かくも日常的な物語 作:満足な愚者
とりあえず、書いていきます。それしかありません。
「兄さんっ! この焼きそば美味しいですよっ!」
木製のカウンター。その一番隅に座る俺の横には焼きそばをすすっている我が妹。口の端にソースを付けている姿はとても幸せそうで何よりである。海の家「シラハマ」は直射日光の当たらない屋内にもかかわらず熱気が溢れていた。人がいなかったという理由でこの海の家を選んだため、入ってしばらくは日陰になる分、外よりも幾分かまともだった。まぁでも、大勢で入ったためカウンターと少しのテーブルしかない店内は満席、俺たちの半ば貸切状態となって、そこに人数分のアツアツの料理が並べられれば人口密度と相極まって店内は蒸し風呂のような暑さとなる。
暑い……。いっそこのパーカー脱いでしまおうかな。絶対にそれはしないけど、そんなことを考えてしまう位には熱気がこもっていた。
「兄さん、これ食べないの?」
真が示すのは俺の目の前に置いてある紙皿、その上には串に刺さったイカ焼きが一本と半分。始めは焼きそばでも頼もうかなと思った矢先で見つけたイカ焼きの文字。それにつられて思わず注文してしまった。こういう特殊な環境で食べるイカ焼きは何とも言えない魔力がある。例えば、祭りの屋台にしろ、こういう海の家にしろ、とても美味しいのだ。
「いや、どうにもあれを見てると食欲がね……」
後ろを親指で指差す。
「おっさん、ラーメンおかわりで!」
「あら、わたくしもお代わりをお願いします」
「やるじゃねぇか。貴音」
「ミズキもいい食べっぷりですよ」
カウンターの背向かいの座敷では赤の彼女と銀の彼女、四条さんが大食いラーメンをまるで大食いバトルのように食べていた。会話を聞いている限りじゃ負けず嫌いなミズキが意地を張って張り合っているらしい。なんともミズキ“らしい”。全くそんなことで競い合ってどうするのか……。聞いてみたい気もするが、勝負事は何事にも勝ちにいかないと意味がないとか言われるのが目に見えてので黙っておこう。
「凄いですね。四条さんもミズキさんも凄いですよね。あんなにいっぱい食べれるなんて……。私、見ているだけでお腹いっぱいですぅ」
真の横に座っている雪歩ちゃんが感嘆するように声を漏らした。俺もあの食いっぷりを見るだけで満腹だ。後ろを振り返ればすでに両者の横には空になったラーメン鉢が5、6個積み上がっていた。二人とも細いのにどこにあんなに入る場所があるんだろうか。
「どんどん、私の中のミズキお姉様のイメージが崩壊していくわ……」
そうカウンターに両手を置いて嘆くのはよく見える額がチャームポイントの伊織ちゃん。確か、ミズキの古い知り合いとか何とか……。SSK曰く相当のお金持ちらしい。どうやら、そんな伊織ちゃんはミズキにあらぬ幻想を抱いていたようだ。俺たちからすれば今、ラーメンを意地で大食いしている姿こそミズキそのものである。どこで知り合ったかは知らないけど、上品にフランス料理何か食べているミズキ何て想像もつかない。
「ボクにとっては今のミズキさんがイメージ通りだなー。大人しくしているミズキさんなんてミズキさん“らしく”ないよ」
真もどうやら俺と同じ意見なようだ。焼きそばを食べる箸を止めてそう話す。口元には今だにソースを着けている。女の子なんだからもう少し、見た目には気を使って欲しい。
「真、ちょっとこっち向いてくれ」
「ん? どうしたの、兄さん?」
「ちょっと、じっとしててな」
オシボリで真の口を拭いてやる。最近はしっかりしてきたなぁと思っていたが、やっぱり真は真だ。
「んっ……! ん、ん……! っぷはー! に、に、に、兄さん! い、いきなり何するのっ!?」
顔を真っ赤にしてブンブンと箸を振り回す、真。いらないお世話だったかな……。
「くすすす……。真も可愛いところあるのね」
含み笑いをしながら、伊織ちゃんが言う。確かにワタワタとしている真は可愛らしいと思う。あっ、もちろんこの可愛いって言うのは親が娘に対して言う可愛さって言うことで。
「伊織ー! これは兄さんが変なことするからっ……!」
ギャーギャーと言い争いをする伊織ちゃんと我が妹。その様子を見ながら思う。
どうやら真と伊織ちゃんは仲が良いようだ。こんな冗談を言い合える友達が出来るなんて素晴らしいことだと思う。きっと、真の成長に役立つ。こんな仲間をこれからも、この先も見つけていって大事にして欲しいものだ。
「おにーさんっ!」
