起きたらマ・クベだったんだがジオンはもうダメかもしれない   作:Reppu

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今週分です。


第百二十六話:0079/11/25 マ・クベ(偽)と収束

全身を襲う激痛に意識を覚醒させられたヨハンの視界に飛び込んできたのは、有り体に言って地獄だった。

 

(酷いな、これは)

 

乗艦していた艦を墜とされるのは二度目だが、アナンケの時もブリッジはこのような有様だったのだろうか。いや、宇宙であったからもっと寒々しい光景だったかもしれない。そんな埒もない事を考えながら、何とか身を起こし、ヨハンは自分の席に再び座る。

 

「ああ…、負けた、な」

 

辛うじて生きていた幾つかのモニターに映し出される光景は、最早戦闘では無く、戦いの後始末だ。投降するものは捕らえられ、なお抵抗するものは容赦なく建物ごと吹き飛ばされる。だが大半は投降を選んでいる様子だった。

 

「見誤った…いや、間違ったと、言うべきか」

 

込み上がってくる不快感から、無作法と思いながらも床へ口内にたまった血を吐き捨てる。大きく息を吐き、ヨハンは席に座り続ける。その胸中はこれからの暗澹たる未来で占められていた。

 

「最早止められん。ここから先は競争と、闘争の時代だ。それが解らん男では無かっただろうに」

 

遠く月の裏側に居るであろうデギン・ソド・ザビとギレン・ザビの顔を思い出しながら、ヨハンはそう呟いた。その言葉は間違いではない。ただ、軍人として、リアリストであり続けた彼には、民衆の心理と、そこから生み出される不条理に対する思考が致命的に不足していた。人は、最適解であれば従えるほど単純ではないのだ。

 

「次は十年と保つまい」

 

だが、最早彼にはどうにも出来ないことだ。故に最後の希望を残すべく、そして己の職務を全うするために、残る全ての力を使い、椅子から立ち上がる。敗北は決まった、ならば一人でも多くの兵を生きながらえさせねばならない。霞んで暗さの増す視界で懸命に無事な通信機を探す。幸いにして最奥、最も自身の席から近い通信機が稼働していた。最後の力を振り絞り、ヨハンは口を開いた。

 

「全軍に、告ぐ。作戦は、失敗した。直ちに撤退せよ。繰り返す、直ちに撤退せよ」

 

言い切った後、返事を待つこと無く彼の意識は深く沈んでいった。

 

 

 

 

空が白み始め、外部の様子が視覚として捉えられるようになる。無論暗視モニター越しにも見えていたが、天然色に切り替わると、その光景はより現実のものとして俺の視線を奪った。

 

「手酷くやられたな」

 

ワルシャワ攻略と前後して敵の攻撃は弱まり、多くの部隊は後退。中にはオデッサに近づき過ぎたために退路を塞がれ降伏する部隊も居た。どうにも軍としての統制が取れておらず、その対応は部隊によってばらばらだ。組織的な抵抗能力を失ったと見た欧州方面軍は、この機を逃がさず追撃の構えだ。

 

「シーマ中佐の撤退は完了しているな?」

 

追い立てられたとはいえ、連邦軍の戦力はまだまだ残っている。流石に2個中隊で道を塞ぐのは危険すぎるだろう。

 

「はい、既に部隊は母艦に収容されヨーロッパ方面へ迂回しつつこちらへ向かっているとのことです。それからデメジエール中佐が追撃の許可を求めていますが」

 

散々暴れ回ったろうに元気だな。まあ、目立った損害は受けていないようだし、中佐がやれると判断したのなら是非も無い。

 

「承知した、ヒルドルブの力を存分に刻み込んでやれと伝えろ。ああ、アッザムの方はどうか?」

 

「ヴェルナー大尉は出撃許可を求めています」

 

困った顔になるイネス大尉に聞き返す。

 

「…ヴェルナー大尉は?」

 

「サブパイロットとガンナーが過労で倒れました。現在治療中です」

 

それでどうやって出撃する気なんですかね?

