起きたらマ・クベだったんだがジオンはもうダメかもしれない   作:Reppu

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世間話二回目。


第百四十三話:0080/01/02 マ・クベ(偽)の終戦交渉―Ⅱ―

「ゴップ大将!?」

 

世間話の気安さでそう告げるゴップ大将に背広さんが悲鳴を上げるが、俺は無視して言葉を紡ぐ。

 

「我が国も厳しい状況ですから、過度な期待にはお応え致しかねます。が、先達として後輩のために一肌脱ぐというのもまた正しいあり方でしょう。条件を呑んで頂けるのであれば建設用資源は安くお譲り出来るでしょうし、賠償に関してもかなりの減額を約束しましょう。それから、保有する軍事力に関してもね」

 

そう告げると苦笑いをするゴップ大将。俺の横でガルマ様が目を見開いているが、どれも実のところジオンの懐は痛まない内容だ。建設用資源はそもそも生産量を増やせば単価が安くなる。元々自国でもコロニーを増産する予定なのだから、むしろ資材の調達コストが下げられてお得なのだ。戦中に貯めた鋼材も放出出来て実に懐に優しい内容である。次いで賠償に関しても、そもそも自国に被害が出ていないから、賠償金の取得自体が実のところ努力目標だ。無論戦死者が出た分を国として補償しなければならないから、全く取らないという訳にはいかないが、元々連邦からすれば国力が30分の1しかない貧乏国家である。国家歳入の倍程度を要求してもそれこそ連邦なら一括で払えてしまうくらいの金額だ。なのでこれを移民の期間に分割払いとすれば、国民への影響は微々たるものだろう。請求金額的には常識的な賠償額の倍を請求するわけだから、ジオン国内にも言い訳は出来る。

 

「特に軍は平時では金食い虫ですからな。復興に賠償にと考えれば、今の規模は些か荷が勝ちませんかな?」

 

ここでこちらも規模を縮小すると宣言すれば、いくらタカ派の軍人や議員が軍拡を叫んだところで国民が納得しないだろう。…まあ、装備の内容についてはがっつり制限させて貰うがな!取敢えずAMBAC機構を有する機動兵器の開発制限と、母艦機能を持つ艦艇の保有制限だ。その分戦艦に関しては一切制限を掛けない事で、軍内部で予算の奪い合いをして貰う。どこぞの紅茶大好き提督には是非とも頑張って貰いたいものである。

 

「随分とお優しい。そちらも苦しい、という事ですかな?」

 

背広組の一人がそう挑発的な口調で告げてきた。ほほう、中々職務熱心な事じゃないか。だがその態度は頂けないな。

 

「あまりなめないで頂こう」

 

「…は?」

 

「勘違いしているようだから伝えておこう。君たちがこの場に座っているのはガルマ様の温情によるところが大きい。私としてもこの場を任せて下さったガルマ様の意向を最大限尊重するつもりだが、君たちの態度如何によっては考え直す事になる」

 

そこでゆっくり一人一人と目を合わせた後、件の発言をした背広君を見据えて言ってやる。

 

「はっきり言おう、本国にしてみれば連邦が降伏しようが無くなろうが、どちらでも一向に構わんのだ。やりたいというなら是非もない、力での会話を再開するとしようじゃないか」

 

「そ、それは!?」

 

「マ大佐。交渉相手は怯えさせるものではないのではないかな」

 

腕を組んで黙っていたガルマ様が、目を閉じ静かに言い放つ。その一瞬出来た沈黙に言葉を続けたのはエルラン中将だった。

 

「無作法な失言を謝罪致します。アルトワ氏、気持ちはわかるが落ち着いて下さい」

 

停戦こそしているが、その内容はかなり我が軍に有利だ。何せこっちは武装解除してないし、ジャブロー内に部隊も入れている。それだけでなく、地球上の重要拠点は殆ど包囲しているのだ。ここで決裂して戦闘再開などとなれば、連邦軍は文字通りなぶり殺しにされるだろう。まあ、その後の怨恨とか考えたらとても出来んがな!

