かくも日常的な物語   作:満足な愚者

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ランキング見てたら20位に入ってた。コーヒー吹きそうになりました。はい。


彼女のエピローグ

蝉時雨が辺りを包む中、少し古びたビルの階段を少女は軽い足取りで駆け上がる。体も気分も羽のように軽かった。トレードマークのくせ毛がヒコヒコと少女の動きに合わせて上下に揺れる。

 

今年は例年に比べて、猛暑だと朝のニュースでは言っていたが、そんなことは気にならなかった。

 

まだまだヒヨコだが、アイドルと呼ばれる職業についてるだけあり、少女は元気のあるボーイッシュな容姿に可愛らしも加わった少女だった。

 

一段飛ばしでコンクリートの階段を駆け上がると勢いよく事務所の扉を開ける。

 

バタン!、と少し大きな音をたて扉が開かれた。

 

「おっはよーございまーす!」

 

日頃から元気がいいと評判な少女だが、今日はいつにもまして元気がよかった。

 

「あら、真おはよう。今日も元気ね」

 

そんな少女を見て、この事務所、ナムコプロダクションの事務員兼プロデューサーの秋月 律子はやや疲れた笑顔で挨拶を返す。額には大量の汗。

 

ボロボロだったエアコンが連日の酷使に耐えきれず、とうとう壊れてしまったために事務所の中は夏の熱気と換気の悪さで蒸し風呂のように暑かった。

 

窓際では白いカーテンがユラユラと揺れているが風は事務所の奥には届かない。デスクが比較的、扉付近の窓から遠くにある律子はまるでサウナに入っている気分だった。

 

へへっ、と律子の挨拶に笑顔を返すと事務所の奥へと向かう少女。

 

プロデューサーと事務員である音無 小鳥がいないのは、プロデューサーである赤羽根は外回りの営業に小鳥は備品の買い出しに行っているためだった。

 

まだまだ有名ではないため、仕事は少ない。それはこの事務所に所属するほとんど全員のアイドルが当てはまっていた。

 

 

もちろん、歌やダンスのレッスンはあるが、それ以外はこの事務所であまり使われることのない待合室や会議室に集まり話をしたりするのが、ナムコプロのアイドルの今の日常だった。仕事もレッスンもない日に遊びに事務所にくるアイドルだって少なくはない。

 

この少女も今日のレッスンは午後からで午前中の今から来たのは純粋に皆と話すためだったりする。

 

今日はもう誰か来てるかな?

 

少女はワクワクしながら待合室のドアを開く。

 

「あっ、真ちゃん。おはよう」

 

白いワンピースを着たボブカットの少女 萩原 雪歩が最初に少女に気づく。

 

「真、おはよう」

 

次に扉に背を向けて座っていた天海 春香が少女に挨拶をする。

 

雪歩と春香の二人は少女の一番の親友だった。

 

雪歩と春香は待合室のソファーに向かい合うように座りお茶を飲んでいた。テーブルの上にはクッキーも見える。お菓子作りが大好きな春香が焼いてきたものだ。

 

「おはようっ! 雪歩! 春香!」

 

「真ちゃん、今日は元気いいね。昨日は楽しんだみたいだね」

 

「真、今日は気合はいってるねー。昨日はどうだった?」

 

二人とも額に汗をかきながらも笑顔で話す。待合室はこの事務所の中でも風通しは一番にいいのだが

、それでも十分に汗ばむ程度の気温はあった。この事務所ないで快適に過ごそうと思うならエアコンの買い替えは必要不可欠のようだ。

 

少女は昨日のことを思い出して、えへへ、と笑う。

 

少女がいつにもまして機嫌がいいのは昨日のことが原因であった。

 

昨日、少女は少女の兄と一緒に遊園地へ遊びにいった。兄の方は何とも思っていないかもしれないが、周りから見ると年頃の男女が二人きりで遊園地にいくことなどデート以外の何事でもない。

 

少女は兄と二人きりで遊園地にいって遊べただけで満足だった。服装も可愛いと言ってもらえた。

 

「うん、昨日はとっても楽しかったよ! それと、雪歩、春香、服選び手伝ってくれてありがとう!」

 

服装と言えばこの二人がいなければ、可愛いと褒められることもなかったはずだ。少女は女の子らしいファッションが疎いところがあったため、遊園地にいく二日前に親友二人にお願いして服選びを手伝ってもらった。

 

二人の親友は快く返事をして三人で服選びにいった。

 

雪歩と春香の二人は親友であると同時に少女のこともよく見ており、少女のボーイッシュさを生かしながら可愛らしさも加えた服装をコーディネートをした。

 

「どういたしまして、真ちゃん」

 

「いやいや、気にしなくていいよ」

 

二人は笑いながらお礼を受け取る。

 

昨日は楽しかったな、と少女は昨日のことを思い浮かべる。

 

トラブルがないわけではなかった。

 

兄が男達に殴られて怪我をした時は我を忘れたが、それも自分を大切に思っているからだということも分かったし、大切な人だと言ってもらえた。

 

少女はそれがたまらなく嬉しかった。

 

最後に乗った観覧車では、乗る前にはバイトの人にカップルと間違われたりもした。少女にとってはそれだけでも嬉しかった。

 

恋人になるのが無理なのは分かっている。

 

でも、ずっと一緒にいたい。少なくとも少女か兄か、どちらかが結婚するまでは一緒にいたい、そう心から思っている。

 

頭では分かっている。理解も納得もしている。

 

だけど、だけどその先を--------。

 

うんうん、と頭を横に振る少女。

 

今はこのままでいいのだ。兄も今度また機会があれば一緒に行こうと言ってくれた。

 

それだけで十分。

 

「それでどうだったの、真?」

 

春香がウキウキといった感じで聞いてくる。

 

「うん、とっても楽しかったよ! まずね--------」

 

少女はその声に反応すると、元気な楽しそうな声で話す。その話につられて雪歩と春香も話す。いつの間にか笑い声が待合室に溢れていた。

 

蝉時雨が窓から響く。窓は開けているため、よく聞こえた。でも、そんな蝉時雨にも負けないほどに三人の談笑はよく続くのだった。

 

時計の分針が二周するころ少女の携帯のアラームがなる。ダンスのレッスン時間を伝えるアラームだった。

 

「あっ、もうこんな時間だ」

 

雪歩が腕時計を見ながら呟く。

 

「ごめん、そろそろレッスンに行かなきゃ!」

 

少女はソファーから立ち上がる。

 

「真、頑張ってね!」

 

「頑張ってね、真ちゃん!」

 

「うん、それじゃあ行って来るよ!」

 

笑顔で返事をする。

 

そして、勢いよく待合室をでる少女。

 

空は清々しいくらいに青かった。

 

夏真っ盛り、遠くには綿菓子のような入道雲。太陽は熱く照っている。

 

今日もいい日になりそうだ。

 

窓から空を見てそう少女は思った。

 

手を大きく振って元気良く進む。

 

友人と談笑して、レッスンをして家に帰り兄とご飯を食べて寝る。

 

そんな当たり前の日常がこれから先も続く。

 

少女はそう確信していた。

 

「いってきまーす!」

 

真夏の空の下、少女の声が事務所に響いた。

 

心に残る夏が始まる。

 

 

 

 

 

 

第一章 完。

 

 

 




とりあえず、第一章はこれにて終わりです。
次の話は長くなりそう。
夏はイベントが多いから書きがいがありそうです。

閑話の題材を募集しています。夏にありそうな話でお願います。海は書くのでそれ以外で何か意見があるひとがいたらお願いします。

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