かくも日常的な物語   作:満足な愚者

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第一話 その3

「「「「「ごちそうさまでした!」」」」」

 

狭いリビングに5人の声が響く。

 

「本当に美味しかったです。お兄さん!」

 

春香ちゃんが微笑みがら言ってくれる。彼女自身が相当な料理の腕前なのでそんな彼女に褒められると、たとえそれが社交礼状でもうれしい。

 

「いやいや。春香ちゃんから言われると、お世辞でも嬉しいよ。春香ちゃんは料理上手だしね」

 

 

「いやいや、お兄さんには負けますよ。でも、お兄さんに褒められると嬉しいです」

 

照れてるのか、えへへ……と頭の後ろをかいている。

 

なにこのかわいい生物? アイドルみたいな子だな。本当……。

 

うん? そういえばアイドルだったか。

 

「お兄さん。ご馳走さまですぅ。今日もおいしかったですぅ」

 

「いえいえ、お粗末さまです。雪歩ちゃんの口にあってなによりだよ」

 

「ご馳走様でした。美味しかったです」

 

「お粗末さまでした。千早ちゃんもお口にあったようで良かったよ」

 

「でも、本当に料理上手なんですね。噂どおりです」

 

千早ちゃん……。

 

その噂っていったいどんなの?

 

非常に気になるところだけど……。

 

初対面だし、しかも俺、あんまり女の子と話したことないし。

 

まぁ、ぶっちゃけると俺はあまり対人関係が得意な方ではない。

 

人見知り。そう言った方が正しいか。

 

いや、話しかければ返すことはできるんだけど自分から話すってことをあまり出来ない。

 

気のしれた相手ならどんどんいけるんだけど……。

 

それに、高校時代も女子の友達少なかったし、業務的なことしか話したことがない。

 

そんな俺が千早ちゃんみたいな可愛い子に話しかけるなんて無謀だ。

 

ってか、男の子でも初対面なら自分から話しかけるのもはばかるのに……。

 

「さてと……。食器片付けるか」

 

とりあえず、噂云々は真に聞こう。気が知れた相手に聞くのが一番だ。

 

「あ! いいよ。兄さん後片付けくらい僕たちがやるから!」

 

食器を台所へ運ぼうと立ち上がった時、真が俺の肩をつかんで押さえる。

 

「いいよ。いいよ。今日は友達も来てるんだし、それにいつも夕飯作ってもらってるから今日くらいゆっくりしててよ」

 

「でも、ご飯の準備もしてもらったですしぃ。片付けくらいはやらせてください」

 

「そうですよ。お兄さん、片付けくらいはやらせてください!」

 

「そうね。片付けくらいはするべきね。泊まらせてもらう身だし。というわけで片付けくらいはやらせてください」

 

真を皮切りにして次々と片付けを申し出てくれる。

 

「気持ちは嬉しいけど……」

 

 

「兄さん! いいから座ってて!」

 

真に座らされる。

 

彼女はよいしょっ、と一声出して立ち上がると食器をもって台所のシンクへと運んでいく。

 

それに習い雪歩ちゃん、春香ちゃん、千早ちゃんがあとに続いて台所へと向かって行った。

 

うちのシンクというか台所は広くない。むしろ狭い。

 

そんな中に4人も入ったらやりにくいだろうけど、彼女たちは上手くやっているようだった。

 

何か話している声が聞こえるが何て言っているかまでは分からない。

 

「料理美味しかったね〜」とか「私、料理習いたいですぅ〜」とか「あっ。私も!」

 

などなど、断片的な声がたまに聞こえてる。

 

良かった……。悪いようには思われてないみたいだ。

 

これで真ちゃんのお兄さん、少し気持ち悪いね。とか、真ちゃんのお兄ちゃんはちょっと……。何て声が聞こえてきた日には引きこもる自信がある。

 

そりゃもう部屋にこもって布団をかぶってテコでも動かないくらいに引きこもる。

 

それで真も実は僕も心の中では気持ち悪いと思ってたんだ……。とかいう返しを聞こうものなら……。

 

ショックで3日は寝込むな。間違いなく。

 

まぁ、そんな会話聞かなくて良かった。

 