 

「一人でも砲撃くらいは出来る、と」

 

「却下だ。趨勢は決まったのだ。欲張って不必要なリスクを負う必要は無い。むしろヴェルナー大尉も医務室に放り込んで検査を受けさせろ。ウラガン、アプサラスはどうなった?」

 

「不時着は成功しております。パイロット、ガンナー共に無事である事も確認できました。ただ、例の砲弾の影響で装甲が溶融し外に出ることが出来ないようです」

 

「…まだ周囲は汚れているだろうからな、無理に出すことは無いだろう。生命維持装置にトラブルが無ければ、暫くは我慢して貰え」

 

「承知いたしました」

 

そう言いながら、そっと差し出された端末を受け取る。そこには今のところ判明している損害が纏められていた。俺は思わず渋い顔になってしまう。

 

「酷い数字だな」

 

死者約1000名、負傷者は3万超え、喪失装備はMSだけでも30機以上。これがオデッサの指揮下だけの数字だから、欧州方面軍全体だと5倍ではきかないだろう。そうため息を吐いていると、イネス大尉が口を開いた。

 

「確かに無視できない喪失です、ですが取り返せないほどではありません」

 

諫めるような言葉に俺は一瞬息を呑む。これは俺が始めた戦い、そして彼らの献身によって勝ちを拾えたのだ。その結果に不満を口にするのは、あまりにも不遜が過ぎる。

 

「そうだな、まずは勝利したことを喜ぼう。尤も、しっかりと勝ってからだが。ウラガン」

 

「はい」

 

俺が呼ぶと、直ぐに返事がくる。相変わらずの仏頂面だが、その変わらぬ姿が頼もしい。

 

「ワルシャワを制圧した部隊にレビルの死をしっかりと確認するように伝えろ。あの爺は前科持ちだからな、また逃げられて勝利演説などされたらたまったものではない」

 

こんな面倒ごと、二度とご免だからな。

 

「承知致しました。それからガデム少佐から連絡が入っております。全員無事だそうです」

 

「っ、そうか。ご苦労、ゆっくり休めと言っておいてくれ」

 

俺は静かに安堵の溜息を吐いた。全員とは少佐を含め、元マルコシアスとハマーン、それにニムバス大尉達の事だ。特に元マルコシアスのメンバーの中には、自爆に巻き込まれ、かなりの重傷を負った者も居た。今も集中治療室で治療中だが、少なくとも峠を越えたという事だろう。大体の状況が収束し、事態が落ち着き始めたと感じた途端、俺は視界が暗くなるのを感じ、そのまま意識を手放した。

 

 

 

 

「過労ですね」

 

診察結果を聞き、イネス・フィロン大尉は大きく息を吐いた。視線を横にそらせば、不健康そうな肌色の大佐が、静かに寝息を立てている。大佐が倒れた。その事実は連邦軍が攻めてきた以上の混乱をオデッサにもたらした。一晩でエースの階段を駆け上がった少女が泣きながら突撃してくるわ、普段冷静な副官は錯乱してオペの手配を始めるわ、待機命令を出していたはずのパイロット達が医務室に押しかけるわで、もし仮にこのタイミングでもう一度あの無人機が一機でも送り込まれていたら、ひょっとしなくてもオデッサは陥落していただろう。

 

(由々しき問題ですね)

 

短い付き合いながらも、大佐が優秀であることはイネスも認める所である。問題は優秀故に多くの仕事が舞い込む人物が、同時に基地の精神的支柱も兼任していることだろう。しかもその依存度は思ったよりも深刻だ。

 

「まさか、ウラガン大尉もあそこまで依存しているのは想定外でした」

 

普段大佐が居なくても問題無く業務を回せていたから、気付くのに遅れてしまった。あれは信頼を通り越して、ある種の崇拝や依存に近い。離れていても健在であると確信できている分には問題無いのだが、万一行方不明や最悪戦死などした日には、迷走どころか暴走しかねない。実務能力と信頼を勝ち得ている優秀な副官が暴走するなど、組織としては悪夢である。

 

「良い機会です、もう少し人員を増やして貰いましょう。ついでに親離れもして貰わねば」

 

ベッドで眠っている大佐をもう一度見て、イネスはそう決める。何しろここの連中は、あの副官が暴走するような事態になったなら、諫めるどころか嬉々として手を貸すような連中ばかりなのだ。加えて異常とも言えるだけの戦闘能力まであるのだから、その相乗効果が生み出す結果など、想像したくも無い。

 

「さしあたって、基地の再建についてある程度纏めておきましょう」

 

変な気を起こされる前に仕事を与えておけば、ある程度時間は稼げるだろう。その後は大佐が起きてから話し合えば良い。そう結論づけたイネスは、医務室の前でまだたむろしていた者達を追い散らすと、執務室へ足を向けた。この後、基地外からも安否確認の連絡が殺到し、イネスは頭を悩ませることになるのだが。それはまた別の話である。




オデッサ作戦、終わり!

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