かくも日常的な物語 作:満足な愚者
「ごちそうさま。雪歩ちゃん、春香ちゃん。お茶もクッキーも美味しかったよ」
うん。とても美味しかった。
お茶の悪し良しは分からないけど、苦味も程よく、温度も熱すぎず、いい塩梅だった。
俺の数少ないボキャブラリーじゃ、クッキーもお茶も美味しいくらいしか言えない。
逆にお茶の味やクッキーの味なんかを正確に分析して、ここがこう良かったよとか言える大学生を見てみたい。いるのかな。いや、多分いるんだろうな。
そういうのがソムリエだったり、料理人だったりになるんだろうな。少なくとも料理を少しかじった程度の俺では美味しいかマズイくらいしか分からん。
美味しい。
このセリフは本心だ。本心ならこれでいい。そう、ボキャブラリーのなさを言い訳してみる。
気の利いたことがここで言えるのだったら学校では今頃、友達だらけだろう。
長年、人見知り、受け身の体系で過ごしたのは伊達じゃない。
「お粗末様でした。お兄さんの料理に比べたら、まだまだですけど……」
春香ちゃんが照れたようにえへへと笑いながら後ろ髪をかく。
雪歩ちゃんが桜なら春香ちゃんは菜の花。
ふと、そんなことを思った。
勝手なイメージだ。
花のことは全く知らないけど、春香ちゃん雰囲気は黄色の菜の花。
川沿いに咲いている菜の花の雰囲気だ。春の陽気に包まれて、春風に揺れる。
道ゆく人々に元気をくれる。
そんなイメージだ。
あっ。菜の花で思い出したけど、昔、ある県のとある島に行ったことを思い出した。
地元の人間でさえ、名前くらい知ってる、そんな存在感しかない島だ。その島に何と無くいったことがあった。気まぐれ、思いつき、行き当たりばったり、ようは偶然に左右されての出来事。
県庁所在地がある市から船で10分弱。その島は黄色だった。一面の黄色。春風にさーっと揺れる花たちは、とても元気があって、輝いていた。
ボキャブラリーのなさがここでも発揮される。百聞は一見に如かず。どんだけいい事を聞こうが、どれだけ素晴らしいことを聞こうとも、一回見ることには勝てない。つまりここで俺が何を言おうとも、一回見れば分かるのだ! じゃあ俺が説明する意味なくね。
とりあえず、素晴らしく綺麗だったと心の片隅にでもおいといてもらえたらありがたい。
「いやいや。俺は、長年やってきているだけだし、春香ちゃんが同じ年数料理をすれば俺なんて足元にも及ばないくらい上手になると思うよ。それにデザートなんて全く作れないからね。春香ちゃんは凄いと思うよ。その年でこれだけできるんだから」
料理なんてやっぱり経験がものを言う。5年も色々とやっていればそりゃ上手くはなるってものだ。
亀の甲より年の功とはよく言ったものだ。
「お兄さんに言われると嬉しいです!」
元気に答える春香ちゃん。
やっぱり菜の花のイメージで間違いようだ。
「私もお兄さんのお口にあって嬉しいですぅ」
雪歩ちゃんは桜だ。
それも夜桜。昨日の夜、バイト帰りにみた桜並木。
月光に当てられ春風に揺れる優しい雰囲気。誰にでも優しい彼女にはピッタリだ。
それに桜は儚い。春風に揺れて花びらを散らすし、雨に打たれても同様に散らす。彼女は淡い。それが彼女の長所でもある。
「雪歩ちゃんもこんなに美味しいお茶を入れれるなんて凄いよ!」
「でしょ! 雪歩のお茶は凄く美味しいんだ!」
真が力強く頷く。
「いや……でも、私、料理なんて真ちゃんみたいに上手くないし…………。お茶くらいしか自慢できることないよぅ。みんなみたいに可愛くもないし………………チンチクリンですしぃ」
どんどんモジモジして声が小さくなって行く雪歩ちゃん。
そんな縮こまっている彼女を見兼ねてか我が妹が声をあげる。
「そんなことないよ! 雪歩はとっても可愛いじゃないか!」
それはもう完璧だった。声にかけ方から声のトーン。左手を胸にかるく当てて右手はかるく雪歩ちゃんにむけて伸ばしてる。
まるで宝塚の男役。なまじ男っぽいためによくに合う。たまにこういうことあるだよな。多分、無意識にこういった動きをすることがある。なんか、どっかの美少女ばかり出てくる流行りのゲームの主人公みたいだ。
我が妹は…………。
「そうね。萩原さんは可愛らしいと思うわ。それに雪歩ちゃんと比べたら料理もお茶も全くだわ。それに胸も………………くっ!」
どうして女性というのは胸の大きさを気にする人が多いのだろうか……。別にそれだけではないが気にしてる人が多いような気がする。
歳と胸の話は女性にするのは禁止。漫画やアニメではよく言われてることだ。
今までは話半分の都市伝説だと流していたが、歳はともかく胸の話は本当だったみたいだ。
だって、女友達とか皆無に等しいし。それに親しい女性筆頭の真は胸のことは気にしない。
