起きたらマ・クベだったんだがジオンはもうダメかもしれない   作:Reppu

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第百七十四話:0080/01/14 マ・クベ(偽)とアムロ

「信号弾を確認。色は…赤です!」

 

「赤か。中佐がしくじるとはね」

 

敵が入ってきた宇宙港と逆側の宇宙港に待機していた俺は努めて冷静に聞こえるよう言葉を口にした。既に敵艦が散布したミノフスキー粒子によって通信は出来なくなっている。損害は?中佐は無事なのか?他の連中は?不安が胸の内で鎌首をもたげ、思考を奪おうとしてくる。それを強く手を握りしめることで強引に抑えつけ、俺は設置したビッグ・ガンへ機体を接続した。

 

「中佐がしくじったのならば仕方がないな?」

 

念を押すようにもう一度口にして、俺はスコープを覗く。最大望遠に設定されたスコープの中には、緩やかにバレルロールをしながら進んでくる敵艦隊が見えた。衝動的に一番前を進むティベ級、グラーフ・シュペーを吹き飛ばしてやりたい気持ちに駆られるが、大きく息を吐いてそれを静める。作戦が失敗したと言うことは、付近に生身で脱出している人員が居るかも知れない。その近くで軍艦を爆発させるリスクを避けるためだ。

 

「だが、逃げ足は奪わせてもらう」

 

宣言と同時にトリガーを引き、ティベ級の後部、張り出したエンジンユニットへビームを当てた。ついでとばかりにもう一発放ち、反対側も撃ち抜いておく。2発目でこちらの位置を特定したのだろう。艦隊の前に居たMS、ガンダムがこちらへ向けて突進してくる。怒ってるのかい?奇遇だね、俺もだよ。

 

「さて、征くか。諸君準備はいいかね?」

 

そう言って俺が飛び出せば、預けられた小隊の海兵は皆黙って付き従ってくれた。

 

 

 

 

「こざかしい真似を!」

 

苛立ちに任せてアムロ・レイ少尉はトリガーを引いた。父の手によって強化されたガンダムは、最初に乗った時と比べ随分と姿を変えていた。両腕には連装のビームライフルを装備し、バックパックにはメガ粒子砲を備える。全身に装甲とアポジモーターが追加されており、装甲を増やしながらも、運動性の低下を最小限にとどめている。機体名称は変更されていないが、戦っている大佐に機体の名を問えばこう答えただろう。

 

―フルアーマー・ガンダム―

 

性能向上を果たした機体であるはずのそれは、しかしアムロにとって十分な機体ではなかった。

 

「またっ!?機体の動きが鈍い!!」

 

ビームを避けられた苛立ちに、思わずアムロが叫ぶ。性能向上を果たしたはずのガンダムに彼が満足出来ない最大の理由。それが、反応速度の遅さだった。

 

「ガンダムが完全なら、こんな奴ら!」

 

戦後ジオン勝利の象徴としてプロパガンダに用いられる予定だったガンダムは、亡命してきたテム・レイ博士主導の下修復されたものの、軍が幾つかの技術や装備について博士の要望を拒否したものがあった。それがマグネットコーティング技術の採用と、本来搭載されていたコアファイターの、厳密に言えば学習コンピューターの返還拒否である。モーター自体の反応速度は高出力のものを採用することである程度改善はされたが、制御側の性能不足は機体の操作性の悪化に直結した。この結果、博士はガンダムが本来持ち合わせていた柔軟な運動性の発揮が困難であると結論づけた。故にそれらを補うための大火力重装甲化であったが、今この瞬間では明確な足かせとなっていた。それらの発端となったやりとりをアムロは思い返す。

 

「なるべく撃墜せずに、損傷機を増やすよう戦って欲しい」

 

「情けをかけるんですか?そんな必要、ないと思いますけど」

 

露骨に顔を顰めながらそうアムロが返すと、総帥は困った顔をした。その横で露骨に怒気を発していたアリソン・ジーヴ少佐が、総帥の代わりに口を開く。

 

「勘違いするな少尉。連中に情けをかけるのではない、ここから脱出するのに必要な措置だからだ」

 

言いながら側まで近づいたアリソン少佐が、アムロの肩に手を置きながら続ける。

 

「死んだ兵士は捨て置けるが負傷者や要救助者は別だ。総帥は足手まといを増やして連中の追撃を鈍らせるおつもりなのだ」

 

「怪我をした生身の人間ならともかく、MSがやられた程度で動きを止められるのですか?」

 