幸いと言うべきか先ほど名前の出たアルトワ議員も含め、連邦の議員さん達は軍事に疎いようで、今の会話で顔を真っ青にしている。うんうん、釘はちゃんと刺さったな。俺は少し大仰に頷いて口を開いた。

 

「謝罪を受けましょう。冷静な方が居て幸いだ。交渉は理性的に行わねばなりませんからな?」

 

恫喝した口でしゃあしゃあと言い放ち、言外にエルラン中将やゴップ大将の発言以外聞く気がないアピールをする。おかげで背広組は、顔を青を通り越して真っ白にしているが、俺は気にしない。と、言うか今の交渉でかなり甘いこと言ってるんだから察しろと言いたいが。

 

「成程、我々はどうやら運の良い敗軍らしい。先ほどの内容で大筋は合意したいと考えます。宜しいでしょうかな?ガルマ・ザビ大佐」

 

ゴップ大将がそう頷きながら水を向けると、しかめ面になったガルマ様が突き放すように答えた。

 

「今回の交渉はマ大佐が纏めることになっている。彼の言葉が我々の総意と受け取って貰って構わない」

 

そう明言を避けた上で、俺を横目で見てくるガルマ様。ふふふ、遂に末っ子まで俺に無茶ぶりはじめやがりましたよ、おのれザビ家め!

 

「承知した。では改めて、クベ大佐。我々としては貴官の提示した内容で合意したいと考えている」

 

「待ってください。クベ大佐、賠償金に関してはどの程度をお考えだろうか?それに宇宙移民再開となれば当然コロニーの建造が必要になるが、資材だけで造れるような物ではない。この辺りについて貴国の協力が無ければ疲弊した我が国では50年という期日は難しい」

 

そう話を進めようとするゴップ大将の言葉を遮るように、横に座っていた背広組の一人が悲愴感一杯の顔で口を挟んだ。ああ、今のまま呑んだら背広組は何も成果無い事になっちゃうから、何がしかの交渉した結果が欲しいのね。全くワガママさんどもめ。

 

「賠償金に関しては我が国の国家歳入の20倍、コロニー建設に関しては適正価格で受注しましょう」

 

「高すぎる」

 

俺があっさりそう言うと、ジャミトフ大佐がしかめっ面になり唸った。俺もそう思うが、残念ながらこれは駆け引きなのだよ。

 

「高い?面白いことを言う。これでも貴国の国家歳入の一年分にもならない額だ。過去の戦後賠償の金額を知っていれば、むしろ温情にあふれた金額だと思うがね?」

 

俺の物言いに表情を変えぬまま腕を組むジャミトフ大佐。その横で質問した背広さんが、覚悟の完了した顔で再び口を開く。

 

「仰りたい事は理解できます。しかし、大佐の想定には大きな問題がある」

 

「問題?」

 

敢えて惚けてみせるが、背広さんはひるむことなく言葉を続ける。

 

「ええ。先ほどから大佐は我が国の国家歳入を貴国の30倍と見積もっている。成程、確かに戦前であれば近い数字だったでしょう。しかし、今は違う。コロニーに加え地球の領土まで失っている我々にそれ程の体力はありません。大佐、貴方は過去の戦争を語りましたが、ならば過度の賠償が何を引き起こしたかもご存じでしょう?」

 

存じていますとも。少ない賠償では政府の弱腰と取られ、自国民が戦争を欲する様になる。多すぎる賠償は債務国を疲弊させ、結局踏み倒された上に怨恨を育て上げ、次の戦いを引き起こす。

 

「大佐、私も彼の言葉に理があるように思う。我が国は苛烈な支配者ではないのだ」

 

そう横からガルマ様が助け船を出し、それに乗る形で今度はアルトワ氏が震えながらも提案してきた。

 

