かくも日常的な物語   作:満足な愚者

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ちょうど10万文字付近なので次の話をエピローグにして第二章というか下巻に移りたいと思うのですが、このままこの作品で二章という形で続けるのか、新しく「かくも日常的な物語 下」という作品を作るのか迷っています。

どっちがいいんでしょうかね?


第三話 その3

幸いなことにトイレも自動販売機もすぐに見つかった。別に暑さは嫌いじゃないがこの炎天下の下ダラダラと動くことはあまりしたくはない。それに休日ということあり人も多い。人に酔うのも勘弁だ。

 

しかし、何でこういうところの自動販売機って高いんだろうな。まぁ高いと言っても50円くらいのものだが、何か負けた気がする。

 

真のコーラと自分用に買った水を持ち、真が待っているベンチへと向かう。

 

ん、誰かいるのか?

 

俺たちが昼食を食べていた木陰になっているベンチの近くに真と四人の人影が見える。人影は男女二人づつ、声は周りの雑踏に遮られこちらには届かない。

 

しかし、見た目的に何やら穏やかではない様子。

 

「やめなよ君たち、彼女ら嫌がってるだろ!」

 

「何だよ嬢ちゃん、あんたには関係ないだろ」

 

「そうだそうだ、ひっこんでろよ」

 

真の強めの口調を意に介さない様子で二人の男が声を出す。男の方は金髪と茶髪。両方ともチャラチャラしている。今時の若者と表現するべきだろうか、都会に行けばどこかで目にしそうな男達だった。

 

真が後ろの女の子たちを庇うように前に立つ。

 

会話の断片から察するにどうやら無理やり遊びに誘っているのを真が止めたみたいだ。

 

「ん、姉ちゃんも可愛いじゃねぇか、どうだ姉ちゃんも一緒遊ぼーぜ」

 

金髪ピアスの男が真に声をかける。

 

「ボクは君たちよりも遥かにカッコいい人と回ってるから遠慮しとくよ」

 

キッパリと顔色も変えずに言い切る真。真はチャラ男と話すのに夢中なのか後ろから近づいている俺には気づいていない。

 

「そんな連れないこと言うなよ、姉ちゃん。俺たちと回ろうぜ、後ろの二人も一緒にな」

 

ヘラヘラと薄ら笑いを浮かべた茶髪の男が真へ一歩近づく。真の後ろにいる女の子だちが一歩後ろに下がる。真の体が一瞬強張る。

 

ヤバい……。とっさに近づくスピードを上げ、真とチャラ男の間に割って入る。

 

「え……」

 

真は徒然目の前に現れた人影に思わず声を漏らす。

 

「何だよ、お前は!?」

 

それは、相手の男も同じだったようで、少しだけ上擦った大きめの声を出す。

 

「この子の連れだよ」

 

そう言って真を一瞥。肩幅より少し大きめに開いて、左足を斜め前に出し腰を落とした格好。もう少し割り込むのが遅かったら危なかった。

 

きっと真は実力行使をしてでもこいつらを止めていただろう。

 

拳だろうと蹴りだろうと真の実力行使は危ない。何と言ってもミズキの弟子であり、その実力はミズキも認める折り紙付きなのだ。俺自身もその実力は十分よく分かっている。

 

いくら相手が若い男であろうと、何年もミズキに武術を教わっていた真の一撃をもらえば、ただでは済まない。運が悪いと、いや運が良くても怪我をさせてしまう。

 

真にいくら分があろうとも怪我をさせてしまうと真も悪くなってしまうし、せっかく習った武をこんな奴らに使って欲しくない。

 

それに俺自身が真が誰かを傷つける現場を見たくはなかった。

 

そして何よりも真が怪我をする可能性があるのが嫌だった。

 

保護者として、兄として例え真の方が俺よりも強いと分かっていても真を前に出すわけにはいかない。

 

「え……。兄さんいつからいたの?」

 

その呟きとともに力が少しだけ抜ける真。

 

「ついさっきだよ。何やら揉め事みたいだね」

 

「なんだ。姉ちゃんの連れってこんな優男かよ……。そんな奴より俺たちと遊ぼうぜ」

 

ぐへへ、と気味が悪い笑い声が聞こえそうな笑顔で近づいてくる茶髪の男。

 

「残念だけど、この人と一緒にいる方が君たちといるよる何十倍もましなんだよね」

 

 

はっきりとした否定。否定するのはいいんだけど、もう少し穏やかに断れなかったのかね。俺としても真がそう思ってくれているのは非常に嬉しいけどさ、完全に怒ってるよ向こうさん。

 

こんなところはミズキに似て欲しくはなかった……。

 

「そうかい、そうかい……。おい、兄ちゃんそこどいてくれないか? 野郎に興味はないんだ」

 

二人の男がそれぞれ、一歩俺に近づく。

 

その時、茶髪の男があっ、と口を開いた。

 

「どこかで、こいつの顔を見かけたと思ったら、あの時ナンパを邪魔してきた野郎じゃねーか!」

 

