起きたらマ・クベだったんだがジオンはもうダメかもしれない   作:Reppu

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第百三十話:0079/12/07 マ・クベ(偽)と親子

端末に送信された大量の報告書のリストを見ながら、コンスコンは密かに溜息を吐いた。ルナツー攻略の指揮という大任を果たした後に待っていたのは、叙勲とそのままルナツーの指揮を執るようにしたためられた命令書だった。

 

「まったく、ドズル閣下も人使いが荒い」

 

ルナツーの攻略自体はさして問題にならなかった。事前に知らされていた通り援軍も無く、物資も十分でなかった連邦軍は、こちらの攻勢が本気であると見るや、早々にサイド6へ向けて撤退してしまったからだ。駐留艦隊の半数以上を取り逃がしたが、この件についてコンスコンはお咎めも無く終わっている。無理もないだろう。戦闘艦は言うまでもなく大飯喰らいであるし、弾薬は撃てば減る。既にサイド6は中立と嘯きつつ、明確にジオン側へ便宜を図っているから、たとえ受け入れたとしても満足に補給は受けられない。しかも既に同じ宙域にこちらの拠点であるペズンが控えている。念を入れて、ルナツー攻略部隊から抽出した部隊を合流させたため、艦艇の数すらほぼ互角、MSに至っては圧倒的な差を付けている。仮に逃げた連邦艦隊がルナツー奪還を目論んでも、悲劇的な結末を迎える事になるだろう。それを思い出し、少しばかり溜飲を下げたコンスコンは、再び報告書との格闘に戻る。攻略における被害は少なかったが、一方で接収したルナツーは問題が山積みだった。施設の多くは破壊されていたし、電子データも多くが削除されていただけでなく、物資も殆どは運び出され、残っていたものは丁寧に破壊されていた。極めつけは要塞内の至る所でスーパーナパームが使用されていたために空気まで持ち込む必要があった。おかげで単純に駐留できるようにするだけでも一週間近い時間が掛かった。現在は港湾区画を中心に施設の復旧を行っている。

 

「データベースの復元は思ったより順調か、だとしたらMSの製造ラインを優先して復旧させるよう指示しろ」

 

「艦艇用の生産設備の方が損傷しておりませんが?」

 

コンスコンの指示に副官がそう問い返す。拠点としての機能を取り戻すならばそちらの方が確かに効率は良い。しかしコンスコンの考えは違った。

 

「既に性能の割れている連邦艦艇よりも情報の少ないMSを裸にする方が先決だ。それに連邦が宇宙の拠点を全て失った今、艦艇の補充は優先度が低い。いずれは必要になるだろうがな」

 

「承知致しました」

 

そう言って頭を下げる副官に満足しつつ、コンスコンはふと思い出す。攻略の際に運良く鹵獲できたMSは、そろそろペズンに着いた頃だろうか?

 

 

 

 

「このレイアウトはショーンの仕事だな。相変わらず詰め込みすぎる癖は直っていないようだ」

 

装甲を取り外された最新型のジムをキャットウォークから眺めながら、テム・レイはそう呟いた。あの大佐との面会の後、翌日には助手という名の監視が付けられ、その3日後にはペズン行きのシャトルに乗せられて今に至る。ここでのテムの仕事は、主にフィールドモーター駆動式のMSに対するアドバイスと、今目の前で行われているような鹵獲した連邦製MSの分解への立ち会いだ。

 

「どうでしょう、博士?」

 

隣に並んでタブレットを操作していた助手、マーガレット・シュナイダ技術少尉がそう聞いてきた。今回送られてきた機体はルナツーで最近鹵獲された機体だと言うから、以前の機体との差異を問うているのだろう。

 

「根本的な部分は今までの機体と変わっていないな。強いて言えばアポジモーターの出力を若干上げているんだろう。フューエルラインが太くなっているし、タンクも若干だが大型化している。ジオンの新型に対抗するための措置だろうね」

 

そう言いながら視線を機体に戻せば、関節部のカバーが取り外されているところだった。

 

「フィールドモーターの方は外観上の差異は見られないな。まあ、可動部だから手が入れづらいと言うこともあるだろうが。ただ、少しずつだが性能が落ちているね」

 

テムの言葉にマーガレット少尉が驚いた表情を作る。テムとしては寧ろ気がついていないことが驚きだったが。

 

「貸してみたまえ。ほら、これが私と一緒に鹵獲された機体に使われていたものの数値、次が十月初頭に確保されたもの、そしてこれが今回のものだ、それぞれは2~3%程度の差異だが、確実に低下している」

 

「部品の個体差とは考えられませんか?」

 

「ガンダムのものならそれも考えられたがね」

 

端末を返しながら、テムは腕を組む。ジム用に準備したフィールドモーターは連邦軍の製造拠点ならば何処でも生産出来る事を念頭に置いたため、大型化と重量増加を代償に均質化がなされている。特に出力に関しては厳しく管理されており、個々の差異が0.1%以内に収められている。工業製品として見れば非常に高い精度を要求しているが、それはフィールドモーター機の宿命とも言えた。機体の中核となる流体パルスエンジンからの伝播を用いて駆動する公国軍のMSと違い、大小数十からなるモーターで駆動させる方式は、モーターの出力差が機体バランスに強く影響を及ぼしてしまう。特に不安定な二足歩行という構造を持つMSではこれが顕著な問題になってしまうのだ。OS側でかなりの部分を安定させる事が出来るのだが、それはあくまで戦闘での損傷や高負荷を想定してのことだ。納入された段階からOS側で補正しなければならないようでは、とてもではないが荒事には使えない。テム出奔後も基準が改定されていなければ、前回と今回のモーターは規格外として弾かれているはずである。それが可動機に組み込まれていたと言うことは、推察出来る状況は多くない。

