起きたらマ・クベだったんだがジオンはもうダメかもしれない 作:Reppu
大変不本意な事であるが、エイミー・パーシングは鈍感であるとの評価を受けることが往々にしてある。エイミーからしてみれば、寧ろ何故迂遠な表現や態度を用いねばならないのか甚だ疑問であり、故に彼女の行動は自身の感情に極めて忠実だ。
「…悩ましい」
「あら、どうされたのです?パーシング少尉」
食堂の入り口でエイミーが唸っていると、後ろから声を掛けてきたのは先日基地に――正確にはフラナガン医療センターオデッサ支局に――配属されたフランシス・ル・ベリエ伍長だった。エイミーは振り返ると眉間のしわを崩さず、しかし最低限の礼節は守るべく口を開く。
「こんにちは、ベリエ伍長。伍長もこれから食事ですか?」
「申し訳ありません、少尉。その、わたくしは伍長ですから、敬語など使って頂かなくても結構ですわ」
困り顔でそう返してくる伍長に、若干首をかしげながらエイミーは続ける。
「でも、伍長の方が年上ですし。それに何というかこう、丁寧に話さなきゃいけないオーラを感じると言うか…」
「そう言えば何か悩まれていたようですが?」
これ以上の問答の無駄を悟った伍長はそう話題を戻す。エイミーも直ぐに思考を戻し、悩んでいた内容を口にした。
「今日のデザート、クレープとタルトなんですよ。どっちにしようかと」
クレープは以前出たときに食べていて、大変美味だったことを記憶している。一方でタルトはオ・プラリーヌという新メニューだ。ここで問題なのが新メニューが全てローテーションに組み込まれるわけでは無いという事だ。人気が無くて外される場合が多いが、一方で材料の入手が難しく、再登場の機会を失うものもある。つまり一期一会になる可能性が高いが、ハズレの場合も存在するのだ。安定を取るか、リスクを負っても挑戦するか。割とどうでも良いことをエイミーは真剣に悩んでいた。
「…プラリーヌはアーモンドに砂糖を絡めたものを使ったお菓子ですね。タルトですと出しているお店によってプラリーヌの使い方が違うことがあります」
なんと言うことだろう、エイミーは衝撃を受ける。つまりこの機会を逃した場合、ローテーションに組み込まれなければ、二度と味わえないと言うことではないか。
「ぬう…、ここはタルト…。いや、しかし」
思い悩むエイミーを救ったのは、見かねた伍長の一言だった。
「少尉が宜しければ、食事をご一緒させて頂きますが?」
思わぬ福音に、衆人環視の中でありながら、伍長の手を握って感謝の言葉を述べたのは無理からぬ事であった。
「ベリエ伍長はもう基地に慣れましたか?」
半分に分けられたタルトへスプーンを入れつつ、エイミーは恩人たる伍長へ問いかけた。
「ええ、良くして頂いています。正直もう少し拒絶されるかと思っていましたが」
想定外の言葉にエイミーは首をかしげる。確かに彼女は元連邦の被検体という、非常にデリケートな出自を持っている。けれどそれはフラナガン博士の施設に居る他の子供達も同様であるし、何よりその経緯は同情こそすれ、嫌悪や拒絶につながるとは考えもしなかったからだ。故にエイミーはその疑問をそのまま口にする。
「拒絶…ですか?」
漏れ出た言葉にベリエ伍長は得心したらしく、苦笑しながらエイミーの疑問に答える。
「お忘れでしょうか。私は貴方達が敵と呼んだ特権階級のアースノイドだった人間なのですよ?スペースノイドを搾取し惰眠を貪る憎むべき相手、それが私達への評価だったと思いましたが」
その言葉にエイミーは顔を顰めてしまう。それは間違いなくジオン、否スペースノイドに巣くう根源的な忌避感であろう。まさかその当人に指摘されるとは思わなかったが。
「そうですね。憎悪が無いと言えば嘘になります。でもそれは、もう口にする資格が無い事を私は学びました」
もし彼女と出会ったのが地球降下直後であったら、もっと言ってしまえば、オデッサを知らぬまま出会っていたなら。そんなもしもを想像すると、エイミーは表情を曇らせた。あの頃のままの自分であったなら、彼女の境遇を聞きどう感じただろう?…きっと当然の報いを受けたアースノイドの1人として、その境遇を嗤ったに違いない。
「私は、アースノイドが憎かった。私達にとって当たり前で無い事を、当然の権利として享受する貴方達が憎かった。だから軍に入ったし、独立戦争に身を投じる事もしました」
だが、しかし。
「憎悪で武器を取り、相手から武力で奪うことを是とした瞬間、私は貴方達を糾弾する権利を失ったのです。それはだって、私達がされた事をやり返したのですから」