あの時ってどの時だよ……。

 

二人の男の顔を見て思い出した。と、言うか後にも先にもナンパを止めたのなんて一回しかない。

 

いつかの学校帰りミキちゃんをナンパしていた奴らだ、こいつら。

 

「あぁ、あん時のクソ野郎かよ。よくもあの時は邪魔してくれたな……」

 

更に一歩、金髪の男が踏み出し俺との距離を縮める。どうやら、どう頑張ってもここから穏便にすますのは無理そうだ……。

 

真に視線を向け手を出すなと訴える。長年一緒に暮らしてきた真なら言葉に出さなくても真意は分かってくれる。

 

「で、でも……」と真は不安そうだ。

 

不安なのは俺も同じだが、ここをどくわけにはいかない。

 

「あの時の奴らかよ。悪いが無理やり誘っているようにしか見えなくてね」

 

「何だ、正義のヒーロー気取りか? 正直言って吐き気がするぜ」

 

それには同意だね。俺が正義のヒーローだなんて、笑い話にもならない。そういうのはヒロトに言って欲しい。

 

「それにお前みたいな優男に何ができるっていうんだ?」

 

出来ることの方が圧倒的に少ない。何も出来ないかも知れない。だけど、だからと言ってここをどいていいことにはならないんだ。

 

ヒーローじゃなかろうが、主人公じゃなかろうが、意地はあるんだ。

 

「少し痛い目みてもらおうか」

 

金髪の男が大きく振り、殴りかかってくる。

 

その動きを見ながら半身でかわす。高校時代からミズキにど突かれ続けてきたのだ。文字通り目にも留まらぬミズキの拳を見てきた。素人の拳くらいなら何とかかわせる。

 

今にも飛び出して来そうな真にもう一度目線で釘をさす。

 

「まぁ、落ち着きなよ」

 

「てめぇ……」

 

今度は右足で中段蹴りを放ってくる男。ギリギリのところで後ろに下がりかわす。熱くなっている男の攻撃は単純だった。

 

どうにかなる。ミズキや真に比べれば速くはない。

 

この時の俺は忘れていたのかもしれない。

 

俺は正義のヒーローでも何でもないってことを……。

 

 

 

------兄さん、後ろっ!

 

真がそう叫んだ直後、後頭部に強く鈍い痛みが走る。

 

キャー、と真の後ろにいる女の子二人組が悲鳴を上げる。

 

「ぐっ……」と堪えて目線だけを向けるとニタニタと笑っている茶髪の男が目にはいる。後ろから殴られたようだ。

 

熱くなっていたのは俺の方だったかも……。視界に入っていなかった茶髪の男を完全に頭から消していた。

 

「優男、今度は前がお留守だぜ! おらっ!」

 

今度はアゴに衝撃……。

一瞬平衡感覚を失いぐらつく。今度はアゴを撃ち抜かれたみたいだ。

 

意識を保てたのは俺にしては上出来だ。

 

「真っ!!」

 

茶髪の男の前に飛び出した真の手を握り止める。

 

「兄さん、手をはなして。僕は今、怒ってるんだ!」

 

まるで、射抜かんばかりの鋭い視線を男達に向ける真。

 

「なんだい、姉ちゃん。優男の敵討ちかい? やめときな、可愛い顔に傷がつくぜ」

 

ニタニタと表情を崩さず茶髪の男はいう。きっと、真が普通の女の子だと思って舐めているんだろう。

 

「……っ!」

 

真が俺の腕をほどこうと力を入れて腕を降る。

 

真がでてしまうと、俺が今まで頑張ってきたことが台無しになってしまう。

 

------悪い、真。

 

 

内心、そう謝りつつ、半ば後ろから抱きつくようにして真の動きを止める。平衡感覚もまだ上手く働かないし、こうでもしないと本当に真は飛び出しかねない。

 

「え、え!?」

 

一瞬で顔色が赤く染まる真。癖毛がピクピク動く。

止めるためといえ後ろから抱きつかれるのは恥ずかしいみたいだ。

 

こういうウブな反応は中々に面白い。是非とももっと余裕がある時に堪能したかったものである。

 

次したら、確実に貼った押されそうだしやめておくけど。

と言うか今回もあとあと殴られそうで怖い。

 

それにもう、真がでていくこともしなくていいはずだ。

 

休日の遊園地。子供連れからカップル、それに若者まで多数の人が来ているのだ。

 

そんな中でこれだけの騒ぎを起こせば----。

 

「こらー! 君たち何をしてるんだ!?」

 

遠くから警備服をきた男性二人が走ってくるのが見える。

 

これだけの騒ぎを起こせば警備員がくるのも時間の問題だ。俺はただ警備員が来るまでのちょっとの間、時間を稼いでおけばよかった。

 

「--チッ」

 

茶髪の男が舌打をすると金髪の男に目配せする。

 

「おい、バックレるぞ」

 

金髪の男も一つ舌打をする。

 