 

「連邦側の工作精度が低下している?」

 

「あるいは代替材料が使われているか、基準そのものを下げてより生産性を上げたかだな」

 

だが、最早間に合わないだろう。テムは確信を持ってそう考える。公国軍が配備を進めているMS-11、ゲルググと呼ばれている機体は量産機でありながらガンダムと互角の性能を有している。無論従来機に比べれば高額ではあるが、それでも軍が量産を躊躇したガンダムに比べれば遥かに安価であるし、何より生産性も良好だ。遺憾だがガンダムの廉価版であるジムでは荷が重い。

 

(その上、この状況ではな)

 

ジオニックがゲルググと並行して開発した、フィールドモーターの技術実証機。開示された仕様書に記載されていたフィールドモーターの提供元は、あのアナハイムだった。ガンダムの製造時ですら散々に足下を見られ、ふっかけられた経験を持つテムにしてみれば、それと同等か、それ以上の性能を持つパーツを惜しげも無く彼らが供与しているという事実に、怒りよりも先に笑いが来てしまうほどだった。

 

(おかげで3号機が修復できたのは、なんとも皮肉だが)

 

ジオニックの技術実証機が完成に近づくと、性能評価の対象としてゲルググだけで無く、ガンダムも選ばれた。戦闘データの回収とハードウェアとしての学習型コンピューターの研究用としてコアファイターはジオン本国へ送られてしまったが、他の部分は2号機共々全て新品同様に修復されて、このペズンに置かれている。そこまで飛ばした思考が、今日の予定と交差したのはその時だった。

 

「そう言えば確か今日だったか?ガンダムのパイロットが着任するのは」

 

「はい、午後の1便目とのことでしたから、そろそろ司令に着任の挨拶をしているんじゃないでしょうか?」

 

「そうか、まあジオンのパイロットは優秀だからな、ガンダムも乗りこなせるだろう」

 

特に意識もせずに口にした言葉が裏切られたのは、それから2時間後のことだった。

 

 

「フラナガン研究所より出向して参りました、アムロ・レイ特務少尉です」

 

「同じく、カイ・シデン特務少尉です」

 

ガンダムの機付整備主任も兼任しているテムの前に現れた二人は、ジオンの制服を違和感なく着こなしていた。

 

「アムロ!?それに、カイ君!?どう言うことだ。研究所?それに特務少尉とは!?」

 

テムは愚鈍な人間ではない。それでも自身の想定外過ぎる事態を前に、混乱は避けられなかった。

 

「志願したんだよ、父さん。僕はやるべき事を見つけたんだ」

 

「何を、何を言っているんだ、アムロ!?」

 

「前に父さんが言っていただろう?人は宇宙を知るべきだって。今なら解るよ、人は地球から巣立つ時なんだ。だからそれを邪魔する奴は、巣立った人々を食い物にしようとする奴らは倒さなきゃならない」

 

「なに…を…」

 

それだけの言葉を発する事がテムに出来る精一杯だった。確かに以前、アムロに向かいそのような言葉を発した覚えがある。だがそれはコロニー建設という人類の英知と可能性を見せることで、閉塞した地球で未来に厭世感を持って欲しくないという、親が子供に出来る愛情表現だった。間違っても今アムロが口にしたような、コントリズムや選民思想に根ざしたものではない。

 

「カイ君」

 

横に並ぶ息子の友人へ視線を移す。何処か社会に対し斜に構えていた節のある彼も、目に確かな意思を宿らせながら口を開いた。

 

「親父さん、俺たちはね、知っちまったんですよ。偉そうに統治者だ守護者だと言っていた連中がしていたことを。あれを知ったら、もうダメだ。どんな御託を並べられても、俺たちの気持ちは変えられねえよ」

 

「何を、何を言っているんだ。アムロ、カイ君、お前達は何を知ったと言うんだ!?」

 

当然の事ではあるが、テムはEXAMの被検体となった少女の悲劇を知らない。だがその一方で、少年である彼らもまた、地球から巣立ちきる事の出来ないスペースノイドを連邦政府が如何に保護してきたかを知らない。

 

「人は宇宙でニュータイプになれる。でもそんな新しい人たちを認められない、認められないだけじゃ無く私欲のために道具にしようとする奴らがいる。その存在を認めているのが今の連邦政府だ。だから、連邦は壊さなきゃいけない」

 

アムロがそう決然と言い放ち、テムはめまいと共に今一度我が子を見る。この子は、自分の愛する息子は、いったい何を知ってしまったのだろう?

 

「大丈夫だよ、父さん。僕たちが勝って直ぐに戦争なんて終わる。そしたら母さんを迎えに行ってまた三人で暮らそう?」

 

久しぶりに見る息子の笑顔に、テムは得体の知れない恐怖を感じるのだった。


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