俺が聞いている可能性もあるから言わなくて、俺がいない場所、例えば事務所とかで悪口言われてる可能性もあるけど。

 

俺が聞く機会がなければいい。直接聞かなければどうとでもなる。

 

とりあえず、嫌われてはないみたいで良かった。

 

ふぅ。と胸をなで下す。

 

「どうかしたんですか。お兄さん?」

 

ふと声がした方に顔をあげると、ピンクの台拭きをもった雪歩ちゃんがいた。

 

どうやら見られてしまったみたいだ。

 

……少し、恥ずかしい。

 

「いや、少し安心してね」

 

雪歩ちゃんはどういうことか分からなくて首をかしげている。

 

頭の上にはハテナマークがついていそうだ。

 

「まぁ。気にしないで」

 

「あ、はい」

 

そういうと机を台拭きで拭き始める雪歩ちゃん。

 

家庭的だなー。本当に。

 

似合ってるというか絵になるというか。

 

今の季節特有の始まりの色を含んだ風と同じく優しい雰囲気の彼女。

 

ぜひお嫁さんには彼女のようなが欲しい。

 

いや、春香ちゃんみたいな料理ができる子でもいいな。

 

まぁ、真と同い年なら俺にとっては娘みたいな感じだし、決してそういう対象ではない。

 

可愛いとか美人とかは思うけど、どうしても子供としてとしか見れない。

 

娘をもつ親御さんならこの気持ちを分かってもらえると思う。

 

でも、雪歩ちゃんも変わったな。

 

最初の2、3回は俺が家に帰ってくるなり部屋の端に逃げていくし、ビクビクと震えていた。

 

俺がリビングのドアを開けるとまるで殺される! そんな勢いで隅の方へピューと逃げて行った。

 

それはもうショックだった。初対面の美少女にあんな怯えられた目で、というか涙目で逃げられてみろ。

 

何故かこっちまで泣きたくなる。

 

さっきも言ったように俺は真と違い社交性がないし、春香ちゃんたちと違い見た目も惹かれる物もない。更に運動神経もいい方ではない。つまるところ、話しかけられることも少ないのだ。目立たないしな。

 

そんなのだから友達も少ない。あまり認めたくないが、事実であるから仕方がない。女友達など皆無と言っても過言ではないあたり、俺の社交性のなさが分かるだろう。

 

そんな俺でも女子に泣かれたことはない。そもそも女子と話さないので泣かれる心配もないのだが。

 

後から聞いた話だが、雪歩ちゃんは男の人が苦手で、男の人が要るとすぐに逃げてしまうとか。

 

それを聞いた時は、心からホッとした。

 

顔が怖いとか雰囲気が気持ち悪いとかそんなのじゃなくて、本当に良かった。

 

もしもそんな理由だったら、長年女の子から話しかけられなかった原因が分かると同時に、死ぬ羽目になる。おもにショックで。

 

俺のハートはもろいのだ。ガラス? いやガラスのように心が綺麗とも思えない。卵くらいが妥当かな……。

 

おっと、少し話がそれた。

 

閑話休題。

 

雪歩ちゃんとの初対面はこのような感じだった。

 

まぁ、あと2、3回はこんな風に逃げられたんだけど。

 

そんな彼女と今のように雑談出来るようになったのは、彼女が泊まりにきたことがきっかけだったと思う。

 

その日の夜、真と雪歩ちゃんの二人でリビングで雑談した。

 

まぁ、たわいの無い日常的な会話だ。特筆することはないもない。友人と話すような会話だった。

 

結果、雪歩ちゃんとは普通に話せるようになった。まぁ、彼女も俺と同じく、人見知りだっただけというわけだ。同じ、人見知り同士、何かシンパシーがあったのかもしれない。

 

今では、一対一でも話せるようになった。これは俺にとっても雪歩ちゃんにとっても大きな一歩。

 

俺は女の子に話しかけることに慣れる。事務的じゃないこと、つまり雑談として。

 

雪歩ちゃんは男の人と話すことに慣れる。雪歩ちゃんの場合は雑談も事務的なことも含めてとりあえず、男の人になれる。

 

お互いにいいことだらけだ。

 

まぁ俺の場合、大学では未だに女の子と話せないけどな……。

 

雪歩ちゃんは最近では「雑誌の撮影で、スタッフさんやカメラマンさんに挨拶出来るようになったんですぅ」とかいう話をしてくれる。

 

ってか、それって今までどうしてたんだろう?