真と伊織ちゃんのやりとりを微笑ましく眺めていた時だった。少し甘い声とともに背中にトンと何かが寄りかかる重みが一つ。どうやら俺の肩に誰かが両肘を乗せて寄りかかってきたみたいだ。横を見ればすぐ近くに整った顔とエメラルドグリーンの双眸と視線があう。あははあ、と笑う彼女は星井美希ちゃん。ニコニコと彼女もまたとても楽しそうだ。
「ちょ、ちょっと美希! 何やってるのさ! 早く兄さんから離れてよっ! それと兄さんもデレデレしないっ!」
真がアタフタと焦ったように口にする。デレデレしてたかな……。顔には出さないようにしていたつもりだけど。それに背中に当たっている感覚は間違いなくアレだよな……。平生と出来ているのはパーカーのおかげだ。装備してて良かった本当に。これがなかった本当に顔面赤顔でアタフタなってたこと間違いなし。
「あははは、真君必死だね! 別に減るもんじゃないし、すこしくらいスキンシップとってもいいかなーって美希思うなぁ……。ね、おにーさん!」
同意を求められても非常に困る。男としてはこのままでも全然構わない、いやむしろこのままが良いんだけど、皆がいる手前そんなことは血迷っても言えない。それに女友達が少ない俺である。背中の感触を堪能したいと思う反面、ガチガチに緊張していたりする。ヘタレと言われようがなんと言われようが慣れていないものは慣れていないのだ。変わって欲しい奴がいたら今すぐ変わってほしい。美希ちゃんは全く意に返していないらしい。恥ずかしくないのかな……。
あ、あれかな、美希ちゃんは海外出身なのかな。金髪だし、海外って挨拶がわりに抱きついたりするしさ。
「ほら兄さんも何か言ってよ!」
「そうですぅ! 美希ちゃん、お兄さん困ってるじゃない!」
真に続いて雪歩ちゃんまで……。きっと雪歩ちゃんは俺が女の子とあまり話した事が無いのを知っているから助け舟を出してくれたんだろう。優しい子だしなぁ。
しかし、何かと言われても何を言えば良いのか……。下手なことを口にできないし黙っていたほうが吉なような気がするんだけど、そう言うわけにもいかないよな。
「ほら、美希ちゃん、周りの目もあるから少しだけ離れてくれると助かるよ」
「うーん、お兄さんもつれないの……。でも、雪歩かー、中々大変そうなの……」
そう言うと渋々と言った様子で体を起こす美希ちゃん。俺の内心としては助かったと思う反面、少し残念だと思う気持ちもあった。
「もう、兄さんは直ぐにデレデレするんだから……」
全くと言った様子で真はため息交じりに呟く。そんなにデレデレしてたか。中学生にデレデレする大学生……。ヤバイな、犯罪臭しかしない。気をつけよう本当に。
「それにしても美希は凄いなーと思うの。だっておにーさんが真君のおにーさんで、プロダクションにもいっぱい知り合いがいたなんて」
そう、そうのことについてだけ言えば、俺は普段信じない、運命やら奇跡やらの超自然的現象すらも少しだけ信用してもいいかな、と思う。何を隠そうここ数カ月で出会った女の子がナムコプロダクションのアイドルだったとはね。本当にビックリだ。それに俺以外の奴らも何故かナムコプロダクションの誰かと知り合いと来た。それを知った時は本当に何かの運命じゃないのかと思った。
これはもはや何か外部的な原因が働いているとか考えたくなっても仕方が無いことだと思う。
ーーーーーー周りを見渡す。
先ほど同じく猛スピードでラーメンを平らげるミズキと四条さん。その横の小さなテーブルにはSSKと双子のアイドルの双海亜美ちゃんと双海真美ちゃん。確か真美ちゃんと亜美ちゃんのお父さんがSSKの実家の病院で働いているとか何とかで小さい時から家族ぐるみの知り合いだったそうだ。俺と反対で扉際のカウンターの箸には我がグループの色男とあずささん、それにオレンジ色の髪をしたやよいちゃんがいる。そして一番大きなテーブルには、赤羽根さんに元アイドルで現在はプロデューサーをしている律子さんと先ほど浜辺でであった我那覇さん、それにいつも我が家に遊びに来てくれている春香ちゃんと千早ちゃんが座っている。
「うんうん、そのことは本当に凄いと思うよ。だって兄さんだけじゃなくてヒロトさんもミズキさんもSさんまでも誰かと知り合いなわけだもんなー」
「やっぱり、真君もそう思うでしょ! おにーさん、やっぱり美希とおにーさんの出会いは運命だったんだよ」
今度は腕を俺の首に回して抱きついてくる美希ちゃん。向こうにその気はなくても勘違いしてしまいそうなのでやめてほしい。
「あっ! こら、美希! 兄さんから離れてよ!」
「やーん、お兄さん。真君が怖いの……」
