起きたらマ・クベだったんだがジオンはもうダメかもしれない   作:Reppu

115 / 181
書くことが、書くことが多い!


第百十四話:0079/11/24 マ・クベ(偽)とオデッサ作戦―7―

覚悟をしていた。そのつもりだったと、ハルキ・トオノ一等兵は真っ赤に染まる空を見上げながら思った。所謂理想に燃えた青年であった彼は、その青さ故に軍の門を叩き、その未熟故に歩兵としてこの地球に降り立った。一握りのエリートが住まう楽園、そんな彼の中にあった地球への幻想は、降下して数分で降りかかってきた戦友の臓物とともに消え失せた。

そしてこの数ヶ月で彼が学んだのは、如何に自身が浅慮だったかと言うこと、理想より腕の中に収まっている、貧相な小銃の方が自分にとって大切であること、そして、地球に降り立って数分で挽肉になった戦友のように、自分もいつかこの大地に赤いシミとなって消えるであろうと言うことだった。それを諦観と共に受け入れたはずだった。

 

「馬鹿野郎!とっとと隠れるんだよ!」

 

怒声と共に体が引っ張られ、それに引きずられる様にハルキの意識は現実に引き戻された。鍛えられた体が、意識とは別に走り出す。リヴィウ周辺に配置された塹壕は、敵の偵察に対する偽装として貧相な外見をしているが、その全てに掩体壕が準備されており、こちらはバンカーバスターの直撃にも耐えられるよう作られていた。何でもあのオデッサの大佐が、周辺都市の防御を執拗に訴え、基地の工兵部隊すら借り出して作らせたらしい。既に閉め始められていた扉に先を走っていた小隊長と共に体を滑り込ませるとほぼ同時に、外では激しい着弾音が鳴り響く。その瞬間、自分がまた生き延びたのだと理解し、ハルキは思わずへたり込んでしまった。

 

「本格的な砲撃だな。ロケットまで使ってるってこたぁ、奴さん本気でここを落とすつもりだな。直ぐに敵の部隊が来るぞ、各員装備点検!」

 

ジオン軍の歩兵にとって救いであったのは、連邦軍が未だに旧式のMBTを戦力として投入していることだ。おかげで携行式の対戦車誘導弾やトラックなどを改造したテクニカルなどでも、十分戦力として数えることが出来る。仮に連邦もこちらと同じようにホバー式のMSを大量配備していたなら、為す術もなく蹂躙されていたことだろう。

 

「いいか!今本部から通達があった!敵の攻勢に対し、方面軍司令部付の第28師団がここへ向けて救援に向かってくれている!到着は1630!つまり6時間ほど粘れば俺たちの勝ちだ!」

 

最早数など忘れる程繰り返した装備点検をしていると、小隊長が力強い声でそう叫んだ。その声に周囲から喜色を含んだ溜息が漏れる。第28師団は、欧州方面軍の中でも最初にMSのみで完全充足した師団であり、その技量も極めて高いことで有名だからだ。旧式の装備で挑んでくる連邦軍など、文字通り蹂躙するだろう。

 

(問題はそれまで俺たちが生きているかだけどな)

 

リヴィウに駐留しているのは歩兵1個師団とMSが2個中隊、それから師団付の砲兵大隊だ。陣地もあるので全くの無力ではないが、それでも戦力として寡兵であるし、機甲師団を止めるのに十分とは言いがたい。最悪、都市の防衛は叶っても歩兵部隊は全滅などという事だって有りうるのだ。

 

(それこそ、生き延びられればおめでとうってか?クソッタレ!)

 

そう内心毒づいていると、小隊長が声を掛けてきた。

 

「トオノ一等兵。貴様確かスーツが使えたな?1着回されてきているから貴様が使え、セルの確認は怠るなよ?」

 

