そう言ってほむらは自分のトレーを片付けると、焦っているかのように足早に店から出ていった。
「…どうしたんだ?アイツ」
「う~ん、なんだかほむらちゃん……何かを感じ取ったみたいな反応だったよね?」
「文武両道、才色兼備と思いきや、実は電波なサイコ系美少女とはね。くー!何処までキャラ立てすれば気が済むんだあの転校生!!私もそんなキャラが欲しいわ!」
「安心しろ。お前は十分バカキャラとして周囲から公認されているから」
「んなキャラ要らないわよ!」
仕方ねぇだろ。お前授業中いつも寝てるから赤点だらけじゃねぇーか。何度、俺達がお前を助けてやったと思ってんだよ。
───そう思っていると、仁美は
「でも、本当に不思議な方ですわね。とても半年間休学していたとは思えません」
なんていってきた。
仁美の言いたい事は分かる。保健室から出た後、数学や英語等の勉学の授業は本当に長期間入院していたのかと疑いたくなるほど、当てられた問題をすらすらと解いてしまい、体育の授業ではあらゆる種目で県内記録を叩き出す程の運動神経だ。…正直、心臓病を患っていたとは思えないし、あり得ない。
───でも、それ以上にあれは……。
「なぁ、体育の時のほむらの走り方ってさァ……俺の動きじゃなかったか?」
「──ええ、それは私も思っておりました。走り方のフォームや癖、ジャンプの跳び方から着地まで……私には、まるでクロト君がもう一人いるかのように見えて驚きました」
「だよなぁ」
人の動作には個人差がある。それは指紋の様に一人一人違うもので、双子でも些細な癖が出るものなんだが、…普通意識しても中々真似出来るもんじゃないし、それも初対面のほむらが俺の動きをあそこまで模倣出来るっていうのもおかしな話だ。
──まるで良く見る夢の中の瞳みたいな……んな訳ないか。
「クロト。あんた本当に、ほむらとは初対面なの?」
「普通に考えれば初対面なんだろうが……」
「?普通じゃない所に心当たりがあるんですの?」
……まぁコイツらなら言いふらさないから言ってもいいか
「…ああ。昨日見た夢の中で出てきた」
「それは……また…」
そんな突拍子もない非現実的な俺の答えに仁美は苦笑いで頬をヒクつかせ──
「ぷっ!アハハハ♪なによそれーアンタいつからそんなキャ『え?クロ君も!?』ラ……へ?」
さやかは笑っていた……が、それはまどかの言葉で中断させられた───まどかも?
「お前見たのか!?ほむらの出てくる夢を…」
「うん…どういう…事?」
俺とまどかは互いに顔を合わせ、首を傾げた。
おかしい……。似たような夢を観たならまだ分かるが、見た事のない人物を二人が同時に夢を観るなんて事があるんだろうか…。
「で?具体的にどんな夢だったのよ」
「それが良く思い出せないの。とにかく変な夢で…ほむらちゃんとクロ君が出てきたのは覚えているんだけど…」
「あーそうだなぁ…俺もなんて説明すればいいか分からん」
──所詮、夢なんて時間が経てば経つほど、見た記憶が曖昧になってくるからなぁ
なんて俺が思っていると、俺達の話を聞いて何かを考えていた仁美が──
「…もしかしたらクロト君とまどかさんは、ほむらさんと何処かで会っているのかもしれません」
…そんな事を言ってきた。
仁美の話によると、夢は人間の無意識部分──深層心理での願望の現れで、俺達がほむらと昔に何処かで合った記憶が、頭の中で印象に残っていたからそんな夢を観たのではないか…ということらしい。
「俺にそんな記憶は無いんだが…」
「私も流石に一度見たら忘れないと思う」
そんな感じで困っていると
「記憶に無いなら……アレだ!前世の因果よ!!
あんた達とアイツは過去の時間を越えて巡り会えた運命の人なんだわァ♪」
「さやかちゃん…それだと、ほむらちゃん重婚罪になっちゃうんだけど…それに私、そっちの気は無いよ」
からかうように言ってきた…こいつは本当に頭が残念な奴だな。
──ジュースを飲みながらそう考えていると、仁美は腕時計を見てハァとため息を吐いた。
「もうこんな時間…、ごめんなさい。行かないと…」
「あっ、そっか今日お稽古の日だっけ?何するのよ」
「“転龍呼吸法”と“北●七死星点”の修得ですわ。受験が近いのに何時まで続けさせることやら…」
『…………』
俺達が呆然としている中、仁美は「それでは♪」と言って帰ってしまったが…
「仁美の両親何考えてんのォォ!?一子相伝の暗殺拳を仁美に習わせてどうすんのよォォ!!」
「やべぇな俺達ヘタな事を仁美に言ったら、仁美に秘孔突かれて『あなた達の命は後三秒…ウフフフ♪』なんて展開になるぞ」
「そういう問題じゃないと思うよ!?」
暗殺拳を修得してしまった仁美の未来を想像して、恐怖を抱く俺達であった。