そう問えば、今度はキャスバル総帥が口を開いた。

 

「そこはやりようだ。例えばある程度修復すれば戦力になりそうな程度に破壊するとかな。見る限り連中も単独で行動しているから、戦力を補給するには拠点へ戻る必要がある。だが追撃は時間との勝負だ、戻る事は難しい。そんなとき目の前に使えそうな機体があれば、人間は欲が湧くだろう?ザンジバルは収容機体数が多いが、逆に言えば一隻あたりのMSを運用する比率が高いと言うことだ。損傷機収容の為に一隻でも残れば、撤退はより容易なものになる」

 

総帥の言葉に納得してアムロが艦橋から出ようと振り返る瞬間、アリソン少佐が身を寄せて耳元でささやいた。

 

「ついでだ少尉、コロニーに幾らか穴を開けろ。空気が流出すれば生身での脱出はより困難になる」

 

安易に頷いた自分をアムロは殴りたい気分だった。慣熟訓練は済ませていたし、訓練の成果も良かった。しかし、加減して戦うという未経験の行動は考えていた以上にアムロの精神をすり減らした。更に言えば相手にしている連中だ。訓練の相手より上手く避ける彼らに適度な損傷を与えるのは、アムロの技量を以ってしても高い集中力を要求する。

 

(おまけにこの機体!)

 

訓練中からも抱いていた違和感は、先の撤退戦で確信に変わっていた。アムロの反応速度にガンダムが付いてきていないのだ。その中で大出力のビームを扱うのは非常に神経を使う作業だった。

 

「手間取らせて…」

 

それは一瞬の気の緩み。だが、運命はそれを見逃さない。

 

「な!?」

 

打ち上がる信号弾、直後にあのビームが人工の空を裂き旗艦のエンジンを捉える。それを行った者の気配を察し、アムロは怒気をみなぎらせる。

 

「また、また貴方か。いつもいつも僕の邪魔をして!」

 

サイド7の襲撃、そこから続く追撃戦、そして正に運命の分かれ道となり、直接出会った北米での戦い。アムロは思わずにいられない。だからあらん限りの声で叫んだ。

 

「貴方は敵だ!僕の本当に倒すべき敵だ!貴方は、これからの人類に必要ない人なんだ!!」

 

機体を加速させる、少しでも早く敵にたどり着くために。スラスターペダルを思いきり踏み込む、一秒でも早くあの男をこの世から消し去るために。

 

 

 

 

「散開しろ!」

 

僚機に叫びながら俺自身も強引に機体を捻る。先ほどまで居た空間を太いビームが通り抜け、後方で派手な爆発を起こした。

 

(フルアーマーガンダム!?仕事をしすぎだテム博士!!)

 

こちらを追いかけるように次々と襲いくるビームをギリギリで躱しながら、俺は指示を飛ばした。

 

「コイツは私が受け持つ!貴様らは艦をやれ!足を殺せば我々の勝ちだ!」

 

即座に敵艦へ向かう俺の僚機に、目の前のガンダムは僅かに動揺し動きを鈍らせる。はっはっは、場外戦術は苦手かな?

 

「迷いが見えているぞ?アムロ少尉!」

 

僅かとはいえ隙を見逃してやるほど俺はお人好しじゃない。機体を加速させると同時にランスを加熱させ突き出したが、これは無理な体勢からだったため左肩を掠めただけで終わる。けれど効果は抜群だ。ガンダムは艦へと向かうゲルググを見逃して俺へと向き直った。

 

「追わなくて良いのかね?艦が落ちれば君たちはここから逃げる術を失う。正に袋のネズミと言うヤツだ。救援が来るまで粘れば良いとか思っていないかね?だが残念。先ほどまで君たちが派手にやったからね。破れて穴だらけのこのコロニーが後何時間保つと――」

 

思う?と続ける前にビームが飛んできた、随分と頭にきているらしい。好都合だ。

 

「おっと、話もできんとは余程余裕が無いと見える!そんなことで大事を成せるのかね?」

 

『ごちゃごちゃと!』

 

放たれたビームを再度避ける。いいぞ、彼はまだギャンの速度に対応しきれていない。中佐達が被弾したであろう相手に俺が立ち回れているのはそう言う理由だ。緊張で渇く喉を、つばを呑んで強引に動かす。揺さぶれ、かき乱せ、冷静な対応など1秒だってさせてやらん。

 

