起きたらマ・クベだったんだがジオンはもうダメかもしれない   作:Reppu

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今週分です。


第百三話:0079/11/10 マ・クベ(偽)と道具

「失礼、大佐。少し相談したいことがあるのだけれど?」

 

入ってくるなりそんなことを言ってくるニアーライト少佐に一瞬視線を送った後、俺は書類仕事を再開しつつ口を開いた。

 

「何だろう、少佐?」

 

持ってきて貰った書類も一通り目を通したが、ぶっちゃけアスタロス以外の研究している奴の方が実用性が高そうだったから、そっちの改良を提案しておいた。スペースノイド的には昆布が雑草扱いだったのが地味にショッキングな事実だった。昆布美味いじゃん。閑話休題。俺の態度に明らかに不機嫌な気配を放つオカマ野郎が、表面上はそれを隠し、柔やかに告げてきた。

 

「あたしのMS、こちらで受領するはずなのだけど、未だに何の連絡も無いのよ。何かの手違いかしら?」

 

はっはっは、あたしのと来たか。

 

「少佐、今の欧州の状況は理解しているかね?」

 

ここの所沈静化していたスカンジナビアやウラルの連邦軍の行動が活発化しているし、かなりの頻度でブリテン島にも物が送られている。間違いなく近日中に欧州のどこかが戦場になるだろう。そのため、少しでも多くのMSを前線に送り出している真っ最中なのだ。

 

「ええ、存じているわ。でも、それとこれとは別問題でしょう?」

 

成程、さてはこやつ馬鹿だな?

 

「同じ問題だよ、少佐。前線でMSが足りない。後方の兵站拠点に回されてきた手ぶらの部隊。どちらに優先してMSを回すかなんて、子供でも解るだろう?」

 

そう鼻で笑ってやると、解りやすく頬をひくつかせる少佐。何だよ怒りっぽいな、乳酸菌摂ってないのか?

 

「あたし達戦技研よ?大佐の言いたいことは解ったけれど、それなら尚のこと準備して欲しいわね?あたし達の仕事が前線で多くの兵を救うのだから」

 

ほうほう、一応理論武装くらいは出来るのか。だが甘いなあ。ドヤ顔で折角だからゲルググがいい、もちろん最新モデルの奴!とかドリームを広げている少佐の前に報告書を放る。訝しむ少佐に顎をしゃくって報告書を見るように促すと、拾った途端顔色が悪くなった。

 

「君たちが地上に降りてからの活動記録だ。身に覚えはあるだろう?それで?MSの戦技研究がなんだって?」

 

局地戦戦技研究特別小隊、なんともご大層な名前が付いているが、実のところ彼らは全くその任務を遂行していない。当然である、なぜなら彼らは反ザビ派を監視、どころか場合によっては粛正することを目的に集められた人員で、小隊の名称も要は何処に送り込んでも言い訳の立つ名前程度の価値しかない。そう、今までは。

 

「そろそろあれも整理せねばならん」

 

気になる相手の掃除が粗方終わったらしい眉なし独裁者様が世間話のついでみたいに漏らした言葉だ。つまり用済みだからお前のところで処分しろと総帥閣下は仰っておられる、勘弁して下さいホント。溜息を吐きたくなるのをこらえて目の前の現実に向き合う。ニアーライト少佐を含め、マッチモニードの皆さんは能力こそ悪くないが、割と残念な連中が集められている。この辺同じような境遇で、更に悪い環境に置かれながらも腐らず軍人として職務を全うした海兵隊のメンバーは、それだけで称賛に値すると俺は思う。

話を戻そう。目の前で青くなったり口元を痙攣させたりと忙しいニアーライト少佐は、割と今分水嶺に立っている。ここで軍人としての価値を示さない場合、彼らに待っているのは、戦死か、軍事裁判の何れかだ。総帥の口調からすると戦後に処理すると面倒だから戦死させろと言っている。流石人類が半分死ぬ作戦を承認出来る男は、命に対する価値観が違う。まあ、割と俺も同類な訳だが、流石に後ろ弾は寝覚めが悪い。

 

「君たちの状況は理解している。これでも総司令部付だからね。その上で言わせて貰うが、君たちの立場は今非常に危うい」

 

「…どういうことかしら?」

 

「この手の感性は君の方が良く解ると思うが?使い道の無くなった道具を、今まで君はどうしてきたのかな?」

 

「嘘よ!」

 

「嘘?」

 

「あたしは認められたの!優良種であるジオン国民の中でも更に最優な存在として!そこらの有象無象とは価値が違う!そのあたしが捨てられる?ゴミと同然に?そんなわけ無いじゃない!?」

 

敵意をむき出しにした目でニアーライト少佐がそう叫んだ。俺は、思わず我慢が出来なくなって笑いながら口を開いた。

 

「優秀?笑わせてくれる。権力に近づいた後、君は何をしていた?まだ君が同じ弱者を守る為に働いたのなら評価できるが、違うだろう?君はただ、虐げる側に回って、自分がされた事を繰り返しただけだ。そんな男が最も優良な人類だと?冗談にしても笑えんな」

 

「お前に何が解る!?奪い続ける、虐げ続ける側に居続けたお前に!あたしを対等の人として扱ってくれたのはザビ家だけよ!」

 

「解らんよ、だから私は思うしか無い。だがこれだけは言える。誰かに認められるためだけに、その者の言葉に盲目的に従う者は人ではない、道具だ」

 