そう言ってますます抱きつく力を込める美希ちゃん。女子独特の柔らかい感触が……。
「美希ちゃん、お兄さん困ってるから離れないと……」
「えー、雪歩はそう言ってるけど、おにーさん迷惑?」
そんな可愛い顔で首を傾げられると頷き難い。あー、とかえー、とか戸惑っている俺に真が白い視線を向ける。一体俺はどうすれば良いのか……。力任せに振りほどくと美希ちゃん傷つきそうだし、かと言ってこのままだと胃に穴があく、ほぼ百%に近い確率でそうなる。すでにガラスのハートは色々とヒビが入っている。
そんな時だった、助け舟は意外なところからやって来た。
「こらこら、美希。お兄さんが困ってるでしょ」
「美希。離れたほうがいいと思うわ」
よく我が家にも遊びに来てくれる千早ちゃんと春香ちゃんだ。
「ちぇっ、つまんないの」
渋々と言った様子で美希ちゃんが俺から離れる。本当に助かった。色々な意味で。
「でも、雪歩に加えて春香と千早もかぁ……。手強い相手がいっぱいなの」
美希ちゃんの小声は雑踏に呑まれて俺の耳に入ることはなかった。悪口ではないことだけ祈ろう。
「お久しぶりです! お兄さん!」
「お兄さん、お久しぶりです」
「久しぶりだね。春香ちゃんに千早ちゃん」
確か二週間ぶりだっけな。
「また、機会があったら料理教えてください!」
「私も……。よろしければ是非……」
春香ちゃんと千早ちゃんが微笑みながら言う。
そうそう、その時は確か千早ちゃんと春香ちゃん、そして雪歩ちゃんと言うお馴染みのメンバーで皆に料理教えたっけな……。千早ちゃんは料理を余りしないとか言ってたけど雪歩ちゃんも春香ちゃんも普段から料理をやっているため、普通に出来る。年数を積んでいる俺の方がまだ亀の甲より歳の甲で一応は出来るがそれもすぐに抜かれるんだろうな……。千早ちゃんも手先器用だし、すぐに料理うまくなりそうだ。
それにデザートに関しては完全に春香ちゃんの方ができる。文字通り教わる立場なのだ。
「俺なんかでよかったらいつでも料理教えてあげるよ」
長年やってきたおかげで数少ない取り柄なのだ。教えてあげるくらいわけはない。それで喜んで貰えるのなら俺も嬉しい。
「ありがとうございます! 楽しみにしてますね!」
笑顔の春香ちゃん。祭りの夜のことが脳裏に蘇る。花火の炸裂音を劇伴に微笑みながら俺の手を引く春香ちゃん。
ーーその様子はとてもーー
「みんさーん! 楽しそうになに話してるんですかー?」
そんな時だった。元気のいい明るい声とともにオレンジの少女が現れた。あの日と同じ元気を分けてもらえる笑み。
「うん、お兄さんに料理教えてもらう約束をしてたんだ」
春香ちゃんが笑顔で答える。
「あっ真さんが言ってましたけど、お兄さんって料理もお上手なんですよねー!? なんでも出来てすごいです! 私もこんなお兄さんが欲しかったです!」
憧れのものを見たかのように目をキラキラと輝かせるオレンジの少女。何でも出来ると言うと完璧な人間だ。俺はもちろん、そんなことはない。完璧と言えば俺の友人たちこそが当てはまる。
「でしょー! 僕の自慢の兄さんだよっ!」
真は何を自慢してるんだろうか。
えっへんと胸を張っている我が妹。その表情はとても誇らしげだ。
しかしながら俺は自慢できるほど優れていない。真にそう言ってもらえるのは嬉しいが、過剰評価な気がしてならない。まぁ、ここで訂正できる勇気もないため、大人しくその評価を受けておこうと思う。
真の言葉に春香ちゃんと雪歩ちゃん、そしてミキちゃんが反応する。会話が広がっていった。俺はその光景をぼんやりと眺めていた。女子の会話にはいっていけるほどコミュニケーション能力は高くないし、頭も少し霞がかかったように感じた。
少しまだ寝足りなかったのかな……。
誰も彼もが笑顔で話すその光景は眺めているだけでも満足出来た。
「お前ら、あまり真のお兄さんに迷惑かけるんじゃないぞ」
春香ちゃんの後ろから赤羽根さんがやって来た。どうやら、俺に迷惑がかかっていないか心配してくれたみたいだ。
「大丈夫ですよ、迷惑なんて思っていないですよ」
迷惑なんて思うはずもない。真の友達であり、仲間だ。拒む理由もなにもない。
「そうですか。それは良かったです」
赤羽根さんはそう言うと真たちにはしゃぎすぎて迷惑かけないようにともう一度釘を差すと、席へと戻っていった。
もう一度、少女たちの話が始まる。その話と笑顔をただただ俺は聞いていた。たまにはこんな夏休みがあっても悪くない。俺もいつの間にか笑っていた。