かくも日常的な物語 作:満足な愚者
青い空に青い海。地平線まで青が広がっていた。太陽の光を受け水面がキラキラと揺れる。そんな海を横目に白い砂浜を歩く。
砂浜には多くの人が溢れていた。
多くの学生が夏休みを迎える葉月のそれも休日となると人も必然と多くなる。それに白濱はこの地域でも有名な場所だしね、ここまで人が多いのも理解できる。
ずうっと奥の方まで見える範囲で人がいた。海の家や更衣施設と思われる建物も4、5件ポツポツと見えている。
時間は10時まで後5分もないといったところ。約2時間は寝れたみたいだ。
おかげで少し体が楽になった気がする。
「それじゃあ着替えて10分後にここに集合な!」
ミズキは二つある更衣施設の真ん中で立ち止まり集合時間と集合場所で言う。
さすが観光地と言うべきか更衣施設が二つもあるなんてな。
その言葉に野郎三人は頷く。
ミズキはヒラヒラと手を振ると特徴的な赤い髪をなびかせながら正面から左側の建物へと消えていった。
本当にマイペースなやつである。そういうところがとてもミズキ“らしい”。
すれ違う男のほとんどが視線を向けている。やっぱりここでもミズキは注目を集めるみたいだ。
「さて俺たちも着替えようか。と、いってもズボンの下に水着はいているから直ぐに着替え終わるんだけどね」
そういってサングラスをかけているヒロトは笑う。足元にはクーラーボックス。ジャンケンで負けたヒロトが持っていくことになったやつだ。
中には何が入ってるんだろうな。多分飲み物とかだと思うんだけど、やけに大きいんだよなこのクーラーボックス。ヒロトは涼しい顔して持ってるけど、俺ならどうだろうか。
それにしても、サングラスが似合うっていいよな。顔が整っていると何をしても似合う。俺なんてサングラスをかけたら不審者に間違われる自信があるね。
心なしか周りにみる水着の女子の視線がチラチラとヒロトに向けられているような気がする。多分、気のせいではない、ヒロトが注目されているんだ。
「ヒロトは下に履いているのか。俺もそうしておけばよかった……」
更衣施設が二つあるとは言えでもこれだけの人がいるんだ。きっと中は凄い混雑してるんだろうな。下に水着を来ていれば外でも着替えれたのに……。
「まぁどうせ男の着替えなんて直ぐに終わるだろう。別にどちらでも大差ないと思うぞ」
SSKが額に汗を浮かべながらも淡々と言葉を発する。
男の着替えなんて確かにすぐだ。身に気を使うほどの外見でもないし。
「それもそうだな。じゃあ俺たちもさっさと着替えようか。ヒロトはどうするの?」
「俺もとりあえず更衣室にいくよ。日焼け止めも塗りたいしね」
あ……。ヒロトのこの発言で思いした。パーカーを車に積みっぱなしだ。寝起きで少し頭が呆けていたかも。
「ごめん。ヒロト、車の中に忘れ物した!」
「忘れ物?」
「うん。車のトランクに積んでるバックにパーカー入れっぱなしだ」
「あぁ、なら俺も一緒に行こうか。あの車のトランクって結構特殊だし」
「すまんな。ヒロト」
「いやいや、気にすることはないよ」
ヒロトは嫌な顔見せずに涼しげな笑顔を見せる。こんな時にこういった笑顔が出来るのは流石ヒロトだ。人格者というべきか、このメンバーの良心である彼“らしい”。出来ることなら俺もヒロトのようにいつも爽やかな笑みで笑っていたいものだ。
「うむ、それじゃあこのクーラーボックスは俺が持っていくとしよう。お前ら忘れ物とりにいってこい」
俺たちのやりとりを聞いていたSSKがヒロトの足もとに置いてあったクーラーボックスをひょいと持ち上げ少しぐらつく。
「悪いな、SSK」
「すまない」
「なに、気にすることはない。それに集合は10分後だ。さっさと行ってこい。間に合わんでも知らんぞ」
淡々と彼は言うと、俺たちに背を向けミズキとは逆の右側の建物の中に消えて行った。
ヒロト二人で駐車場へと向かう途中の砂浜、色々な人がいる中にえらいグラマーな美人がいた。スタイルがよく分かる黒いビキニを身につけ、白い肌は日光を反射している。普段なら暑苦しいと思う太陽がまるでスポットライトのように感じた。髪はミズキと同じく黒髪ロングヘアー、長さも同じくらい。違うのは色とくせ毛くらいかな。あいつの髪は真っ赤でくせ毛とかないし。