「粋がった割にはなんて様かね。正に竜頭蛇尾と言うヤツだ!人類の粛清?君たちに出来るのは精々人類の敵としてテロリズムを行うくらいだ!ルナツーが本当に落ちたらと考えたか?その後どうなるかを想像したか?人類全員で涅槃に渡るのが君たちの言う誰も悲しまない世界とやらかね?成程良い着眼点だ!人類が残らず居なくなれば確かに悲しむ人も存在しないな!?」

 

『貴方みたいなのが居なくなれば!』

 

言葉と同時に撃たれたビームに反応して攪乱幕散布ユニットが即座に起動、散らされて残滓となったビームが僅かに届くが機体には傷一つ付いていない。お返しとばかりにこちらもショットガンを放つが見事に避けられる。まだだ、まだ足りない。

 

「無理だよ」

 

放たれるビームを無視して最短距離で接近、文字通りぶつかりながらガンダムごと上側の地面に激突する。

 

「アムロ君、君は自らの行いを樹木の剪定のように考えているようだが、それは違う。君がやっているのは、ここまでは平気と線引きをして四角いケーキを切り分けている行為に等しい。今の君には私が端に見えるだろう?だが切り分けて私を食べれば、次の端が目に映る。そして一度でもその味を知った者は納得するまでケーキを切り続けるのさ、自分が許容出来るのは自分一人だと最後の最後に気付くまでね」

 

『そんなっ、こと、僕は!』

 

「やった人間は誰も皆最初はそう思うのさ。自分は間違えない、自分は正しく力を振るえるとね。問わせてもらおう、アムロ少尉。君は本当に邪魔な人間が全ていなくなれば、世界は平和になると思っているのか?その過程でどのような犠牲が払われようとも、残った者達が納得すると?」

 

『僕たちはわかり合えるんだ!貴方達とは違う!』

 

もう一押し。

 

「では君は許容出来るのだな?我々と同じ君の父や母が切り落とされる側になったとしても。想像してみろ、少尉。ルナツーが落ちれば地球は確実に滅びたぞ。あれの重量はコロニーの比ではないからな、地球の何処に居ても確実に死んだだろう」

 

俺の言葉にガンダムの動きが止まる。

 

『僕たちは全ての人を殺そうとした訳じゃ…』

 

バカじゃねえの。

 

「その頭は飾りかアムロ少尉?あの状況下で逃げられる人間は君たちが粛正するとほざいた権力者だけだ。力を持たない一市民など何十年待とうと脱出のチケットは回ってこないよ。解るかね?君たちのやろうとしたことは、君たちが批判した虐殺とやらと何一つ変わらない。いや、目標を達成出来ないのだから計画どころかテロリズムにすらなっていない分それよりも遥かに劣る。ただの子供の癇癪だ」

 

俺の言葉に沈黙を続けるアムロ・レイ少尉。いいぞ、もう少し、もう少しだ。

 

「どうする?今ならまだ引き返せるぞ?細く頼りない帰り道ではあるが、まだ――」

 

そう言いつのろうとしたところでロックアラートが鳴り響いた。攪乱幕散布ユニットが即座に起動して機体を薄もやが覆うと、次の瞬間には機体の中心を狙った正確なビームが連続して降り注いだ。

 

『甘言に惑わされるな!アムロ少尉!』

 

ガンダムとギャンの間に赤いゲルググが飛び込んできて、躊躇無くこちらへビームサーベルを振るってくる。こんなバカみたいな機体に乗っているのは、間違いなくヤツだろう。

 

『ええい!攪乱幕かっ!』

 

残留していた攪乱幕で収束を散らされたビームサーベルはこちらのフレキシブルアーマーを浅く切り裂くのみに留まった。

 

「対話もせずにいきなり殺しに来るとは!ダイクンの掲げるニュータイプとやらは随分と野蛮だな!赤い彗星?いや、キャスバル坊やとでも呼んだ方が宜しいかな!?」

 

邪魔ばっかりしやがって、恨み言の一つも言って罰は当たるまい。どうせ俺は地獄行きだしな。

 

『貴様だったか、マ・クベ大佐!』

 

まったく、紅白そろい踏みしやがって。目出度いのは色だけにしとけと言うのだ。

 

「私だとも。さあ、説教の時間だぞ小僧共。きつい灸を据えられる覚悟は出来て居るんだろうな!」

 

叫ぶと同時、俺はショットガンをぶっ放す。そして運命との決戦が始まった。


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