起きたらマ・クベだったんだがジオンはもうダメかもしれない 作:Reppu
「大佐。暇を貰います」
入ってくるなりそんなことを言うエリー女史に俺はどう言うべきか迷ったが、取り敢えず思ったことから口にすることにした。
「女史、もう少し言葉のキャッチボールをしてください。それでは全く解りません」
良くそれで許可が下りると思ったな。そして何故そんな不思議そうな顔してんだよ。
「解りにくかったですか?」
ちげえよ!
「要求は理解できています。ですがそれでは許可できないと言っているのです」
「察しが悪いですねえ。そんなんじゃ…」
「もてなくても結構ですよ」
「いえ、気付きませんよ」
何言ってんだこの娘っ子は。まあいいや、それより何だって?
「それで、何故暇が欲しいと?開発関連は一息ついていますから融通は利かせられますが、理由も無しにとは言えませんよ?」
そう聞くと女史は窓の外へ目を向ける。つられて俺も外を見ると、真新しいゲルググが訓練場へ向けて移動している所だった。
「良い機体ですよね、ゲルググ。ネーミングセンスはどうかと思いますが」
それは言ってやるな。
「ええ。少々値は張りますが、それだけの価値はあると思いますよ」
新兵からベテランまで幅広く対応出来る癖の無い操作性に、高い基本性能。ジオンのMSとしては信じられない程余裕を持った設計であるため、拡張性も高いのに整備面も良好と、ぼくのかんがえたさいきょうのもびるすーつ!を地で行っている。尤もおかげでお値段はザクの倍近いのだが、経済規模の拡大に伴う国家歳入の増加によって、大きな問題になっていない。むしろ議会で早期戦争終結のために臨時予算の編成が可決されるくらいである。
「そのせいです」
「成程」
ゲルググの配備に伴い今後ドムの調達数は絞られていくだろうし、損耗した部隊はゲルググに置き換えられて行くだろう。つまりツィマッド社は看板商品が一つ消える訳だ。
「おまけに誰かさんが引き抜いてきた元連邦の技術者を使って、何やら企んでいるらしいじゃないですか?おかげでウチの首脳陣が顔真っ青にしてましてね。結局ヅダも不採用を覆せませんでしたし」
性能的にはゲルググと互角くらいまでは行っていたけど、ヅダは兎に角操作性が悪すぎるからなぁ。おまけに地上じゃホバーが出来ないから確実に機動力でゲルググに劣るし。
「それで女史を召還して新型の開発ですか?正直手遅れな気がしますが」
「どちらかと言えば、開発費がふんだくれる今の内に進められるだけ技術開発しておこうという狡っ辛い発想ですね」
この子は本当に物言いに容赦が無いな。
「ツィマッドには返しきれないほど恩があります。承知しました、明日の便で本国へ戻れるよう手配しましょう」
そう言うと女史は困った顔で頬を掻いた。
「あー。宇宙へは上がるんですが、行き先が違います」
何ですと?
「本国で無い?ではどちらへ?」
「ペズンです」
そう応えると、まだ荷造りが残っていると言ってエリー女史はさっさと部屋から出て行ってしまった。むう、そうか、ペズンか。
小惑星ペズン、ラグランジュ4、サイド6のご近所にあるジオンの工廠の一つだ。元々はサイド2建設の際にアステロイドベルトから引っ張って来た資源衛星だったのだが、一週間戦争で同宙域が暗礁化したのを良い事に接収。軍主導のMS開発拠点になっている。史実だと膠着した戦況打開という無茶振りに応えるために、良く解らんビックリドッキリメカの産地になっていたが、こちらでは普通に研究拠点として稼働しているようだ。先日ジオニックが、フィールドモーター方式の試作機を組んだのも確かここだったと記憶している。
「しかし、ツィマッドの新型か…」
もうね、これあれだって解っちゃいますわ、鈍い俺でも楽勝ですわ。…どう考えてもギャンなんだよなぁ。けど試作機ですし?ペズンで造ってるなら、まず俺に関係してくることは無いですし?何より白っぽ番長はパイロットごと鹵獲済みだ!勝ったな!ガハハ!
「邪魔するぞ、大佐殿…。どうした、頭でもイカれたか?」
腰に手を当てて高笑いをしていたら、部屋に入ってきたガデム・フォン・ベルガー少佐に可哀想な物を見る目で見られた。呼んだのはこちらとは言え、この爺様馴染むの早くないですかね?
