起きたらマ・クベだったんだがジオンはもうダメかもしれない   作:Reppu

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今週分です。


第九十二話:0079/10/17 マ・クベ(偽)と暗躍

「ほら大尉さん、飯だよ」

 

「おお、有り難い」

 

差し出された包みを受け取ると、早速開いて中身にかぶりつく。質も量も足りないが、贅沢は言えないとアンドリュー大尉はボソボソのパンを咀嚼した。

 

「なにか、情報は?」

 

「駄目だな、メディアは完全に宇宙人共の言いなりだ」

 

そう言って一緒に持ってきていた新聞を男は放ってきた。机に投げ出されたそれの見出しは、どれも連邦に対して非難声明の演説をするガルマ・ザビの写真で飾られている。手元にあったリモコンを操作しテレビを点けてみても、やはり同じような内容を自称評論家達が、偉そうに語っていた。

 

「嘆かわしい…。彼等には良心が、連邦への恩義に報いようという心が無いのか?」

 

「所詮メディアなんて無責任で自己保身に固まった連中さ。だが、そんな奴らに影響力があることが問題だ」

 

「襲撃して止めることは出来ないだろうか?」

 

そうアンドリューが提案すると男は眉間に皺を寄せ、口を開く。

 

「難しいな。ここの所取り締まりが強化されていて、同志も随分捕まってしまった。正直大尉をジャブローへ送り届けられるかも怪しくなってきている」

 

「…っ!そうか。いや、無理を言ってすまない。そうならば遺憾だがリスクは避けるべきだろう。しかし、君達のような戦士に支援一つ出さんとは、ジャブローは何をしているのだ?それに私が居るというのに救出部隊が動く様子も無い。せめて我々の支援のために前線を動かし陽動くらいはすべきでは無いのか?」

 

そう漏らすアンドリューは、男がその様子を冷たい目で見ていることに気付かない。一頻りそれが続き、不満が和らいだ頃合いを見計らって、男が口を開く。

 

「色々と当たっているんだが、どうも大尉さんにジャブローへ戻って来て欲しくない奴が居るようなんだ」

 

「なんだと!?」

 

突然の告白にアンドリューは思わず立ち上がり男へ詰め寄る。その勢いに男は後ずさりながら続きを口にした。

 

「知っているだろう?ほら、ゴップ大将だよ。あいつは今ジオンとの和平工作に動いているらしくてな。連邦の英雄に戻られて主戦派が息を吹き返したら、あちらさんには厄介だろうからな。ジオンの手で大尉を消せれば僥倖とくらいは考えているだろうさ」

 

「和平だと!?馬鹿な!そんなもの敗北と同義では無いか!」

 

「ああ、だから、何としても大尉にはジャブローに戻ってもらって、ゴップを止めて貰わにゃならんのさ。さて、もう行くよ」

 

そう言って男は部屋を出て行くが、既に自分の世界に入り込んでいたアンドリューが気づく事は無かった。

 

 

 

 

「宜しいのですか?」

 

報告書の内容に満足していたオサリバンにそう秘書が問いかけてきた。質問の意図は察していたが、機嫌の良い彼は敢えて秘書のために口を開いた。

 

「質問をするのなら、何がどう疑問であるのか明確にしたまえ。上位者ならば察するが、下の者には伝わらん」

 

「失礼しました。あの連邦の大尉です。アレを戻すのは時期尚早では無いでしょうか?」

 

戦争の特需、それも両軍に物を売りさばいているアナハイムにとって、今は正に我が世の春だ。役員会でも施設の拡充、特に軍需向けの工場を増設すべきだという意見が日増しに強くなっている。だがオサリバンの意見は違った。

 

「浮かれているが、所詮特需は特需。熱狂はいずれ終わる。その時深みに踏み込んでいれば、それは人生の汚点にもなり得る」

 

この戦争はもう長くない。仮にあの大尉を使わず、主戦派の政治的支柱であるゴップ大将を排除しなければ、おそらく後1年は続けさせることが出来るだろう。しかしその頃までに上げられる利益は大したものでは無く、そしてその為の投資は間違い無く回収出来ない負債となる。

 

「軍需物資の増産?馬鹿げている」

 

戦争は変わった。新兵器であるMSが台頭したこの戦争。仮に連邦に勝機があれば、あるいは連邦に与する選択肢もあっただろう。しかしたとえ引き延ばしても、この戦争の結果は覆らない。ならばいつまでも熱狂に浮かれている場合では無い。戦後を見据えた準備こそ、今の社に最も必要な事柄であるとオサリバンは確信していた。

 

「MSは確かに魅力的だ、だがこの分野で先行するジオンのメーカーを我が社が出し抜くことはまず不可能だ。蓄積しているノウハウの量が違いすぎる。だが民需ならば我が社の一人勝ちだ」

 

