起きたらマ・クベだったんだがジオンはもうダメかもしれない   作:Reppu

170 / 181
第百六十九話:0080/01/13 マ・クベ(偽)は待つ

時は少しだけ遡る。ルナツー襲撃に成功した俺は多少のトラブルに見舞われたものの、無事シーマ中佐率いる別動部隊と合流していた。

 

「落ち着いてください。話せば解ります」

 

「問答は無用だ、タカハシ博士」

 

般若の形相でエリー女史を壁際に追い詰めているのはアナベル少佐だった。その後ろでは苦虫をダース単位で噛み潰した様なシーマ中佐が頭を掻いている。

 

「た、確かに2号機はトラブルを起こしました!それは認めます!ですがこれは直ぐに解決する問題なんです!大体追加のプロペラントブースターの破損が大元の原因なのですからそれについて私が怒られるのは筋違いではないでしょーか!?」

 

ギャンが予定よりもズタボロの状態で戻って来たものだから、ケープタウンの格納庫に収容されると同時に二人ともすっ飛んできた。随分心配させたようだ、反省。

因みに今回のトラブルの原因は、何でも量産化に伴うコストダウンの弊害だそうな。試作機では複数用意されていた制御系を安価にするために数を減らした上、工数の短縮のため配置を集中させたらしい。その分配する根元とも言うべき部位に運悪く爆発したプロペラントブースターの破片が直撃、見事制御不能と相成ったわけである。因みにプロペラントブースターの製造元はジオニック社だったもんだから、原因がわかった時点でツィマッド社のメンバーが殺気立ったのは言うまでもない。

 

「博士、勘違いをしている。私は機体がトラブルを起こした事を問題視しているのではない。そのようなリスクを承知の上で事前説明もなく大佐に乗らせた事を問題だと言っている」

 

いかんな、これは良くない流れだ。そう感じた俺は横やりを入れるべく口を開いた。

 

「その辺りで良いだろう、少佐。聞けばプロペラントブースターの問題は無茶な機動によるものだそうじゃないか。だとしたら女史を一方的に責めるのは間違いだ」

 

「はい、当然この後は大佐の番です。少しお待ちください」

 

まて、そうじゃない。

 

「少佐、アナベル少佐。落ち着きたまえよ。今回の件については必要な事だった、それはここに居る全員が納得した上での事だっただろう?」

 

それにここでもう乗るなと言われても困る。何せここが、こここそが決戦の地になるのだから。

 

「しかし!」

 

「第一戦場である以上、軍人が命がけであるのは当然のことだ。いつも後ろでふんぞり返っている私が偶々適任で、お鉢が回ってきただけの話だ。故にこの件については誰の落ち度でもない、いいね?」

 

「いやいや、大佐。それで煙に巻こうと言うのは私らを甘く見すぎでしょう?」

 

ここまで黙って聞いていたシーマ中佐がそう口を挟んでくる。

 

「この試作機がトラブルを起こしたのは動かしようのない事実でしょう?どうしてそこまでMSに拘るんです?もう大佐の出番は終わりで、ここからは私達の手番でしょう?」

 

「ならば良かったのだがね」

 

「…どう言う意味です?」

 

「どう言うも何も、そのままの意味だよ中佐。まさか私が適当にこの場所を指定したとでも?」

 

今現在俺達が居る場所はL1宙域。そう、戦前にはサイド5ルウムが存在した場所で、今は壊れかけのコロニー一つを残してデブリの巣となっている場所だ。

 

「大佐は奴らがソロモンから逃げおおせられるとお考えなのですか?」

 

そうだね。

 

「ほぼ全ては捕まるか死ぬだろう。だが、連中だけは必ず逃げ延びるだろうね」

 

「…ニュータイプ部隊、ですか」

 

腕を組んで難しい顔になるシーマ中佐。

 

「大規模な戦いになればなるだけ、少数が逃亡する隙は大きくなる。特に個人の戦闘能力に優れる者なら尚更だ。そして悲しいかな我々の探知能力に限界がある以上、ソロモンで連中を仕留めることは不可能に近い。あちらも死に物狂いだろうからね」

 

「つまり少数で脱出し、追っ手を振り切って安堵した瞬間を狙って仕掛けると?仰ることは解るつもりですが」

 

「同感ですね。仰ることは解るのですが、連中ここに来ますか?」

 

「来るとも、必ず来る」

 

渋い顔になる二人にドヤ顔で言い切って見せる。

 

「ソロモン艦隊はルナツー方面から艦隊を包囲する形で動く。そうなると連中としてはルナツー方面への離脱は非常にリスクが高い、何しろ待ち構えているこちらの艦隊を正面から突破しなければならないからね。故に包囲が完成する前にソロモン要塞と艦隊の包囲網の間を抜けるのが最も賢いやり方だ。その上で向かう先は3カ所になる。本国、グラナダ、そしてペズンだ。しかしこの選択肢も難しい」

 

何故なら本国とソロモンの間にはア・バオア・クーが控えているし、グラナダは玉虫色の態度。よってペズンに逃げ帰った後、ルナツー方面の部隊を戻して何処かに逃亡なり潜伏が無難な所だ。だがこの帰り道だって限られている。地球周辺の航路はパトロール艦隊が見張っているので使えないし、真っ直ぐ戻ろうにもソロモン艦隊の追撃を振り切るのは難しい。元から挟撃からの追撃に備えて推進剤を節約しているこちらの艦隊に対して、あっちは遠征から無補給での逃走だ。兵の疲労も考慮すれば、ペズンへ直接逃げ帰るのは現実的ではない。

 

「負け戦から長時間の逃亡は著しく士気を下げる。だから大体の人間は安全そうな場所で身を潜めて安心したくなるものだ。そう、例えば暗礁宙域とかね?」

 

俺が言葉を終えると、苛立ちを吐き出すようにシーマ中佐が大きく、とても大きく溜息を吐いた。

 

「短くない付き合いです。大佐がそう仰る場合はこっちの話を聞いてくれないと相場が決まっています。ですが、前にも言いましたが」

 

「解っている」

 

俺が危険になったら、代わりに死ぬって言うんだろう?