ボーイッシュ、男らしい。見た目も性格そう言って間違いない。
だから今まで確かめようがなかったがどうやら事実だったらしい。
漫画やアニメもたまには役に立つのな。まぁここ5年見てないけど。
真はちょくちょく買ってきてるな。どういう漫画かは見せてもらえないけど。
それにもう、漫画やアニメをみる歳ではない。
漫画の知識なんて友達と話すネタくらいにか使えないと思ってたが、どうやら使える知識もあったみたいだ。そもそも今後、女性とそういう話を話す機会が何回あるか分からないが。
事務的なことや職場でなら話せるんだよ。これ本当に。必要最低限のことや話しかけられて返すくらいはできる。
自分から話しかけるのは今でも、男女ともに少し厳しいが。
ごめん。嘘ついた。少しじゃないや、だいぶ厳しい。
漫画やアニメなんかは全く見なくなったけど、ゲームはそこそこ暇つぶしに高校時代やっていたことがあった。
ジャンルは格ゲー。暇な時にポチポチやったてたら、いつの間にか相当上手くなった。
コンピュータのLevelをMAXにしてもノーダメクリアできるようになった時には嬉しさよりも何でこんなことやってるんだろう……。
そうやって鬱になった。マジでなにやってたんだろうな……。
そんなゲーマーだが、惜しむべきは一緒にやる相手がいなかったこと。過去形で書いたが、今でもいない。
いや、高校時代は一年に一回披露する場があったのだが、まぁ多くを語ることはない。
どうやらこの特技を人に披露できる日は金輪際ないようだ。
別に披露したところで虚しさが残るだけだし。
高校時代も何でこんな上手いの? という質問には苦笑いでしか返せなかった。
「そうだよ! 雪歩はかわいいよ!」
春香ちゃんも力強く頷く。
そんな彼女たちの励ましで雪歩ちゃんも少しは元気になったようだ。
「お、お兄さんはどう思いますかぁ?」
真っ赤な顔して上目遣いで聞いてくる。
「う、う、うん。さっきも言ったように可愛いと思うよ雪歩ちゃんは」
反則だ。あんな目をするとか草野球でプロ野球選手が出てくるくらい反則だ。しかも現役バリバリの。
たとえが分かりにくい? うるさい。少しテンぱってんだよ。ろくに女の子と話したことがないと、こうなる。ってか女の子耐性があるやつでもさっきのはヤバイと思う。
可愛すぎだ。
肝心の雪歩ちゃんはふわぁぁぁぁ。良かったですぅー なんて言ってる。さっきも可愛いと言ったばっかなんだけど、やっぱり褒められるとうれしいらしい。
そんな雪歩ちゃんの様子を見ていた真が横目で俺を見る。
俺が何したって言うんだよ。なんか悪いことしたかな。
確かに妹の友達に可愛いといったことは問題かもしれない。真も兄がこんなことを友達に言ったら恥ずかしいだろう。下手したらセクハラで訴えられるかもしれない。
それは、ヤバイ。どうにかして避けたい。
もし、それで逮捕されようなものなら不憫でならない。主に真が。
セクハラで逮捕起訴された兄がいるとなったら真の未来は真っ暗だろう。
それは兄として全力で全身全霊をかけて阻止しなければ。
そのためにはどうしたらいい?
今さら、さっきのはなし! とでも言えば良いのか? いやその場合だと雪歩ちゃんが可愛くないみたいなる。それはない。雪歩ちゃんが可愛くないなら、そこらの女性は皆等しく可愛くなくなることになる。
真が俺を横目で見てたのは何秒くらいだっただろうか? それは1秒だったか、10秒だったか?はたまた1分だったか。
俺にとっては、何秒にも何十秒にも感じた。
ゆっくりと間を取り、視線を俺の正面に向けると口を開く。
そのセリフは俺の予想の斜め上を行くものだった。
てっきり、兄さん。仲良くない女の子に可愛いはないよ! セクハラで訴えられるよ! とか。
さすがに今のはボクも引くかなー、とか言われるとばかり思ったけど。
「兄さん。雪歩みたいな子がタイプだったの?」
その言葉に場にいた全員が視線をあつめる。もちろん俺に。
真は特徴的なくせ毛をピクピクと動かしながら興味津津といった感じだ。
他の二人も同じく興味があるのかこちらに視線を向ける。
雪歩ちゃんもチラチラと赤くなった顔でこっちを見てるし。
美少女四人から注目される。
顔には出さないが緊張する。それはもうむちゃくちゃ。
俺みたいな人見知りは、人から注目されることが日常生活ではない。
業務的なことや、職場なら注目されても割り切れるんだが、こういう私的な場所で注目されると緊張する。
しかも注目してるのが美少女ときた。
俺みたいな女子と普段会話することがないヤツにとっては緊張するなという方が無理だ。
女子に耐性あるやつでもこの状況で緊張しないのは無理じゃなかろうか? だって美少女だぞ。美少女!