 

まぁ、雪歩ちゃんの人見知りが少しよくなったみたいで良かった。

 

この調子で是非とも頑張って欲しい。

 

雪歩ちゃんを見る。

 

台拭きでしっかりと台を拭いていた。狭いリビングだが、机は大きい。

 

前の家のリビングから持ってきたやつだしな。長方形の長細い木の折りたたみ式のやつだ。

 

畳めば、そのへんの壁に掛けられるし、テーブルは大きい方がいい。

 

そう思い持ってきた。真と二人だと、大きすぎるが今日のような大人数が遊びに来てくれていると、ちょうどいい大きさになる。

 

「そうやって、見られると緊張しますぅ」

 

「ごめんごめん。でも、変わったなーと思ってね。雪歩ちゃん」

 

そういうと意外そうな顔をする。

 

「変わった? どういうことですか」

 

「うーん。前まではさ、こんな風に会話できなかったよね。それが今では俺と一対一で会話できるようになったし」

 

「……そう言われればそうですね。お兄さんは男の人でも優しいですしぃ、ポカポカしてますしぃ……。」

 

そういってはにかむ。

可愛いなー。癒されるよ。

彼女はそれに……と続ける。

 

「それを言うならお兄さんだって、最初の方は私と話した時、硬かったじゃないですか」

 

「いや、あれは言ったじゃないか俺は女の子と話す機会とかなくてさ。そんな俺が雪歩ちゃんみたいな可愛い子と話すと緊張もするって」

 

硬いどころかガッチガチだったかもしれない。

 

「そんな……。可愛いだなんて……。私なんて私なんてチンチクリンですぅ〜」

 

雪歩ちゃんは顔を真っ赤にさせると、台所へ戻って行った。

 

そんな雪歩ちゃんと入れ違いに真達が出てくる。

 

「兄さん。雪歩がなんか顔真っ赤にしてたけど何か言った?」

 

いつもの黒いジャージを肘のところまで巻くし上げた真が聞いてくる。

 

「いや、特になにか言ったつもりはないんだけど」

 

うん。変なことは言ってない。

 

「そう。それならいいけど。まぁ兄さんだし変なことは言わないのは分かってるけど」

 

信用されているようでなによりだ。

 

「でも、お兄さんってすごいですよね。雪歩と喋れるんですから」

 

春香ちゃんが驚いたように言う。

 

「そうね。彼女、男の人苦手だし、プロデューサーでも一対一では話せないみたいだし」

 

その言葉に千早ちゃんが同意する。

 

 

プロデューサーと一対一で話せないってのはいろいろマズいんじゃ?

 

「でも、最近はカメラマンさんやディレクターさんに自分から挨拶出来るようになってきてるし。雪歩も頑張ってるんですよ! それもお兄さんのおかげですね!」

 

そういいながらニコッと微笑みかけてくる春香ちゃん。

 

「いやいや、俺なんて何もしてないし、出来ないよ。多分真の兄貴なんで安心してるだけだって」

 

雪歩ちゃんが俺と話せる要因のもっとも大きな部分はここだろう。

 

親友の兄貴だけで全く知らない他人と話すよりもマシだったはずだ。

だから初対面の時も真がいつもいうように床を掘る(俺は見たことないので知らないが)こともなく怯えるだけで済んだはずだ。

 

まぁ詳しいことは分からんが。

 

「いえいえ。きっとお兄さんの雰囲気とかそんなのも関係してますって! 」

 

「ありがとう。春香ちゃん」

 

思ったけど雰囲気ってなんだろ?

俺も雪歩ちゃんみたいに優しそうな雰囲気が出てるとか?

