かくも日常的な物語   作:満足な愚者

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第二話

雲一つない真っ青な空だった。いい天気だと何だか調子が良くなったように感じる。

 

そんなある日の昼下がり。

 

キュッキュッっとホワイトボードにマーカーで文字を書く音が聞こえる。大学の一室。普段は語学なんかの少人数授業が行われる教室だ。

 

収容人数も30程度。高校までの教室と同じくらいか少し狭いくらいの大きさだろう。机は長机で三列で並んでいた。

 

そんな教室の最前列の中央の長机。その右端の椅子に座っていた。

 

右を見る。いつもの様に天パがかった髪に細いフレームのメガネ。

そんな彼が少し面白そうな目をしながらホワイトボードを眺めていた。

 

「これでよし!」

 

教壇の上でホワイトボードに書いていた人物がカチッとマーカーのキャップを閉める。

赤みがかった、セミロングの髪はツヤをもち、癖なんか微塵も見えない綺麗さだ。ちなみにその赤毛は地毛らしく。出会った当初のままだ。

 

クルッとこちらを向く。

 

うーん。こいつを表すにはどういう言葉が似合うだろうか……。

 

美女、美少女とかいう言葉がしっくりくる。整った顔と言うより整い過ぎていると言った方が似合う。

 

俺の少ないボキャブラリーじゃ何て表現すれば良いのか悩むところだ。とりあえず美女を想像してもらったら間違いない。

 

春香ちゃんとか雪歩ちゃんと並んでも遜色ないか寧ろまだ美人と言っても間違いじゃないあたり、彼女の美人差がわかってくれるだろう。

 

「よく来てくれたな!」

 

そんな彼女は女性にしては少し低めの声でいう。

 

彼女がかの有名な橘ミズキその人である。彼女の伝説は数しれず。暴走族を一夜にして、三つ壊滅させたとか、空手の日本チャンプに勝ったとか、全国模試で1位をとったことがあるとか音速で走るとか、円周率を空で100桁言えるとか。

 

とにかく、色々な噂があるのだ。

 

彼女とは高校時代からの仲間であり、真の空手の先生だ。めちゃくちゃ強い。あの真が絶対に勝てないっていうほどだ。

 

それにこの容姿。ゲームでいうチートキャラとかバグキャラとかいう感じだ。

 

「この前持って行った機材からして、そんな事だとは思ったが……。やっぱりか」

 

SSKがやはりといった感じで呟く。この前とは恐らく春香ちゃん達が泊まりに来た日のことかな。あの時銭湯の前で器材を運んだとか何とか言ってたし。

 

あれからもう3週間か。早いな。時がたつのは。あれから真達も頑張ってるみたいで雑誌でチラッと見る機会も増えた。

それに一昨日の土曜日はどこかの村でライブを行ってきたそうだ。

 

インターネットでも本の少しだけだけど話題になってるとSSKが言っていた。これはいい進歩だと思う。

 

「あぁ、そうだよ! 今度はこれだ!」

 

バンバンとホワイトボードをマーカーの先で叩く。

 

『文化祭でライブ!!!』

 

ホワイトボードにはデカデカと整った字でこう書かれていた。

 

文化祭でライブ? うちの学校の文化祭は11月だ。どこかの文化祭に乗り込んでステージジャックするとか言うんじゃないだろうな。

 

成人して最近大人しくしていたと思ってたんだけどな。

 

とりあえず聞いてみるか。

 

----ガラ。

 

そんな時、教室の前のドアが開く。

 

「すまん! みんな遅れた!」

 

茶髪の短髪。身長は俺より少し大きい182cm。爽やかな笑顔が見える。イケメン。こういうしかない。イケメン。大切なので二回いう。

 

彼が我がグループのビジュアル担当のヒロトだ。

誰にでも優しく、誰も見捨てない。顔だけでなく心までイケメンである。

 

彼に助けたれた女の子は数しれず。告白された回数も数しれず。

 

性格も容姿も完璧な超人的な存在だ。

 

「すまん! 駅前で女の子が不良に絡まれてたから助けてきた!」

 

いやいや何でそんな場面に鉢合うんだよ……。でも、実際にもし、鉢合わせになったら、ヒロトみたいに助けることができるだろうか?

 

どうなんだろう。助けることが正しいことはわかるけど、実際に行動できるだろうか?

 

分からない……。もしかしたら殴られるかもしれない。それでも何の迷いもなく、助けることが出来るヒロトはとてもいい見本になる。

 

容姿は無理でもせめて、心情くらいはかくありたいものである。

 

「またか……」

 

そんな、ヒロトに向かってSSKがつぶやく。

 

「はははははは……」

 

そんなSSKに苦笑いでヒロトは返す。

 

「さすが、プレイボーイ。 まぁとりあえず、座われ」

 

「プレイボーイじゃないっていっつも言ってるだろ、ミズキ」

 

そういいながらも笑顔は崩さず、ヒロトは俺と同じ長机の逆側に座る。

 

「うるせぇよ。イケメン。告白されまくってるのに、彼女がいないからそんな噂がたつんだよ!」

 

ミズキが含み笑いながら言う。

 

ヒロトに彼女がいないのは有名だ。これだけのイケメンで、しかも心優しい。大学内という大きいくくりからしても知っている人は多いんじゃないだろうか。

 

告白されるのなんて日常茶飯事のはずだが、彼女と呼べる人はいないらしい。

 

これだけのイケメンだ。少しは噂になる。本命がいるのか? とか、橘と付き合ってるとか。挙げ句の果てにはホモではないのかと噂がたつくらいだ。

 

ちなみにミズキも相当もてるが、口がこのように男っぽく、告白してきた男をボロボロにするようなことを平気で言い放つ。それに、真の師匠を務めるほど強いのだ。

 