ここで緊張しないとかいうやつは総じてゲームか漫画、アニメの主人公っていうのが相場だ。
この世はゲームではないことは、明白だ。セーブデータもないし、必殺技もビームも昇竜拳も出ない。
選択肢なんていうのも無ければ、好感度をグラフや数値で見るも出来ない。
魔王が魔物を引き連れて攻めくることも、UFOから宇宙人が降りてきて地球侵略もない。
最後はよくあるSF映画だな。
まぁいいや。要はさ、勇者なんて者もいないし、鈍感主人公もいない。美少女なのにイケメンよりも普通の人間やブサイクを選ぶヒロインもいないんだ。
美女は完璧だから不完全なブサイクを選ぶとかいう話をTVで見たことがあったが、高校でも大学でも美女はイケメンと付き合っているヤツばっかりだ。だから、これもTVの胡散臭い話に違いない。
この世はゲームでも漫画でもアニメでもない。そんなことは誰でも分かっているはずだ。
そんなことが認められないやつが俗にいう中二病になったりして痛い行動をとったりするんだろう。
俺はもう20年生きている。中二病なんてとっくの昔に卒業した。
だからさ、この場面で緊張してなんて言えば良いのかなんて分からなくて当然だ。この世がゲーム、物語じゃないのなら主人公はいないのは必然。
よって俺の状況は至極当然。少なくとも俺の周りにはこの場面で緊張しないやつは皆無だ。
ここまでいって気づいた。
俺の周りには変人ばかりだと。
メガネで天パーの友人を思い浮かべる。中学、高校時代からやつが緊張したことを見たことない。美少女だろうとイケメンだろうとブスだろうとブサイクだろうと根暗だろうと明るかろうと関係ない。彼は皆等しく接する。誰にでも同んなじ様に自分を変えない。
見た目とか言動とか行動などで変人認定されているが、こう言った面は見習うものがある。少なくとも悪いやつじゃないのだが、変人なのは否めない。
そして、もう一人の友人を思い浮かべる。俺が今まで付き合って来た中で一番のイケメン。我らのビジュアル担当。茶髪短髪で整った顔。
メガネで天パーの友人が誰にでも平等に現実や酷い事を言うのなら彼は誰でも誰にでも優しく手を差し伸べる。
まさしく王道の日常系ゲームや物語の主人公だ。
あれ? さっきこの世はゲームや物語じゃないと否定したばかりなのに。まぁいいや、もしゲームや物語だったら俺はモブキャラであいつらは主人公だと思えば万事解決だ。いや、解決してないけど。
人見知りな俺が彼みたいな人と友人になれるとは思っていなかった。社交性がある彼と社交性がない俺。
油と水の関係。言い過ぎかもしれないけど、そう思って貰って間違いない。
それでも今まで深い友好関係は築けたことは彼の人徳があったからだ。俺みたいなヤツに話しかけてくれるヤツだ人徳も計り知れない。
一応ここでも言っておくが俺は話しかけてくれる分には返す事はできる。あとは、事務的なことや仕事なら話すことは出来るんだぞ。
ただ日常の雑談を自分から話しかけることが出来ないだけで。
ーーーーーーーさて、現実逃避はやめて、そろそろ目を向けるか。
俺が現実逃避という名の無駄な考えをしていた時間はどの位だっただろうか。
この視線に耐えられない。俺のハートは卵のハートである。
すでにヒビが入ってる。
ついでにこのままじゃハートどころか胃にまで穴があきそうだ。
「うーん。雪歩ちゃんや、春香ちゃん、それに千早ちゃんみたいに可愛い子とは是非ともお付き合いしたいけど、まぁそんな子達にはそれ相応の人が似合ってるからね」
我が友人のビジュアル担当がいい例えだろう。雪歩ちゃんみたいな子はアイツみたいなヤツが似合っている。
俺にとっては高嶺の花。届かない花だ。
その俺のセリフを受けた各自の反応は様々だった。
雪歩ちゃんは顔を真っ赤にするとソファーに座ったままの体制でこてんと横になる。
春香ちゃんと千早ちゃんは少し顔を赤らめるとしたを向きなにかボソボソと呟いている。
みんなアイドルやる位可愛いから、可愛いなんて言葉聞き飽きていると思うんだけどな。
もしかしてそう言う反応をして女の子に耐性がない男を勘違いさせて楽しんでいるのか?
いやいや、こんないい子に限ってそれはない。少しメガネで天パーの友人の根暗さが写ったようだ。
「兄さん。ボクは? ボクは?」
真がせがむように聞いてくる。
「真も可愛いよ。ただ、付き合う男は考えていい奴にするんだよ」
兄さん。付き合っている人を紹介したいんだけど。
そんな事を言って会ったヤツが赤羽根さんやビジュアル担当だったらイイけど、天パーメガネなら兄としてどう反応すればいいか分からない。
いいやつはいいやつは何だけどたまにあれなんだよな………………。
「えへへ。可愛いかー」
肝心の真はこんなのだ。
ふぅ。とりあえず、注目していた視線はなくなったためひと段落。
世界はやっぱり平和な方がいい。