ないない。つい先日もメガネのボサボサ髮の友人に目つきがヤンキーヅラはやめろと言われたばかりだ。

 

「でも、目つき悪いし……」

 

「確かに兄さんは目つき悪いよね」

 

俺の言葉に真はうんうんと頷きながら返す。

 

「え!? そうなの真ちゃん。全然そうは見えないけど……」

 

春香ちゃんが少しビックリしながら返す。

 

「今はコンタクトしてるからね。どうも取ると目を細めてしまうんだ」

 

目が悪い人なら分かるかもしれないが、コンタクトをとると急に目を細めてしまう。

 

「へぇー。そうだったんですか」

 

「真ちゃん。お湯沸かしてもいいかな」

 

そんな時、雪歩ちゃんの声が聞こえた。

 

振り返ると、台所から顔を少しだけ覗かしている。顔はまだ真っ赤だった。

 

「良いけど、どうかしたの?」

 

「うん。お茶を入れようと思って……」

 

「え……。でも、うちにそんないいお茶っぱないよ」

 

「一応セット持ってきてるから……」

 

そういえば前に泊まりにきた時にお茶が趣味とかいってたな。

 

その時はぜひ今度飲みたいと返したのだが、まさか覚えてくれてたのだろうか?

 

いや、それはないな。

 

すこし、浮かれすぎだ。

 

「うちので良いならどんどん使ってよ! あっ。何か手伝おうか?」

 

「いや、大丈夫だよ、真ちゃん。いつも一人でやってるし」

 

そういうと台所へ雪歩ちゃんは戻っていった。

 

「あ! そう言えば、クッキー持ってきてるんだった」

 

春香ちゃんが立ち上がりカバンがおいてある部屋すみに行く。

 

そしてピンクの可愛らしいカバンをゴソゴソと探ると、綺麗にラッピングされた袋を取り出した。

 

いつも彼女は遊びにくる時にお菓子を持ってきてくれる。とても美味しいやつを。それが手作りというのだからビックリだ。

 

そこらの店のやつより全然美味しい。

 

「みんなで雪歩のお茶と一緒に食べようよ!」

 

そう彼女は提案する。

 

「いいね!」

 

真が笑顔で頷く。

 

「いい提案ね」

 

千早ちゃんも嬉しそうだ。

 

やっぱり女の子だ。甘いものは好きらしい。

 

さてと、俺みたいなおっさんは部屋に戻るか。

 

そう思い立ち上がる。

 

「兄さん。どうしたの?」

 

真が聞いてくる。

 

「いや、部屋に戻ろうと思ってな」

 

「え!? クッキー食べないんですか?」

 

春香ちゃんがショックを受けたように聞いてくる。

 

「え!? 俺なんかが貰っていいの?」

 

「いいですよっ! …………むしろ、お兄さんのために作ったようなもんですし……」

 

「ん? 何か言った?」

 

後半の方はごにょごにょと言ってて聞こえなかった。

 

というのは無論そんなわけない。

 

そんな難聴は主人公と相場が決まってる。俺のようなやつは良くて主人公のクラスメイト。

 

RPGでいう勇者が始めて訪れる村の村長の息子的なポジションだ。

 

そんなキャラに難聴属性はない。

 

これはただの照れ隠しだ。あんなのこと言われてまともに返せるほど俺のコミュニケーション能力は高くない。

 

むしろコミュニケーション能力は低いのだ。そんな俺にあのセリフに返すほどの言葉はない。

 

春香ちゃん……俺みたいな女の子無縁のやつは今の言葉で勘違いしちゃうよ。

 

そう伝えたいけど、そんなこと言ったら気持ち悪い。この人。

 

そうなるに決まってる。

 

だから、これで間違いのだ。

 

「雪歩も兄さんの分まで必ず入れるくるから座って座って」

 

俺の肩を掴むと力を少しいれ、俺を座らせる真。

 

「そ、そう……。ならそうするか」

 

それにしても、雪歩ちゃんのお茶も春香ちゃんのクッキーも楽しみである。

 

真たちはオヤツとお茶が楽しみなのかキャッキャ言って話してる。

 

うん。平和だ。

 

日常ってこうあるべきだよな……。

 

雪歩ちゃんがお盆にお茶を載せて持ってくるまで俺はそんなことを考えていた。

 

 

 

 

 


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