同様の手段をとった、ならばそれは相手と同じ立場になったと言うことだ。ならば最早、その事で恨み言を言う資格など、ジオンには存在しない。
「…大佐の受け売りですけどね。でもこの基地に来て、大佐の言葉を聞いて良かったと今では思っています。あのまま戦い続けていたら、私は人ではなくなっていたでしょうから」
奪うことを厭わず、虐げる事に疑問を持たない。それが、それこそが、私達が憎んだ敵の姿だったではないか。きっとそんな戦いを続けていれば、自分はとても醜い何かになっていたことだろう。
「だから、私は貴女を恨めません。多分、この基地に居る皆は同じ気持ちなんじゃないでしょうか」
そう口にすると、フランシス伍長は寂しそうに笑った。
「酷い人達ですね。この上私から恨む相手すら奪っていくなんて。でも、そうですね。私は自分の当然が、誰かの犠牲の上に成立していると知っていて然るべきだった。それを怠ったのですから、貴女の言うとおり、恨むのは筋違いなのでしょう。…それにしても」
そう続けるフランシス伍長の言葉にエイミーは耳を傾ける。
「少尉達の意識を変えてしまったのは大佐の言葉ですか。確かに不思議な殿方でしたね。あの方はどんな未来を思っているのかしら」
「それなら知っていますよ」
フランシス伍長の言葉に、得意げな表情でエイミーが口を開く。
「次の戦争が来ない未来です!」
『ロ、ローゼ!左!』
『嘘!?なんでそっちに!?』
息抜きにシミュレーターに来てみたら、何やら楽しそうな事をやっていらっしゃる。見ている連中の顔は思いっきり顰めっ面だが。
「やあ、ニアーライト少佐。随分面白い取り合わせだな」
ガデム少佐にダグ大尉、それにニアーライト少佐とエリオラ大尉、おまけにトラヴィス中尉にマルコシアスの面々だけでなくお嬢様隊も全員集合とか、一体何が始まるんです?
「真面目に仕事してる部下に言う台詞じゃないわよ、大佐。新顔がゲルググ使うって言うから、どの位乗れているか確認してるんじゃないの」
そう言って半眼になるニアーライト少佐。そういやゲルググの陸戦運用のマニュアル作成させてたっけ。そんで新人がちゃんと出来てるか確認してると。皆仕事熱心だなぁ、遊びに来てる俺が悪い子みたいじゃないか、これはいかん。
「それで、どんな具合だね?」
遊びに来たのをおくびにも出さず、しれっと話に交じってみる。部下の能力把握も指揮官の務めだからね!只聞いているだけの実に簡単なお仕事です。
「まあダメよね」
そう言ってモニターへ視線を向けるニアーライト少佐に倣って、俺もそちらへ視線を向ける。モニターには二機のゲルググが市街地で何故かザクに翻弄されている所が映されていた。うん、あの動きはミリセント少尉だな。
「遮蔽物が多い場所ではセンサーを有効に使うためにホバーの使用を抑えること。確かにそう書いたわよ?でも使うななんて書いてないし、何より状況を考えなさいよ…」
見れば、遮蔽物を盾に動き回るミリセント少尉のザクに対し、新兵2人のゲルググはホバーを切り、グランドセンサーで慎重に位置を特定しようとしている。問題は、MSに搭載出来るセンサーはそこまで高性能ではないので、高速で動き回られると特定に時間が掛かる上、僚機の音が入るとノイズで更に時間が延びる。なので極力動かない事を選んでいる2人は、圧倒的に優位な機体と数にもかかわらず、敵に機先を取られ続けるという愉快な状況に陥っている。
「マニュアル、もうちょっと詳細に書く必要がありそうね」
「そうだな、敵戦力の判定と併せて細分化してやればもう少しマシになるかもしれんな。まあ、真面目にマニュアルを実行できるだけ有望だろう」
「まあ、相手が悪いっていうのもあるしね」
見れば、ミリセント少尉は完全に視界が途切れるタイミングでスラスターを併用した横方向へのジャンプを駆使して、新兵組のセンサー予測位置から大幅にずれた所に現れたり、逆に一瞬だけ吹かした後、敢えてその場で止まって位置を欺瞞したりと完全に2人を翻弄している。ああ、あの手、最初のハンデ戦で良く使ったわ。
「そう言えば、他の対戦相手は?」
俺がそう聞くと、エリオラ大尉が困った顔で答えてくれた。
「2対2ですと片方に気が取られているうちに狙撃で片付いてしまいますから、1対2のハンデ戦です」
後で増長しないよう、大佐が相手をしてあげて下さい。そんなことを言う大尉に無言で頷く事で、俺はシミュレーターで遊ぶ大義名分を手にしたのだった。
Q:お嬢様達は何故アッグを使わなかったのか?
A:ゲンザブロウが悲しむから。