そう言って俺はシミュレーターの使用許可とゲルググのマニュアルを机に放り投げた。俺は神様でも聖人でも無いからね。求められれば手を貸すくらいは吝かじゃないが、嫌だという人間にお節介を焼いてやれるほど暇人じゃない。

 

「今日まで本基地で収集された各データとパイロットの報告だ。局地戦戦技研究特別小隊隊長、ニアーライト少佐。貴官にこのデータの編纂及びゲルググの地上での戦技研究を命ずる。言っておくがこれが最後のチャンスだ。道具などではなく、本当に人間になって見せろ。自分の手でな」

 

 

 

 

目の前の男の言葉が理解できず、ニアーライトは混乱する頭で必死に思考する。自分は人間になった、あの地獄から這い上がり、優良種の最高峰たる者達に人と認められた。だから人間として当たり前の行動を取ってきた、そのはずだ。

 

(人間になって見せろ?この男は何を言いたいの?)

 

己の利益を確保し、弱者を踏みにじる。目的や欲望のために平然と他者を切り捨てる。それが出来る者が力を持った人間の証明では無いか。だって、自分たちは常にそうした人間達に虐げられて来たのだから。本心で言うならばニアーライトはザビ家を盲信してもいなければ、彼らに忠義の気持ちも持ち合わせていない。ニアーライトが人として振る舞う事と、ザビ家が権力を持ち続けることが不可分であるからこそ、彼はザビ家に有益な様に働いているのだ。

だが男は言う。その考えは間違っていると。巫山戯た話だとニアーライトは思う。生まれながらに人間だった者が、人間になった者の事が理解できるのかと。だが、その一方で彼の頭脳は別の仮説も組み立てる。人間から見て、今の自分が人に見えないと言うのなら。やはりそれは人に到って居ないという事ではないだろうか。

 

(馬鹿な事を!)

 

浮かんだ疑念をニアーライトは必死で振り払う。自分は人間、特別な人間だ。成程、ならば凡俗な者には人に見えぬ事もあるだろう。そう自己を肯定しようとすればするほど、疑念は膨らみ不安が心をかき乱す。そしてある答えにたどり着いた瞬間、ニアーライトは足下が崩れ去るような衝撃に襲われる。ザビ家も、目の前の男も、誰かに認められたから人なのでは無い。ならば、誰かの承認を以って自らを人と定義することはあまりにも不自然では無いか。だとすれば。

 

(あたしは…人じゃ無い?いえ、それどころか…人に、なれ、ない?)

 

「人は一人では生きられん。だから、誰かに認められたい、誰かの役に立つ事で無価値で無いと証明したい。それは自然な機微だろう。だがな、少佐。自らの理由を誰かに預けてはいかん」

 

混乱の頂点に達し黙り込んだニアーライトへ、男は語りかけてくる。

 

「誰かのために生きる。それは尊い言葉に聞こえるだろう。だがな、少佐。それは、己の行う全ての責任を、その誰かに背負わせると言うことだ。自らの行いの責任から逃れる者が、何故人間を名乗れるか?」

 

その言葉は、遠い記憶を呼び覚ます。父だったのか、母だったのか。辛く苦しい記憶に埋もれたそれは、もはや誰から聞かされたかも定かで無いが、しかしそれを聞いた事だけは、その言葉だけははっきりと思い出せた。

 

「良いじゃないか、ニアーライト。世界の全てがお前が人では無いと叫んでも、お前がお前を人だと知っている。だから、お前は、お前に誇れる自分でありなさい」

 

何故今思い出すのか。そう思うより先に、何故その言葉を今まで忘れていたのかとニアーライトは衝撃を受けた。

そうだ、だから自分は必死に学んだのだ。いつからだろう、学ぶことが力を付けることと同義になったのは。いつからだろう、自分で自分を人と思わなくなったのは。

そう思うと、ニアーライトは自然と自身の口元がほころんで居ることに気がついた。何故自分は必死に人間になろうと思っていたのか、自分は最初から人間だったと言うのに。

 

(成程ね、確かにあたしは人間じゃなかったわね)

 

だがそれは、先ほどまでの話だ。

 

「言ってくれるじゃない。大佐ともなるとご高説もお手のものなのかしら?」

 

これからの難儀をどう捌こうか。そんなことを考えながらニアーライトは言いたい放題に言ってくれた目の前の男を、そうからかう。そこに先ほどまでの焦燥も、敵意も無く、ただ目の前の男ともう少しだけ話をしてみたい。そんな欲求からでた言葉だった。

 

「そのくらい覚悟をするべきだという自戒だよ。何せ私は君たちの命を預かっているんだからね」

 

そう言って笑う男へ、ニアーライトは好感を覚え、驚きを感じた。見下すでも、顎で使うでも無い。ただ、たわい無い与太話を誰かと楽しむなど、今まで想像すらしていなかったからだ。

 

「成程、じゃあ精々使い潰されないようにあたし達が有能であることをアピールするとしましょうか」

 

そう言ってニアーライトは机に置かれた資料をつかむ。まずは部下達との関係の改善、それから部隊内の意識改革。やることはいくらでも思いつくが、ニアーライトにとってそれは今までで最も心が躍る任務になる確信があった。今日から自分たちは、人間へと戻るのだから。




マッチモニード更生という誰得回。

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