「いや、少々愉快なことを考えていてね。何かトラブルかな、少佐」
「覚えることが多い以外は特に問題は無いな。まさか今更新型に乗ることになるとは思わんかったがね」
肩をすくめながら戯けてみせる少佐に、俺は笑いながら返事をした。
「性能も解らずに指揮はとれんだろう?それに少佐の腕も買っているんだ。是非その技術を広めて欲しい」
俺の嗜好からは外れるが、MSパイロットが白兵戦技能を持つことは絶対にプラスになる。特にガデム少佐は無手での格闘術すらMSでやってのける上に、その動きはパイロットに負担が少ないものが多い。恐らく加齢による体力の低下を無意識に庇ってのことだと思うが、それが却って体力の低いパイロット達が覚えるのに適したものになっている。ニムバス大尉やシン少佐のモーションデータは体力自慢ですらついて行けないからなあ。
「構わんよ。ここの連中は真面目で勤勉だからな。積極的で教え甲斐もある」
最近また賭けの繰越金が増えたらしいからね。
「それは結構。足りないものがあれば言ってくれ、なるだけ揃えよう」
真面目な顔でそう返事をする大佐へ敬礼し、ガデムは退出すると同時にこみ上げてくる笑いを抑えることが出来なかった。国防軍時代から軍に身を置いてきたガデムであるが、このオデッサは今までの経歴の中で間違い無く最高と言える環境だ。精強で勤勉な兵士に、充実した装備。物資も潤沢で飯も美味い。何かを教えるにしろ、指揮して戦うにしろ、これだけ与えられて結果が出せなければ、無能の誹りは免れないだろう。
「やれやれ、とんでもない男の下に来てしまったな」
そう口にはするものの。ガデムは実に良い気分だった。補給艦の艦長だった頃とは比べものにならない多忙さではあるが、自身が必要とされているという実感に繋がり、あの日以来、ぽっかりと空いていた胸に、灯がともる思いだ。
「悪いなゴードン。暫くそっちには行きそうに無い。愉快な話を沢山持っていくから、もう少しだけ待っていてくれ」
亡き友に呟きながら廊下を進むと、前からやって来た若い連中が、ガデムに向かって笑顔で敬礼をしてきた。
「こちらにおいででしたか、少佐殿。申し訳ありませんがお時間を頂けますでしょうか?」
聞いてきたのは禿頭のダグ・シュナイド大尉だ。後ろに居るのは同じ隊の若い連中だろう。先日ドムに乗り換えたばかりと聞いていたが、基地では最初にゲルググを受領した部隊だ。元を辿れば突撃機動軍の腕利きを集めた選抜部隊だという。正直どんな経緯があればこんな曲者揃いの部隊が出来上がるのか興味があったが、その中に自分も含まれていることにガデムは気付いていない。
「構わんよ大尉。何の用だ?」
「後ろに居るのはヴィンセント・クライスナー曹長とギー・ヘルムート軍曹であります。この二人は隊で最も白兵技能が優秀なのでありますが、是非少佐殿の技術を伝授頂けませんでしょうか?」
真剣な表情で聞いてくる大尉に思わずガデムは吹き出しそうになり、既の所で飲み込んだ。
(ほら見ろ)
指導を言い渡すどころか、先に向こうからやって来る。若い連中を見れば、どちらもやる気と期待に満ちた表情だ。ガデムは喜びを噛みしめるように口角をつり上げ、不敵に言い放つ。
「伝授は良いが、俺は見ての通り古い人間だ。当然教え方もそうなるが、その覚悟があるんだな?」
「はっ!少佐殿!」
「望むところであります!少佐殿!」
「言ったな!良し直ぐやるぞ!付いてこい若造!」
そう言ってシミュレーター室へ先陣を切って歩き出す。その道中でガデムは密かに決意する。老人と逃げるのは今日までにしよう。この若者達が一人でも多く生き延びられるよう、教えるという事を自らも学ぼう。自分はその為にここへ呼ばれたのだから。
(かかってこい、若者よ。わしの全部をくれてやる)
後にガデムの格闘術はその性質から、特に格闘技術を苦手とするものこそ覚えるべき技術として軍に普及していくこととなり、更にはMS教習課程における必須項目に追加されることとなるのであるが、それはまた別の話である。
バイバイ エリー。