歳は俺たちと同じくらいだろうか? 女性の年齢は見た目通りとは限らないしそこは分からないけど、おそらくそれくらい。
スタイルいいなー、と思い思わず二度見してしまった。男なら分かってくれるはずだ。海とか街中とかで綺麗な人を見てしまうなんて誰しもあるはず。現にその美人さんをチラチラと見る周りの人、流石にジッと見る人はいないけど。視線の中には女の人もいた。やっぱり女の人もスタイルがいい人は気になるみたいだ。
是非ともあんな美人さんと仲良くなってみたいものだが、声をかける勇気もなければ、かけても相手にされる容姿でもない。それにミズキにばれたら何て言われるものか分かったものでもない。
俺が視線を向けていたことに気づいたのか、それとも周りの奴らが視線を向けているのに気づいたのかヒロトもその美人さんを見る。
そしておもむろに近づいて行くと気軽に声をかけた。
「あずささん、お久しぶりです」
「あらあら、ヒロト君じゃない」
向こうもヒロトのことを知っていたのか笑顔で返す。この二人知り合いなのか。イケメンだとこんな美人さんと知り合う機会があるのか。羨ましいことこの上ない。是非とも紹介して欲しいところである。紹介されても話すネタなんてないので困るだけだけど。
「こんなところで会うなんて偶然ですね。今日は遊びに来られたんですか?」
「うん、そうなのよー。遊びに来たんだけどいつの間にかみんなとはぐれちゃってー」
これだけの人がいるんだから周りに気をつけないとハグれてしまいそうだ。砂浜もこれだけ広いしね。
「また迷子になったんですか、あずささん」
「恥ずかしいけど、どうやらそうみたいね」
ふふふ……と笑う美人さん。
談笑しているイケメンと美人にそれを見ている男。もしかして俺はお邪魔だろうか。いや、もしかしなくてもお邪魔なんだろうな。
「もしかして俺って邪魔な感じ?」
ヒロトに耳打ち。
「なにいっているんだ、君は?」
はははと笑うヒロト。さすがヒロトだ、冷やかしにも慣れている。
「ヒロト君、そちらの人は?」
「こいつは大学の俺の友達です。今日は大学の友達で遊びに来ているんですよ」
「あらあら、それは楽しそうね」
手の甲で口を隠しながらうふふと笑う。ゆったりした話し方と言い優しそうな雰囲気な人だ。
「こちらは三浦あずささん。前に話したと思うけどよく迷子になっている女の人って言うのが彼女だよ」
あぁ、そう言えばいつかの昼休みにそんな話を聞いたような気がする。何でも迷子になっているグラマー美人によく会うとか何とか。美人だとは聞いていたけど、まさかここまでの美人さんだったとはね。さすがヒロト。女運もいい。
「三浦あずさです。よろしくね」
ニコリと笑顔を向けてくる、あずささん。スタイルもいいし、モデルか何かやっている人なんだろうか。もしやっているなら人気出るだろうなー。これだけスタイルもいいし、雰囲気だって柔らかい。雑誌の表紙なんかに乗っていたら思わずその雑誌を買ってしまいそうだ。
「よろしくお願いします。ヒロトの友人でーー」「あずささーん!」
少しだけ緊張しながらも挨拶をしている途中だった。背中から声がした。後ろを振り向くと少女が一人走ってくるのが目に入った。
「あずささん、ここにいたんですか! 皆さん向こうで待ってますよ!」
オレンジ色の髪をツインテールに結んだ少女。可愛らしい顔をしている少女である、きっと成長したら美人になること間違いなし。
水着は髪と同じ橙色のワンピースタイプ。スカート部分にはフリルがあしらわれていた。活発そうなイメージが感じられる。
レベル高いな、今日海に来ている人って……。
と、言うかあの子って……。
「あらあら、やよい。わざわざ探しに来てくれたの?」
「もう、あずささんは目を離すとすぐに何処か行っちゃうんですから!」
「ふふふ……。それはごめんなさい」
「皆さん、待っていますから行きましょう!」
あずささんを迎えに来た少女と目が合う。
「あ、お兄さんです!」
少しだけ驚いた顔をした後に笑顔で言う。やっぱりだった。
「久し振りだね」
それが俺とオレンジ色の彼女との再会だった。
「お久しぶりでーす! あの時はありがとうございました!」
