かくも日常的な物語 作:満足な愚者
はい、すみません。煮るなり焼くなりしてください。きのすむままに……。
これからはボチボチと更新して行きたいです。はい。
赤と黒が交わる黄昏時、海の向こうに沈む赤い夕日を見る。赤く染まる砂浜に夜の帳がおりかけている空。
今日は本当に楽しかったな。不意にそう思った。
途中から真達も合流して遊んだ。ミズキ達も元々知り合いだったのが良かったのかナムコプロダクションの皆ともすぐに打ち解けていた。特にミズキとヒロトはアイドルと混じったとしてもすぐに中心的な存在へとなっていた。そこは二人の人間性やカリスマとか人望とかがそうさせるのであろう。俺には生まれ変わっても出来そうにないことである。
それと懸念だったミズキの機嫌もいつの間にか治っていた。本当に喜ばしい限りだ。
機嫌のわるいままのミズキと一緒に過ごすのは平穏が好きな俺にとってはいささか刺激が強すぎるように感じてならない。それに高校時代からミズキの機嫌が悪いとろくなことがおきないのだ。
「ふぅー、疲れたなー」
海から上がった真が濡れた髪をハンドタオルで拭きながらこちらへと歩いてくる。逆光からでもその表情が柔らかい笑みを浮かべていることは分かった。
「お疲れ様、真」
先ほどまで、ものすごい勢いで泳いでいた妹へ労いの言葉と共に水の入ったペットボトルを渡す。
「ありがとっ! 兄さん」
ペットボトルを受け取ると真はごくごくと美味しそうに水を飲む。
「ぷっはー! やっぱりミズキさんは
早いね。勝てなかったよ」
先ほどまで競泳選手顔負けのスピード競争していた。メンバーはナムコプロダクション スポーツ担当の真に我那覇さん、そして俺たち大学生組からはミズキ。
美女3人の水泳大会。そう言うと、どこかの深夜番組でもありそうな感じでキャッキャとゆるーい感じでやってそうな感じだが、こと負けず嫌いの三人(我那覇さんも負けず嫌いだった)が揃ったのだ。そんな生易しいものではなく日本レコードも狙えるのではないかと言うほどの猛スピードのレースを展開していたのだった。その様子は観客が手に汗を握るという言葉がピッタリなくらい白熱していた。
「まだまだだったな。マコト」
勝者の余裕なのか艶のある赤髪を白いタオルで拭きながらミズキが笑う。昼間にあれだけラーメンを食べたていたのにスタイルも動きもいつもと変わらなかった。あのラーメンはどこに消えたのだろうか……。非常に気になる限りである。
「やっぱり、ミズキさんは凄いや」
「まぁ、教え子に負けるわけにはいかないしな」
「くっそー! もうそろそろ勝てると思ったんだけどなー」
「マコトもいい線いってたと思うぜ。相手が俺じゃなければそこらのやつには負けないだろうよ」
ニヤリといつもどおりの笑みのミズキは髪を拭きながらこちらへと近づいて来た。真とミズキの差は半身程度、秒数にすれば1秒も差が開いていなかった。特に運動もしないおれからすればその差は無いに等しいように感じたが真やミズキはその1秒未満の差にとてつもなく大きな違いを見出していたようだった。
「お疲れ様、ミズキ。流石だねやっぱり」
「おうよ。まだまだ若いやつには負けらねぇよ」
なんだか年寄りみたいだな。そう言ってお互いに笑い合う。確かに真やナムコプロの子達に比べたら俺たちは少しばかり歳上だけどな。
「来年も来れたらいいなー」
真がつぶやく。ほとんど無意識に近いような呟きだった。そしてそれゆえに真の本心ともいえるものだろう。
「あぁ、また来年も来ようぜ!」
その言葉にミズキが頷く。
「うんうん、きっと来年も来ようよ!」
「わ、私もきたいですぅ!」
「ぜひ、皆さんで来ましょうね!」
「そうね、また来ましょう!」
「ミキね。お兄さんが来てくれるならいつでも行くよ!」
「はるるん達がどーしてもって言うなら真美達もいくよー! ね、亜美!」
「もっちろーん! 亜美達がいかないと始まらないっしょ!」
「にひひひ……。この伊織ちゃんがいないとつまらないでしょ!」
「また、来年もらぁめんが食べたいものです」
「あらあら、みんな今から楽しそうね」
「ハム蔵! 今日は泳ぎで負けちゃったけど、来年はリベンジするぞ!」
「キュー!」
「SSK、来年も是非来ようか」
「ふむ、まぁ忙しくなければな」
そしていつの間にか集まって来た皆が思い思いに言葉を発する。誰しもが来年もまた来ようと口々に話す。誰もが皆、笑顔だった。
「みんな楽しそうですね。本当に連れて来て良かった」
横に立っている赤羽根さんが夕日を見ながら言う。その横顔もまた満足そうに微笑んでいる。
みんなのその笑顔を見ながら俺はただ空を眺めていた。薄く染まった空には星が少しだけ見えたような気がした。
「ねっ! 兄さんも来年また来ようね!」
視線を下げれば今日一番の妹の笑顔。裏なんてとてもない純粋無垢の向日葵のような笑顔だった。
「…………」
そんな眩しすぎる笑顔の前に俺はただただ何も言えず笑みを浮かべることしかできなかった。
黄昏時はもうすぐ終わる。
「よっしゃー! 肉だぜ! 肉!」
ミズキがトングを片手に上がりきったテンションで牛肉を焼いている。何とも肉を焼いている光景が似合う美人である。
