起きたらマ・クベだったんだがジオンはもうダメかもしれない 作:Reppu
「面倒な事になったな」
ファルメルの艦橋で大映しになった地球を横目に光る僅かな光点をドレンは睨んだ。哨戒任務を終えて帰還したドレンを迎えたのは、自身の所属する部隊が反乱を起こしたという事と、脱走者の追討命令だった。
「こういうデリケートな事はベテランにしか任せられん。少尉、立て続けで悪いが頼まれて貰えないだろうか?」
(頼む、ね)
マスクを外した年若い上官は、微笑みながらそう言った。成程、確かに若い連中の士気は高いが、その行動は短絡的だ。敵味方が不透明な現状、先んじて元友軍を撃つなどという任務を与えれば、不要な敵対者まで増やしかねない。丁度今のような状況はベテランでなければ無駄に戦禍を拡大させただろう。
「軌道艦隊の連中に連絡しろ。内容は移動中の反乱軍艦艇を発見だ」
「は?宜しいのですか?ドレン少尉」
そう問い返してくるオペレーターに、ドレンは不敵な笑みを浮かべながら説明する。
「近づいてくる軌道艦隊の艦がこちらに友好的なら、まずあの艦に接触してくるだろう?だが奴らは逃亡者だ、気付けば攻撃に移る。逆に敵対的なら簡単だ。最初から警告射なりなんなりで恫喝、あるいは初手で沈めようと動く。連中がそれで沈めば良し、手間取るなら俺達が横から攫ってさっさと逃げる。こんな所で無駄は出来ん」
現状に対してドレンは悲観的だった。ペズンは旧サイド2のあったL4宙域にあり、ソロモンと同じく比較的拠点化は進められていたものの、その規模はけして大きくない。日用品や水・空気など生活に直結するものこそ周辺のデブリから回収しているから、数年は持つだろうが、それも今まで通りに回収作業や、装置の保守が出来てという但し書きが付くし、何より武器弾薬はどうにもならない。残った技術者達が一週間戦争で撃破され、同宙域に滞留している残骸から再生を試みるなどと言っていたが、出来たところで艦艇はミノフスキー粒子散布下での戦闘に未対応であるし、戦力の中核になるMSは良くて初期型のザクⅡだ。とてもではないがジオンの正規軍を相手取れる内容ではない。
(協力者がいるなどと言っていたが、何処まで信用出来るか解らん。ならば手持ちの戦力は軽々に扱えん)
ドレンの任されている部隊はファルメルと初期型のムサイ2隻とそこに搭載されているMS3個小隊である。戦訓を取り入れて改修が施されたモデルであるが、MSの運用に関して言えば、カタパルトが追加され、格納庫も大型化している後期型に比べると心許ない。ただし搭載機は全てゲルググであるし、何よりクルーもパイロットもルウム以来のベテランだ。総帥が直率するニュータイプ部隊を除けば、ネオ・ジオンでも屈指の精鋭である。だからこそ彼は損害を忌避し、策を弄した。それが、運命を分ける数分を稼ぎ出すなど思いもせずに。
「後方のムサイから暗号通信が発信されてます!こりゃぁ…、連中良い趣味してるぜ」
オペレーターシートに座っていた技術者が心底嫌そうな声を上げた。リュッツォウは外観こそ標準的なムサイであるが、新型MS開発の各種試験を受け持つ担当艦として各種センサーや通信機器が増設されている。そこに一部の悪乗りした技術者が独自に手を加えたことで、本来なら不必要な無線傍受や暗号解析といった機能まで追加されていた。追跡してきたムサイが使用した通信は一般的な軍用の暗号通信であり、傍受と同時に解析されていた。だがこれは立派な違法行為であり、たとえベテランであってもそこまで想定して行動しろと言う方が無理があるだろう。
「共食いさせるつもりですか、居場所の特定を恐れて無線封鎖していたのが裏目に出ましたね。もうちょっと見つからない予定だったのに」
「ふむ、あの艦影はファルメルだな。ペズン組の中でもルウムを経験しているベテランだ。厄介なのが来たな。女史、艦載機は使えんのかね?」
デジタル解析されたモニターを睨みながらネヴィル大佐がエリーへ向かってそう聞いた。対して聞かれたエリーは渋面を作る。
「1機だけなら、何とか」
「あの数だと少なくとも10機以上搭載している筈だ。すまない、誰か紅茶の用意を。死ぬ前に一杯飲みたい」
「まだ死ぬとは決まっていないでしょう?」
半眼で諦めたような事を口走る大佐をエリーが睨むが、相手は涼しい顔で勝手に指定席にした副長用のシートへ深く腰掛けると足を組み口を開いた。
「事態は既に我々の手から離れている。この状況を覆すには外的要因が必要だ。ならば最早何をしていても同じだ。同じなら私は紅茶を楽しむ。ああ、スコーンも用意してくれよスプレッドもたっぷり頼む」
本気でお茶の準備を始める大佐を見てエリーは頭をかきむしった。
「あれか、ジオンの大佐というのにはまともな奴はいないのか!?」
地団駄まで行動がエスカレートする前に、オペレーター席の技術者が叫んだ。
「前方に光点確認!友軍のムサイだ!」
「まだ友軍じゃありません!」
「大丈夫です。エリーさん」
咄嗟に言い返したエリーをなだめるように、落ち着いた少女の声が艦橋内で発せられる。エリーが振り返れば、そこにはノーマルスーツすら着ていないハマーン・カーン少尉が、柔らかい笑みを浮かべていた。
「ヒーローや王子様はピンチに駆けつけるものですけれど、おじ様は軍人ですから。ネヴィル大佐、私も頂いて宜しいでしょうか?」
「淑女の願いを断る輩は紳士ではないよ。君、ハマーン少尉にもお茶を」
そう言って本当にお茶を楽しみだす二人を見て、エリーが色々と諦めた瞬間、紅茶に視線を落としたまま、ハマーンが小さく微笑んだ。
「来ました」
「上がってくる艦艇!?このタイミングでか!?」
自身の見通しの甘さにドレンは臍を噛んだ。ソロモンまで逃げ切れない彼らが地球を目指した時点で、当然のように地球へ逃げるものだと考えていた。ブラウ・ブロについては同道したあの技術大佐が聞き入れなかったため、仕方なく曳航しているのだろうと。
(救援を要請している様子はなかった。偶然?このタイミングの良さで?そんなことがありえるのか!?)