 

「だがそんなことは絶対にさせんよ。その為にはあの機体が要る。エリー女史!」

 

「ひゃい!?」

 

「機体の修復は可能ですかな?それも特急で」

 

「1号機を持って来ていますから、損傷したモジュールを付け替えれば直ぐです!」

 

「素晴らしい、直ぐに作業に掛かって下さい。ああ、それと中佐、何人か人を借りたいんだが」

 

「それは、まあ構いませんが。一体何をするんです?」

 

そんなん決まってるじゃないか。

 

「折角お客が来てくれるんだ。精一杯もてなすのは当然のことだろう?」

 

俺がそう笑うと、シーマ中佐は引きつった笑みを返してきた。解せぬ。

 

 

 

 

「残念だが、親の七光りに過ぎなかったようだな」

 

ソロモン方面へ偵察へ出していた部下からの報告を受け、忌々しげにルーゲンス少将は呟いた。その表情には明確な焦りが見て取れる。

 

「ヘルシング大佐は何をしている?」

 

「はっ、現在も艦隊の説得に当たっておられますが…」

 

副官の言葉にルーゲンスは思わずデスクを叩いた。

 

「一体いつまで掛かっている!?陸戦隊もだ!武器も満足に持たない連中をまだ始末できんのか!?」

 

遅々として進まない自分の策に、ルーゲンスは追い詰められていく。

 

(何処だ!何処で狂った!?)

 

ネオ・ジオンが勝てそうならば、グラナダを土産に組織内で発言権を獲得する。勝てなければ反乱の罪をノルド・ランゲル少将へなすりつけ、グラナダを守った忠臣として公国内での発言力を高める。どちらにせよ最大戦力である艦隊の掌握と真実を知るキシリア・ザビとその周辺の殺害は必須であったのだが、その二点が間に合わぬ内に事態は収束しつつある。

 

(このままでは私は逆賊だ。いや、それよりもキシリアを殺害しようとしたことが露見したら…)

 

ルーゲンスの背に冷たい汗が流れる。ザビ家がジオン・ダイクンを暗殺したというのは事の真実はさておいて、大きな攻撃材料だった。何しろ強く否定するなら証拠を出せと迫れるし、沈黙するならば真実だから言い返せないのだと叩くことが出来る。政争の場に於いて非常に使い勝手の良いカードだった。だが、ルーゲンスの所業が露見したならば価値は地に落ちる。そうなればダイクン派は政争におけるカードを失うだけでなく、支持基盤からの支援すら失いかねない。ダイクン派の多くは、ザビ家は悪辣でダイクン家は潔白にしてスペースノイドの代弁者であると信じているからだ。故にそのような事態を引き起こしたならば、ダイクン派はルーゲンスを決して許しはしないだろう。

 

「少将、遅くなりまして申し訳ありません」

 

沸き立つ焦燥感を懸命に抑えているルーゲンスの元に、待ち望んだ言葉と共にヘルシング大佐が現れたのは、もうすぐ日付も変わろうかという時間だった。

 

「随分と掛かっているな、大佐?」

 

胸中を悟られぬよう、努めて冷静に振る舞おうとするが、焦りからルーゲンスはつい嫌味を口にした。

 

「はっ、申し訳ありません。しかしおかげで艦隊の意思は無事統一できました」

 

「おお、そうか!良くやってくれた!」

 

待ち望んだ吉報に頬を緩ませながら、ルーゲンスは鷹揚に頷いてみせる。

 

「はい、艦隊の意思は統一されております。私の意思の下に」

 

「な!?」

 

ヘルシング大佐の言葉と同時にルーゲンスの執務室に兵士がなだれ込む。手にした火器はどれもしっかりとルーゲンスへと向けられていた。

 

「ど、どう言うことだ!大佐!?」

 

「以前から思っていましたが閣下は人を見る目がありませんな。だから私の様な裏切り者を見抜けないのです。いや、この場合どちらが裏切り者なのでしょうな?」

 

続いて僅かな振動が執務室を揺らす。

 

「ああ、どうやら向こうも片付いたようです。幾ら精強な陸戦兵でも流石にMSの相手は荷が重かったようで」

 

窓の外へ視線を送るヘルシング大佐へ、ルーゲンスはあえぐように言葉を吐き出す。

 

「大佐…、一体、いつから…」

 

「いつから?最初からですよ、閣下。私はいやしくも公国に忠誠を捧げた軍人です。その私が、このような無益な争いに加担するとでも?そう思われていたならば、実に心外です」

 

力なく崩れるルーゲンスに冷たい視線を送りながらヘルシング大佐が口を開いた。

 

「少将を拘束しろ、キシリア閣下暗殺計画の首謀者だ。それから救護班をキシリア閣下の元へ、護衛も忘れるなよ」

 

椅子から引きずり降ろされ、引き立てられながら部屋から連れ出される間際。消沈したルーゲンスへとヘルシング大佐が別れの言葉を告げた。

 

「気高い理想も結構ですが、貴方達は大きな間違いを犯した。もう誰も戦いなど望んでいないのですよ、貴方達以外はね」




さあ、ドンドン(風呂敷を畳んで)仕舞っちゃおうねー。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。