ジオン側のメーカーが全力で軍需に傾倒している今、戦争を終わらせることが出来れば、戦後の需要はほぼ独占できる。そうなれば後は簡単だ。戦後に経営のおぼつかなくなったメーカーを資金力で買いたたけば良い。そうすれば労せず技術を獲得でき、双方が揃ったアナハイムは正しく地球圏を支配する企業として君臨するだろう。

 

「刹那的な大金に縋るのはビジネスではない、博打だ。そうは思わんかね?」

 

 

 

 

「全く運が無い、運が無いぜ、そう思うだろ?ベルデ?」

 

任務中だというのに全く口数が減らない兄にベルデ伍長は苦笑しながら返事をする。

 

「北米とアフリカ沿岸は完全にこちらの勢力圏だからね。船団を送るならこのルートしか残っていないから仕方ないよ」

 

大西洋のほぼ中央、連邦が唯一制空権を確保出来るそのルートに身を潜めていた彼等は、後数分で交代という所で敵の輸送船団を捉えた、捉えてしまった。

 

「交代前のちょっとしたサプライズだよ。幸い魚雷はたっぷり残っているし、華々しく戦果を挙げて基地で自慢をしてやろう?」

 

「お前は変なところで前向きだよな…。アップトリム3、方位修正…ターゲット、照準に捉えた」

 

「狙いは輸送艦?」

 

「いや、ヒマラヤだ。全部やるにゃ魚雷が足りんし、アレが居なくなりゃ味方の航空隊がやってくれるだろ」

 

ベルデの言葉に明日の天気について話すくらいの気楽さでノルトが返してくる。自分が前向きだというのなら兄は楽観的なのだ、だがそれで自分たちは上手く行っているとベルデは思った。

 

「射角30、1番から8番まで全発射管注水確認。3、2、1…発射!」

 

それまでの静けさが嘘のように、轟音を立てながら魚雷が放たれる。シュナーベルと名付けられたそれは、旧ソ連で製造されたスーパーキャビテーション魚雷と呼ばれる装備だ。その改良型である本装備は最高速度が400ノットを超え、射程である10000mを僅か1分で走破する性能を誇る。

そしてその速度こそ欺瞞手段にあふれた今日の海戦において、最も命中の望める手段だ。

 

「おし!逃げるぞ!」

 

言うなりメインタンクへ一杯に注水し、急速潜行を始めるアッガイ。今頃魚雷の航跡に敵も気付くだろうがもう遅い。程なくして弾頭重量600キロを誇るシュナーベルの着弾した音が水中に響き渡り、続いて重く鈍い金属の破砕音が海を満たしていく。

 

「おし、撃沈確実。ヒマラヤ1におまけで何か…多分駆逐が2、大漁だな」

 

念のためソナーで確認していたのであろうノルトの明るい声が届き、ベルデは大きく息を吐く。そして、自分が待機していた船室を撫でる。

 

「シュナーベル様々だね。それにこのゼーフントも。これを造ってくれたオデッサには感謝しなくちゃね」

 

「旧世紀のパクリだなんていう奴も居るけどな、使えるなら何だって良いさ」

 

海軍の設立初期――と言ってもまだ半年も経っていないが――から水中用MSに乗り続けているベルデはそう笑う。もしこれが旧式のゴッグやマリンタイプであったら敵船団にここまで近づけないだろうし、仮に近づいたとしてもゼーフントと呼ばれるこの外付けユニットが無ければ、あの様に一方的に攻撃する手段が無い。何しろ海軍の保有しているMSは全て水陸両用で、あの様に大型の魚雷を搭載する事が出来ないからだ。おかげで戦果はうなぎ登りだが、海軍MS隊、特にアッガイ乗りは休む暇も無いほど大車輪で出撃している。

 

「軍が海軍のシップエース基準を引き上げるのも解るよな。たしかあれだろ、こういうのをターキーシュートって言うんだろ?」

 

「また兄さんはそんな連邦かぶれな事を…」

 

轟音に紛れ、悠々と戦場を離脱しながらそんなことを嘯く兄を注意しながらベルデは考える。ここの所仲間内で戦果を挙げた者が増えている。それ自体は誇らしいことだと思う。一方で戦果が増え続けているという意味をベルデは冷静に捉えていた。

 

(装備が良くなったのは確かだ。けれど僕たちの技量が劇的に上がった訳じゃ無い。ならば、この戦果の増加は、即ち襲撃した回数の増加を意味している…)

 

それがどういう意味なのか。そんなことは子供でも解るとベルデは思った。

 

「これは、少し厳しくなるかもね、兄さん」

 

「あん?いきなりなんだ?ベルデ?」

 

ベルデの予想は的中し、その後海空問わず連邦の輸送部隊が激増する。

宇宙世紀0079、10月17日、連邦軍反攻作戦の炎は、既に燻りを見せていた。




年間ランキング1位になりました。いつも読んで頂き有り難うございます。
これからも無理せずやっていきますので、最後までお付き合い頂けますと幸いです。

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