オレンジ色の彼女は雰囲気通りの明るい元気な声で言う。真夏の日光なんかにも負けない元気さだ。見ているだけで俺も元気になれそうだ。
「あらあら、やよいちゃん、このお兄さんと知り合いなの?」
「はい! この間近所のスーパーで知り合ったんです!」
「あらあら、前に話していた噂のお兄さんね」
噂ってなんだろうか。
怪しい男に付きまとわれたとかそんな感じの噂だろうか? 確かにあの時は今思い返してみるとよく不審者に間違われなかったなと思う。お互い初対面だったし、困ってたとはいえいきなり荷物を家までもっていくよ、とか言われたら誰でも怪しむと思う。俺だって怪しいと思うし。
「うっうー!あずささん、その話はナイショですっ!」
少女は顔を真っ赤にしながら言う。
「あらあら、ついやよいちゃんが嬉しそうに話していたの思い出してね」
どうやらあずささんと少女の反応的に悪い噂ではなさそうだ。良かった良かった。
そう言えば噂で思い出したが、数ヶ月前我が家にお泊まりに来ていた千早ちゃんが言っていた噂については分からずじまいだった。
真に聞いては見たのだが、真は少しばかり考えたのち、何か思い出したのか顔を真っ赤にして、に、に、兄さんには関係ないよっ!! と首をブンブンと振って教えてくれなかった。
そんな反応をされると余計に知りたくなるのだが、あのまましつこく聞くと真が拗ねそうだったのでやめておいた。それにもしかしたら、悪い噂かも知れないしね。藪を突ついて棒がでるならまだしも、蛇が出ることだってあるのだ。
噂についてはあまり気にしない方が良いのかもしれない。
「いやいや、あの時のことは気にしないでいいよ。それよりも君の名前はやよいちゃんでいいのかな?」
特にすごくいいことをしたわけでもないしね。むしろ通報しなかった彼女に俺の方がお礼を言いたいレベルだ。
「はわっ! そう言えば自己紹介がまだでした! 高槻やよいです! よろしくお願いします!」
ペコりとオレンジ色の彼女ーーやよいちゃんは頭を下げる。
「こちらこそ、よろしく。高槻さんって呼んだ方がいいかな?」
初対面に近いし苗字でさん付けが無難かな。
「いやいや、やよいって名前で呼んでくださいっ!」
「うーん。じゃあ、やよいちゃんで」
本人が名前で呼んでほしいと言うのなら名前で呼ぶまでだ。
「はい! それでお願いしますっ!」
少し舌足らずな口調で彼女は微笑む。本当によく笑う子だ。
「なかなか元気のある可愛らしい子だね」
ヒロトがやよいちゃんのを見ながら言う。
「はわっ! カッコイイ男の人です!」
やよいちゃんはヒロトを見ると驚いたように言う。
「カッコイイなんて嬉しいこと言ってくれるね。俺はヒロト。このお兄さんの友達で一緒に海に遊びに来ているんだ。よろしくね」
いつも通りの爽やかな笑みである。少しはその爽やかを分けてほしいところだ。
「よろしくお願いします!」
そんなヒロトにやよいちゃんは礼儀正しく頭を下げるのだった。
それから少しだけ会話をした後やよいちゃんとあずささんは、皆が待っているという場所へと向かって行った。
そういえばあの二人の関係ってなんだろうか。見ていると姉妹みたいに見えないこともなかった。近所のお姉さんと女の子みたいな関係なのかな。
まぁ、もう話す機会もないだろうけど、もしもあったら聞いてみたい。
そんなオレンジ色の彼女との再会の後、次は金髪の彼女との再会がすぐに迫っていた。
「ありがとう、ヒロト。 おかげで助かったよ」
砂浜を更衣施設に向かいながら歩く。
「どういたしまして」
全国の砂浜の中には鳴き砂というものもあるらしいが、どうやらこの砂浜は違うみたいだ。
所々でいい匂いがする。見てみればバーベキューをやっている俺たちと同じ歳ほどの若者の姿。夏の海でバーベキュー。夏の王道だ。そんな風景に夏を感じていた時だった。
「おにーさん!」
後ろから声がして、肩を叩かれた。
立ち止まり後ろを振り向けばウェーブを描いた綺麗な金髪と整った顔。それに出るところは出ているスタイル抜群な体型。確か中学生とか言っていたっけ? それが本当なら今時の中学生って凄過ぎるだろ。うちの妹は高校生だけど、スタイルは……。
まぁ真の良さはスタイルなんかでは全くないんだけど。
「やっぱり、おにーさんなの!」