スーツというのは、戦前の連邦軍で試作されていた歩兵用外骨格だ。元々歩兵に重装備を運用させるというニーズはあったのだが、大々的に配備される前にMSが登場、更にその技術を応用した所謂プチモビと呼ばれる小型機が世に出ると、スーツの存在自体が疑問視されるようになり、一部で試験的に運用されるに留まった。だが、そんな装備が何故かジオンの欧州方面軍では幾らか量産され、歩兵部隊用の増加装備として支給されていた。加えて連邦軍が運用していた歩兵用ビームライフルの改良品―と謳われているデッドコピー品―がオデッサから送られてきており、スーツは専らこれの運用母体として扱われている。ちなみに機構部は連邦のものに比べ3割ほど大型化、起動用のジェネレーターに至っては再現できず、基地施設から有線で供給という有様で、連邦のように満足に持ち運びすら出来ないという、中々に難物な装備だ。しかし、MBTを正面から撃破できる歩兵装備というのはやはり魅力的らしく、意外にも配備要請が多く寄せられ、増産命令を出されたどこかの大佐が悲鳴を上げたというのはよく聞く噂である。

 

「はい!小隊長!」

 

現在歩兵をやっている連中は、全員がMSの再試験に落ちた連中なので、少々特別感のあるスーツの着用はちょっとした自慢話のタネだ。どうやら上層部もそうしたモチベーションの部分もあって、敢えて正式名称である歩兵支援用機動外骨格、という長ったらしい名前をMSに似せた名前で呼ばせているようだ。ちなみにスーツは使用するのに一切資格が要らないため、使える、とは使ったことがあると言うだけの意味しか持たなかったりする。

装備を受領し、重たい足音を響かせながらハルキが戻ると、部隊は既に準備を終えて出撃の直前だった。

 

「いいか、貴様ら!さっきも言ったがたった6時間粘るだけだ!居ないと思うが、もしも死ぬようなヘマをする奴は生き返らせて俺が直々にもう一度殺してやるからな!特にトオノ!さっきみたいに呆けてやがったら月までケツを蹴り上げるぞ!覚えておけ、いいな!?G小隊、出るぞ!」

 

「「了解!」」

 

人生で最も長い6時間になりそうだ。ハルキはそう考えながら駆け出した。

 

 

 

 

『すげえ砲撃だったな。見ろよ、もう殆どガレキの山だぜ?』

 

『本当だな、もう敵なんて皆吹っ飛んじまったんじゃ無いか?』

 

部隊内のローカルネットワークとはいえ、あまりにも暢気な物言いに、小隊長のホプキンス少尉は怒鳴りつけたくなるのを懸命にこらえた。無理も無いのだ、車両こそミノフスキー粒子下の戦闘に対応するべくアップデートされた最新のM61A6に乗っているが、彼らは戦車兵になってまだ2ヶ月も経たない新兵なのだ。

 

(精強で鳴らした503戦車大隊の8割が新兵、全くもって笑えない)

 

欧州に展開していた中でも、503は不運な部隊だったと言えるだろう。オデッサに最も近い部隊の1つだった彼らは、当然のようにあの一つ目達と碌な対策も無いままに戦い、甚大な被害を被った。それでも半数近くはイベリアまで後退出来たのだが、そこで待っていたのは、あの悪魔のようなスカート付だった。もしあの時、部隊長が車両を放棄して撤退する事を決断していなければ、今頃ホプキンスも戦死者のリストに名を連ねていただろう。尤もそのおかげで部隊長は査問委員会に掛けられたあげく、教育課程の教官に栄転してしまったが。

 

「無駄話はそこまでだ、小隊前進。味方の制圧射撃に合わせて突破する。Aフォーメーション、全車続け!」

 

自車を先頭にする隊形を指示し、ホプキンス少尉はモニターを注意深く確認する。A6はセンサーに頼っていた視界をカメラに置き換え、通信機の出力を上げた車両だ。軍のお偉方は大げさにミノフスキー粒子環境対応型、などと呼んでいるが何のことは無い、旧世紀のMBTよろしく車長の目視に頼る形に先祖返りをしただけだ。しかも搭乗人員は2人のままだから、車長が索敵をしている間は射撃が出来ないし、逆に射撃をしている間は周囲の警戒が疎かになるという、なんとも片手落ちな車両だ。それでも車長の視界が砲塔正面のみであったA5に比べれば雲泥の差ではあるのだが。

 

(通信が出来ても、ひよっこ共じゃものの役に立たん)

 