あまりしつこく付きまとうと文字通りにボコボコにされる。実際に何人かバカなやつがそうなった。

 

そんなことがあり、最近はミズキに告白する人は減ってるそうだ。

 

それでも、まだ少しはいるらしいからミズキの美人度はすごい。

 

「これで全員そろったな。じゃあ、もう一回仕切り直すか。まぁ、言うまでもないんだが、この通り学園祭でライブする」

 

バンバンとマーカーでホワイトボードを叩く。

 

右手で赤い髪をさらっとかきあげ、続ける。

 

「まぁ、そこのSとヒロトは、機材運んでもらったから何するか知っていたと思うけどな」

 

「ライブをやることは分かっていたが、場所はどこだ? うちの大学は11月だぞ」

 

SSKが少しメガネを上げながら言う。

 

「そんなことは知ってる。何年、この大学にいると思ってんだ。場所は、南女子高だ」

 

南女子? 南女子といったら都内有数のお嬢様学校だ。南女子ブランド。そこの女子高出身と言えばそんなブランドまでつくようなお嬢様学校。

 

俺とSSK、ミズキが通っていた高校から駅で言うと二駅のところ。近いと言えば近いが、なんでそんなことで……。まさか……。

 

「もしかして南女子の文化祭でステージジャックするとか言うんじゃないよな?」

 

「ステージジャックか……。それもそれで面白そうだな。最近やってなかったし、今度やってもいいな」

 

いやいや、よくない。よくない。

 

「まぁ、でも今回は違う。南女子のなんて言ったか、文化祭実行委員長とかなんとかから電話があってな。是非ライブをやって欲しいんだと」

 

「へぇー。向こうからの依頼か……。何でだろうな?」

 

俺のそんなつぶやきに右側に座っていたヒロトが答える。

 

「あれじゃないかな。ミズキって高校時代なかなかヤバイことやってたし、都内の中じゃ有名だろ? 県外に住んでた友人もミズキこと噂で知ってるくらいだし。それで向こうも知ってたんじゃないかな。ところで南女子ってどんなところ?」

 

確かにミズキの伝説は有名だ。容姿も目立つし、行動も目立つ。そうなると有名になるのは当たり前だ。中央のミズキは今でも語り継がれてるらしい。それなら南女子が知ってるのも納得だけど。

 

「あぁ、そうか。ヒロトは県外から来たんだったか。南女子とは都内有数のお嬢様学校だ」

 

SSKがヒロトの方に向き直る。

このグループで高校が違うのはヒロトだけだ。そのヒロトとも高校こそ遠いが知り合ったのは高校時代だった。

 

「何でも、その文化祭実行委員長とかなんとかが、俺たちのバンドを一年の時に聞いたらしくてな。それでファンになったんだと。伝説のバンドをもう一回復活させて欲しいそうだ」

 

高校時代、このメンバーで演奏する機会が結構あった。ミズキはギターの演奏も歌もものすごく上手い。ヒロトも大抵の楽器は演奏できる。そしてSSKも楽器の演奏はピカイチだ。

 

俺もミズキに無理やりギターを教えられたが、はっきり言ってお荷物以外の何物でもない。

 

ビジュアル面でも、楽器の演奏もダメだが毎回毎回ライブには必ず呼ばれる。ある日、理由を聞くと、このメンバー全員でやるから意味があるんだよ。だれか一人でも欠けたらこのグループはないんだ。 そうミズキに言われた覚えがある。

 

まぁヒロトは県外に住んでた手前3人で演奏する機会があったといえ基本的には4人でやってた。

 

今の高校三年生ならちょうど被ってるのか……。いったいどこで見たんだろうな。

 

まぁいろんなところで演奏したりステージジャックもしてたから、どっかで聞く機会があったのかも知れない。

 

「お嬢様学校か……。ところでいつがライブの日なの?」

 

「あぁ、それか。ライブは明日だ!」

 

「「「は!?」」」

 

見事に三人の声がかぶる。

 

いくらなんでも急すぎる。楽器も最近触ってないし。こんなんじゃ演奏できない。SSKやヒロト何かはしばらく演奏してなくても完璧にできるんだろうけど、俺は無理だ。

 

「いや、いきなり言われても無理だって。練習もしてないのに」

 

「大丈夫だ。明日は全員一日バイトも予定もないはずだ。午前中に音合わせをやってからいく」

 

「確かに明日は暇だが……」

 

ヒロトが言う。

 

俺も明日は一日オフだけど。

 

なんでミズキはみんなの予定を知っているだろう?

 

ちらっと横をみる。天パの友人が少し済まなそうに頭を下げてきた。

 

SSKからの情報か……。それなら納得だ。彼がなんで俺とヒロトの予定まで知っているのか。それはSSKだからだ。それ以上でもそれ以下でもない。

 

しかし、午前中だけの音合わせで大丈夫だろうか?

 

感を取り戻せる気がしない。まぁ、どうせ感を取り戻したところでたいして腕は変わらないが……。

 

「まぁ、ミズキの無茶振りはいつものことだな」

 

ヒロトはどうやら諦めたようだ。

 

まぁ俺もミズキの無茶振りには慣れてる。

 

「心配しなくても報酬もしっかりもらった」

 

報酬?

一体なんのことだろうか?

 

まともなものならいいけど……。

 

「それじゃ、会議はこれで終わる! 何か聞きたいやつはメールなりここで聞くなりしてくれ! 以上!」

 

ミズキはそういいながら口の端をあげて微笑むのだった。

 

窓の外を見る。

 

相変わらず、窓の外の空は真っ青で雲一つない綺麗なものだった。


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