彼女はニッコリと笑う。
再会の後にはすぐに再会。オレンジ色の次は金色だった。
「美希ちゃん?」
「うんっ! 美希なの! 顔覚えててくれて嬉しいの!」
髪の色に似た黄色の水着を来た彼女ーー星井美希ちゃんは嬉しそうに笑う。
「もちろん、忘れるわけないよ。美人だしね」
ここまでインパクトが強い少女は中々いない。それに今でもたまにメールをくれるしね、彼女。
俺なんかとメールをしても何も楽しくなんかないと思うんだけど、なぜかこまめにメールのやりとりをしてくれている。
「美人だなんて嬉しいの! お兄さんも遊びにきたの?」
「うん、今日は大学の友人とね。こいつはヒロト。いつもつるんでいるメンバーの一人だよ」
「ヒロトです、よろしく」
「うわー、凄いイケメンさんなの」
さすがヒロト。数分前のやよいちゃんといい初対面の美少女二人からイケメンと言われるなんて。
「こちらは、星井美希ちゃん」
ヒロトに美希ちゃんを紹介する。
「はははは。ありがとう、君も可愛いよ」
「ありがとうなの」
お互い言われ慣れた言葉なのか綺麗に流す。俺もいつか言われ慣れて見たい言葉だ。そんな日は永久にこなさそうなのが残念だが。
「そう言えば美希ちゃんも今日は遊びにきたの?」
「うん、今日はみんなで海に遊びに来たの! 今日は旅館に泊まるんだ! 」
「へぇ、それは楽しそうだね」
ヒロトが言う。
皆って友達か誰かだろうか。俺たちみたいな感じかな。
「うん! とっても楽しいの!」
「でも、よく俺って気がついたね」
「うん、皆と話してる時に遠くに後ろ姿見えたから思わず来ちゃったの! 美希って記憶力良いんだ!」
自分で話すのも悲しいが俺は特に特徴と言ったものはない。身長が平均よりも高いくらいだが、それも4cmほどだけだ。美希ちゃんと会ったのはあのナンパの一件の一回だけ。そんな俺を見つけられると言うことは美希ちゃん記憶力は相当いいらしい。
「いきなり来ちゃって大丈夫?」
「うーん、少ししたら戻らないとダメなの……」
シュンと顔を落としたあと、何か閃いたのか直ぐに顔を上げる。
「あのね! 美希、気づいちゃった! おにーさんも皆と一緒に遊べばいいの!」
いやいやいや、待ってほしい。それは色々と問題ありだ。
「何か問題でもあるの?」
首を傾げながらつぶやく美希ちゃん。その仕草も可愛らしい……。
じゃなくて。
ヒロトに視線を向けるとニヤニヤとこちらを見ていた。そして俺にだけ聞こえる声で言う。
「もしかして、俺ってお邪魔か?」
なるほど、どうやらさっきの意趣返しらしい。釣れない奴だ。
「いや俺自身としては非常に嬉しいんだけどさ。色々と美希ちゃんのお友達も迷惑だろう? 俺だって友達と来てるしね」
きっと美希ちゃんの友達なんだモデルみたいな美少女、美男子の集まりに違いない。もしかしたら本当のモデルやアイドルなのかもしれない。美希ちゃんもなんか仕事しているって聞いたし。とにかく、そんな中に俺が混じったら死んでしまう自信がある。
「そっかー、それは残念なの」
俺の言葉に残念そうに肩を落とす。
「じゃあ、おにーさん! 今度またおにぎり食べに行こうよ!」
「うん、機会があれば是非」
「約束なの! 今度は美希がお金出すの! 最近お仕事も少しづつ増えて来たし、この前のお礼なの!」
いやいや、中学生にお金を出させるわけにはいかない。とは言っても今ここでいったところでしょう聞かないだろうからその時に俺が払えばいいか。
このお誘いが社交辞令で無ければの話だけど。多分、社交辞令かな。
「うん、分かったよ」
「それじゃあ、美希はみんなのところに帰るの。またメールするからね、おにーさん!」
そう言うと美希ちゃんはヒラヒラと手を振ると走って行ってしまった。
「なんだ君も隅にはおけないね」
ヒロトが笑う。
「社交辞令だろ。それに美希ちゃんとやよいちゃんに初対面でイケメンって言われたやつに言われたくないよ。あずささんみたいな美人とも知り合いだいさ」
そう言って俺も笑った。
そんな俺たちだが、集合時間に間に合わず、ミズキから罰としてジュースを買いにいかされることになるとはこの時はまだ知らなかった。
多くの出会いと発見があった海への旅行はまだまだ始まったばかりだ。