ホプキンスに言わせれば、彼らが出来ることとは辛うじて車両を動かし、砲を撃つことだけだ。味方との連携など望むべくも無いし、地形や敵陣地を考慮した警戒など出来るはずも無い。必然、それらが出来るホプキンスの車両を中心にカモの子供のごとく付いてこさせるのが部隊の標準的な運用になってしまっている。まあ、その状況はこの小隊に限らず、503の部隊全体がそうなのだが。もし、部隊長が以前のままであれば、こんな編成にはならなかっただろう。生き残ったベテランを纏めた隊と新人の隊に分け、状況に応じて使い分けたに違いない。だが新しく着任した少佐は、そういった柔軟さに欠ける上に、部下に意見されることを嫌う人物だった。

 

(せめて後1年、いや半年有れば形になったんだがな)

 

十分な訓練期間を設けられるなら、この編成も間違ってはいない。ベテランと新兵が積極的にチームとして交流することで、知識や技術の伝達が円滑になるからだ。だが、戦場で学ばせるにはまったく不適切だった。

 

「光った!」

 

運転手が叫んだと同時、前方の未だ晴れない土煙を切り裂いて一条の光がホプキンスの乗る車両を貫く。幸いにして少しだけそれた為に、一撃で死ぬことはなかったが、左側の履帯が完全に融解、車体は横滑りしながら停止してしまった。

 

「ビームだと!畜生!全車散開!スモークを展開しつつ蛇行して的を絞らせるな!」

 

言いながらホプキンスは砲塔を旋回させビームの放たれた方向へ榴弾を連続して撃ち込んだ。射撃された位置からして、ラーティのような歩兵用ビーム兵器で有ろう事が推察出来たからだ。同時に敵の度胸に舌を巻く。連中はあの砲撃の中頭を上げて、その上攻撃まで行ってきたのだ。それが蛮勇でないならば、恐ろしい練度の敵兵が目の前に待ち構えていることになる。

 

「各車!とにかく敵陣地に突っ込め!ここじゃ狙い撃ち―」

 

命令を最後まで伝えることなく、ホプキンスは再び放たれた光によって分子へと分解される。故に小隊が一台もたどり着けずに撃破されることを彼が知ることはなかった。

 

 

 

 

「畜生!バカスカバカスカ撃ちやがって!連中底なしかよ!?」

 

「うるせえ!それより動くんじゃねえよ!装填出来ねえだろ!」

 

引っ切りなしに降り注ぐ砲弾と土砂に涙目になりながらハルキが叫ぶと、着弾音に負けない大声でカートリッジの装填を担当していたイン上等兵が怒鳴る。基地のジェネレーターと接続する必要があることから、歩兵用ビームライフル――正式名称、パンツァーシュタンゼン――は塹壕内で射撃できる位置が決まっており、大型化したカートリッジも随伴の装填手が運ぶのではなく、近くの保管庫から取り出す仕組みになっている。連邦製のものに比べ収束率の良い砲身が採用されているため輻射熱の問題は無くなった反面、カートリッジの小型化が出来なかった事に対する、ある種苦肉の策と言えた。

 

「ふっぐ…ぎ…。そ、装填!」

 

イン上等兵の声に、ハルキは身を乗り出すと、轟音と共に迫ってくる敵戦車に照準を合わせる。先頭の車両を撃った時は、至近距離に落ちた砲弾で姿勢を崩し二発も使ってしまった。保管庫には再充填機能などという上等な装備はないので無駄撃ちは出来ないのにだ。

 

「吹っ飛べ!」

 

叫び声と共に放たれた光は、今度こそ綺麗に敵戦車の正面に吸い込まれ、一撃で爆散させる。どうやら最初に撃破した車両が隊長車だったらしく、他の車両は動きが単調で、碌に射撃もしていない。見れば隣に陣取った小隊から放たれたビームも同じように別の戦車を吹き飛ばしていた。

 

「はっ!見かけ倒しのハリボテ共が!幾らでも来やがれ!皆吹き飛ばしてやる!」

 

その言葉通り、この後も雲霞のごとく押し寄せる戦車と文字通り戦い続けることになり、余計なことを言ったとハルキが後悔するのは、それからわずか数分後の事だった。

 




強化外骨格がどんなものか気になる人は、近藤先生の著書、バニシングマシンを是非読んでみて下さい(ダイマ
歩兵用ビームライフルは連邦軍から鹵獲したものを、オデッサの火力フェチの中尉が改造したという誰得設定です。カートリッジをジオンのものに置き換えた結果、性能はそのままにサイズは一回り大きくなりました。ビーム技術は連邦の方が進んでいるので仕方が無いですね!

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。