「ではコロニー建設の費用を賠償金に含めて頂くというのはどうだろうか?その上で返済期間を50年ではなく半分の25年とし、それを超過するごとに追加の支払いを行うというのは?」

 

その言葉に俺は顔を顰めて見せる。

 

「随分とそちらに都合が良い話ではないですか?」

 

「そうは思いません。返済期間を考えるならば、コロニー建設は間違いなく最優先に進められるでしょう。返済に充てられるならば、できる限り多くそちらへ発注することになる。そして短期間に工事が集中すれば資材の価値は跳ね上がる。…だぶついている鋼材を適正価格より高値で卸しても、十分に買い手が付くくらいには」

 

成程、伊達に民主主義国家の政治家はしてないって訳だ。この提案を呑んだ場合、コロニー建設の受注費用が丸々損するように見える。しかしそれは間違いだ。連邦からすれば、発注したらしただけ賠償金として支払うことになるから、むしろコロニー建設を積極的にジオンへ発注するだろう。これが別なら、ある程度建設が軌道に乗った後は国内のメーカーへ優先して受注を出し、内需を拡大させつつ、資金の流出を抑えに入る。そうなるとジオンにしてみれば賠償金は取れるが、製品が外に売れない状況になりかねない。無論こちらも内需を拡大すれば良いのだが、そもそも人口という分母が違う分、連邦に差が付けられるのは明らかだ。つまり、宇宙移民が完了しても、埋めがたい経済格差が出来上がってしまう。これを避けるには、連邦の経済にジオンが十分食い込み、欲を言えば何か必須な分野で独占的に技術を確保すべきだ。その意味で今の提案は実に魅力的だ。サイド6を除く各サイドが壊滅している現在、連邦政府の運営していたコロニー公社も大幅に人員やノウハウを失っている。その間にジオンは破損したコロニーの修復や新規の建造などを行って、ノウハウも人員も増やしている。連邦の企業がコロニー建設の技術を再取得する前に受注を独占出来れば、コロニー建造そのものが、ジオンの目玉商品になり得るのだ。ついでに短期的に見ても、戦後の物資のだぶつきによるデフレを連邦が購入することで抑えることが出来る。特に船舶や鋼材といった分野は泣いて喜ぶ事になるだろう。

 

「…成程、中々魅力的な提案だ。ではその方向で調整しましょう。我々も好き好んで悪魔と呼ばれたいわけではないですからな」

 

最大の焦点だった賠償の問題が終わると、話は実にスムーズに進んだ。面子からも予想はしていたが、連邦政府側も完全宇宙移民の実施はやむなしという雰囲気になっていたようだ。最終的にジオン、連邦双方から人員を選出した地球管理公社を設立し、相互監視をしつつ環境再生と水や空気の採集をしていくことで合意を得る。軍事関係は保有制限こそすんなり決まったが、逆にAMBAC機の開発制限に関してはかなりごねられた。まあ、事実上MS、MAの開発禁止しているようなものだからな。なので、機動兵器の保有量を緩和する代わりに、関連技術の開発は全て提案段階からジオンにも開示する事で合意を得た。ついでに民間企業との合同開発はMSの性質上、テロリズムへの容易な転換が可能という難癖を付けて一切禁止とした。え?ジオンはしてる?良いんだよ、ウチは戦勝国だから!

 

「では、最後に捕虜の返還に関して」

 

俺の言葉に少し和んでいた空気が再び固まる。はっはっは、だが容赦しない。

 

「心配なさらずとも、全員お返ししますとも。まあ、ご滞在頂いた期間のツケはしっかり払って頂きますが」

 

俺が笑顔でそう告げると、今度こそ背広組の皆さんが力なく崩れ落ちる。

時に、宇宙世紀0080、1月2日。後にジオン独立戦争と呼ばれる事となる一年に及ぶ戦いは、俺の知るそれよりも遥かに静かに幕を閉じたのだった。




騙して悪いが、本当に後数話で終わる予定ですよ?

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