歯ぎしりを懸命に隠しながら、ドレンは自身の策が破綻したと判断し、命令を下した。
「遺憾ながら作戦は失敗だ。だが、連中を逃すわけにはいかん。MS隊を出せ、せめてあのムサイは仕留める」
「中佐、戦闘準備は出来ているな?」
「勿論です。しかしミノフスキークラフト様々ですなぁ。一年前にあの艦があったら、ひょっとしてジオンは負けていたかもしれません」
俺の声に直ぐシーマ中佐が答える。確かにね、マスドライバーや増設ブースターで加速が必要な従来の艦では上昇中の艦内で出撃準備などとても出来ない。精々MSの中にパイロットを押し込んでおくくらいで、武装どころかMSそのものをハンガーにしっかり固定していなければ大事故は必至だからだ。だが、ミノフスキークラフト搭載艦は姿勢も上昇速度も任意で行えるから艦内で即応状態で待機させることが出来る。中佐の言うとおり、ペガサス級がマゼラン並みに準備出来ていて、たとえガンキャノンでもMSを充足させていたら、ひょっとしてコロニー落としは成功しなかったかもしれない。なんか、そんなIF戦記とか流行りそうだな。このまま人類が滅びなければだけど。
「それで大佐。目標はどれですか?」
中佐にそう言われ、俺はモニターへ視線を移した。現在上昇の真っ最中であるザンジバルの前方にいる1隻のムサイを挟んで、その正面から3隻、そしてその後方、主砲射程のギリギリ圏外に3隻のムサイが留まっている。実に解りやすい。
「後ろの3隻だ、あちらの方が性格が悪そうだからね」
「了解」
自分でもあんまりな理由だと思ったが、シーマ中佐は躊躇なく了承すると出撃していく。ちょっと信頼がオーバーフローしていませんか?まあ、ちゃんと理由はあるから後で聞かれたらちゃんと答えよう。その為にも自分の仕事を満足させねば。
「オペレーター、ムサイ前方より接近するパトロール艦隊へ通信を入れてくれ。味方同士で撃合いなどは馬鹿らしい」
「了解です。しかし味方なのですか?」
「味方だとも」
元々軌道艦隊に選抜されている部隊はドズル中将の配下でも特に信用されている人員で構成されている。何せ彼らの働き如何ではガルマ大佐が困窮する事になるからだ。将という身分から考えれば私情も良いところで、はっきり言って問題なのだが、そのおかげで地球方面軍全体が利益を得たわけだから黙認されていた。今もこうして恩恵に与っている事を思えば、これはこれで有効な差配なのかもしれない。俺には出来ん理由だけど。
『こちらは宇宙攻撃軍地球軌道艦隊所属、第13パトロール艦隊』
「任務ご苦労、我々は総司令部隷下特別遣欧部隊司令、マ・クベ大佐だ。久しぶりだね大尉、元気にしていたかな?」
『周囲が少々騒がしいですが、我々は相変わらずですよ。今日も地球を肴に一杯やる予定だったのですが。ああ、確認が取れました。お帰りなさい、大佐』
そう言って帽子を脱ぎ、一度頭をなでたのはジャック・スワロー大尉だ。実を言えばオデッサは、宇宙へ物資を上げる都合上軌道艦隊とは頻繁にやりとりがあり、多くのパトロール艦隊と懇意にさせてもらっている。今回だってギリギリではあったがフライトプランは提出しているし、それについて受領の返事も貰っている。問題となるのは目の前にいる不審ムサイとその後ろに陣取っている連中だ。
『上がってきて早々部隊を展開とは穏やかではありませんな?あちらは大佐のご友人ですか?』
先ほどこちらでも暗号通信を確認した。内容までは解らないが取敢えず軌道艦隊向けになにやら密告があったのは間違いない。その真偽を確かめているのだろう。だから俺は堂々と言い切った。
「前方の1隻は私の大事な仲間だよ。それを付け狙っているのだから、まあ、後ろの連中は敵だな」
『成程、承知しました。援護は必要ですか?』
「あれに乗っているのは小さなレディでね。怯えているかもしれないからエスコートを頼みたい。無頼共はこちらで処理するとも」
既にシーマ中佐達が向かっているしね。
『承知しました。ご武運を』
そう言って通信は切れる。さて、後は中佐の戦果を聞くだけだが。
「何もしないのは芸がない。艦長、艦首を敵ムサイへ指向。少々驚かせてやれ」
俺は指揮官席でそう笑って見せた。
合流…出来てない!?
この計画性の無さよ。