場所は夜の帳が完全に降りきった砂浜。都会では見ることの出来ない星空の下、浜辺にはバーベキューセットが三つほど並んでいた。なんでもナムコプロダクションの夜ご飯はバーベキューにするらしく、赤羽根さんのご好意により俺たちも参加できるようになった。俺たちは一応新しいホテルのモニターで来ているわけで夕食は向こうで食べなくていいのだろうか、そう思いミズキに聞いてみたところ何十人もモニターで泊まっているんだから俺たちが行く必要もないということらしい。それならばと満場一致でバーベキューの方に参加させてもらうことにした。
「あっ、このお肉焼けてますよ。あずささん」
「あらあら、ありがとうヒロト君」
俺たち大学生組は三つあるセットに適当に分かれてそれぞれで焼き番をしている。アイドルの人たちも皆な思い思いに適当に分かれて火を囲んでいた。
「はい、雪歩ちゃん。これ食べれるよ」
「ありがとうございます。お兄さん」
網の上でいい焼き加減で焼かれていた肉をトングで掴み雪歩ちゃんの皿に入れる。
「ねぇねぇ、兄さん。これも食べていい?」
「うん、大丈夫だよ。真」
「お兄さん、これはどうですかね?」
「春香ちゃん、多分それはまだ早いんじゃないかな」
「あぁ、千早ちゃん。それ大丈夫だよ」
今俺が焼いているバーベキューセットの周りには真、雪歩ちゃん、春香ちゃん、千早ちゃんの4人がいた。いつもうちに遊びにも来てくれているメンバーであり、俺も一番親しみやすい子達である。みんな美味しいそうに食べている。そこまで美味しそうに食べてもらえるのなら焼き甲斐があるというものだ。タラタラと額から垂れてくる汗を袖で拭う。
「兄さん、全然食べてないけど大丈夫?」
微笑ましい真達を見ていると真が心配そうにこちらを見返してきた。
「あぁ、今から食べようかなーと思ってたところさ」
そう言って適当に肉をとって皿へい入れる。
「少し焼き番を変わろうか」
そんな時だった。ヒロトと同じところへいたSSKがこちらへとやって来た。折りたたみテーブルに皿と箸をおいてこちらに手を差し出す。その表情はいつも通りの無表情だ。
「あぁ、少し頼むよ」
やっぱりこいつは欲しいタイミングで欲しいことをしてくれる。SSKは変人だが、ことこのタイミングの良さだけは誰にも負けないものがあった。こいつは人の心が見えているのではないかという馬鹿馬鹿しい疑問が浮かんでくるくらいだ。それくらいSSKの人の心情を察する能力は優れていた。
「あぁ、それと悪いがクーラーボックスから飲み物をとってきてくれないか?」
SSKは淡々と言う。抑揚のない、聞く人が聞けば機嫌でも悪いのではと勘違いされそうな声で。
「分かったよ」
その言葉に頷くとトングと軍手を渡し、クーラーボックスまで歩く。
「兄さん、手伝おうか?」
「いいよ、真。気にしないで食べてな」
手伝いを申し出る真にやんわりと断りをいれる。本当にいい子に育って嬉しい限りだ。これからも優しいままでいて欲しい。
そしてそれぞれの思いを胸に夜は更けて行った。久しぶりに食べた肉は非常に美味しかったと記しておこう。
「あっ、お兄さん。少しよろしいですか?」
次の日の朝、これから帰ると言う時だった。駐車場にて笑顔の赤羽根さんに呼び止められた。少しばかり寝不足気味の頭を振って向き直る。天気は昨日に引き続き快晴。ここまで快晴が続くと水不足やら干ばつやらが非常に心配になってくる。雲ひとつない青空。そして連日に続くセミ達の大合唱。体感気温がグンと高くなって行く。はた迷惑な話だ。
昨日モニターで泊まったホテルは豪華過ぎて緊張のあまりよく眠ることが出来なかった。俺的には真達が泊まったホテルの横の少し古ぼけた旅館の方がよく眠れそうな気がしてならない。結局のところ俺は小市民なのだ。部屋も豪華だったしベッドだって大きくてフカフカだった。とてもじゃないが心落ち着かない場所だった。こんなホテルのモニターをやるなんて役不足にもほどがある。あれ、役不足の本来の意味とは違うんだっけな、この使い方。まぁそんなことは置いといて、ミズキはどうしてこんな高級ホテルのモニターをやることになったのか気になるところである。
「はい、なんでしょうか? 赤羽根さん」
「実はお兄さんに少しお願いがありまして……」
申し訳なさそうにぺこりと一つ頭を下げる赤羽根さん。お願いか、真もいつも赤羽根さんにはお世話になっているし出来る範囲のことなら手伝いたい。
「お願いですか……? 時間が空いている時でしたらいつでも手伝いたいますよ。こんな僕で良かったら」
「ありがとうございます! 来週の日曜日なんですがお時間空いていますか?」
胸ポケットに入っている手帳を取り出して予定を確認する。
「夜遅くまでならなければ大丈夫ですよ」
「良かった。実はお兄さんにしかお願いできないことがありまして。もちろん、断って貰っても全然大丈夫ですので」
俺にしか出来ないことってなんだろうか。自慢じゃないが俺に出来ることなて料理くらいしか思いつかない。本当に自慢じゃないな……。まぁ他でもない赤羽根さんの頼みだ。精一杯出来ることはやって行きたい。
「それでお願いというのがですね……」
その内容を聞いて二つ返事で了解する。セミ達の合唱は止まない。飛行機雲が一本青いキャンパスに線を描くその下で俺たちの夏旅行は終わった。それでもまだ夏は続く。