「おい、兄ちゃん。今度、邪魔したらただじゃおかないからな」

 

俺も願わくば金輪際お前たちには会いたくない。

 

男達は何処かの悪役が言いそうなセリフを吐くと踵を返して走り去って行った。

 

その間真は顔を真っ赤にしながら機能を停止していた。

暴れられるよりは大人しくしてくれていた方が嬉しいが後あとが怖そうだ。……殴られたり、口を聞いて貰えなかったりしないことを祈ろう。

 

 

 

 

 

 

その後、警備員に事情を話し、医務室で簡単な診察を受け、一息つけるころには既に昼食を食べ終わって分針が一周するほどの時間が立っていた。

女性二人組にはやたらと感謝された。それに何やら真のことを知っていたらしく真はサインをお願いされてテンパっていた。

それなりに真も有名になったんだなぁ、と思う反面アイドルと俺のような何処の馬の骨かも分からん大人が一緒にいるのを目撃されたのはマズイんじゃないのか、と思いこのことは黙ってくれるようにお願いした。気分は保護者なのだが、世間的に見るとどういう風に見られるか分からないしな。

 

真も普段着ないような服装だし、キャップも被っているため、女の子二人組以外に正体がばれているって可能性はないだろう。

 

「兄さんっ! 何であんなことしたんですか!」

 

そして、今真の説教を受けていた。

 

「いやなあの場面じゃああするしかなっただろ」

 

「僕に任せてくれれば良かったんんですよ! 兄さんは弱いんですよ。理解してください!」

 

「弱いのは重々承知だけどさ、そういう問題じゃないだろ」

 

「そういう問題ですっ! 僕だったらあいつらなんかに負けてないですっ!」

 

確かに真だったら俺みたいに殴られて怪我をすることもなかったはすだ。

 

「相手が丸腰とは限らないんだ。もし、武器を持っていたらどうするんだ!? 確かに真は俺よりも腕は立つ。でも相手がナイフを持ってたら? もしも、真よりも強かったら? どうするんだ! 俺は大切な真が怪我をするのは見たくないんだ!」

 

そう、今回はたまたまなのだ。相手が武器をもっている可能性だってあった。

 

「俺は力はない……。だけど、大切な人を守りたいんだ!」

 

真は俺にとって唯一の家族だ。そんな存在を守りたいと思うのは男して当たり前のこと。

 

この言葉は嘘偽りない本心だ。

 

 

真っ直ぐに喋れば光線のように心に届く。きっと真も分かってくれる。

 

「で、でも、兄さんが怪我をしたら元も子もないと思います」

 

真は何故か顔を赤くしながらボソボソと呟く程度のボリュームで話す。

 

何か恥ずかしいことでもあったのか?

 

「で、でも、今回だけは許してあげます。次したら許さないですからね! 少しは僕を頼ってください!」

 

顔を真っ赤にしながら話す真。次がないのが一番いい。

 

「とりあえず、無駄に時間取られたし、早く乗り物に乗りにいくか!」

 

「え!? でも、兄さん怪我は大丈夫なの?」

 

「大丈夫、大丈夫! 医務の人も大丈夫だっていってただろ」

 

ミズキからど突かれ続けたため、波の人よりか打たれ強い自身はある。医務の人も大丈夫だと言ってたし。

 

「それにせっかく来たんだから、楽しまないと損だろ?」

 

遊園地に行く機会なんてほとんどないのだから、たまにきた時くらい楽しみたい。

 

絶叫系はもう遠慮したいけどね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「今日はとっても楽しかったよ! 兄さんっ!」

 

空は赤と黒が混じった色をしていた。夕日ももう沈みきる手前。

 

空には星も見え始めた時間だ。

 

夏ど真ん中、日が落ちても気温は十分に高く、軽く汗ばむくらいだった。

 

遊園地から駅へ向かう途中、真はそういいながらはにかむ。

 

俺としても、俺なんかと行って楽しんでもらえたのら幸いという気持ちだ。

 

「俺も楽しかったよ」

 

乗り物にもたくさん乗れたしね。絶叫系が多かったけど。

 

「最後の観覧車凄い高かったねー!」

 

特に最後に乗った観覧車はこの遊園地の目玉といっただけあって凄く大きかった。何でも県内一番だそうだ。

 

乗る前にかかりの人にカップルと間違われて顔を真っ赤にして、観覧車に乗っていた。

 

観覧車の頂上からの風景は格別に良かった。また機会があれば来たいものだ。

 

まぁ、その時は真は彼氏と俺は……彼女が出来れば彼女と。

 

お互い違う人とくることになりそうだ。俺の方は実現はほぼ不可能っぽいのが悲しいとこだけど。

 

「ねぇ、兄さん」

 

4、5歩前を歩く真が振り向きながら笑顔でいう。

 

「また、行こうねっ!」

 

その笑顔は今日一番の笑顔だった。

 

蝉時雨が遠くで聞こえる。

 

今年の夏はまだ始まったばかりだ。

 


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